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三段論法・・・三段の瀧・・・

2017-09-27 20:26:58 | 古事記字源

 ・・・九月二十六日(火曜日)・・・朝、三笠の従姉の息子が車で迎いにきてくれた。何処へ行くのかって、三笠市立博物館の「三笠アンモナイトの化石」を見学にです・・・場所は「三笠市・幾春別・錦町」・・・巨大な「アンモナイト(Ammonite)」、さらに圧巻の「エゾミカサリュウ(蝦夷三笠龍)=モササウルス」・・・それに「岸輝子(1895-1990)」氏の展示・・・帰宅後、ブログで調べると「新劇女優・本名 伊藤キシ・三笠市幌内生まれ・北海高等女学校卒業後上京・看護婦勤務の傍ら新劇研究所の研究生」、「1944年(昭和十九年)に青山杉作、千田是也、東野英治郎らの10人で俳優座」を結成、映画「野良犬」に出演とあった・・・「スリのお銀」役・・・「野良犬」って黒沢明監督・三船敏郎・木村功・志村喬・・・それに「空知集治監(政治犯の監獄)」・・・当時の炭鉱事情などの資料や写真、炭鉱で石炭運搬に使用されたトロッコや道具などの展示があった・・・
 1906年4月1日
 空知郡
 幌内村
 幾春別村・・・アイヌ語
        「イクシュンペッ=イ・クシ・ウン・ペッ」
        (それのむこうにある川・あっちの川)?
         幾春から別(別れたあっちの川)
         「キのハのル」のあっち(選別)の幌内
         元々
        「郁春別」
         と書いたが
         明治二十二年
        「幾春別」と改めた・・・
         幾が郁(有+阝)
             阝=「阝(右)邑(むら・くに
                      ユウ)」
               「阝(左)阜(おか・フ)」
        「郁=右に
           有る
           邑(むら・くに→久爾・久邇)」
           ↓↑
           三笠宮←・→久邇宮
           明治時代前期に
           伏見宮邦家親王の第四王子
           朝彦親王が創立した宮家
           1873年(明治六年)7月23日
            ~
           1929年(昭和四年 )1月27日
           東久邇宮(ひがしくにのみや)
           久邇宮朝彦親王の第九子
           稔彦王が創立した宮家
           1947年(昭和二十二年)
           GHQの指令により10月14日
           皇籍離脱した一代限りの宮家
           久邇宮良子女王(香淳皇后)=昭和皇后
           東久邇宮家の
          「旧蔵本・源氏物語」
           ↓↑
         郁=あや・い・か・かおり
           かおり・かおる
           くに・たかし・ふみ・ゆう
           香気の盛ん・芳しい
           文化水準が高い、さかん
           あたたかい
           あや模様
           中国に昔存在した地名
           彧(イク)という漢字と
           同じ読み、同じ意味
           香気が盛んな様」
         ↓↑
        「幌向(ほろむい)」というのは
         曾(かつ)て
         国鉄
        「万字線」・・・萬字撰・太安萬侶→古事記?
         が走っていた
         万字線=国鉄運営の鉄道路線
         北海道
         岩見沢市の・・・磐を見て作和
               佐和(佐波・茶話・騒・左和)
        「志文」駅で・・・志(こころざす)文(ぶん)
              地名はアイヌ語の
             「シュプン・ペツ(ウグイの居る川)」
              に由来する・・・鯎(鯏・うぐい)
         室蘭本線から分岐し
         空知郡栗沢町(岩見沢市栗沢町)の
         万字炭山駅までを結んでいた
         万字駅=北海道空知郡栗沢町万字仲町
            (岩見沢市栗沢町万字仲町)
        (いくしゅんべつ)・・・幾春、別・・・
          良寛の漢詩
          還鄕(帰郷)・・・環境?
          出家離國訪知識
          一衣一鉢凡幾春・・・一衣一鉢凡幾春
          今日還鄕問舊侶
          多是北邙山下人
          ↓↑
          閒庭(カンテイ)
          百花 発(ひら)き
          余香 此の堂に入る
          相対して共に語る無く
          春夜
          夜将に央(なかば)ならんとす
          家を出で國を離れて
          知識を訪ね
          一衣一鉢、
          凡そ幾春ぞ・・・・・政治犯の歎きカモ?
