気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

ルパート・マードックの大統領擁立(とそれを取り上げようとしない大手メディア)

2013年01月10日 | メディア、ジャーナリズム

メディア王のルパート・マードック氏が米大統領選に自分の好みの人物を立候補させようとした。
選挙運動の資金拠出はもちろん、自分の支配するニュース放送局の『フォックス・ニュース』に報道面で支援させると約束した、とのこと。
一大スキャンダルとして大々的に報じられてもおかしくない話ですが、大手メディアはなぜか鳴りをひそめています。
これをめぐっての一考察。

筆者は Jonathan Cook(ジョナサン・クック)氏。
掲載元は、例によって、オンライン・マガジンの『ZNet』(Zネット誌)です。

タイトルは
The Matrix-Like Reality Created By Our Media
(われらのメディアが創り上げる仮想現実)


原文はこちら↓
http://www.zcommunications.org/the-matrix-like-reality-created-by-our-media-by-jonathan-cook

(なお、原文の掲載期日は昨年の12月22日です)


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The Matrix-Like Reality Created By Our Media
われらのメディアが創り上げる仮想現実


ジョナサン・クック

2012年12月22日(土)



映画『大統領の陰謀』で名を知られたあのカール・バーンスタイン記者が、本日付けのガーディアン紙に非常に示唆的な文章を寄せている。非常に示唆的といっても、たぶん同氏が理解しているような意味においてではないが。バーンスタイン氏が取り上げたのは、今月初めにワシントン・ポスト紙によって初めて公になった話である。その記事の書き手はバーンスタイン氏がかつて一緒に働いていたボブ・ウッドワード氏だった。内容は、メディア王のルパート・マードックが「米国大統領を金で買う」ことをもくろんだというもの。

録音された会話からわかるのは以下の内容だ。2011年の初頭、マードック氏は、自分の強力な手駒である米国のニュース放送局『フォックス・ニュース』の最高経営責任者ロジャー・エイルズをアフガニスタンに派遣した。同地で、米軍司令官のデビッド・ペトレイアス将軍を説得し、2012年の大統領選挙でオバマの対立候補として共和党から出馬させようというのだ。選挙運動の費用は受け持つ、『フォックス・ニュース』に報道面で全面的に支援させるという言質をマードック氏はあたえた。

ホワイトハウスに自分の腹心を据えようとするマードック氏の試みは挫折した。ペトレイアス氏が立候補を断念したからである。「[エイルズ氏に]伝えてほしい。私が立候補した場合は……」。録音された会話の中で、ペトレイアス氏はこう語っている。「いや、そういう意向は持ち合わせていない……。しかし、もし立候補するとなれば、お言葉に甘えさせていただきましょう」。

バーンスタイン記者が驚愕したのも無理はない。これは民主主義に対するまっこうからの攻撃だ。しかも、ワシントン・ポスト紙は、これを世界的特ダネとして報じることを控えた。同紙のライフ・スタイルのコーナーでごく軽くふれたにすぎない。そのコーナーの編集責任者は、この話を、「なんでもおおげさに騒ぎ立てるメディア界の話であって……」、同紙でおおきく取り扱うにふさわしいであろう「重要性をそなえていない」とした。

他の大手米国メディアも、大半はワシントン・ポスト紙に右へならえで、この話を素通りするか、その重要性を評価しなかった。

おそらくこう推測することができるだろう。バーンスタイン記者はウッドワード氏からの要請でこの文章を書いた。ウッドワード氏は、そうすることで、自分の憤りを間接的に表明したのだ、と。自分の所属する新聞社がこの話題を完全に回避し、それにふさわしい政治的スキャンダルとならなかったことに対する憤りである。両氏が予想していたのは、この話が火つけ役となって、マードック氏の不適切な影響力行使をめぐる公聴会が議会で開かれることだった。それは、マードック氏が政治家や司法当局を牛耳っているありさまを究明した英国の捜査に比肩するものとなるはずだった。

バーンスタイン記者は述べる。
「マードック氏に関するこの話-----大西洋の両岸において民主主義の核心をなす制度を腐食しようとする同氏の試み-----は、過去30年間で飛び抜けて深刻で、広範囲な影響をおよぼす政治的、文化的事件であり、今もなお進行中の、類例のない出来事である」。

