気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

核をめぐる嘘と守られなかった約束

2020年02月06日 | 国際政治

ご無沙汰しております。
体調その他の事情で、今回も短い文章です。

内容は核の問題。
問題点その他が簡潔にまとめられているようなので、勉強になると思って訳出してみました。その方面の常識を備えている方には、目新しい点はまったくないかもしれません。

原題は
Nuclear Lies & Broken Promises
(核をめぐる嘘と守られなかった約束)

書き手は、Conn Hallinan(コン・ハリナン)氏。
同氏はジャーナリスト、外交評論家。また、カリフォルニア大学サンタクルーズ校でジャーナリズムについて教えている方らしい。

初出は氏自身のブログ『ディスパッチ・フロム・ジ・エッジ(周縁からの短信)』。

原文サイトはこちら↓
https://zcomm.org/znetarticle/nuclear-lies-broken-promises/

(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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Nuclear Lies & Broken Promises
核をめぐる嘘と守られなかった約束


By Conn Hallinan
コン・ハリナン

2019年11月25日
初出: 『ディスパッチ・フロム・ジ・エッジ(周縁からの短信)』ブログ


トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、9月4日に開かれたトルコ東部の都市シヴァスでの経済会合において、政府が核兵器の開発を検討中であることを明らかにした。
大統領がこう発言したのは「守られなかった約束」への対応にほかならなかった。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、核開発計画に関しイラン政府が嘘をついていると非難したが、そう発言した時、同首相は核兵器開発の歴史において、最大級の欺瞞を隠していたのだ。

アメリカ国民の圧倒的多数もまた、この問題に関して真実にふれる手がかりを持っていない。

1979年9月22日の早朝、米国のある人工衛星が南アフリカ沖インド洋のプリンス・エドワード諸島付近で「二重の閃光」を感知した。「ヴェラ5B」と呼ばれるこの人工衛星は、「バングメーター」なる機器を搭載しており、その使途は核爆発の感知である。1963年の部分的核実験禁止条約の調印を受けて打ち上げられたこの「ヴェラ5B」は、この条約の遵守状況を監視する役割をになっていた。条約は大気圏内、宇宙空間、水中における核爆発をともなう核兵器実験を禁止している。

核爆発は特異な足跡を残す。爆発の際にまず最初の閃光を発し、火球が拡大するが、数ミリ秒のうちにその温度は低下し、2度目の閃光を放つ。

「そのように2つの頂を発生させる閃光は自然界には存在しません」とヴィクター・ギリンスキー氏は語る。
同氏はかつて米原子力規制委員会の委員をつとめ、米国有数のシンクタンク、ランド・コーポレーション(ランド研究所)に所属していた物理学者である。
「2つの頂の間隔によって核爆発の放出エネルギーの量、すなわち核威力、の規模を推定することができます」。

核実験をおこなった国はどこかに関し、疑問の余地はほとんどない。
プリンス・エドワード諸島は南アフリカ共和国の領地である。そして、同国が核兵器開発のための研究は進めていたが、まだ保有するには至っていないことは米国の諜報機関の了解事項であった。一方、イスラエルは核を保有しており、イスラエルと南アフリカ共和国は軍事面で親密な協力関係を築いている。つまり、実験に使われたのはイスラエル製の兵器であったとほぼ断言してよい。むろん、同国政府はそれを否定したけれども。

「ヴェラ5B」が「二重の閃光」を捕捉した後、数週間のうちに、核実験実施を示す明らかな証拠が浮上した。
南大西洋のアセンション島近くの水中聴音装置のデータ、および、オーストラリアの羊における放射性ヨウ素131の濃度の急上昇などである(ヨウ素131は自然界では-----言い換えれば、人為的な核分裂によるほかは-----生成しない)。

しかし、核実験のタイミングはカーター大統領にとって不都合だった。再選に向けてのキャンペーンに本腰を入れ始めた矢先のことだったのだ。キャンペーンの軸はイスラエルとエジプトの和平協定だった。

