気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

エクソンモービルの大罪

2016年02月25日 | メディア、ジャーナリズム

昨年の11月、『ロサンゼルス・タイムズ』紙などによって、エクソンモービル社が気候変動、地球温暖化の危険性について社内の研究者からかなり早い段階で報告を受けていたことが浮き彫りにされました。

これまた、大企業が、自分に不都合な事実を承知しながら公表をひかえ、自社の利益を最優先した事例のひとつです。
喫煙と肺ガン等との結びつきを否定したタバコ産業と同様のふるまいです。

しかし、この件を大手メディアはあまり大々的に取り上げようとはしない様子。
最近話題になったフォルクスワーゲン社の排ガス不正問題よりもスケールの大きい、悪質な事件だと思うのですが。
(むろん、メディアの消極さの一因は、エクソンモービル社(およびその他の巨大石油企業)が桁外れの広告・宣伝費を払ってくれる大スポンサーだからでしょう。
一応、同社はニューヨーク州司法当局から訴追に向けて現在捜査を受けています)


著名な作家、環境ジャーナリストのビル・マッキベン氏がそのエクソンを厳しく批判したコラムを今回は訳出してみました(昨年の10月30日付けの文章ですが)。

タイトルは
Imagine if Exxon had told the truth on climate change
(気候変動についてエクソンがもし真実を語っていたら……)


原文の初出は、英『ガーディアン』紙のようですが、私は例によってオンライン・マガジンの『Znet』誌のサイトで読みました。
そのサイトはこちら↓
https://zcomm.org/znetarticle/imagine-if-exxon-had-told-the-truth-on-climate-change/


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Imagine if Exxon had told the truth on climate change
気候変動についてエクソンがもし真実を語っていたら……


By Bill McKibben
ビル・マッキベン


初出: ガーディアン紙

2015年10月30日


すべてのスキャンダルらしいスキャンダルと同様に、今回の「エクソンは実は知っていた」との暴露は、新たなドラマと疑問を次々と派生させた。
米大統領選の候補者たちは司法省の捜査を要求する声を上げ始めた。エクソンの広報担当者は、弁解の余地のない事実を弁解しようと努める中で、いよいよ自分たち自身を逃れようのない窮地に追い込んでいる。

(エクソンの拙策の最たる例は、ピュリッツァー賞受賞歴のあるジャーナリストたちを「反石油・天然ガス活動家」として攻撃したことだ)

『ロサンゼルス・タイムズ』紙のつわもの記者たちは、この件に関する一連の記事の一部で、先頃、こう明確に報じた。
エクソンは、同社の広報担当者が「エクソンの姿勢」と呼ぶところの対応方針を意識的にきっぱりとかかげた、と。それは要するに「不確実性を強調せよ」という行き方だ-----彼ら自身は不確実性などないことを承知しているにもかかわらず。

この欺瞞が専門的見地から違法であるかどうかは別のどなたかに判断をお願いしたい。しかし、各種の法はこれまでずっと金持ちや権力者が策定させてきたことを考えれば、今回もエクソンはうまく切り抜けることになるのだろう。私は自信を持って言わせてもらうが、この米国史上もっとも裕福な企業が司法の場に引き出される見込みは実にわずかなものだ。

けれども、今後の展開については今は措き、ここではちょっと過去のことを考えてみたい。事態がどういう違った展開を見せたかについて-----もし、あの1988年の8月当時、「エクソンの姿勢」が「真実を語れ」であったならば。

その数ヶ月前には、NASAの科学者ジェームズ・ハンセン氏が、地球が温暖化していること、その原因は人為的なものであることを議会で証言していた。当の8月は、アメリカのそれまでの観測史上でもっとも暑い夏だった。ミシシッピ川の水位はきわめて低くなり、荷船の航行が妨げられた。平原では暑熱のためにトウモロコシがしおれつつあった。
このような状況の下で、エクソンの社内科学者たちが、たとえば、「われわれの承知しているすべては、ハンセン氏の言が正しいことを示唆している。地球は深刻な状況にある」と発言していたらどうであったろう。

