気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

モラルなき金融業界とギリシア危機

2015年08月29日 | 経済

金融業界の腐敗ぶりをうかがわせる元金融マンによる論説です。
直接的なテーマは、目下のギリシアの危機について銀行の責任を問うもの。
しかし、興味深いのは、最初の方で短く言及される、アブナイ金融商品とわかっていて売りつけるそのあくどさを率直に告白している部分。
(日本の企業も被害者となっています)

アメリカの老舗月刊誌『The Atlantic』(アトランティック)誌から採りました。

原題は
Blame the Banks
(銀行を非難せよ)
で、書き手は Chris Arnade(クリス・アーネイド)氏。

原文のサイトはこちら↓
http://www.theatlantic.com/business/archive/2015/07/greece-crisis-banks-greedy/398603/

(なお、原文の掲載期日は7月16日でした)


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Blame the Banks
銀行を非難せよ


ギリシア国民が無謀な借入れのために叱責され、一方、長年それによって懐をうるおしてきた金融機関が無罪放免の様子なのはどうしたわけか

Chris Arnade
クリス・アーネイド

2015年7月16日


私がウォール街で最初に教えられたことのひとつはこうだ。
「誰がマヌケか見極めよ」。
これがキモだった。
もう少し具体的な言い方もある。私は何度もどなられたものだ。
「金を持ったうつけ者は誰かを見極めるんだ。そして、やつらの口にめいっぱい有毒なクソを押し込んでやれ。ただし、まずは丁寧、親切に接することだ」。

私が1993年にソロモン・ブラザーズに入社した頃は、日本の顧客(大部分は中堅の銀行か大手メーカー)が「うつけ者」と考えられていた。
私は最初の5年間を複雑な金融商品の開発についやした。日本の顧客に売るための、会社にとっては利幅の大きい商品だが、ウォール街の隠語では「有毒廃棄物」と呼ばれていたものだ。
これらの日本の顧客は、21世紀をむかえる頃には、その多くが破綻に至った。原因の一部はわれわれが売った「有毒廃棄物」のせいであり、また一部はわれわれ以外の金融会社が売ったやはりトンでもない金融商品のあれこれのせいであった。

欧州統一通貨ユーロの導入は欧州経済に対する信頼感を高めた。そして、われわれウォール街の面々は新たなカモをつかまえることに注力し始めた。それは欧州の銀行、もう少し細かく言うと、欧州北部の銀行のことである。

2002年から2008年の金融危機に至るまでの間、われわれウォール街の人間は、これらの銀行の口に「有毒廃棄物」をこれでもかと言うほど押し込んだ。格別むずかしい話ではなかった。以前の日本の顧客と同様、彼らも世界中から資産を買い入れることに無我夢中で、見境なかった。

彼らはとにかく乗り気で、非常な意欲を有していた。そこで、ウォール街はヘッジ・ファンドに手を貸して、特別あつらえの金融商品を創らせた。サブプライム住宅ローンを土台とした、もっともリスキーで、欠陥をかかえた商品である。銀行はこれらを「バケモノ」と呼び、メディアは後に「破綻必至の商品」と評した。もし思慮分別の欠けた買い手がいなかったら、これらの金融商品はそもそも最初から創られなかったであろう。ところが、欧州の銀行はしばしばまさにそのような買い手だったのである。

銀行は資産を買い入れる場合、お金を融通するのが一般である。資産の売り手は通常、金の借り手なのである。さまざまな資産を買い入れるにあたって、欧州の銀行はいわゆる銀行の通常の仕事-----つまり貸し付け-----をしていた。しかし、それをおこなうにあたって、十分な注意を払わなければ、まさに銀行がやってはならないことをやることになる。いわゆる「無謀融資」である。

欧州の銀行が無謀な融資をおこなったのは米国内だけではなかった。欧州においても彼らは積極的に営業した。たとえば、スペイン、ポルトガル、ギリシアなどの各国政府に向けてである。

2008年に米国の住宅市場が崩壊した際、欧州の銀行は大きな痛手をこうむった。彼らが主として損失を吸収した関係者だった。その後、彼らは欧州に注力するようになるとともに、引き続き欧州の各国政府に融資をおこなった-----つまり、これらの国の国債を買い入れたのである。しかし、それは次第に愚かな行為と見なされ始めていた。欧州南部の国の多くが懸念すべき兆候を示しつつあったからである。


[2010年のギリシア救済は、名目は違うが、あらゆる点で銀行の救済にほかならなかった]

