気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

武漢ウイルスの嘘-----諜報当局に圧力をかける政権

2020年07月13日 | 国際政治

今回の文章はもっと早くアップするつもりでしたが、個人的に想定外の事態が出来して、
やむなく間が開いてしまいました。
気分的には「賞味期限切れ」で、申し訳ない気持ちがあるのですが、内容は訳しておく価値
はあると信じています。

あつかわれている題材は、新型コロナウイルスをめぐる米国政府のプロパガンダです。
しかし、ここに書かれている現行政権と諜報当局のつばぜり合い、あるいは、諜報当局に
対する現行政権の圧力などの様態は、今後も変わることはないでしょう。


原題は
The Wuhan Hoax
(武漢ウイルスの嘘)

書き手は、Bob Dreyfuss(ボブ・ドレイファス)氏。
同氏について、くわしくは末尾の「その他の訳注・補足など」を参照。

原文サイトはこちら↓
https://zcomm.org/znetarticle/the-wuhan-hoax/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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The Wuhan Hoax
武漢ウイルスの嘘


By Bob Dreyfuss
ボブ・ドレイファス



2020年5月22日
初出: 『トムディスパッチ・コム』


フェイスブックその他のソーシャルメディアで時折お目にかかるセリフがある。「歴史を
学ばない人間は歴史をくり返すことになる。一方、歴史を学ぶ人間は、他のみんなが歴史
をくり返す間、なすすべもなくそばに立ち尽くすことになる」というものだ。

なかなかおもしろいセリフである。だが、そうとばかり言ってはいられない。
トランプ政権、また、ポンペオ国務長官を筆頭とし、コットン共和党上院議員(アーカンソー
州選出)が後押しする中国たたきに熱心な人々は、目下のところ、フセインのひきいるイラク
との戦争を正当化すべくチェイニー副大統領が2002年~2003年に用いた「虚偽情報」と
いう戦略をしょうこりもなくまた採用しているからだ。
あの当時、ブッシュ政権は、諜報当局にすさまじい圧力をかけた。フセインがアルカイダと
共謀関係にある、フセイン政権は核兵器、生物兵器、化学兵器などを開発・保持していると
いう嘘の主張を裏書きせよとせまったのである。
たとえ根も葉もない主張であったとしても、結局のところ、それは、多くの懐疑的な保守派や
動揺したリベラル派に、イラクに対する一方的で違法な武力侵攻が喫緊不可欠であると
確信させるのにおおいに役立った。

今回はトランプ政権の乱暴な主張の登場である。
新型コロナウイルス(この陰謀理論の支持者によれば、人為的に作られた可能性があると
いう)は、昨年末の感染症発生の中心地である中国、武漢に置かれているある研究所から、
故意にあるいはあやまって拡散されたとする。
この筋立ては極右のグループ内で反響しあい、拡大したものだ。
陰謀理論に傾きやすいネット界の変人たち、たとえば、『インフォウォーズ』を主宰する
アレックス・ジョーンズ氏などから、多少の敬意は払われているメディア界の人権擁護家や
ラジオのトーク番組の司会者、そして、ついには、トランプ大統領をふくむ政府当局の最上位
層までが、これに飛びついた。

しかし、2003年のイラク侵攻の時とは事情が異なり、現在の米国は中国と一戦を交える
つもりはない、少なくともこれまでのところは。
しかし、新型コロナウイルス感染症をめぐるおのれの不手際から気をそらすために、中国が
疾病の世界的流行に責任があるとやっきになって主張するのは、地球上の目下の2大国の
関係を、この重大な時期にいちじるしく険悪にするだけである。
その過程で必然的に確実なことは、この2大国が、長期にわたる感染症への対応、ワクチン
や治療法の発見などに関して、ともに手をたずさえて事にあたる見込みがはるかに少なく
なるという事態である。これは、イラク戦争の時と同様、人々の死命を左右する問題である。


[イラクの悪夢再び?]