あの当時であったならば、深刻な状況を引き起こしたことについてエクソンを責める者は誰もいなかったろう。むしろ、その率直さが温かく迎えられたであろう。炭化水素に代わるものを見出そうとする試みが着手されたかもしれない。世界中がその試みに追随したかもしれない。それは容易な企てではなかったろう。世界は石炭、石油、天然ガスに完全に頼り切っていたからだ。しかし、それは、われわれ人類が一丸となって取り組む課題になっていたであろう。
エクソン-----世界最大の企業エクソン、創業者があの石油王ロックフェラーにさかのぼるエクソン、拠点を世界中に張りめぐらせているエクソン-----が、もし科学の託宣を尊重していたら、われわれは無駄な議論に四半世紀を費やさずにすんだことだろう。

あるいはまた、ティム・ディクリストファー氏が2年間刑務所暮らしをする必要はなかったであろう。なぜなら、同氏が阻止しようとしていた石油や天然ガスのリース契約が馬鹿げたものであることは、2000年代の半ば頃までにははっきりしていたであろうから。
クリスタル・レイマン氏、メリナ・マッシモ氏、クレイトン・トーマス・ミュラー氏などは、カナダのアルバータ州におけるタールサンドの採掘に反対するために、自分の全人生を賭けずともすんだであろう。北米大陸の「もっとも汚い」石油(訳注1)を掘り出すことなど、そもそもの初めから誰も本気で主張しないだろうから。
あるいは、学生たちは、今この時にも、タスマニアからケンブリッジに至る世界各地で管理・事務当局の建物を占拠し、抗議しているが、彼らがそんなふるまいにおよぶ必要はないであろう-----もし化石燃料企業がずっと以前にエネルギー企業に転換し、大学側が投資対象の変更を考慮しなくてもすんでいたならば(訳注2)。

(訳注1: タールサンドは「もっとも汚い石油」と呼ばれています。おそらく成分が従来の石油と比べ超重油質・タール系であること、および、より深刻な環境汚染を引き起こすことの2つの意味合いからです)

(訳注2: 化石燃料企業への投資をやめるよう学生たちが大学側に求めて、建物を占拠するなどの抗議運動を展開しています。くわしくは末尾の追加訳注を参照)

より深刻な問題は、もし再生可能なエネルギーが迅速に開発されていれば、インドの首都デリーに暮す子供たちの約半数-----250万人の子供たち-----が、肺に回復不能な損傷を受けずにすんだかもしれないという可能性だ(くわしくは末尾の追加訳注を参照)。

もし分散型の再生可能テクノロジーが迅速に普及していたら、石油や天然ガスの大富豪-----2人合わせると世界一の金持ちになるコーク兄弟のような-----が、アメリカの民主主義を金であがなうような事態も避けられたかもしれない。
あるいは、地球の海洋の酸性度は今ほど高くなってはいないだろう。地球は結局のところ「海洋惑星」-----海が主役の惑星-----なのに。

1988年の時点でさえも、ある程度の気候変動は避けがたいものではあった。その前後に、すでにわれわれは大気中のCO2濃度が350ppmという、今ふり返ると決定的と思われる敷居を超えつつあった。それに、どんなに気持ちが前向きであっても、この動向を押しとどめるには時間がかかったろう。一夜でどうなるというわけのものではないのだ。だから、たくさんの干ばつ、洪水、飢饉のうちのどれが回避可能であったかを明言することはできない。
しかし、われわれはこの長い、非常に貴重な時間を無駄にしてしまった。その結果、かつて必要であったレベルをはるかに超えて、地球温暖化に取り組まねばならなくなった。科学者たちが最近入れ替わり立ち代り指摘していることだが、われわれのこれまでの対応のにぶさのおかげで、気温上昇を2度未満に抑えることさえ今では達成がおぼつかない-----たとえ達成できたにせよ、状況はなお深刻である。

エクソンの幹部らは気候変動についてたびたび嘘をついたが、その中でも際立った嘘は1997年の次のような主張であろう。
「来世紀半ばの気温は、現時点で取り組むにせよ、20年後に取り組むにせよ、いずれにしても、それによって大きく左右されるということはまずありそうにない」。

エクソン社内の科学者たちはこれが嘘であることを承知していた。他の大部分の科学者たちも同様であった。目下、国連の気候変動会議に出席すべくパリに集まろうとしている専門家全員にアンケートを採って、気候変動に対処するもっとも有効なテクノロジーは何であるかを問うたらどうであろう。私は自信があるが、彼らの答えはきっとこうだろう-----「過去に20年戻って、この無駄にしてしまった歳月をやり直せるタイムマシーンである」。