2010年までにこれらの国々のひとつ、ギリシアは、もはや勘定を払うことができなくなった。それまでの10年の間にギリシアは巨額の債務を積み上げていた。原因は、あまりに多くの人々があまりに多くのモノを買い、あまりに少数の国民があまりに少額の税を払うだけの一方で、あまりに多くの腐敗した政治家があまりに多くの口約束をかかげ、これらすべてがいかがわしい会計手法によって粉飾されていたからである。しかし、数々の問題点が明白であるにもかかわらず、銀行家はあいかわらず熱心にギリシアにお金を融通し続けた。

この2010年のギリシア危機は取りあえず国際的な協調による救済のおかげで沈静化した。しかし、ギリシアは厳しい支出抑制を余儀なくさせられた。債務免除は許されず、以前の債務を返済する手助けとしてさらなるお金が貸しつけられたにすぎない。これによって銀行は損失を膨らませずに済んだのだ。名目は違うが、あらゆる点でこれは銀行の救済にほかならなかった。

ギリシアはこの時以来ずっと苦難にあえいできた。経済的な打撃は記録的な規模に達した。その人的コストは漠然としか理解されていない。2012年にも再び救済が必要になった。そしてさらに今週のこの事態である。

ギリシアが苦難にあえいでいる一方で、欧州北部の銀行は、自身の無謀な融資決定について、経済、法あるいは倫理などの面で説明責任をいまだにはたしていない。その上、2010年にギリシアではなく銀行を救済することによって、政治家は将来の損失をギリシアから欧州の一般市民に割り当ててしまった。それは愛国主義的感情に裏打ちされた欺瞞的方策であった。この愛国主義的感情は以来双方の対話のさまたげとなっている。我が方の無思慮な銀行には光をあてるな、彼らの無謀な借入れを問題にせよという調子である。

* * *

欧州連合は当初、崇高な理念を土台に、石炭と鉄鋼に関する経済協定から発進した。それは、少なくとも一面では、以前の戦争の導き手となったナショナリズムを経済的動機の共有によって薄めようとする試みだった。

経済的統合は1999年のユーロ圏の創設により通貨統合の形に結実した。共通通貨ユーロの採用は、しかし、政治的な統合を進めないままおこなわれた。そのため、当時、多くの人々がこれを「馬の前に荷車をつなぐ」(順序が間違っている)進行と評した。

共通通貨の採用とともに各種の規則も大幅に改訂された。それは銀行業界に新たな成長の機会を-----そして「うつけ者」になる危険性も-----もたらした。規則の変更によって、銀行はユーロ圏諸国の国債をすべて平等にあつかうことができるようになった。すなわち、ギリシアは、こと規則に関するかぎり、ドイツと同等のリスクの持ち主と見なされた。

だが、市場はそうは考えなかった。ギリシアは借入れにあたってドイツなどよりも多くのお金を支払わねばならなかった。欧州北部の銀行はぼろもうけを見込んでギリシアへの融資に乗り出した。そして、「同等のリスク」と引き換えに、より高額の報酬をまんまとせしめた。

それは、銀行を核とした自己実現的な増幅回路の始まりだった。欧州南部の国々(とりわけギリシア)は借入れを増やし、その金でモノを買い入れ、それによって経済成長し、それがまた借入れのコストを大幅に押し下げる結果となって、さらに借入れを増やすことにつながり …… という具合だった。

この買い物熱は関係者全員の利益となった-----とりわけ欧州北部の国々にとっては。南部諸国はインフラが整備され、モノが豊かになり活況を呈した。北部諸国は南部諸国に売りつける商品を工場が矢つぎばやに生産して好況だった。その中間には銀行が陣取って首尾よく利ざやをかせいだ。

この増幅回路は欧州に特有の性質のものだった。それは共通通貨がもたらす誤った安定感に基づいていた。EU加盟国がデフォルトするはずがないという銀行家の素朴な信仰はこれによって強化された。

増幅過程はくり返され、とうとうギリシアの積み上げた債務の膨大さが市場の無視できぬ規模に達した。市場はすでに米国の住宅危機の衝撃を経ていたのでたちまち懸念が広がった。このため、ギリシアの借入れコストは上昇せずにはいない。欧州の各銀行は、中途でやめるにはすでにあまりに深く足をつっ込んでおり、依然融資には前向きであったが、欧州外の銀行は二の足を踏んだ。

2010年になるともはやこれ以上の事態の継続は不可能となった。市場はギリシアへの新たな融資を拒絶し、救済が不可避となった。


[欧州南部の債務国が苦しんでいるのは彼ら自身の無能力と怠惰と強欲のせいだという言説が流布]

