恋、ときどき晴れ

主に『吉祥寺恋色デイズ』の茶倉譲二の妄想小説

話数が多くなった小説は順次、インデックスにまとめてます。

決意~その6~その10

2015-01-01 08:50:06 | ハル君ルートで茶倉譲二

ハルルートの譲二さんの話の続編
ヒロインと暮らすことができるようになったのに…
ヒロインの妊娠が発覚。春樹は離婚を認めてくれず、それでも二人を守ろうと譲二さんは
決意した

☆☆☆☆☆

決意~その1~その5の続き


決意~その6

〈譲二〉
 二人でクロフネの片付けをしている時に、美緒が話しかけてきた。

美緒「譲二さん、そろそろこの子の名前も考えないといけないよね」

譲二「まだ男か女かわからないんだよね」

美緒「うん。それに私、生まれるまではどちらか聞かないでおこうと思うの」

譲二「どうして?」

 美緒はうふふと笑った。

美緒「私、賭けをしてるの。その賭けに勝ったら教えてあげる。」

譲二「じゃあ、この子が生まれるまでお預けってこと?」

美緒「うん」

 美緒は謎めいた微笑みを浮かべた。

譲二「それじゃあ、名前は男の子と女の子、両方考えないといけないね」

美緒「そうなの。でも、男の子の方はもう考えているんだよ」

譲二「どんな名前?」

 美緒はとても嬉しそうに答えた。

美緒「あのね、譲二さんの『譲』の字をもらって、それで『ゆずる』って読むの。可愛いでしょ?茶倉譲」

譲二「…」

 一瞬、虚を突かれてしまった。

 俺の名前からとってもらえるのは嬉しいけど…この子は『茶倉譲』にはならない…。

 しかし、美緒は当然のように姓は『茶倉』になると思い込んでいるようだった。

 あまりに痛々しくて、訂正する気にはなれなかった。

譲二「俺の名前からとってもらえるのは嬉しいけど、いいの?」

美緒「だって…男の子はお父さんの名前からとりたいって思ってたもの」

 瞳をキラキラさせて美緒は言った。

美緒「それでね。女の子の名前は譲二さんにつけてもらいたいの。いい?」

譲二「じゃあ、とびきり可愛い名前を考えないといけないな」

美緒「慌てなくていいから、ゆっくり考えてね」

 美緒は幸せそうに俺の胸にもたれかかった。

 美緒はもしかしたら、子供は俺の子だと思い込んでいるんじゃないだろうか?

 なんとなくそんな気がした。


☆☆☆☆☆

 美緒の体を気遣い、胎児の成長を見守っているうちに、俺は自分も父親になっていく気がした。

 エコー写真と美緒のお腹を元気に蹴る感覚。

 気がつくとこの子は俺の子だと思いこんでいる。

 美緒の気持ちが移って来たのかもしれない。


☆☆☆☆☆

 ベッドの中で軽いキスと抱擁をしていた。

美緒「譲二さん…私を抱いてはくれないの?」

譲二「…だって、お腹に負担がかかるといけないだろ?」

美緒「もう安定期に入っているし、大丈夫なんだよ…」

譲二「そうかもしれないけど…。俺、夢中になって無理なこともしてしまうかも知れない…。
もし、それで何かあったらと思うと少し怖いんだ」

美緒「でも、ずっとしてないから…譲二さんが辛くない?」

譲二「俺? 心配してくれてありがとう。今までだって、美緒を抱けない時はたくさんあったから大丈夫だよ」

 美緒の頬にそっとキスした。


美緒「譲二さん…」

譲二「何?」

美緒「私…妊娠してから、譲二さんのことが一番好きになった…」

(え?)

