こんばんは。
暑いです;。
これしか言えない。
と弱音を吐いていてはいけませんね、この暑い最中でも外で頑張っておられる方も大勢おられるはずですので。
どうぞ、体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さいね。
そんな今日は、このような感じ。
やはり雲がかかっております。
最近、やれしんどいだのなんだの、と申しておりますが、どうも眼精疲労があるみたいでして;。
もともと遠視なので、近くを見るのは疲れるとは先だっても書いておりましたが、その上で老眼も重なり、これまたどうにも左右の視力が違うせいか
左目の奥が痛く、加えて頭も凝って相当に辛い感じです。
早いこと、自分に合わせて老眼鏡、新調せねばと思っております;。
と、そんなどうでもいい話は置いといて。
昨日すっぽかしてしまいました物語の続きを書いていこうと思います。
待って下さっておられる方がいらっしゃったのでしたら、本当にお待たせしております。
「48色の夢のクレヨン」
続けます。
クリスマスの日、アメリカの民間団体から沢山の贈り物が届けられました。
先生方が朝早くから自転車に積み、五つの箱が学校へやってきました。
最初の箱には、どこも破れていない子供用の洋服が入っており、男の子用なのに赤いサスペンダーのついたズボンとか、女の子用には白と水色の
水玉模様のワンピースに、ピンクのリボンが胸や裾についた、お姫様がきるようなドレスもありました。
その他にも三足ほどの革靴が入っており、くじ引きでその一足を花子は引き当てたのでした。
二番目の箱には、歯ブラシや歯磨き粉や石鹸、それにきれいな色のビー玉が入っていました。
その歯磨き粉を使って、それからは毎日、授業が始まる前に歯磨きをすることにしました。
水でうがいをするのですが、それを吐き出すのはもったいない気がしたけれど、先生がうがいした後の水にはばい菌がいっぱいいるといわれたので
花子は必ず出すようにしました。
みんなに二つずつもらったガラスのビー玉を花子は宝物の一つとして空き缶にいれて大事にしました。
後で聞くと、ビー玉を飴と間違えて飲み込み、のどに詰まらせて死にそうになった子がよその学校にいたと先生に聞きました。
よほどおなかがすいていたんだろうなと思いました。
三つ目の箱からは、太くて黄色い干しうどん(パスタのこと)白い砂糖、塩、干し豆、粉ミルクが出てきました。
田舎では牛からしぼったものしか飲んだことがなかった花子は不思議に思いましたが、これは水に溶かして飲むミルクだと先生が教えてください
ました。
みんなで水筒の水に溶かして飲んでみましたが、とてもまずくて、こんなものを飲んでいるアメリカの子供たちがかわいそうだと思えたのでした。
黄色い干しうどんは、茹でて食べるんだとも教えてもらいました。
四番目の箱は、とても頑丈にできており、中にはいろんな薬や包帯、ヨードチンキなどの医療器具が入っていました。
たまたまお腹がいたくなった子がいて、先生はその子に薬を飲まそうとしましたが、最初、そんな硬くて白いもの(錠剤)を飲んだことがなかった
ので、砕いて飲ませました。
苦いのかなと思い、花子は尋ねると、みかんみたいな味がしたというので、クラスのみんなは急に自分もお腹が痛いといって、その薬を欲しがり
ました。
こんな沢山の薬をみて、戦争中にこの薬があったなら、多くの人が助かったろうにと花子は考え、亡くなった父や友達の顔を思い浮かべるのでした。
五番目の一番大きな横長の箱は、よほど前に送られたのか、ずいぶん傷んでいました。
最後となったその箱を先生はわざとゆっくり開けました。
中には、色んな勉強道具が入っていました。
束になった真っ白な画用紙が入っており、その匂いが教室に漂うと、思わずいいにおい、と誰かが声を出し、みなして深呼吸をしてそのに匂いを
胸いっぱいに吸い込みました。
見たこともない沢山の色のクレヨンとクレパス、それに水彩絵の具がありました。