イスラエルがもし部分的核実験禁止条約、さらにまた、武器輸出管理法に対する1977年のグレン修正条項に違反していると判断されたならば、米国はイスラエルへの武器売却をいっさい停止し、きびしい制裁措置を課さなければならなくなる。
違反の認定が選挙におよぼす影響をカーターはおそれた。選挙運動でかかげた政策綱領の中核は軍縮と核不拡散をめぐるものだったからである。

かくてカーターは、事件を調査するのではなく隠蔽することを役目とした、専門家から成る組織をあわてて発足させた。すなわち、ルイナ委員会である。
彼らは「流星塵」などを持ち出し、苦しい解釈を提示した。しかし、メディアはそれを受け入れ、自然のなりゆきとして、アメリカ国民もまたそれにならった。

けれども、核物理学者たちにしてみれば、ルイナ委員会が煙幕を張ろうとしていたことは明らかだったし、証拠は議論の余地がなかった。
つまり、核爆弾はプリンス・エドワード島とマリオン島の間の洋上に停留したハシケで爆発させられたのである(念のため、申し添えておくと、このプリンス・エドワード島をカナダの同名の島と混同してはならない)。核威力は3~4キロトンと見積もられている。CIAの極秘の専門家委員会も同様の見解であるが、ただし、核威力は1.5~2キロトンと推定している。ちなみに、広島に投下された原爆の核威力は15キロトンであった。

また、イスラエルがなにゆえこのような冒険に手を出したのかも判然としている。
同国は広島型の核分裂爆弾(原子爆弾)はふんだんに所有している一方で、熱核爆弾-----すなわち水素爆弾-----の開発・製造も推し進めていた。前者は取り扱いが容易であるが、後者はそれがむずかしく、実験が不可欠であった。
「ヴェラ5B」が核実験のしるしを感知したのはまったくの偶然であった。この人工衛星はすでにお役御免となっていたのだ。が、「バングメーター」はまだ機能を停止していなかった。

カーター大統領以後、米国大統領は一人の例外もなく、イスラエルが1963年の部分的核実験禁止条約、1968年の核拡散防止条約(NPT)に違反していることを隠蔽してきた。
そういう次第で、ネタニヤフ首相が核開発計画に関してイラン政府が嘘をついていると糾弾した時、世界の大多数の国が-----核に関与する米国のおえら方連中もふくめ-----あきれて言葉をうしなったのである。

トルコのエルドアン大統領の話にもどすと、大統領の認識はまったくもって妥当なものだ。つまり、核保有国は、1968年に核拡散防止条約に署名した際にかわした約束を反故にしたということである。
同条約の第6条は、核の軍備競争の停止および核兵器の廃絶を要求している。実際の話、第6条は多くの点で同条約のキモと言ってよい。
複数の非核武装国が同条約に署名した。が、結局、自国が「核アパルトヘイト(核差別)」の体制にがっちりと組み込まれてしまっただけであった。自分たちは核という名の大量破壊兵器を持つことを見合わせ、一方、中国やロシア、イギリス、フランス、アメリカはそれを手放さないでいられる在り方を彼らはうべなったのだ。

これら「核保有5大国」は核兵器を保有し続けているだけではない。みな、その性能向上と数量拡大に取り組んでいる。
米国はまた、関連する他の条約をもふり捨てつつある。たとえば、弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)、また、中距離核戦力全廃条約(INF条約)である。そして、今や、戦略兵器削減条約(START)までも廃棄に躊躇しない構えを示している。この条約は、米国とロシア双方が核弾頭や長距離ミサイルなどの数量を一定数以下に制限することを目指したものである。

おどろくべきことは、核拡散防止条約(NPT)に加盟していないのが4つの国しかないことである。すなわち、イスラエル、北朝鮮、パキスタン、インドである(このうち、イスラエル以外は米国の制裁措置の対象になった)。
このような状況は長く続くはずはない。とりわけ、上記の第6条が全面的な軍備縮小を求めているからには。この条項は違反することが名誉になっているありさまである。
米国は現在、同国の歴史の上で最大の防衛予算をほこっている。なおかつ、その支出額は、世界の他の国々の軍事支出額をすべて足し合わせたもののおよそ47パーセントに相当する。