2002年の当時、ブッシュ政権は、CIAその他の諜報当局に対して間断なくプレッシャー
をかけ続けた。アルカイダや大量破壊兵器をイラクのフセイン政権と結びつける包括的な
情報群となるよう、諜報活動で得られた各種事実の改変、歪曲、好都合なもののみの採用
などを強く求めたのである。
国防総省では、副長官のポール・ウォルフォウィッツ、政策次官のダグラス・フェイスなどの
いわゆるネオコン派が、後に「特別計画局」と呼ばれることになる臨時委員会を立ち上げた。
その使命はイラクに関する情報をでっち上げることであった。

意向が明確に伝わるよう念には念を入れて、チェイニー副大統領はヴァージニア州ラングレー
のCIA本部に何度も足を運び、CIA分析官たちに何か有用なものを案出するようしつこく求めた。
ウォルフォイッツやフェイス、また、ハロルド・ロードのような彼らと昵懇の国防総省職員たち、
イラク戦争を推進していたボルトン国務省次官の当時の上級顧問であったデヴィッド・
ワームサー(現在はイランに関するトランプ大統領の私的顧問)などのネオコン派の官僚、
等々は、情報の改変・歪曲・誇張等の要請にあらがう国防総省やCIAの職員たちを排除する
ために精力的に動いた。
これらの事情は、私がジェイソン・ベストと共同して執筆し、「嘘の工場」とのタイトルで2003年
に『マザー・ジョーンズ』誌に掲載された記事でくわしく報じたことである。
その翌年、諜報機関に関するベテラン記者のジェイムズ・バムフォードは『戦争の口実』なる
著作を刊行し、これらの経緯のいっさいを克明に明かした。

ところが、2002年の現在、トランプ大統領はたんに諜報当局に圧力をかけているだけではない。
戦いを挑んでいる。そして、諜報活動に関してはずぶの素人や自分の追従者をそのトップの
座にすえようと懸命である。
諜報当局に対する敵意は、しかし、大統領に就任する以前からすでに始まっていた。ロシアの
プーチン大統領が選挙戦にひそかに手を貸し、大統領就任を後押ししているというCIAやFBI
などの諜報当局のまじめな分析報告をそれまで幾度も等閑に付し、信じようとしなかった。
その後も、「ディープ・ステート」(訳注1)なる言葉を使って非難したり、ツイッターでこき下ろし
たりをやめなかった。
そして、ロバート・モラー特別検察官やFBI、さらには司法省自身の調査に対しても焦土戦を
しかけるべく、権威主義的なウィリアム・バーを司法長官に指名した。その焦土戦の一端は、
たとえば最近では、短い間ながらもトランプ大統領の最初の国家安全保障問題担当補佐官
であり、ロシア介入疑惑をめぐり偽証罪を認めていたマイケル・フリン氏に対する起訴を取り
下げたことなどによく表れている。

(訳注1: 『週刊ダイヤモンド』誌では、「日本語では『影の政府』、『闇の政府』などと呼ばれ、
選挙によって正当に選ばれた政府とは別の次元で動く『国家の中の国家(state within a state)』
のこと」、また、ウェブ・メディアの『JBpress』では、「国家の内部に潜んでいる国家に従わない
官僚」、「時の大統領や首相に反旗を翻す官僚軍団」などと説明されています)

諜報当局が自分の意向に沿わなかったり、異議をとなえたりしないよう確実を期すため、
トランプ大統領は自分に忠実な政治官僚を米国家情報長官室(the Office of the Director
of National Intelligence。略称ODNI)のトップにすえるべく力をそそいだ。ODNIは、同時
多発テロを受け、諜報機関の再編の試みの一環として創設された組織である。
トランプ大統領の企ては2月に始まった。すなわち、リチャード・グレネル駐ドイツ大使を
国家情報長官代行に指名したのである。
同氏は、党派心と闘争心の旺盛な政治屋で、かつてボルトン氏が国家安全保障問題担当
補佐官であった時、その側近を務めていた。極右の見解をひそかに抱いており、トランプ
大統領の忠実な支持者であるとともに、大統領の元側近であったスティーブン・バノン氏の
信奉者でもある。
大使としてボンに赴任してまもない頃、同氏は、バノン氏の主催する『ブライトバート・ニュース』
のインタビューの中で、欧州における反体制的極右の勢力伸張を歓迎してみせた。

トランプ政権はまた、グレネル氏の女房役として、やはり極右の伝道者たるカッシュ・パテル
氏に声をかけた。
同氏は、共和党下院議員のデヴィン・ニューンズ氏の側近としてロシア介入疑惑をめぐる
調査の信用を傷つけるために働いた人物である。また、報道されたところによれば、元副
大統領のジョー・バイデン氏をおとしめるためにウクライナでの捜査をトランプ政権が強く
要請する中で、政権の非正規の交渉ルートの一端をになった人物でもある。

