晃ちゃんの喫茶室

皆さんと語る憩いの場です。

物書き三人組

2019-02-02 09:46:33 | Weblog
 昨夜 「物書き三人組」(自称)の夢を見た。あまりにも懐かしく目覚めても思い出されてならないので、二人のことを述べる。
既に旅立ってしまった二人は早稲田の文学部の先輩で、短い間だったが同じ職場で勤めていた。すごく気が合い年長からHさんは姓で、Gさんは名で、ボクはBやんと呼ばれていた。
転勤後・退職後も時折会っては話し合ったものだ。池袋で飲みいつも終電だった。それが高じて旅行することもたびたびだった。
話の内容は文学論はもとより人生論・政治世相論・世界観・スポーツ・恋愛から下の話まで多岐にわたり尽きることがなかった。

二人に就いてちょっと述べてみよう。Hさんは師範を出て小学校の教師をしながら早稲田に学んだ。中学・高校の教師を歴任して大学の教授になった苦学力行の人である。性は温厚で多く人から慕われた。ぼくは”長屋の大家さん”と呼ぶこともあった。
もともとは詩人で童話作家であり、新美南吉や中原中也の評論がある。ボクと出会ったころは歴史小説を書き始め、その草稿を共に推敲したものだ。彼と大河ドラマの話をするのが楽しかった。また、野球が好きで、よくプロ野球の話に興じた。

Gさんは長野の人でなぜか郷里のことを嫌っていた。性は孤高ではないが狷介で、自分でも友達は少ないと言っていたが、ボクは例外だったようだ。彼の毒舌ぶりは鋭く、文章は風刺・批判は抜群でぼくらは「評論家」と呼んでいた。
彼とはHさんが亡くなった後、よく二人で花見・紅葉狩り・飲み会等会うことが多かった。
晩年 認知症になりあの理知的なGさんがと会いに行っても辛く悲しかった。亡くなってはや3年の歳月が流れた。

HさんGさん わが人生において共に忘れ得ぬ二人である。
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新潟行

2019-01-06 09:24:22 | Weblog
娘ファミリーと恒例の年末年始旅行は孫息子の住む新潟 となった。孫の息子(ぼくのひ孫)に会いに行こうというのである。
 (12月31日)
 高麗のわが家を10時10分出発。晴れ渡っている旅日和、 関越道を北上する。寄居PAで少憩 水上辺りから雪もよいとなり長い関越トンネルを過ぎるとそこはもう雪国だった 六日町を過ぎ越後川口SAで昼食を摂る。 は長岡を経て北陸自動車道になり新潟亀田ICで高速を下りる。ホテル「クラウンブラザ」 に午後4時半チェックイン。今回の旅行は急に決まったので温泉の家族部屋は取れず、駅前のホテルで別々の部屋だ。とりあえず孫夫婦と挨拶して曾孫と初対面する。この旅はひ孫に会うのが主目的なのでもうこれで幸せ 感動 
晩餐は料理人が目の前で作る鉄板焼きだ。部屋に戻って父親になった孫息子と夜の更けるまで話し続ける。嬉しきこと限りなし

(1月1日)
6時半起床 新潟のホテルでの初日の出を拝む 朝食後 「新潟ふるさと村」に向かう。時折雪が舞うが、市内はほとんど雪がない。ここは道の駅で名産品やお土産ものなどを販売している。元旦なので笛・太鼓の獅子舞を観る 2階の食堂で名物の”長岡生姜ラーメン”のお昼。孫のマンションに立ち寄り、ホテル「ジュラク スティ」 にチェックイン 
夜は外食で新鮮な寿司 孫娘が風呂を沸かしてくれ”初湯” に入る。

(1月2日)
7時起床 バイキングの朝食 11時ホテル チェックアウト。
 は日本海方面に向かう。運良く晴れて佐渡ヶ島が遠望される。(冒頭の写真)
 ”荒海や佐渡に横とう天の川”(芭蕉)さすが日本海 海辺に寄する波が荒い!
再び孫のマンション行き、可愛らしいひ孫を抱く。小さな手で指を握ってくれる。愛しいなぁ孫夫婦と曾孫に見送られる。惜別の思いしきりなり
午後1時 新潟西ICから高速道にのり、一路帰途に就く。途次、越後川口SA・赤城高原SAで休み、暮れなずむ頃には上里を過ぐ。午後7時高麗のわが家に無事帰り着いたころはもう全くの宵闇になっていた。
次代を担うであろう曾孫に逢うことが出来た素晴らしい最高の旅だった