そのような文房具を目を輝かせて眺めながら、お尻に小さい消しゴムのついた鉛筆はくじ引きで六年生だけがもらい、あとのクレヨンとかは下
級生全員で共有し、図工の時間に使うことになりました。
最後に先生が取り出したのは、英語で書かれた手紙の束でした。
その中の二通を広げて見せて下さいました。
一通目は、クレヨンできれいなお花と家の絵が描かれていました。
二通目のには、大きな木と鳥が描かれており、そのどちらもがアメリカの小学四年生の男の子と女の子からのものでした。
英語で少し添えられているメッセージは、「アメリカからの贈り物が気にってもらえることを祈っています」と書かれていますと、英語の読める
先生が説明して下さいました。
横長の箱には、最後に思いがけないものが入れてありました。
これはすごいぞ、と言って先生が取り出したのは野球のボール、それにミットやバット、野球帽が入っていたのでした。
男の子たちは喜び勇んで、悲鳴のような声を上げていました。
このクリスマスの日を今でもはっきり覚えているのは、これほど鮮やかな色の洋服や香りのよい画用紙、クレヨンや鉛筆など外国からの贈り物を
見たことがなかったからでした。
それまでの自分たちは、授業に使うものが殆ど無く、いつも何もかもがもったいないできていました。
これほどのきれいな色のクレヨンはぜいたく品で、学校で使うことはまずなかったからでした。
そして長い間、街全体が焼け野原で残骸を焼く臭い匂いの中で生活していた花子たちは、アメリカからきたこれらの贈り物の新鮮な良い匂いに
敏感になっていたのかもしれません。
物語は後もう少し続き、48色のクレヨンの意味もお分かり頂けるのですけれど、もう少し続けさせて下さい。
かなり要約させて頂きながら書いておりますが、やはりかなり無い頭を絞るように感じております。
拙い脳みそで、どのように書かせて頂けばよいものか、難しいものだなと感じるばかりです。
このようなブログへのお付き合い、いつも本当に有難うございます。
暑いです;。
これしか言えない。
と弱音を吐いていてはいけませんね、この暑い最中でも外で頑張っておられる方も大勢おられるはずですので。
どうぞ、体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さいね。
そんな今日は、このような感じ。
やはり雲がかかっております。
最近、やれしんどいだのなんだの、と申しておりますが、どうも眼精疲労があるみたいでして;。
もともと遠視なので、近くを見るのは疲れるとは先だっても書いておりましたが、その上で老眼も重なり、これまたどうにも左右の視力が違うせいか
左目の奥が痛く、加えて頭も凝って相当に辛い感じです。
早いこと、自分に合わせて老眼鏡、新調せねばと思っております;。
と、そんなどうでもいい話は置いといて。
昨日すっぽかしてしまいました物語の続きを書いていこうと思います。
待って下さっておられる方がいらっしゃったのでしたら、本当にお待たせしております。
「48色の夢のクレヨン」
続けます。
クリスマスの日、アメリカの民間団体から沢山の贈り物が届けられました。
先生方が朝早くから自転車に積み、五つの箱が学校へやってきました。
最初の箱には、どこも破れていない子供用の洋服が入っており、男の子用なのに赤いサスペンダーのついたズボンとか、女の子用には白と水色の
水玉模様のワンピースに、ピンクのリボンが胸や裾についた、お姫様がきるようなドレスもありました。
その他にも三足ほどの革靴が入っており、くじ引きでその一足を花子は引き当てたのでした。
二番目の箱には、歯ブラシや歯磨き粉や石鹸、それにきれいな色のビー玉が入っていました。
その歯磨き粉を使って、それからは毎日、授業が始まる前に歯磨きをすることにしました。
水でうがいをするのですが、それを吐き出すのはもったいない気がしたけれど、先生がうがいした後の水にはばい菌がいっぱいいるといわれたので
花子は必ず出すようにしました。