バーンスタイン記者がどうしても納得できないのは、なぜ自分の上司たちが自分と同じような見方をしないのか、ということだ。同氏をもっとも驚愕させ意気消沈させるのは、
「米国のメディアと政界上層部がこの話題にまったく気が乗らない様子であることだ。これは、マードックやエイルズ、『フォックス・ニュース』を恐れているためか。あるいは、マードック、エイルズ、『フォックス・ニュース』がまっとうなジャーナリズムの価値や透明な選挙プロセスを屁とも思っていないことが天下周知の事実であるからだろうか」。

しかし、実際のところ、バーンスタイン記者の上の説明は、どちらも説得力に欠ける。

米国メディアがこの話題を取り上げないわけには、はるかにそれらしい理由がある。それは、この話が、メディアの創り出す、あの映画『マトリックス』に出てくるような「仮想現実」に対する脅威となるからである。このメディアはまた、企業(メディアの親会社をふくむ)と米国の政治家との間のあまりにも密接な関係を首尾よく隠し続けているメディアでもある。

この話題がメディアを動揺させるのは、それがアメリカの民主政治という外貌を打ち壊してしまうからにほかならない。この外貌はこれまで入念に整えられ磨かれてきた。それで、米国国民は、自分の手で大統領を選んでいる、そしてそれゆえ、わが米国の政治的未来をみずから決定している、そう信じ込まされてきた。

ところが、この話題は、このような選挙プロセスがサル芝居であることを暴露してしまう。米大統領選は、豪腕の企業エリートたちが金と彼らの所有するメディアを通じてシステムを操作し、投票者の選択肢をせばめることで、ほとんど見分けのつかない候補者ふたりに絞られてしまう。ふたりの候補者は、さまざまな問題のうち、80パーセントは意見が一致する。たとえ意見が異なる領域があったにせよ、その大半は国民の目の届かぬところで速やかに決着がつけられる。それは、有力エリートたちが、ロビー団体やメディア、米金融界を通してホワイトハウスに強い影響力を行使するからだ。

ウッドワード氏の明かした話が重大であるのは、民主主義に対するルパート・マードック氏の脅威を証明するからではない。世界的な企業が、国民の視聴するものをコントロールすることにより、米国の政治システムを完全に牛耳っているありさまが浮き彫りになるからである。むろん、これらの大企業の中には、ワシントン・ポスト紙の親会社も入っている。

非常に残念なことに、企業メディア・商業メディアに属して働くジャーナリストたちは、自分たちのボスが定めた設定値を超えて物事を見ることができない。そして、それは、ウッドワード、バーンスタイン両氏のような、ジャーナリストの鑑(かがみ)とされる人物でさえ、例外ではないのだ。


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[補足と余談など]

全体的に例によって訳が冗長です。
誤訳や不適切な表現等の指摘を歓迎します。
原文や訳文に関する疑問、質問などもコメント欄からどうぞ。


■マードック氏の息のかかったメディアは、フォックス・ニュースのほかに、

・ニューヨーク・ポスト(米国の大衆紙)
・ウォールストリート・ジャーナル
・ザ・サン(英国の大衆紙)
・サンデータイムズ(英国の週刊、日曜紙)
・タイムズ(英国の高級紙)

などが代表的なものとしてあげられます。
これらのメディアが今回の話を大々的に取り上げることはむろん期待できません。
しかし、それ以外のメディアも、また米国政界もまったく当てにならないようです。


■「米国の大統領が民主党所属であろうと共和党所属であろうと実質的な違いはない」うんぬんという見方は、以前のブログで紹介した文章にも出てきました↓

ウォール街抗議デモと米国政治の本質
http://cocologshu.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-e769.html



・「米大統領選は、豪腕の企業エリートたちが金と彼らの所有するメディアを通じてシステムを操作し、投票者の選択肢をせばめることで、ほとんど見分けのつかない候補者ふたりに絞られてしまう」
・「たとえ意見が異なる領域があったにせよ、その大半は国民の目の届かぬところで速やかに決着がつけられる」
・「それは、有力エリートたちが、ロビー団体やメディア、米金融界を通してホワイトハウスに強い影響力を行使するからだ」

これらの文章は、一部の単語を入れ替えれば、そのまま日本にも当てはまりそうです。