goo blog サービス終了のお知らせ 

晃ちゃんの喫茶室

皆さんと語る憩いの場です。

衆議院選挙に思う

2009-08-31 10:11:49 | Weblog
歴史が動いた!
昨日の選挙で予想以上に、自民党が大敗し、民主党が圧勝した。
その勝因・敗因についてはメディアに任すとして、市井の一庶民の声として私見を述べてみたい。
まず、今回の選挙は 「政権交代」 がキイワードだったようだ。
国民の審判を経ずして、首相がコロコロかわるような自公政権に、国民は愛想をつかしたのだ。果たして、マニフェスト を読んで投票した人が、どれだけいるだろうか?
”風をよむ”
 といわれるが、「一度民主党にやらしてみたら」という声が多く、それが如実に表れた選挙だった。
前回の郵政選挙 小泉劇場 のように、あまりの民主党の大勝は若干の不安と危惧さえ覚える。
が しかし、民主党は政権政党としての責任を遂行し、この国をより良く住みやすい社会にしてくれるよう期待する。
いまさら、言うまでもなく 「政治家は私利私欲(個)に走るのではなく、天下国家(公)を論ぜねばならない」

行燈祭と花火

2009-08-20 11:09:55 | Weblog
一年の歳月が流れ、ことしもまた「行燈祭」 の日を迎えました。
両親が眠る秩父の小高い丘の上の 「聖地公園墓地」 に、われら同胞(兄弟姉妹とその伴侶)が集いました。今年は特に84歳の叔母も参加され、至上の喜びでした。
秩父市街を一望に見下ろす 「農園ホテル」 でのバイキングの夕食時  空が茜色に染まり、見はるかす秩父の山なみ  の稜線に刻々と沈みゆく夕陽は、一幅の絵画のようでもあり感動でした。(カメラに撮らなかったのが残念)
 さて、宵闇が迫り、行燈に火が灯ると  
 おたきあげ の が上がり、どこからともなく雅楽の音が流れてくる  
 ヒュードンドン ヒュードン さあ、花火 だ。 
 秩父の夜空に一発また一発と次から次へと 大輪の花を咲かせ、降るように散ってくる。天国の両親が語りかけてくるようだ。  歓声と拍手 なりやまず。
やがて、絢爛豪華な花火ショーがおわり、皆が帰り始め、あたり静寂に戻るころ、今年も、弟がハーモニカを演奏する。母が好きだった 「埴生の宿」 の曲に、みなそれぞれおふくろさんを偲び涙ぐんでいる。しばし、幼き頃の思い出に浸たっているのだろうか。 かくて今年の「行燈祭」 も幕を下ろした。
 翌朝、両親の墓前に再び参り、「来年も元気で来られますように」と祈る。

八月十五日

2009-08-15 09:20:42 | Weblog
あの日の空はあくまでも かった。
昭和19年 当時住んでいた東京が空襲が激しくなり、両親の郷里 鹿児島に疎開した。翌年 校舎も焼け、市内からさらに山奥の小さな温泉村に疎開した。
そして、昭和20年の8月15日を迎えた。縦型の真空管のラジオから流れる雑音多く意味不明の玉音放送を聴いた。なぜか 「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び のところだけが、いつまでも心に残っている。小学生の弟たちは電気がついたと喜んでいたが、軍国少年だった私は「負けた」という悔しさだけが残った。だから、長い間 私には「終戦記念日」ではなく「敗戦記念日」だった。
あれから 64年 いまだに世界のどこかで戦争が行われている。幸せなことにまがりなりにも我が国は 平和 である。
”過ちはふたたびおかしません” と 誓う日 でもある。

二本のテレビ作品

2009-08-11 10:03:49 | Weblog
戦後64年目の夏がやってきた。この8月の時期になると、各局で戦争にかかわるドキュメンタリーやドラマが放送される。昨10日に観た2作品について述べてみたい。
「僕の父はB級戦犯」 ミュージシャンで役者でもある うじきつよし が、職業軍人でB級戦犯だった父と、かっての戦場であった地を巡り「戦争とはなにか」を真剣に語り合う。議論のかみ合わないこともあり、一時親子関係が疎遠になっても、「戦争による殺人は絶対に反対」という うじき に共感とともに称賛を覚えた。
「最後の赤紙配達人」 激動の昭和シリーズ第3作目 実在でかって村の「兵事係」を勤めていた人をモデルに、ドラマとドキュメンタリーが交互に映る構成。
「兵事係」として召集令状 赤紙 を、そしてまた、戦死公報 を届けねばならぬ配達人の苦悩と決断の役を吉岡秀隆が見事に演じきってている。彼は本当に素晴らしい役者になった。平凡な日常生活を送っていた市井の人々が、赤紙 一枚で、戦場へ駆り出される。”戦争に行くというのは死にに行くことなんだ” というセリフが強く印象に残った。
モデルの西邑仁平さんが、当時の「兵事記録」を保管し、104才で今なお健在でおられたことに絶賛の拍手を送ってやまない。
こうした作品は、戦争を知らない多くの人たちに観てもらいたい。

追悼 古橋広之進

2009-08-04 15:19:40 | Weblog
「フジヤマのトビウオ」と言われた古橋広之進氏が世界選手権の行われているローマで客死の報。また一人戦後のヒーローが旅立った。
戦後の混乱期、どんなにか彼の活躍に勇気づけられたことか。ラジオから流れてくる新記録のたびに拍手喝采万歳を叫んだものだ。敗戦国日本は、ロンドンオリンピックに出場できず、、同時期に神宮プールで、400m・1500mの世界新記録の実況放送は今でも耳にのこっている。
「魚になるまで泳げ」 の若者へのエールを忘れまい。 また、座右の銘 「泳心一路」  も語り継いでいきたい。
ご冥福を心よりお祈りいたします。