 俺は驚いた。

 今、信じられない言葉を聞いた気がする。

美緒「一番好きなだけでなくて…今の私の心には譲二さんしかいないの」

 薄やみの中、美緒の真剣な瞳を見つめる。

譲二「…ほんとうに?」

 声が掠れてしまう。

美緒「本当だよ。譲二さんのことが…譲二さんのことだけが好きで好きでたまらないの」

譲二「…」

 言葉がでない。

 うれしくて、うれしくて…。

 美緒が俺のことだけを好きになってくれた。

 こんなに嬉しいことは生まれて初めてな気がする。

 今までどんなに思っても美緒への思いは決して報われない…そういうものだと思って来た。

 初めて…美緒と両思いになれた…。


美緒「…譲二さん?」

譲二「…ごめん…。あんまり嬉しくて、言葉が出なかった」

 お腹を圧迫しないよう気をつけながら、美緒を精一杯抱きしめた。

譲二「ありがとう…美緒」

 美緒の頭を胸に押し当てた。



 目から涙がにじみ出てくる。

 照れくさくて…薄やみの中とはいえ、彼女には今の顔を見られたくない。



☆☆☆☆☆

決意~その7

〈譲二〉
 子供が生まれるとあっては、美緒の両親にもちゃんと説明をしておかなければならない。


 美緒からは両親に、子供が出来たとだけメールで報告をしてあった。

 ハルとの離婚のメドが立ってから、ご両親には報告したいと思っていたが、ハルとのことはあれから全く進展がなかった。

 美緒も安定期に入ったことだし、ご両親には俺から簡単な事情を書いた手紙をだした。

 驚いた良子さんはメールをくれて、急遽日本に帰国すると連絡して来た。

☆☆☆☆☆

 佐々木夫妻がクロフネを尋ねて来た。

 朝から美緒も俺も緊張していた。2人に会うのは美緒の結婚式以来だった。

 臨時休業の札をかけたクロフネの店内に案内する。

良子「美緒、元気そうで安心したわ。赤ちゃんは順調に育ってるの?」

美緒「先日はお祝いの腹帯を送ってくれてありがとう。赤ちゃんはとっても元気で今もお腹を蹴ってるよ。」

佐々木「少しやつれたんじゃないか?」

美緒「つわりがひどくて…。でも譲二さんが労ってくれて、最近は普通に食べられるようになってるよ」

譲二「お二人には昔からお世話になっているのに、こんなことになってすみません」

 俺は佐々木夫妻に頭をさげた。

佐々木「あの手紙だけではよく事情がわからなかったが、どういうことだね?」

美緒「お父さん、私が…」

 俺は美緒を制した。

譲二「美緒さんと一生を共にしたいと思っています」

佐々木「しかし、春樹君とはまだ離婚していないんだろう?」

譲二「はい…。残念ながら、美緒さんの方から離婚請求はできないので、種村さんには離婚に同意してもらうようお願いしているのですが、断られ続けています」

佐々木「春樹君と離婚できないのに、君と暮らしているのは…、中途半端なままで美緒がかわいそうだ」

譲二「すみません。私が不甲斐ないばかりに」

美緒「譲二さん!」

佐々木「それはどういうことだね?」

譲二「美緒さんのことは種村さんと結婚するずっと前から好きで、お付き合いをしていたこともあります。
美緒さんが大学生の頃に婚約だけでもしたいとご両親に挨拶をしようと思っていたこともありました」

佐々木「それなのになぜ春樹君と美緒が結婚したんだね」

美緒「それはその時、私が譲二さんを裏切ってハル君と付き合いだしたからなの」

佐々木「…」

譲二「その時に美緒さんをちゃんとつなぎ止めておけなかった私の責任です」

美緒「譲二さんは悪くないよ」

佐々木「昔の話はまあいい。春樹君と盛大な結婚式まであげて、幸せに暮らしていると思っていたのに、なぜまたこんなことになったんだね?」

譲二「私が美緒さんをずっと諦めきれなかったからです」

佐々木「すでに春樹君の妻になっていた美緒を横恋慕したということかね?
 譲二君はもっと真面目な男だと思っていたが、どうも見損なっていたようだ」

譲二「…」

美緒「譲二さんは悪くない。私が譲二さんと一緒にいたいと思ったからハル君のところを出て来たの」

譲二「美緒。そんな君を追い返さなかったんだから、俺も同罪だよ…」

良子「お父さん、今2人を責めてもしかたがないわ。
人を好きになる気持ちはどうしようもないものだし。
それより、2人に聞きたいんだけど…、お腹の赤ちゃんはもちろん譲二君の子供なのよね?」