みんなに二つずつもらったガラスのビー玉を花子は宝物の一つとして空き缶にいれて大事にしました。
後で聞くと、ビー玉を飴と間違えて飲み込み、のどに詰まらせて死にそうになった子がよその学校にいたと先生に聞きました。
よほどおなかがすいていたんだろうなと思いました。
三つ目の箱からは、太くて黄色い干しうどん(パスタのこと)白い砂糖、塩、干し豆、粉ミルクが出てきました。
田舎では牛からしぼったものしか飲んだことがなかった花子は不思議に思いましたが、これは水に溶かして飲むミルクだと先生が教えてください
ました。
みんなで水筒の水に溶かして飲んでみましたが、とてもまずくて、こんなものを飲んでいるアメリカの子供たちがかわいそうだと思えたのでした。
黄色い干しうどんは、茹でて食べるんだとも教えてもらいました。
四番目の箱は、とても頑丈にできており、中にはいろんな薬や包帯、ヨードチンキなどの医療器具が入っていました。
たまたまお腹がいたくなった子がいて、先生はその子に薬を飲まそうとしましたが、最初、そんな硬くて白いもの(錠剤)を飲んだことがなかった
ので、砕いて飲ませました。
苦いのかなと思い、花子は尋ねると、みかんみたいな味がしたというので、クラスのみんなは急に自分もお腹が痛いといって、その薬を欲しがり
ました。
こんな沢山の薬をみて、戦争中にこの薬があったなら、多くの人が助かったろうにと花子は考え、亡くなった父や友達の顔を思い浮かべるのでした。
五番目の一番大きな横長の箱は、よほど前に送られたのか、ずいぶん傷んでいました。
最後となったその箱を先生はわざとゆっくり開けました。
中には、色んな勉強道具が入っていました。
束になった真っ白な画用紙が入っており、その匂いが教室に漂うと、思わずいいにおい、と誰かが声を出し、みなして深呼吸をしてそのに匂いを
胸いっぱいに吸い込みました。
見たこともない沢山の色のクレヨンとクレパス、それに水彩絵の具がありました。
そのような文房具を目を輝かせて眺めながら、お尻に小さい消しゴムのついた鉛筆はくじ引きで六年生だけがもらい、あとのクレヨンとかは下
級生全員で共有し、図工の時間に使うことになりました。
最後に先生が取り出したのは、英語で書かれた手紙の束でした。
その中の二通を広げて見せて下さいました。
一通目は、クレヨンできれいなお花と家の絵が描かれていました。
二通目のには、大きな木と鳥が描かれており、そのどちらもがアメリカの小学四年生の男の子と女の子からのものでした。
英語で少し添えられているメッセージは、「アメリカからの贈り物が気にってもらえることを祈っています」と書かれていますと、英語の読める
先生が説明して下さいました。
横長の箱には、最後に思いがけないものが入れてありました。
これはすごいぞ、と言って先生が取り出したのは野球のボール、それにミットやバット、野球帽が入っていたのでした。
男の子たちは喜び勇んで、悲鳴のような声を上げていました。
このクリスマスの日を今でもはっきり覚えているのは、これほど鮮やかな色の洋服や香りのよい画用紙、クレヨンや鉛筆など外国からの贈り物を
見たことがなかったからでした。
それまでの自分たちは、授業に使うものが殆ど無く、いつも何もかもがもったいないできていました。
これほどのきれいな色のクレヨンはぜいたく品で、学校で使うことはまずなかったからでした。
そして長い間、街全体が焼け野原で残骸を焼く臭い匂いの中で生活していた花子たちは、アメリカからきたこれらの贈り物の新鮮な良い匂いに
敏感になっていたのかもしれません。
物語は後もう少し続き、48色のクレヨンの意味もお分かり頂けるのですけれど、もう少し続けさせて下さい。
かなり要約させて頂きながら書いておりますが、やはりかなり無い頭を絞るように感じております。
拙い脳みそで、どのように書かせて頂けばよいものか、難しいものだなと感じるばかりです。
このようなブログへのお付き合い、いつも本当に有難うございます。