ところが、救済で重点が置かれたのは、ギリシアではなく銀行を救うことであった。ギリシアの債務の一部を免除し、銀行に損失を負わせることはおこなわれず、ギリシアは今後も勘定を払い続けることになった。以前の勘定を清算するために新たな資金を提供したのは各種の公的機関だった(すなわち、欧州委員会、IMF、欧州中央銀行である)。かくして、銀行はたいした手傷を負わずに済んだ。新たな融資の大部分はギリシアを経由してこれらの銀行に渡ったのである。欧州北部の銀行を救うための「パイプ」役を演じることと引き換えに、ギリシアはこれまでのやり方を改めるよう求められた。支出を抑えよ、増税せよ、公的部門を再編せよ、等々 …… 。

これらの手法はうまくいかなかった。ギリシアはいよいよ深刻な不況に陥った。2年後には再び支払いに窮し、新たな救済が必要になった。今度ばかりは債務が免除された。約40パーセントの減免である。しかし、それまでには銀行は損失のリスクをはるかに減らしていた。融資の多くはすでに満期をむかえ完済されていたのである。

2010年の、あの最初のこっそりした銀行救済劇では、欧州南部の債務国が苦しんでいるのは彼ら自身の無能力と怠惰と強欲のせいだという言説が持ち出され、後押しされた。銀行はこれをてこに自分たちが頑是ない子供に接するうろたえた親という役どころを演じることができた。

この言説は、将来の損失をギリシアから欧州-----主に欧州北部-----の一般市民に受け渡すことにより、さらに助勢され、政治的に利用された。「我ら対彼ら」という対立的な心情が掻き立てられた。それはナショナリズム-----あらゆる点で共通通貨が表象すると考えられているものの正反対-----の装いをした施策であった。

なにゆえ2010年にギリシアではなく銀行が救済されたのか。なにゆえギリシアが従来の行き方を改めるよう求められ、無謀な借入れを非難されたのか-----銀行は無謀な貸し付けを責められないまま。

その理由のひとつはこう説明される。EUはかかる危機を克服するために必要な緊密な結びつきを構築するに至っておらず、規制当局間の協力体制も整っていなかった、と。もっと声高にとなえられる理由は、欧州の銀行があまりに脆弱であり、それでいながら、不可欠な存在であるために、損失を引き受けさせるのは無理であったというものだ。もし無理に引き受けさせると、損失は欧州全土に波及し、他の銀行、他の国々も壊滅させ、最終的にはユーロ圏が崩壊してしまうとされた。

また、さらにこうも言う。銀行は経済の運営、経済の健全性にとってあまりに中核的な存在であるため、いかに軽率にふるまっていたとしても、損失を負わせて罰することはむずかしい。これが、危機の最中に、銀行の救済を正当化し、借り手ではなく貸し手に有利な取り計らいを正当化するためにとなえられた説明である。実に説得力のある論だ。なぜなら、確かにそれは真実であるから。

だからこそ、それは、そもそも銀行が厳しく規制されねばならぬという主張のもっとも強力で正当な根拠となっていたのである。まさにこの手の軽率、無謀なふるまいを抑止しなければ、やがては国や経済をめちゃくちゃにしてしまう。

* * *

政治家や規制当局、銀行家は銀行破綻の直接的なコストは計算することができる。しかし、破綻後の長期に渡る人的コストを見極めることはできない。

現在、ギリシアは1930年代の米国をしのぐ景気悪化のために大きな苦しみを嘗めている。貧困率、ホームレス人口、自殺者数、薬物等の依存者数-----これらはいずれも増大した。ひとつの世代が、自分たちの現在が縮小し、未来がさらに一段と縮小するのに立ち会っている。

これは、昔からくり返されてきた気の滅入るパターンである。貸し手と借り手が衝突した場合、非難されるのは決まって借り手であり、苦しみを嘗めるのも決まって借り手なのだ。


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[補足と余談など]

■経済や金融に詳しくないので、誤訳または不適切な表現があると思います。詳しい方のご指摘を歓迎します。


■筆者の Chris Arnade(クリス・アーネイド)氏は、あくどい金融業界に愛想をつかしたのか、今では会社を辞め、フリーのカメラマンになっている様子。
ネットで検索すると、以下のサイトにアーネイド氏の名前が登場します。

http://www.terrafor.net/news_oigpsw5epa.html

(なお、アーネイド氏が1993年に入社したソロモン・ブラザーズは、買収や合併を経て、現在はシティグループに吸収されています)


■第2段落に書かれているように、金融マンは自分たちのあつかっている金融商品がアブナイものであることを承知しながら売りつけていたわけです。
そして、平然と
「これらの日本の顧客は、21世紀をむかえる頃には、その多くが破綻に至った。~」
と書く。

私は「金融マンとは、背広を着、ネクタイを締めた詐欺師ではないか」という疑念を抱いていましたが、今回の文章でひとつの確証が得られました(笑)


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