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気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

ハリウッドの「核」茶番劇

2025年06月01日 | メディア、ジャーナリズム

今回はもう1年ぐらい前の文章です。
いつか翻訳しようとファイルに保存したままになっていました。
いつまでも放置したままだと落ち着かないので、今回、紹介することに
した次第。
ごく短い文章です。

原文タイトルは
Nuclear Theater in Hollywood
(ハリウッドの「核」茶番劇)

書き手は Linda Pentz Gunter(リンダ・ペンツ・ガンター)氏。

原文サイトは
https://www.counterpunch.org/2024/03/13/nuclear-theater-in-hollywood/

(なお、原文サイトに載せられている写真とその注釈は、下の訳文では省略させていただきました)


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2024年3月13日

Nuclear Theater in Hollywood
ハリウッドの「核」茶番劇


Linda Pentz Gunter
(リンダ・ペンツ・ガンター)



一握りのハリウッド・セレブたち ----- 誰でも知っているような超有名人、たとえば、
ジェーン・フォンダ、バーバラ・ストライザンド、リリー・トムリン、エマ・トンプソン、
マイケル・ダグラスなどを含む -----、それから、同じく著名なミュージシャンたち、
たとえば、ジャクソン・ブラウン、グラハム・ナッシュ、等々、これらの面々が、
自分の名前を署名し、公開書簡としてロサンゼルス・タイムズ紙にかかげた。「核を
過去のものにしよう」と訴えて。

「やったー」と歓呼の叫びをあげればよいのか? ----- いや、それはちょっと待って
いただきたい。

この書簡は、大急ぎで始められたキャンペーンの一環で、ヒット作の映画『オッペン
ハイマー』のアカデミー賞をめぐる話題沸騰に乗じ、世人の関心をてこにして、核兵器
廃絶の必要性を訴えようとしたものである。『核を過去のものにしよう』キャンペーンは、
現代の核兵器が文明を終わらせる危険性について、一般公衆の意識を高めることを目的
としている。映画『オッペンハイマー』は歴史の教訓として鑑賞できるが、核兵器は依然
として現代世界に君臨していること、しかしその一方で、われわれはロバート・オッペン
ハイマー氏が創始したものを終わらせることができること ----- これらの点をわれわれに
思い出させようというのである。

ここまでは大いにけっこう。核兵器とそれがもたらす脅威について思いをめぐらす
人間はごくごくわずかだ。その廃絶に向けて何らかの行動に携わっている人間も、
これまたごく少ないことは言うまでもない。このキャンペーンの訴えるところは重要で、
何度でもそうする必要がある。

さて、『オッペンハイマー』は日曜に、はたして7つのアカデミー賞をさらった。私たちは、
受賞者の一人が、これまでオッペンハイマー氏の発明した爆弾のおよぼした影響について
何か発言することを期待して待っていた。その発言はキリアン・マーフィー氏からしか
聞かれなかった。主演男優賞の受賞スピーチの終わりの方で同氏はこう述べた。「私たちは、
原爆を発明した人間についての映画を作りました。そして、良くも悪くも、現在、
われわれは皆、オッペンハイマーの世界に生きています。ですので、私はこの映画を平和の
調停役として働いている人々、世界中のそういう人々に捧げたいと心から思っています」、と。

この『核を過去のものにしよう』キャンペーンの訴える肝心な点は、アカデミー賞の
舞台では言及されなかった。また、ロサンゼルス・タイムズ紙の公開書簡もおどろくほど
貧弱なものであった。映画の『オッペンハイマー』ではふれられなかった2つの重要な
問題点に切り込むことはなかったのである。すなわち、オッペンハイマー氏の当初の
トリニティ爆弾の影響をこうむった、不本意な、一般に知られていない、いまだに補償が
なされていない犠牲者の存在、そして、土地が収用され、原爆実験にその土地が使われた
すべての人々の、現在進行中で、今後も何世代にもわたるであろう健康被害、である。

公開書簡には、当時の大統領ジョン・F・ケネディの言葉が引用され、その後には次の
ような文章が続いている。

「きわめて不確実な時代においては、たった一つの核兵器、それが大地の上であれ、
海洋においてであれ、大気中もしくは宇宙空間のものであれ、いずれにせよ、その
一つだけでも余計なものです。私たちの家族、私たちの地域社会、私たちの世界を守る
ために、われわれは、世界の指導者たちが核兵器を過去のものにし、より明るい未来を
築くよう努めることを要求しなければなりません」。