この息子と娘の二つの旅は弟に先立たれたぼくの傷心を癒してくれた子や孫たちの思いやり溢れる旅だった。
息子と娘のファミリーよ  ありがとう 
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伊豆長岡行

2019-01-04 11:00:29 | Weblog
旧臘 28・29日 息子ファミリー(息子夫婦と孫娘、孫息子は仕事で残念ながら不参加 犬のリク)と伊豆長岡方面に一泊二日の旅に出た。高麗のわが家を8時半過ぎに出立、圏央道から中央道を西に走る。藤野PAで小休止して大月から河口湖方面に向かう。快晴である、絶好の旅日和(この写真は車窓からの霊峰富士)御殿場を経て三島に至る。「鐘庵」”さくらえびそば” の昼食。「三島大社」に詣でたかったが、何回か来ているので割愛する。和菓子屋「つぐみ」に寄り、”生クリーム小豆どらやき”を賞味、旨い
午後3時 伊豆長岡温泉 ホテル「香湯楼井川」にチェックイン。
少憩して息子たちは犬の散歩、ボクは横になってウトウト…息子と温泉浴 
夕餉は一応懐石だが、仕立てが珍妙豪華・珍味の連続に写真を撮るのも忘れる。食後 歓談のうちに伊豆長岡の夜は更けていく。

(2日目)
 以前なら早起きして朝の露天風呂だが、気力なくパス。豪華な朝食を済ませ10時チェックアウト
近くの「江間いちご園]
”イチゴ狩り” ボクは座っているだけで息子や孫が持ってきてくれる。 旨い 満喫  次は13日にオープンしたばかりの「めんたいパーク」  明太子の工場見学・種々の明太子販売となかなか面白い処だ。ここから は冬晴れの伊豆縦貫道を走る。富士が間近に望められるが雲がかかっている。昼過ぎ道の駅「富士吉田」着。近くの「ふもとや」で”きんぴらうどん”の昼食 食後、河口湖ICを通過して帰路に就く。途中渋滞はあったが、午後4時過ぎ無事帰宅する。
良い旅だった 終わってみると、一抹の寂しさが湧くのはこの年でこれが…という思いか 
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欠礼

2018-12-30 10:33:35 | Weblog
喪中につき新年の「寿 初春」は差し控えさせていただきます
去る11月弟が永眠いたしました
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怒りと感動と!

2018-12-09 11:44:40 | Weblog
 今日(12月9日)の東京新聞から~最近は憤慨の記事の方が多いが…まず、防衛費の増加-なぜ今こんなにも戦闘機を購入しなければならないのか!(税を追う)”税は納めるものではなく、預けるものだ”(新聞を読んで)「不戦の時代を忘れない」”平成の時代は日本が当事者となる戦争がなかった。それは先の戦争の反省から、戦争放棄と戦力不保持の日本国憲法を守ったからに他ならない”(社説)
この「社説」はまさに現状の”正鵠を射る”ものと言えよう

そして、28面 (カジュアル美術館)「名もなき人々への鎮魂」”原の城 舟越保武”の記事には魅せられ感動した
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朋友来たる!

2018-11-29 17:27:50 | Weblog
 ”朋有り遠方より来たる亦楽しからずや”

月1回の循環器の通院から帰って寛いでいると、チャイムが鳴った。出てみると門のところに白髪の老人が立っている。
誰かわからない?名乗ってもらって始めて分かった。時の流れはとどまることを知らず、かくも無常なるものか!
あの黒髪をなびかせていた好青年が、いま老いた姿老爺に変じていようとは!

なんと40年ぶりぐらいに会う元同僚のHさんだ。ボクが40代前半、かれが20代後半のころ同じ職場で働いていた。。
かれとはなぜか気が合い、結婚式の司会まで頼まれる仲となった。数年でお互いに別の職場に移り、以後は年賀状を交換するのみとなっていた。

そのかれが夕方 近くまで来たと寄ってくれた。懐かしいやら嬉しいやらで、積もる話に尽きることがない。
晩飯を一緒にと誘ったが、若いころならいざ知らず70を超えてこれから車で町田まで帰えるのでちょっと…という。
折角の機会で引き止めたかったが、再会を約して惜しみつつ見送った。
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北海道日本ハムファイターズ ゲームセット!