          今日、鄕に還りて
          舊侶を問はば
          多くは是れ
          北邙(ほくばう)山下の人・・・墓の人
 市来知村
 (いちきしり)・・・イチのキを知る=一衣一鉢の凡幾春
 の一部が合併
 二級町村制
 空知郡
 三笠山村
 となる(三村合併)
 1882年(明治十五年)
 空知(そらち)集治監(監獄)が置かれ
 囚人は近くの
 幌内(ほろ ない)・・・「ポロ・ナイ(親の川・大きい川)」
 炭山や道路建設などに従事
 北海道開発初期の労働力となった
 監獄中心に市街が形成された「監獄町」・・・
 ↓↑
 1890年(明治二十三年)
 三笠(市来知村)から、富山の人、「福島磯次郎」が美唄川南岸に移住し、渡し守を開業し「美唄(沼貝村)」を誕生させたらしい・・・「美葉意の唄」ではなく、「沼の貝=カラス貝」だった・・・
 「1926年(大正十五年)6月11日に沼貝村は美唄町に改称」されたんだ・・・そう、昔のハナシではない・・・
 1921年(大正十年)
 12月13日
 ワシントン会議
 日本・米国・英国・フランスの四か国条約が調印
 日英同盟が廃棄
 12月24日
 第45議会召集
 1921年(大正十年)
 10月
 国際ペンクラブ、ロンドンにて結成
 12月
 出隆「哲学以前」
 魯迅「阿Q正伝」・・・なんで、「阿のQの正伝」なんだか?
 西南学院高等部ができる
 浜松市で
 ナウマン象の化石が発掘
 宮中某重大事件の決着・・・
 宮中某重大事件
 裕仁親王(皇太子、昭和天皇)
 の妃に内定していた
 「久邇宮良子女王(香淳皇后)」・・・久邇の宮の良い子
 家系に
 色盲の遺伝があるとし・・・色盲=シキモウ=史記望
                =色覚異常
                色覚の三要素(赤・緑・青)
                ある系統の色覚を欠く状態
 元老
 山縣有朋
 らが女王及び同宮家に婚約辞退を迫った・・・
 12月25日
 宮田輝誕生、NHKアナウンサー・参議院議員
 ・・・28日にはオフクロも生まれたが・・・
ーーーーー
 博物館見学の後は
 「三段滝(サンダンダキ)」への見学だったが、山中の山道の景色はまるで「葛飾北斎」が生きていたらきっと描くだろうと思われる「北海道三笠~桂沢の富嶽三十六景」・・・それにドライブマニアだったらキット、この上下、左右彎(湾)曲、トンネルが続く山道を走ってみたくなるだろう。まるで遊園地のジェットコースターなみのミチ・・・「ふたまたやま(二股山)」を挟んで視える峠の光景は「北斎のアングル」そのもの・・・雪が降ったら、冬の景色はどうなるのか?・・・こんな山道は冬は閉鎖だろう・・・?
