気まぐれ翻訳帖

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シリアをめぐる不都合な報道を封殺する英米大手メディア

2017年10月04日 | メディア、ジャーナリズム

訳出するタイミングが例によって大幅に遅れてしまいましたが、訳しておく価値はあると思うので、とにかく今回掲載しておきます。

それにしても、このブログを始めて以来、英米大手メディアが米国政府の意向に沿って?、都合の悪い事実、情報等を報道自粛するありさまにはたびたび驚かされます。


原文のタイトルは
After Hersh Investigation, Media Connive in Propaganda War on Syria
(シリアに関する突っ込んだ調査報道に対し、メディアがプロパガンダ戦で共闘)

書き手は Jonathan Cook(ジョナサン・クック)氏。

原文のサイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2017/06/30/after-hersh-investigation-media-connive-in-propaganda-war-on-syria/


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2017年6月30日

After Hersh Investigation, Media Connive in Propaganda War on Syria
シリアに関する突っ込んだ調査報道に対し、メディアがプロパガンダ戦で共闘


by Jonathan Cook
ジョナサン・クック



欧米のいわゆる「自由な」メディアがいかに「半面の真実」と欺瞞の世界を作り上げ、その聴衆をコントロールしているか、そして、いかにわれわれから情報を遠ざけ、われわれを手なずけているか-----その度合いを理解したかったら、その事例研究にもっともふさわしいのは、ピュリッツァー賞受賞の経歴も有する、調査報道ジャーナリストのシーモア・ハーシュ氏を彼らがいかに処遇しているかに注目することであろう。

これら、お互いが激しく競争し、企業収益を追求する、スクープに飢えたメディア各社は、今回の件に関しては、足並みそろえて同じ意思決定を示した。
つまり、まずは、ハーシュ氏の最新の調査報道記事の掲載をはねつけた。そして次に、先週の日曜、その記事がドイツで掲載されても、その後もしつように無視を決め込んだのである。
ハーシュ氏が明らかにしたことについて、彼らはなおも完全な沈黙をたもっている-----ここ数日の間、まさに同氏の調査報道の対象である問題と関連した2つの話題に、彼らみずからが強い興味を示したにもかかわらず。

この2つの話題は、欧米メディアでのこの突出したあつかわれ方を考えれば、明らかにハーシュ氏の調査報道を「中和する」意図で持ち出されたのである。
この話題をめぐる報道は、しかし、ハーシュ氏のそもそもの調査報道に関して、読者にいっさい情報を提供しない。われわれは完全に『鏡の国のアリス』の不条理な世界に入り込んでいる。

さて、では、ハーシュ氏が明らかにしたこととは何であったか。
同氏の今回の情報源は米諜報機関の人間である。つまり、これまで何十年かに渡ってハーシュ氏のもっとも重要な報道実績のいくつかに貢献してきた人々である。これらの人々のおかげでベトナム戦争時の米兵によるマイライ(ソンミ村)虐殺事件、2004年のアブグレイブ刑務所におけるイラク人捕虜への虐待事件などの詳細が明らかになったのだ。
今回、彼らがハーシュ氏に語ったところによると、アサド大統領が4月4日、シリア北部のハンシャイフンで致死性の化学物質サリンを使用したとの米国政府の公式見解はあやまりであるとのことだ。実際は、ジハード戦士の集会をシリア航空機が爆撃し、それによって物資貯蔵庫の誘爆がひき起こされ、庫内の有毒物質が外部に漏出した。近隣の一般市民が亡くなったのはそのせいだという。

このような出来事に関しては、異なった種類の説明こそ、メディアにとっては大変な興味の的であるはずだ。なぜなら、トランプ大統領は上記の公式見解に基づいてシリア攻撃にゴーサインを出したからだ。
ハーシュ氏の調査報道が示唆するのは、トランプ大統領が自身の当局関係者の助言にそむいて攻撃に踏み切ったということである。
これはきわめて危険なふるまいだった。それは国際法に明確に違反するだけではない。アサド大統領の強力な味方であるロシアをこの混迷に引き込むことになったかもしれない。つまり、シリアを舞台として、世界の二大核保有国の深刻な対立という事態を招来したかもしれない。

ところが、欧米メディアはハーシュ氏の調査報道にはみごとなほど関心を示さなかった。かつてジャーナリストの鑑(かがみ)とあがめられたハーシュ氏だが、そのハーシュ氏が英米の大手メディアに片っぱしから掲載を打診してみたが、色よい返事はもらえなかったのである。氏の調査報道を拾ってくれたのは、結局、ドイツの日曜新聞『ヴェルト・アム・ゾンターク』紙だけであった。

もちろん、ハーシュ氏の調査報道を英米メディアがそろって無視したことには、いくつかの理由が-----たとえどんなにあり得なさそうであっても-----考えられなくはない。
たとえば、氏の入手した内部情報があやまりである証拠を彼らが得ていた場合である。
しかし、この場合、英米メディアはその証拠を提示すればいいはずだ。ただし、そうした反証の提示はハーシュ氏のそもそもの報道の存在を認めることになる。そして、メディアはどうもこぞってこの路線は採用したくないらしい。