2018-10-18 09:53:02 | Weblog
わが「北海道日本ハムファイターズ」の2018年のシーズンは終わった。
3位になりクライマックスシリーズには進んだが、「福岡ソフトバンクホークス」に1勝2敗で敗退した。
今シーズンを顧みると、一時は首位の「埼玉西武ライオンズ」に並びかけたが、そこまでで、後半ずるずると負けが混み結局3位に終わってしまった。
敗因の一つは柱となるエースがいないこと、また、捕手が育成中とはいえ固定しない(強いチームはしっかりした捕手が固定している)打撃陣も中田翔選手が打点は稼ぐが大事なチャンスでうてない。内野陣もミスが多く定まらない等数え上げればきりがない。
まあそれでもよくやった方だろう。栗山監督をはじめ選手諸君の来年度の活躍を期待する
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パソコン教室と私

2018-10-04 10:37:02 | Weblog
 私がパソコンを始めたのは、今を去る17年前 2001年(平成3年)のことである。
 当時はまだ携帯電話もパソコンも普及しておらず、高価なものだった。パソコンを始めた動機は、みなから「おたくは留守電が多いのでメールをしたら」と助言があった。

 そこで早速 パソコン教室を探したが近くにはない。小手指まで通っていたが、近くの飯能に小さなパソコン教室が出来た。始めは受講生は5名ぐらいだったが、やがて普及して20名から30名と増えていった。週1回(1日2時間)の授業のほか親睦を兼ねて、御岳山・ディズニーランド・シイー・水戸偕楽園等小さな旅を楽しんだりした。やがて普及し始めて、市の講習会などにも参加した。
 
 最初5年くらいはパソコンが買えず、教室のを使用していたので予習復習が出来なかった。そのうち 自宅用のパソコンを購入して慣れていった。そして ワードやエクセルはもとより、ブログやツイッターなども習い活用し今日に至っている。
 
 その間 教室の方は受講生が増えたり減ったりして、現在は先生とパソコンが本当に好きな5名のパソ友が(ボケ防止と言いながら)和気藹々キイをたたき、、歓談を楽しんでいる。

 蛇足ながら、最近は年の所為か?(イヤな言葉) 文字入力が遅くなり、既習したこともすっかり忘れミスも多くなった。
それでも「パソコン教室」に通っている。
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墓参と行燈祭 (絆)

2018-08-18 10:11:27 | Weblog
今年も恒例の兄弟姉妹とその伴侶それに今年は甥も参加して総勢11名 両親の眠る「秩父聖地公園墓地」 に集うた。この一年それぞれの思いを胸に両親に語りかける。
墓参を終えて、今年も定宿「ホテル 美やま」 に向かう。ロビーでウエルカムドリンクを飲みながら2時間近く歓談する。妹夫婦たちは帰り、宿泊組は暫し部屋で寛いだのち食堂で夕食。部屋に戻りまた戦争の疎開時の回顧談から始まって、新聞・テレビ等のマスコミ論・政治・スポーツと話に花が咲きとどまることを知らない。その結果「行燈祭の花火」 を忘れて語らっていた。末弟とは午前1時近くまで喋りつづける。 翌朝は早く起き露天風呂に入る  外は晴れて真っ青な空が気持ちいい。この写真は部屋から望む武甲山だ。ここの朝食は純和食なのがいい。 
10時チェックアウト。新装なった西武秩父駅に向かう。
しばし休憩して末弟夫婦と別れ、特急「レッドアロー」で帰路に就く。
墓参を兼ねたキョウダイ会だが、生ある限り続くことを願ってやまない
 
 母の教え”キョウダイ仲良く” 
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小さな旅(上里)

2018-07-16 10:25:37 | Weblog


連休の中日 15日(日)娘ファミリー(娘夫婦・高三の孫娘・大学生の孫は試合で不参加)と小さな旅に出かけた。
高麗の家を11時前に出発。圏央道から関越道へと北上する。さすが連休で相当な渋滞だ。12時半上里SA で下り少し行くと、瀟洒な外国風の建物が見えてくる。目的地「上里カンターレ」 スイーツのリゾートだ。
ここで新潟から来た孫息子とその彼女と落ち合う。初対面の彼女を紹介される。この近くの本庄の人でいかにも可愛らしい乙女だ。
揃ったところでイタリアンビュッフェ「アマルフィ」 でランチタイム。若い二人の出会いなどいろいろと話に花が咲く。
食後、2階のバウムクーヘン・パン・焼き菓子工場を見学する。お土産等を買いここで二人と別れる。滞在約2時間半 瞬く間だったが、充実した楽しいひと時だった。あの学童に連れて行った孫がもう結婚するなんて…と思い出に浸りながら帰途に就く。
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