美緒「そうよ」

譲二「いいえ」

 二人の声がハモる。


佐々木「一体どっちなんだ?」

譲二「多分、種村さんの子供だと思います。
ただ、私の子供である可能性も少しですがあります」

佐々木「なんとだらしないことだ…。我が娘ながら呆れ返る」

 佐々木さんは大きくため息をついた。

譲二「どうか…。美緒さんとのお付き合いを認めて下さい。
種村さんと離婚できてもできなくても、美緒さんと子供の面倒は私が見るつもりです。
2人の将来を私にまかせて下さい。お願いします」

 俺は頭を深く下げた。

佐々木「美緒は…譲二君と生きていきたいのだな?」

美緒「はい。譲二さんとずっと一緒にいたいです」

佐々木「譲二君のことが好きなのか?」

美緒「はい。大好きです。」

佐々木「そんなに好きなら、なぜ春樹君と結婚した?
 結婚式ではあんなに幸せそうだったのに…。
どうせ、その時は春樹君が大好きだったからと言うんだろうけどな…」

美緒「…」

良子「譲二君、私たちは美緒の親だから、結局は美緒の味方になるわ。
春樹さんは法律の専門家だから、法律上のことではあなたたちは不利にしかならないと思うけど…。
私たちはあなたたちの味方よ。
何かあったら相談してね。
本当はもっと前に相談してくれていたらよかったんだけど…」

譲二「すみません。ありがとうございます」

 2人はホテルを取っているからと帰っていった。

 佐々木さんは日本にいるうちにハルとも話をしてくれると約束してくれた。

 ハルが佐々木さんの説得に応じてくれるかはわからないが、強い味方を得て、俺の肩の荷が少し軽くなった。

☆☆☆☆☆

 


美緒「譲二さん、お父さんたちに真剣にお願いしてくれてありがとう」

譲二「そんなの…。当たり前じゃない。俺は美緒のご両親にどうしても許してもらいたかったんだから」

美緒「それと、お父さんがいっぱい失礼なことを言ってごめんね」

譲二「ちょっ、ほら泣かないでよ」

譲二「元は俺が悪かったんだし、俺がだらしなかったからこういうことになったのは事実なんだし…」

美緒「ごめんなさい…」

 美緒をそっと抱きしめた。

 




☆☆☆☆☆

決意~その8

〈譲二〉
 二日後の夜、佐々木夫妻を招いてクロフネで食事会をした。

 美緒が食べられそうなものを中心にメニューを組み、佐々木夫妻に喜んでもらえるよう腕を振るった。



 前回会った時は俺に厳しいことを言っていた佐々木さんだったが、今日は一転して上機嫌で、ビールを俺にも飲めと盛んに注いでくれる。

佐々木「譲二君、美緒をよろしく頼むよ。
あの子は優しい子だから、すぐ自分を責めてしまう。
今のような宙ぶらりんな状態だと精神的にも辛いと思うんだ。」

譲二「はい。分かっています。美緒さんのことをしっかり支えていきます」

佐々木「次来られるのは美緒の子供が誕生したときだな…」



〈美緒〉
 お父さんと譲二さんが仲良くお酒を酌み交わしていてホッとした。

 もしかしたら、お父さんは譲二さんのことを誤解して、ずっと許してくれないのではないかと心配していたから。

 ぼんやりそんなことを考えていた私にお母さんが囁いた。

良子「美緒、お父さんに感謝しないといけないわよ」

美緒「うん。譲二さんのこと許してくれてよかった」

良子「それだけじゃないの…。
今日春樹さんに会いに行ったんだけど…。
お父さんは春樹さんに『美緒と譲二君が迷惑をかけて済まなかった。許してくれ』って、最初から最後まで謝り通しだったのよ…」

美緒「え? そうだったの?」

良子「お父さんはなんだかんだ言ってもあなたが大切だから、あなたのためなら何でもしてくれるわ。
春樹さんにも、『気持ちが収まらないのはよくわかるが、どうか娘を解放してやって欲しい』って頭をさげていたの」