以上のように考えるのは科学者や環境保護論者だけであると貴兄がお思いなら、それは間違っている。良心というものを持っている人間のまず大半が実際にそう考えているのだ。
たとえば、『ダラス・モーニング・ニュース』紙-----エクソン本拠の地元紙であり、石油に支えられているこの地域の人々が毎朝かならず目を通す新聞である-----の論説委員は、先週のコラムで以下のように述べた。
「収益の確保に固執するあまり、エクソンは気候変動の懐疑家たちに不当な権威を付与し、議員たちに世界的な取組みを遅らせる政治的な口実をあたえた。その結果、環境に対する打撃は深刻なレベルに達してしまった。これが、われわれの見るところの『不都合な真実』である」。

むろん、これらの歳月は、エクソンにとって「不都合」ではなかった。この20年間を通じ、毎年毎年、エクソンは経済史上いかなる会社よりもたくさんのお金をかせいだ。だが、これらの収益と引き換えに、世界中の貧しい人々がその代価を払いつつある。われわれの後に続くすべての世代も同様に代価を支払うことになるであろう。それもこれも、「エクソンの姿勢」によって、われわれが次から次と転換期を見逃すことになったからである。エクソンのイミッション(排出)の罪は、他の多くの企業や個人と同様に、重い。しかし、彼らのオミッション(不作為)の罪は実に言語道断である。


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[さらにくわしく知りたい方のための追加の訳注、捕捉情報など]

■この文章の書き手であるビル・マッキベン氏は、その筋ではかなり有名な人物のようです。

ネットから引用すると、

ビル・マッキベン (Bill McKibben)
環境ジャーナリスト。ハーバード大学卒業と同時に、ニューヨーカー誌でスタッフライターの地位を得る。地球温暖化問題を早期に警告し、環境破壊の現在と未来を論じた『自然の終焉』(河出書房新社)は20ヵ国以上に翻訳され、世界的なベストセラーとなった。現在は、地球温暖化、代替エネルギー、遺伝子工学等について、多数の雑誌で幅広く執筆活動を行っている。ミドルベリー大学研究員。

その著作には以下のものがあります。

・『ディープエコノミー 生命を育む経済へ』(英治出版)
・『人間の終焉 テクノロジーは、もう十分だ!』(河出書房新社)
・『情報喪失の時代』(河出書房新社)
・『自然の終焉 環境破壊の現在と近未来』(河出書房新社)


■エクソンがニューヨーク州司法当局の捜査を受けている件は、以下のサイトなどで報じられています。

米石油・石炭業界、気候変動に関する虚偽報告の疑いで司法当局が調査開始
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakamegumi/20151112-00051368/


■今回の話題については、以下のサイトも同趣旨で、参考になります。

温暖化の深刻さを知りながら排出規制を妨害し続けたエクソンモービル社の罪
http://climatechange.seesaa.net/article/430869306.html


■エクソンがジャーナリストを攻撃した件については、例によって『デモクラシー・ナウ! 日本』さんも取り上げています。

エクソン 気候変動のデータ隠蔽を暴露したジャーナリストを攻撃 ニューヨーク州による徹底調査のさなか
http://democracynow.jp/dailynews/15/12/02/4


■インドの子供たちの健康被害については、以下のサイトなどで報じられています。

インドの大気汚染は世界随一、都市部に住む半分の子供は肺を患っている
http://www.gizmodo.jp/2015/06/post_17282.html


■訳文中の

「~われわれのこれまでの対応のにぶさのおかげで、気温上昇を2度未満に抑えることさえ今では達成がおぼつかない-----たとえ達成できたにせよ、状況はなお深刻である」

の「2度未満」うんぬんについては、以下のサイトが参考になります。

地球温暖化についてのIPCCの予想シナリオ
気温上昇を「2度未満」に抑えられるか?
http://www.wwf.or.jp/activities/2015/08/1278424.html


■訳注2の具体的な内容については、以下のサイトが参考になります。

・石炭企業からの投資撤退 スタンフォード大学の決断
http://democracynow.jp/video/20140507-2

・化石燃料ダイベストメント:温暖化リスク、投資引き揚げ7兆円
http://mainichi.jp/articles/20150909/ddm/007/030/013000c


■今回のテーマについては以前のブログでも取り上げました↓

地球温暖化の否定に躍起となる石炭・石油企業
http://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/6ba08428bcd9343a2cad59b2a8b6fd56