その後、グレネル国家情報長官代行に代えて、トランプ大統領が正式に長官に指名したのは
ジョン・ラトクリフ共和党下院議員(テキサス州選出)であった。トランプ大統領の弾劾を
めぐる議論において大統領をもっとも強く擁護した議員の一人である。
ラトクリフ氏はそもそも2019年にトランプ大統領が候補として名前を出していた。しかし、
当時は、数日のうちに諜報当局の専門家たちやその筋の権威者らはもちろん、同じ共和党
議員からさえも反対され、名前をひっ込めざるを得なくなった経緯がある。
そのラトクリフ氏が再登場し、現在、議会の承認を待っているが、高い確率で受け入れられ
そうである。

グレネル氏とラトクリフ氏のコンビが-----諜報当局をこき下ろし、その下っぱ役人どもを
恫喝するトランプ政権の3年にわたる動きと相まって-----彼らの懐柔に成功し、新型コロナ
ウイルスの開発と拡散を中国とその研究所の責任に帰する結論に導けるかどうかは、今の
ところ確言できない。


[武漢研究所をめぐる嘘]

例によって例のごとく、これらの動きは、保守系もしくは右翼系メディアにおいて、むしろ
さりげなく、目立たない形で始まった。

右翼系の『ワシントン・タイムズ』紙は、1月24日に「新型コロナウイルスの起源は細菌戦
研究と関わりのある中国の研究所か」と題する記事をかかげた。
この記事自体は、前日の英『デイリー・メール』紙に載った記事を下敷きにしたものであった。
それは、SFスリラー風の書き方がなされ、ほぼいっさいの(裏付けのない)情報をもっぱら
一人の人物-----イスラエル軍諜報部の中国専門家-----に負っていた。
そして、ほどなく『ワシントン・タイムズ』紙から他の国内右翼系メディアに拡散した。
翌日には、スティーブン・バノン氏が『パンデミック作戦指令室』と称するインターネット
・ラジオ番組で、この記事を取り上げ、「めざましい報道」と持ち上げた。
2、3日後には、信頼性に疑問のある、ゴシップ好きのウェブサイト『ゼロヘッジ』が飛びつき、
(後にたくさんのあやまりが判明した)記事をかかげ、その中で、ウイルスは中国人科学者
が生体工学的に開発したもので、その科学者の名前を挙げることができるとさえ謳った。

そして、半月ほど後にはフォックス・ニュースである。報道では、お笑い草にも、ディーン
・クーンツの小説『闇の眼』を引き合いに出して、「戦時に生物兵器として利用できる新種
ウイルスの開発にたずさわる中国の軍研究所」について語った。
その翌日、トム・コットン上院議員がテレビ番組-----むろんのこと、フォックス・ニュース
である-----に登場し、ウイルスの開発元が中国である可能性に大きくうなづいてみせた。
こうして、この見方はまさにウイルスのように広まり始めた。
(コットン議員はまもなくツイッターで、中国が意図的にウイルスを流出させた可能性が
あるとさえ言い出した)
2月の終わりになると、右派陣営でもっとも声の大きい男、ラッシュ・リンボー氏が参入し、
ウイルスは「おそらく中国共産党の研究所内実験の産物で、兵器用に開発が進んでいた
もの」と主張した。
(これらの陰謀論がどのように拡散したかは、報道サイトのレーティング団体「グローバル
・ディスインフォメーション・インデックス」が鮮明に跡づけている)

3月になると、トランプ大統領とポンペオ国務長官は、新型コロナウイルスの深刻な現状を
受け流す一方で、それを「中国ウイルス」もしくは「武漢ウイルス」と呼ぶことをしつように
訴えた。このような呼称は人種差別的であるとともに挑発的という批判にも耳を貸さなかった。
3月の終わりには、ポンペオ国務長官が「武漢ウイルス」の名称採択にこだわるあまり、「先進
7カ国外相会合」(いわゆるG7)の共同声明が見送られる事態となるしまつ。
そして、新型コロナウイルスを世界に拡散させた廉で報復的措置を採る、そう大統領自身が
中国にすごんでみせるのに、たいして時間はかからなかった。また、同時に、このウイルスの
突発的な流行を、1941年の日本による真珠湾攻撃になぞらえ始めた。

