こんばんは。
今朝は6時過ぎには自宅を出ましたので、外の景色はまだ真っ暗なままです。
出雲大社へ向けて信者さんをお連れして行って参りました。
大抵朝早い時には明日は起きれるだろうかと我ながら心配するのですが、こういう日は不思議と早くに目覚めるもので最初は4時にパッと目が覚め
まだ少し早いなとウトウトしておりますと起きる頃の5時に再び目覚めました。
以前も申したように子供の遠足みたいなものです;。
半分眠いなと感じつつも朝の支度をして信者さんをお迎えに上がりました。
ご自宅へ着くと既に玄関の外で待っておられ、奥様と息子さんを乗せて直ぐに出発致しました。
ウィークデイともあり通勤の車も多いようでした。
ご自宅を出て2、30分もすれば高速のインターへ入ります。
途中週の半ばということもあってか高速道路の補修工事も朝早くから取り掛かっておられるようでした。
路面のアスファルトを二車線の片側のみ剝いで新たに敷き直すようで、交通量の多い場所はあのように定期的な補修が欠かせないのだろうなと
走っていても感じたことでした。
自分達が安心して走れるその裏側にはこのような方々の陰の力があるのだなと思うところです。
途中何回かトイレ休憩に立ち寄りましたが、広島を出た時分にはさほど寒さも感じませんでしたが車は北に向けて走らせることもあり、休憩で
外へ出る度に寒いねぇと思わず口について出るほど気温は低かったようです。
また中国山地を抜ける大万木トンネル(おおよろぎとんねる)を出ると広島側とは違い雨となりました。
その手前の高野という道の駅でも少しぱらついているようでしたが、降り方が全く違い空も暗くなっておりました。
予報でもその辺りは雨と出ておりましたし、そうだったのでしょう。
考えようによっては龍のお出迎え?といえなくもなかったのかもしれませんね。
行きしなはそんな感じで常に暖房を効かせて走っておりました。
大社へは9時半頃に着きました。
やはり掛からないようでも3時間ほどは掛かるというところでしょうか。
着く前にコンビニへ寄り、そこから一度大社へあと20分もすれば着くと思いますとの一報を入れておりました。
ですので着いて直ぐに向こうの係りの方が神楽殿へとご案内して下さいました。
普通ならお国がえり会館というところへ招じ入れて下さるのですが、この度はその間もなく即座のご案内となり、どうやら既にお越しになって
おられる幾つかの団体さんとご一緒にご祈祷して頂くようでした。
3人して寒いねぇ;と肩をすぼめながら神楽殿に入ると中はストーブが着いていたようでかなり暖かく感じられました。
団体さん方は用意されている胡床(こしょう)という和式の椅子に腰掛けてご祈祷を待っておられたようでした。
そこへ自分達3人が新たにその胡床の席を設けて頂き、今少しご祈祷が始まるのを静かに待っておりました。
何人くらいの神主さんがお祭りされるの?と小声で聞かれる信者さんに、祝詞を奏上する斎主(さいしゅ)という役の方と太鼓を叩く係り、笛の
係り、また巫女さんと・・・と話しておるところへそれらの方がお見えになりました。
大体、太鼓や笛を吹く方というのは神職の中でもお若い方が主で、斎主となるお役目は位も上の方の方が多いのが常です。
今日の斎主は自分自身はお会いしたことのない神職さんでした。
大社のおられるいわばそのような神職、職員は人の入れ替わり、代替わりもあるでしょうから当然見知った方が少なくなっていくのも仕方ない
ことかと感じます。
よく存じておりました先生方は概ね既に退官しておられますし、30年という月日を考えるとこれも然りと思うところです。
さて、肝心のご祈祷、また一緒に行ったであろう?テラはどうであったのか、気になることはこれからなのですが;。
申し訳ございません。
此処まで書いてきて急に疲れが出てきました。(軟弱な奴め;)
ですので面白い(であろう)これからの事はまた明日とさせて下さいませ。
今日のブログへ訪れて下さいました皆様、いつも有難うございます。
感謝申し上げます。