美緒「お父さん…」

 譲二さんと楽しそうに話しているお父さんの横顔を見つめる。

良子「だからね。お父さんに感謝しないとだめよ。
もちろん、春樹さんがそれで離婚に同意してくれるかどうかは分からないけど…。
お父さんは精一杯のことをしてくれたのよ」

☆☆☆☆☆

 2人が帰った後、譲二さんにもその話をした。

譲二「そうなんだ。美緒の親父さんにはお世話になりっぱなしだな…。
俺ももう一度、ハルに頼んでみるよ…」

 譲二さんの穏やかな目を見つめていると、気持ちが安定して安らかになっていく。


〈譲二〉
 美緒は大きなお腹を持て余し、何をするのも少し辛そうだ。

 そんな美緒がとても愛しい。

 今日は茶倉の家で親族会議がある。

 主に茶堂院グループの今後の方針を話し合うのと親睦を兼ねた会なのだが、俺はそろそろここで美緒とのことを発表しようと決意していた。

 本来なら美緒も一緒に連れて行くべきだが、『他人の子を孕んだ人妻を生涯の伴侶に選んだ』という告白はかなり物議を催すはずで、どんな批判を浴びるかもわからず、そんなところへ身重の美緒を連れて行くわけにはいかなかった。

 美緒には『夕方までには帰れると思うし、遅くなりそうだったら電話するから』と話して出かけた。
 
☆☆☆☆☆

 俺の告白はやはり波乱を呼んだ。

 そうでなくても、若い頃から茶堂院グループを離れて、流行らない喫茶店のマスターをしていることを心よく思わない親戚は少なからずいたからだ。

親戚A「そんな血のつながらない子供が、将来茶堂院グループを乗っ取ったらどうするんだ」

親戚B「譲二君はグループ内の資産や相続の権利は放棄してくれるんだろうね」

 俺は茶堂院グループでの資産の権利などすべて手放してもいいと思っていたし、そう発言しようとして兄の紅一に止められた。

 兄貴は傾きかけた茶堂院グループを立て直した俺の実績をみんなに思い出させ、俺の取り分は血のつながりに関係なくその家族のために使われるべきだと主張した。

紅一「子供はまだ生まれてもいないんですよ。今はDNA鑑定で親子関係も調べられますし、茶倉の籍に入れるかどうかは、それが分かってから決めれば十分でしょう」

 兄貴の言葉でその場は収まり、会食が始まった。

譲二「兄貴、ありがとう。助かったよ」

紅一「俺もお前の話を聞いて驚いたが…。
そうか、美緒さんはお前のところに帰って来てくれたんだな」

譲二「ああ。やっと俺のことを思ってくれるようになった。少し遅かったけどな…」

紅一「遅くはないだろ? まだ、人生は長いぞ」

譲二「そうだな」

紅一「それで…美緒さんの旦那は別れてくれそうにないのか?」

譲二「今のところはね。もう少し粘ろうとは思ってるけど…」

紅一「法律的なことで問題がでれば、うちの顧問弁護士に相談すればいい。
確か相手は弁護士だっただろ?」

譲二「ああ、ありがとう。しかし、昔なじみでもあるから、なるべく法律的なことで争うこと無く済ませたいと思っている」

紅一「お前は自分のこととなると、本当に不器用だな…」

 


☆☆☆☆☆

決意~その9

〈春樹〉

 譲二さんと美緒のことを調べさせている探偵から連絡が入った。

探偵「先日お話しした茶堂院グループの親戚の集まりというのが、どうやら今日あるらしいです。
茶倉さんの方が今しがた出かけたので、尾行中です。茶倉家の方に向かっています。」