このような巨大な軍事力を有しながら、米国は戦争に勝利できないように思われる。対アフガニスタンやイラクの戦争は惨状だった。が、一方で、米国はおそるべきダメージ、持ちこたえられる国はほとんどないようなダメージを相手国にあたえることができる。たとえ軍事力にうったえなくても、さまざまな制裁措置だけで一国の経済をめちゃくちゃにし、その国の一般市民を困窮させることが可能なのである。北朝鮮やイランがその好例だ。

仮に米国が1979年のイスラエルの核実験を進んで隠蔽し、一方で核兵器を獲得した他の国々に制裁措置を課するというのであれば、誰が考えないでいられよう、これが核拡散の点からいって欺瞞以外の何物でもない、と。
そして、もし核拡散防止条約(NPT)が他国の通常戦力や核戦力から自国を防衛する術をうばう枠組みと化するならば、いったいどの国がそれに調印したり、加盟を続けたりするであろうか。

エルドアン大統領はたんにハッタリをかましているだけかもしれない。大言壮語を好むし、また、敵側をかく乱すべくそうした物言いを効果的に使う人物でもある。今回の発言はもしかしたらイスラエルとギリシア-----この両国は地中海東部のエネルギー資源の開発を協働で進めている-----に対する米国の支援を手控えさせるための戦略の一環かもしれない。

とは言え、トルコには国家安全保障上の懸念もある。
エルドアン大統領は、発言の中で、こう述べていた。「わが国はイスラエルと境を接している。イスラエルは[核兵器を]保有しているか、むろん、しかりだ」と。そして、続けて、もしわが国がこの地域におけるイスラエルの「強迫的ふるまい」に対抗しなければ、「わが国の戦略的優位性をうしないかねない」と述べた。

イラン政府はたしかに嘘をついているのかもしれない。しかし、同政府が核兵器開発に本気で取り組んでいるという証拠は今のところ存在しない。そして、仮にそうだとしても、それはアメリカやイスラエルと同じことをしているにすぎないのだ。

遅かれ早かれ、どこかの誰かがこれらの核の一つに点火する事態が起きよう。その候補者の最右翼はインドとパキスタンである。もっとも、南シナ海における米国か中国の核の使用も考えられないことではない。同様に、バルト海におけるNATOとロシアの衝突による核使用の可能性も排除できない。

緊迫した世界情勢に関し、ホワイトハウスの目下の住人を非難するのはやさしい。しかし、核を保有する5大国は、半世紀以上にわたり、核と軍縮に関する誓約をないがしろにしてきた。

正気にもどる道はイバラにおおわれている。が、まったく進めぬわけでもない。

方途の一つは、弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)の再締結である。これによって、ロシアは中距離ミサイルが不要となり、また、日本や韓国の迎撃ミサイル・システムを廃棄することにより米国と中国間の緊張関係を緩和することができる。

もう一つの方途は、中距離核戦力全廃条約(INF条約)の再構築で、今度はどうにかして中国とインド、パキスタンをこれに参加させることである。そのためには、アジアにおける米軍の全体的縮小、および併せて、南シナ海のほぼ全域にわたる覇権に関し、中国に譲歩をうながすような協定が不可欠となるであろう。
インド・パキスタン間の緊張は、国連決議にしたがってカシミールの帰属を問う住民投票を実施できさえすれば、大きな緩和が期待できよう。パキスタン側はほぼまちがいなく独立を支持するであろうが。

方途の3つ目は、戦略兵器削減条約(START)を維持しつつ、「核保有5大国」が核兵器のこれ以上の性能向上を目指さないこと、そして、核戦力と通常戦力の双方に関し、核拡散防止条約(NPT)の第6条の規定の履行に向けて踏み出すこと、である。

「空に浮かんだパイ(絵に描いた餅)」とおっしゃるだろうか。しかし、キノコ雲よりはましである。


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