 ↓↑
 三段滝(瀧)
 北海道芦別市
 奥芦別の滝
 石狩川の支流の
 芦別川の源流近くにある滝
 堅い岩盤が地殻変動で
 上下にずれ
 河床が階段状
 落差10m、幅7m
 芦別川と空知川との合流点から
 23km川をさかのぼった場所に存在
 複雑に層を成した岩盤を縫って
 激しい勢いで流れている
 10個以上の滝の集合体
 ↓↑
 芦別=アイヌ語の「アシベツ」の意味は
    「アシ=灌木
       =立つ」
    「ベツ(別)=河川」
 「三段滝」=由来は
       下流から眺めると
       川が立つように見える
 ↓↑
 ・・・北海道で生まれながら、あまりにも「北海道」に無知なコトが多いけれど・・・
 インターネットの地図で「三段滝」の位置を確認したが、「北緯43度21分0.0秒 東経142度9分2.0秒」、平野の「美唄」とほぼ東西に並んでいたが山の中。で、この山中に耕した畑。一体何を植えているのか、マメ(豆)?・・・三笠=市来知=イチキチ=位置記知・位地紀知・・・ちなみに「美唄=沼貝」の地名はアイヌ語で「カラス貝の多く棲む沼=ピパ・オ・イ(pipa-o-i)=カラス貝・多い・もの(沼)」らしい・・・石炭もカラス(鴉・烏)も色は黒いが・・・「美唄」の地名は元々が「沼貝(ぬまがい)=カラス貝」だったが・・・「ピパ=沼貝・烏貝(ウバイ)・鴉貝(アバイ)」で、「かい=カイ=歌意・甲斐・改・繪・灰」、「セイ=貝殻」・・・「貝=目+八」・・・「三葉虫」は「巻き貝」だが、由来は「三葉虫(Trilobite・トリロバイト)=カンブリア紀に現れて古生代の終期( ペルム紀)に絶滅した節足動物・トリロバイト(trilobite)=tri(三)+lobe(葉)+ite(石)を意味・真上から見て縦に三つに割ると葉っぱが3枚ならんでいるように見える」・・・
 ↓↑
 「ite(イテ)」が「石(イシ)」って、「石井=いわい=磐井」の「乱(527年・継体二十一年六月三日(近江毛野は6万人の兵を率いて新羅に奪われた南加羅・喙己呑を回復するため進軍したが磐井に阻止)~528年・継体二十二年十一月十一日・磐井は物部麁鹿火に斬られた)」で、「移和意の覧」だが、「磐余=いわれ=神武天皇」・・・
 「イト」は「糸・怡土・伊都・井戸・伊土・異土・緯度」と云うコトだ・・・
 「ITE(ite)=…の(に)住む人の・…の信奉者の・名詞、形容詞の語尾でIsrael-ite、Sem-ite・化石・塩類・爆薬・商品などの名称」
 「ite=接尾辞で名詞をつくり、場所、部族、指導者、主義、組織などに関係する人(Campbell-ite,Israelite,labor-ite)」
 「ite=接尾辞で名詞をつくり、石・鉱石・化石名(ammon-ite,anthrac-ite.)・…薬・爆薬名(cord-ite,dynam-ite=ダイナマイト=ノーベルの発明)」
 「ite=名詞をつくり、…薬品(vulcanite)」
 「ite=名詞をつくり、手足、体の一部、器官(somite)」
 ↓↑
 「サルはアイヌ語で湿原や泥炭地・葦原を意味。サルの地名=沙流・斜里・猿払・サロベツ・佐呂間・長流川・サルキ・サルキ=湿原に生えている葦」・・・「トォ=湖や沼」・・・「ル=道」・・・「ピ=石、小石」・・・「ぺ=水」・・・
 ↓↑
 で、豪快に飛沫を上げて流れる「三段滝(瀧)」と、その瀧に引っ掛かっている巨大な流木、まさに自然を畏怖せざる得ない光景・・・
 瀧の見学後、戻る途中で「新桂沢ダム(dam)」建設現場をカってホテルが存在していたと云う山の中腹から眺めてみる・・・
 従姉の運転中の息子が「きつね」と云って車の外に発見したのは「北キツネ」だった。車道に藪から出てきて逃げようともせず、ゆっくりと動く車の後からついてくる・・・子狐でした・・・


 「桂沢ダム(dam)=北海道三笠市・一級河川・石狩川水系幾春別川に建設されたダム・国土交通省北海道開発局が管理する多目的ダム・北海道で1909年(明治43年)~1957年(昭和32年)にかけ初めて多目的ダムとして建設された・戦後の石狩川水系総合開発計画の出発点となったダム」・・・モチロン、北海道の原生林が繁る山中だからヒグマもシカも存在しているのはアタリマエだが・・・キツネの御挨拶にには感激・・・
 「ダムの目的は幾春別川・石狩川の洪水調節、美唄原野への灌漑、三笠市・美唄市・岩見沢市等への上水道供給、芦別ダムやキムン取水堰堤によって取水された芦別川の水を芦別湖より芦別水路を通して桂沢ダムへ送水し、認可出力15,000kWの水力発電・発電事業は日本発送電の後身となった電源開発株式会社が受け持ち、桂沢発電所を管理」・・・
 「ダム湖=桂沢湖=湖上を国道452号が通り、北上すると芦別市方面、南下すると夕張市方面に至る」
ーーーーー
 ・・・

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