春樹「1人で出かけたんですか?妻は?」

探偵「奥さんはクロフネに残っておられました。手を振って見送っていましたから…」

春樹「わかったありがとう。親戚の集まりということはしばらく帰ってこないんだろうね?」

探偵「はい。毎回、夕方までかかるようです」

春樹「それでは、君はそのまま茶倉氏を張っていてくれないか? 家に帰るそぶりが見えたら携帯に連絡して欲しい」

探偵「わかりました」


 俺は事務に「しばらく出かけるから」と声をかけて事務所を後にした。

 先日、美緒の両親が尋ねて来たのには驚いた。

 父親の佐々木さんは始終低姿勢で謝ってくれて、こちらの方が恐縮した。

佐々木『種村さんには本当にご迷惑をおかけして済みませんでした。
本当にできの悪い娘です。
それでも、親バカだと思われるかもしれませんが、娘には幸せになって欲しいのです。
そのためにも、娘は好きな男と一緒にさせてやりたい。
自分勝手なお願いだとは思いますが、どうか娘と離婚して娘を自由にしてやってください…』

 その佐々木さんの『娘は好きな男と一緒にさせてやりたい。』という言葉が引っかかった。

 美緒が一番好きなのは俺ではなかったのか?

 俺と別れたいがために美緒は父親に『譲二さんのことが好きだ』とでも言ったのか?

 それとも、別れて暮らしている間に美緒の心に変化があったのか?

 美緒の本当の気持ちを確かめたいという気持ちが募った。

 美緒とは家を出て行ってすぐの時に話したきりだ。

 あの時は俺のことが一番好きだと言っていた。

 その『一番好きな』俺の子供を宿しながら、譲二さんの方を好きになったとはとても納得できない。



 クロフネについた。

 臨時休業の札が出ている。

 ドアを開けるとチャイムの音がして、懐かしい美緒の声がした。

美緒「すみません。今日はマスターが出かけていてお店はお休みな…」


 美緒はあっけに取られたように俺を見つめた。

 髪をポニーテールにして、譲二さんのものだろうざっくりしたTシャツを着てジーンズを履いている。

 お腹はかなりふっくらしていたが、懐かしい美緒のすがただった。

春樹「久しぶりだね…。会いたかった…」

 凍り付いたように動けない美緒を抱きしめる。

 思わず腕に力が入ったみたいで、美緒はもがいて逃れようとした。

美緒「…ハル君、…苦しい…離して」

春樹「ごめん。大丈夫?」

 俺が手を離すと、美緒は少し微笑んでいった。

美緒「うん。大丈夫だよ。強く抱きしめられるとお腹が圧迫されて苦しいの」

春樹「お腹、随分目立つようになったね」

美緒「うん。もう28週で、8ヶ月目に入ったから」

春樹「この子は俺の子なんだろう?」

 その言葉に美緒は恐れるように目を見開いた。

美緒「まだ…わからないよ。生まれてみないと…」

春樹「そうなの? 譲二さんは俺の子みたいに言ってたよ」

美緒「…ハル君の子の可能性が大きいけど…、譲二さんの子供の可能性もある…」

 美緒のお腹の子は俺の子だとずっと思い込んでいたから、譲二さんの子という可能性もあるというのは大きな衝撃だった。

 譲二さんの子供が俺の子として籍にはいる…そういう可能性もあるのか…。

 譲二さんが必死に美緒を離婚させて、子供ごと自分のものにしようとしている理由が一つわかった。

 俺は心を落ち着けて美緒に尋ねた。

春樹「美緒、君に聞きたいことがある」

美緒「なに?」

春樹「以前もらった手紙や前に会った時、美緒は俺のことが一番好きだと言ったよね。その気持ちに今も変わりはないの?」

美緒「…ハル君…。ごめんなさい。
あの時はハル君のことが一番大好きだったことは間違いない。
でも、今は譲二さんのことが好きなの。
妊娠がわかって、譲二さんに労ってもらっているうちに譲二さんのことが大切に思えるようになったの」

 ここに来てから、薄々そんなことではないかと思っていたのだが、改めて美緒の口からその言葉を聞くとかなりショックだった。

春樹「そうなんだ…。それは…あの時に無理に俺が奪い返しておけば、美緒の気持ちは変わらずに済んだのかな?」

美緒「それは…わからないよ。
譲二さんのところに来ると決めた時、すでに譲二さんのことを好きになっていたのかもしれないし…。
自分の気持ちに気づいたのがいつかというだけだと思う」