以上のようなあれこれのふるまいや事態は、CIAやその他の諜報当局に対するトランプ政権
の圧力-----新型コロナウイルスが、故意か事故かはさておき、まぎれもなく中国の武漢
ウイルス研究所か武漢疾病管理センター(中国疾病管理予防センターの地方支局)に起源を
有するという証拠をあげよという圧力-----がよりいっそう強くなる展開へのほんの序章に
すぎなかった。
ニューヨーク・タイムズ紙の4月30日付の記事はこう伝えている。
「中国、武漢の公的研究機関が新型コロナウイルスの発生源であるという実体的根拠の
ない言説を後押しする事項を発掘するよう、トランプ政権の高官が諜報当局に強く求めた」、
そして、グレネル氏はそれを「優先事項」とした、と。

その間、トランプ大統領とポンペオ国務長官の2人は、ウイルスが中国の研究所起源である
「証拠」を実際に見たとたびたび言い張った。
しかし、トランプ大統領は、この情報は重大な機密に属するのでそれ以上のことはまったく
口にできないという体をよそおった。「それは明かせない。明かせないことになっているのだ」。
ポンペオ国務長官の方は、ABCニュースの報道番組『ディス・ウィーク』に出演し、この件に
ついて聞かれた際、「中国の研究所が事の始まりである証拠がふんだんにある」と述べた。

ODNI(国家情報長官室)は4月30日にそっけない声明を出した。これまでのところ、当局は、
新型コロナウイルスが「人為的にもしくは遺伝子組み換えにより生み出されたものではない」
との結論に至った、と。ただし、「武漢の研究所における何らかの事故の結果」、ウイルスが
漏洩した可能性については調査中である、とも。とは言え、このような事故が起きた証拠は
見当たらないし、また、ODNIも何一つそれを提示することはできなかった。


[判断歪曲の圧力]

2002年から2003年にかけてのイラク侵攻への足慣らしの展開を、われわれは今、
あらためて思い起こすべきである。
当時、政府の上層部の人間たちは再三再四強調した。フセインとアルカイダの(実際には
存在しなかった)つながりは事実である、フセインの(実際は存在しなかった)核兵器、
化学兵器、生物兵器、等の開発計画の進捗は事実である、そう自分たちは信じている、と。
しかるがゆえに、諜報当局の情報収集家や分析家をしてそれらを追究するよう命じた
のである、と(一方で、彼らの結論には一顧もあたえなかったが)。
さて、2020年の現在、トランプ大統領とその側近たちは、しょうこりもなく、やはり同じように
事実の天秤に自分たちの太い指をそえて、自分たちに都合のいい結論を導き出そうとして
いる。圧力が効を奏して、おそれをなすであろう諜報当局者に対し、どんな結論を自分たちが
聞きたがっているかをあからさまにしながら。

これら諜報当局の専門家たちは、自分の出世、俸給、年金がそれらを授ける政治家の継続的
な厚意にかかっていることを承知している。したがって、当然のことながら、彼らの要求に応え
ようとする強い動機が働く。諜報当局者の言う「評価」なるものを政権の意向に沿うよう、あや
をつける、さもなければ少なくとも自分の口をとざすのである。
これはまさしく2002年に起こったことであった。そして現在、グレネル、パテル、ラトクリフなど
の諸氏が、結局、トランプ大統領の追従者であるからには、諜報当局の下っぱ職員たちは、
自分たちのこれら新任の上司が何を期待しているか暗い気持ちでさとっているはずである。

武漢の研究所に責を帰そうとするこのトランプ・ポンペオ組のプロパガンダ作戦は、ほとんど
間を置かず科学者や諜報当局者、中国専門家などから反撃を受けた。
米国の著名な科学研究者で、新型コロナウイルスの専門家であるアンソニー・ファウチ博士は、
即座に政権の主張をしりぞけた。新型コロナウイルスは「自然界で進化したすえ、種の垣根を
越えて人間に感染した」と明言した。
このウイルスの遺伝子情報やその変異を研究している本当の科学者たちは、こうした見方が
妥当であると考えるからこそ、それが研究所で生み出されたものではないことにそろって
同意するのである。

米国の同盟国たるオーストラリア、イギリス、カナダ、ニュージーランド-----いわゆる「ファイブ
・アイズ(5つの眼)」(訳注2)に属する国々-----においても、新型コロナウイルスが「自然発生」
の産物であり、「人間とその他の動物の接触」による過程で変異したことについては、まったく
異論がなかった。
中でもオーストラリアは、武漢の研究所をめぐるインチキと思われる諜報文書に取り合わ
なかった。ドイツでは、武漢の研究所を発生源とする言説を、トランプ政権がウイルス対処を
めぐる自身の不手際から「注意をそらすための計略の一環」にすぎないとして、政府職員が
あざけっている内部文書が明らかになった。