あるいは、彼らはこれがすでに古くさいニュースであり、もはや読者の興味をひかないと考えたのかもしれない。この解釈は納得しがたいとはいえ、少なくとも一応はもっともらしい体裁をそなえている。
けれども、先週の日曜にハーシュ氏の記事が掲載されて以来起こったことは、あらゆる点でこの説明の仕方をうらぎるものだ。

ハーシュ氏の記事は、政府の公式見解を何としてでも維持したい人々から、明らかに同記事を「中和する」意図をふくんだ2つの反応を引き出した。
同氏が発掘した事実は欧米メディアには皆目興味をひかないものだったかもしれないが、不思議なことに、米国政府はただちに危機対応姿勢を採った。
むろん、政府職員がハーシュ氏の記事に直接言及することはなかった。そんなことをすれば当の記事に関心が集まり、メディアはそれにふれざるを得なくなるであろう。政府は、代わりに、ハーシュ氏の記事から注意をそらすとともに、公式見解を補強すべく誤誘導を図ったのである。
この点だけでもわれわれは危惧しなければならない-----国民は正しく情報を伝えられておらず情報操作を受けているのだ、と。

「中和する」意図をふくんだ最初の例は、ハーシュ氏の記事が掲載された直後の、米国防総省とトランプ大統領による声明である。
それは、アサド大統領が自国民に新たな化学兵器攻撃をもくろんでいる証拠を米国はつかんだ、そして、それが実行された場合、米国政府はきわめて厳しい措置で対応する、という警告であった。

英『ガーディアン』紙はこう報じている。

「米国は火曜、シリア空軍基地における化学兵器攻撃の準備行動を看取したと発表した。4月に使用されたと目されるサリンガスもこれにふくまれるという。米国政府は、このさらなる化学兵器の使用はシリアにとって『大きな代価を払う』ことになると警告した」

「中和する」意図をふくんだ2番目の例は金曜日に登場した。匿名の2人の外交官が化学兵器禁止機関(OPCW)の報告を「事実だとした」。それは、ハンシャイフンの犠牲者の一部にサリンもしくはそれに似た化学物質に由来する症状が見られたというものだった。

この話には大いに疑ってしかるべき明白な理由がある。
化学兵器禁止機関の報告はすでに周知のことであったし、議論の対象にもしばらくなっていた。つまり、ニュースとして報じる価値はみじんもなかった。

また、この報告には瑕疵があることもよく知られている。
化学兵器禁止機関に提出された遺体には、いわゆる「分析過程の管理」-----中立的な監視-----がおこなわれていなかった。この点は、イラクの兵器査察官であったスコット・リッター氏も指摘している。
化学兵器禁止機関に遺体が届く前に、利害関係者は誰であれ、工作をほどこす機会があったであろう。だからこそ、同機関はサリンの痕跡をアサド政権の責に帰する声明をひかえたのである。
真実を伝えるニュースの世界では、この化学兵器禁止機関の報告は、「アサド政権の責に帰する」ことができた場合にのみ、メディアが再度関心を寄せる価値が生じるはずのものである。

また、アサド政権に対する警告を大々的に発したところで、米国防総省とトランプ政権は抑止効果を高められるわけではない。アサド大統領が今後サリンガスを使用する可能性を低めることはできないであろう。それはロシアに内々に警告することではるかにうまくやれるであろう。同国はアサド大統領に絶大な影響力を有している。
この米国政府の警告は、要するに、アサド大統領に向けてではなく、欧米の一般大衆に向けてのものなのだ-----ハーシュ氏の調査報道が疑問を投げかける形となった政府の公式見解を維持・強化するために。

米国政府の警告は実際には将来の化学兵器使用の可能性を低めるどころかむしろ増大させるものだ。
反アサド派の勢力には、アサド大統領を巻き込むべく「偽旗作戦」(相手側になりすましておこない、相手側に非を押しつける軍事作戦)として化学兵器を使う、強い動機がある。米国がシリアに介入したがっていることは周知の事実だからだ。
いかなる観点から見ても、この米国政府の声明はいちじるしく思慮を欠いた-----もしくは悪意のある-----行為であり、それが達成すると想定されている展開とは真逆の結果をもたらす可能性が高い。

しかし、これだけにとどまらず、上記の2つの話題についてははるかに深刻な側面がある。
これら米国政府の主張が大手メディアで何の疑いも差し挟まれずに報道されたことは、それだけでも十分憂慮に値する。しかし、良心に照らして受け入れがたいのは、これらの話題をメディアが正面切って取り上げる際、ハーシュ氏の調査報道をしつように無視し続けている点である。

業界の一般的な慣行にしたがえば、これらの話題はまっとうなジャーナリストであれば記事にしないところだ-----ハーシュ氏の報道に言及することなしには。これらの話題にそれは決定的なかかわりを持っているのだから。
いや、実際はそれどころではない。ハーシュ氏の伝えた諜報機関の情報が決定的に重要というだけでなく、まさにそれこそが、これらの話題がいきなり大々的なニュースとして取り上げられた理由なのである。

アサド大統領に対するトランプ政権と国防総省の警告あるいは化学兵器禁止機関の報告の再紹介を、ハーシュ氏の記事にふれずにすます報道はプロパガンダ-----シリアに対する違法な政権転覆を企図した英米の外交目標を支えるプロパガンダ-----にほかならない。そして、今のところ、このような報道が米国と英国の主だった新聞とテレビ局のすべてを支配しているようである。


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