春樹「美緒は…母親になって強くなったね」

美緒「そう?」

春樹「うん。なんだかたくましいよ…。もう、気分が落ち込んだりとかはしてないの?」

美緒「うん。それは大丈夫だよ。この子のためにしっかりしなきゃと思っているから…」

春樹「そうなんだ…」

 俺は美緒をそっと抱き寄せた。

春樹「美緒…」

美緒「なあに?」

春樹「譲二さんに可愛がってもらえよ…」

美緒「うん。ありがとう、ハル君。…そして、ごめんなさい」

 俺たちはしばらくの間、抱き合っていた。

 できることなら…このまま無理矢理にでも連れて帰りたかった。



 「コーヒーでもいれようか」という美緒の言葉を断って、俺はクロフネを後にした。

 心の中には涙が流れ続けていた。


★★★

 ハル君の目に映るヒロインには、最初可愛らしいマタニティでも着せようと思ってた。
 でも、これだけ体格差のある背の高い男性の服は華奢な女性には十分マタニティになるのと、譲二さんの服を着た方が譲二さんのものになってしまった感がでるので、譲二さんの服を着ているという設定にしてみた。


☆☆☆☆☆

決意~その10

〈譲二〉
 夕方、思っていたよりは早く家に帰ることが出来た。

 クロフネのドアを開けて入ると、カウンターにぼんやりと美緒が座っていた。

譲二「ただいま」

美緒「お帰りなさい…」

譲二「どうしたの? ぼんやりして…。体の具合でも悪いの?」

 美緒の額に手をあてる。特に熱はないようだ。

美緒「譲二さん…。もしかしたら、私、離婚できるかもしれない」

譲二「それは…どういうこと? まさか、俺の留守の間にハルが尋ねて来たの?」

美緒「うん」

 俺の心臓の鼓動が激しく打った。

 やはり美緒も一緒に連れて行くべきだったろうか?

 ハルに、ハルに何かされていないか?

譲二「ハルは? なんて言っていたの?」

美緒「ハル君に『この子は俺の子か?』って聞かれたから、『譲二さんの子供の可能性もある』って言ったの」

譲二「うん」

美緒「それから、ハル君は『今も俺のことを一番好きか?』って聞いたから、『今は譲二さんのことが好き』って言ったの。
そうしたら、『譲二さんに可愛がってもらえよ…』って」

譲二「そうなんだ」

美緒「それって、譲二さんと一緒になることを許してくれたってことだよね」

譲二「そんな風に取れるね…。ねえ、美緒」

美緒「なに?」

譲二「ハルに…その…何もされなかった?」

美緒「少し抱きしめられただけだよ」

譲二「それだけ?」

美緒「うん」

 少し安堵したが、まだ心の中の疑念がとけたわけではない…。

 俺だったら、抱きしめるだけでなく、キスだってするかもしれない…。

 もしかしたら、それ以上のことだって…。

 ああ、もっと早くに帰ってくれば良かった…。

 いや、美緒を信じなくてどうする。

 今の美緒はハルになにかされたようには見えない。

譲二「ハルが離婚に応じてくれるといいね」

美緒「うん」

 そっと美緒を抱きしめた。

☆☆☆☆☆

 数日後、ハルから離婚届が送られて来た。ハルの欄には名前と印鑑が押してある。

 俺はハルに電話した。

春樹「もしもし」

譲二「ハル? 譲二だけど」

春樹「ああ…」

譲二「離婚届が届いた。ありがとう」

春樹「俺は譲二さんのために離婚するんじゃないですよ。
美緒を幸せにしたいから離婚するだけです。
譲二さんにお礼を言われる筋合いはありません」

譲二「…それでも、ありがとう」

春樹「譲二さんも俺と立場が逆だったら…同じことをしたでしょ?」

譲二「ああ…たぶんな」

春樹「それじゃあ、仕事中ですから」

 電話が切れた。

 ハルと…もう昔のように仲良く語り合えることは二度とないのだろう…。


決意~その11へ続く



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