(訳注2: 諜報活動に関する協力協定を締結しているアメリカ、オーストラリア、イギリス、
カナダ、ニュージーランドの5ヵ国の通称。加盟国間で傍受した盗聴内容や情報を共同利用
している)

ブルームバーグ・ニュースによれば、諜報当局内でこの問題を探求している人間は現在、
次のように語っている。研究所が発生源とする疑惑は「おおむね状況証拠的なものである。
なぜなら、研究所から漏洩したとする説およびその他のいかなる説も、その裏付けを得る
には、米国はあまりに現地情報を欠いているからだ」、と。
しかし、こう発言したからといって、結局のところ、現政権の恩義を受ける諜報当局幹部たち
が今後トランプ・ポンペオ組の主張に沿うよう判断を微調整しないと言い切ることはできない。

ブッシュ政権下のCIAの副長官で、後に長官代行も務めた上記のジョン・マクラフリン氏は
語る。われわれは、目下、約20年前にイラクに起こったことが再びくり返されるのを目撃
しつつある、と。
「私が思い起こすのは、CIAとブッシュ政権内のあるグループとの間に持ち上がった言い
争いです。フセインとアルカイダの間に軍事行動上の協力関係があったかどうかの問題
でした」。
「彼らはCIAに何度も確認してきました。そして、われわれは彼らの元にうかがい、言った
ものです、『むろん、そのようなものは存在しません』と」。

このトランプ・ポンペオ組と諜報当局との間の綱引きは、大統領と「ディープ・ステート」
との3年以上にわたる争闘の中の短期的なこぜり合いの一つに終わるものなのか、それとも、
やがては米中間の深刻な危機にまで発展するものなのか-----現時点では、はっきりした
ことは言えない。
あいにくなことに、この1月と2月、諜報当局は、コロナウイルスが米国におよぼす脅威と
安全保障上の問題について、トランプ大統領にくり返しはっきりと注意を喚起していた。
すでにその前にも、中国自身と世界保健機関(WHO)が、目下武漢で起こっている事態が
世界に広がる可能性があるとの警告を発していた。
ところが、3月いっぱいまで、トランプ大統領は事態の深刻さをさとっていなかった、
あるいは、意図的に過小評価したのである。

もしトランプ大統領が諜報当局を自分の敵とみなす性向を持っていなかったならば、
新型コロナウイルスに当初からもっと注意を払っていたかもしれない。そして、そうして
いたら、まちがいなく米国の死亡者数は今よりずっと少なくなっていたであろう。また、
自分の職務怠慢を何としてでもごまかすために、大統領執務室にこもって、言語道断の
言い訳をひねり出す必要はなかったであろう。

コロナ禍が終息してからふり返ってみれば、イラク戦争などは「古き良き時代」と感じられる
ことになるのかもしれない。


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[その他の訳注・補足など]


書き手のボブ・ドレイファス(ちなみに、ボブは略称で、正式にはロバート・ドレイファス)
氏については、末尾に紹介文がありますので、参考までに訳しておきます。

「ボブ・ドレイファスは、調査報道を得意とするジャーナリストで、『トムディスパッチ・コム』
の常連寄稿者。『ネーション』誌の編集協力者でもあり、また、『ローリング・ストーン』誌、
『マザー・ジョーンズ』誌、『アメリカン・プロスペクト』誌、『ニュー・リパブリック』誌、等々、
数多くのメディアに文章を発表している。著書に『悪魔のゲーム: 米国がいかにイスラム
原理主義者の興隆に手を貸したか』がある」



文中の
「その翌年、諜報機関に関するベテラン記者のジェイムズ・バムフォードは『戦争の口実』
なる著作を刊行し、これらの経緯のいっさいを克明に明かした」
について。

このジェイムズ・バムフォード氏の『戦争の口実』(原題は A Pretext for War)はまだ邦訳は
出ていないようですね。
同氏の他の著書の『全ては傍受されている--米国国家安全保障局の正体』(角川書店)は
出ていますが。

マイケル・ハドソン氏の著書『超帝国主義国家アメリカの内幕』は、最初に米国で出版された
時、日本でも邦訳の動きはあったものの、アメリカが日本に外交的圧力をかけたため、
日本の出版元はアメリカの神経を逆なでしないよう、出版から手を引くことになったと
言われています(くわしくはネットで検索してみてください)。
ジェイムズ・バムフォード氏の『戦争の口実』もいまだ邦訳が出ないのはそういう圧力が
あったのでは、と勘ぐりたくなります。