今朝は6時過ぎには自宅を出ましたので、外の景色はまだ真っ暗なままです。
出雲大社へ向けて信者さんをお連れして行って参りました。
大抵朝早い時には明日は起きれるだろうかと我ながら心配するのですが、こういう日は不思議と早くに目覚めるもので最初は4時にパッと目が覚め
まだ少し早いなとウトウトしておりますと起きる頃の5時に再び目覚めました。
以前も申したように子供の遠足みたいなものです;。
半分眠いなと感じつつも朝の支度をして信者さんをお迎えに上がりました。
ご自宅へ着くと既に玄関の外で待っておられ、奥様と息子さんを乗せて直ぐに出発致しました。
ウィークデイともあり通勤の車も多いようでした。
ご自宅を出て2、30分もすれば高速のインターへ入ります。
途中週の半ばということもあってか高速道路の補修工事も朝早くから取り掛かっておられるようでした。
路面のアスファルトを二車線の片側のみ剝いで新たに敷き直すようで、交通量の多い場所はあのように定期的な補修が欠かせないのだろうなと
走っていても感じたことでした。
自分達が安心して走れるその裏側にはこのような方々の陰の力があるのだなと思うところです。
途中何回かトイレ休憩に立ち寄りましたが、広島を出た時分にはさほど寒さも感じませんでしたが車は北に向けて走らせることもあり、休憩で
外へ出る度に寒いねぇと思わず口について出るほど気温は低かったようです。
また中国山地を抜ける大万木トンネル(おおよろぎとんねる)を出ると広島側とは違い雨となりました。
その手前の高野という道の駅でも少しぱらついているようでしたが、降り方が全く違い空も暗くなっておりました。
予報でもその辺りは雨と出ておりましたし、そうだったのでしょう。
考えようによっては龍のお出迎え?といえなくもなかったのかもしれませんね。
行きしなはそんな感じで常に暖房を効かせて走っておりました。
大社へは9時半頃に着きました。
やはり掛からないようでも3時間ほどは掛かるというところでしょうか。
着く前にコンビニへ寄り、そこから一度大社へあと20分もすれば着くと思いますとの一報を入れておりました。
ですので着いて直ぐに向こうの係りの方が神楽殿へとご案内して下さいました。
普通ならお国がえり会館というところへ招じ入れて下さるのですが、この度はその間もなく即座のご案内となり、どうやら既にお越しになって
おられる幾つかの団体さんとご一緒にご祈祷して頂くようでした。
3人して寒いねぇ;と肩をすぼめながら神楽殿に入ると中はストーブが着いていたようでかなり暖かく感じられました。
団体さん方は用意されている胡床(こしょう)という和式の椅子に腰掛けてご祈祷を待っておられたようでした。
そこへ自分達3人が新たにその胡床の席を設けて頂き、今少しご祈祷が始まるのを静かに待っておりました。
何人くらいの神主さんがお祭りされるの?と小声で聞かれる信者さんに、祝詞を奏上する斎主(さいしゅ)という役の方と太鼓を叩く係り、笛の
係り、また巫女さんと・・・と話しておるところへそれらの方がお見えになりました。
大体、太鼓や笛を吹く方というのは神職の中でもお若い方が主で、斎主となるお役目は位も上の方の方が多いのが常です。
今日の斎主は自分自身はお会いしたことのない神職さんでした。
大社のおられるいわばそのような神職、職員は人の入れ替わり、代替わりもあるでしょうから当然見知った方が少なくなっていくのも仕方ない
ことかと感じます。
よく存じておりました先生方は概ね既に退官しておられますし、30年という月日を考えるとこれも然りと思うところです。
さて、肝心のご祈祷、また一緒に行ったであろう?テラはどうであったのか、気になることはこれからなのですが;。
申し訳ございません。
此処まで書いてきて急に疲れが出てきました。(軟弱な奴め;)
ですので面白い(であろう)これからの事はまた明日とさせて下さいませ。
今日のブログへ訪れて下さいました皆様、いつも有難うございます。
感謝申し上げます。