確かに「要求」はしなければならない。私たちの何人かはもう何十年もそうし続けて
きた。そのおかげで、今日、関連する条約が一応存在するわけである。ともあれ、
今回、このキャンペーンが人々の意識を高めてくれたことには感謝しよう。

とは言え、「より明るい未来を築く」なる文言は、実際には何を意味するのだろうか。
この文言はそもそも、このハリウッド・スターたちの公開書簡とアカデミー賞に
あわせたキャンペーンの手はずを整えた組織である『核脅威イニシアティブ』の
スローガンであった。

まずは、この公開書簡に実際に署名した人間を見てみよう。2人の例外は除き、
署名者は皆、白人であった。ネイティブ・アメリカンは一人もいなかった。
マーシャル諸島の住人も一人もいなかった。映画『オッペンハイマー』の俳優
たちや制作関係者で署名した者もほぼ皆無であった。署名の最後の4名は、上の
『核脅威イニシアティブ』の役員会のメンバーであった。

この『核脅威イニシアティブ』はジェーン・フォンダの前夫であるテッド・ターナー
氏の発意によるものである。そして、同組織の最高執行責任者(CEO)はあの
アーネスト・モニーツ氏。かつて米エネルギー省長官であった同氏は、望む人間には
誰にでも原子力を提供しようと図る勢力の先頭に立つ人物である。ターナー氏もまた、
原子力の熱烈な支持者だ(自分はこのことをよく知っている。なぜなら、これに
関して、自分は以前に面と向かって問いただそうとしたことがあったから。隆々たる
筋肉をほこる非常に大柄な紳士がすばやく間に入ったために目的ははたせなかったけれども)。

モニーツ氏は、COP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)において原子力
推進を図り、「2050年までに世界の原子力の発電能力を3倍にしよう」というとんでも
ない宣言をかかげた一派の中心的人物の一人であった。同氏は今月末にブリュッセルで
開かれる予定の、国際原子力機関(IAEA)のプロパガンダ行事を主催することになって
いる。『世界初の核エネルギーサミット』と謳う催しである。チャールズ・オッペンハイマー
氏 ----- ロバート・オッペンハイマー氏の孫であり、今回の公開書簡の署名者の一人 -----
も出席する予定である。

さて、そういう次第で、われわれは、核の一形態の廃絶をとなえる、スターを多少
そろえた、短期間のキャンペーンにつきあわされ、その背後では、同じ組織が精力的に
別の形態の核を推進し、結局、核兵器開発への扉は依然断固として開かれたままという
ことになる。

であるから、申し訳ないことながら、このハリウッドのちょっとした「お芝居」を
もろ手を挙げて歓迎というわけにはいかないのである。


この文章の初出はウェブサイト『ビヨンド・ニュークリア・インターナショナル』である。

リンダ・ペンツ・ガンターはメリーランド州タコマ・パーク在住の著述家。非営利団体
『ビヨンド・ニュークリア』に所属する国際的に著名な専門家。上記の文章は同氏自身の
観点から書かれている。本『カウンター・パンチ』誌の見解を示すものではない。



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なお、ケアレス・ミスやこちらの知識不足などによる誤訳等がありましたら、
遠慮なくご指摘ください。
(今回の訳出にあたっては、機械翻訳やAIなどはいっさい使用しておりません)
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シンクタンクにご用心 ----- 欧米シンクタンクの多くはアメリカ政府と軍需 企業の「御用」機関?

2025年05月25日 | メディア、ジャーナリズム

欧米のシンクタンクの多くは公正・客観的な研究を発表している体を
よそおっていますが、アメリカ政府や軍需企業から資金提供を受け、その
意向に沿う形で活動しているのが実態のようです。すでにご存じの方も多い
でしょうが。

文章としてはあまり面白味はありませんが、事実関係の資料として、自分の
心覚えとして、一応きちんと訳出しておくことにしました。

初出は、アメリカの調査報道サイト『THE GRAYZONE』(『ザ・グレイ
ゾーン』)。

原文タイトルは
Meet the DC think tanks impoverishing masses of Latin Americans
(中南米の人々を困窮させるアメリカのシンクタンクをご紹介しましょう)

書き手は John Perry(ジョン・ペリー)氏。

原文サイトは
https://thegrayzone.com/2025/04/06/dc-think-tanks-make-people-poorer/


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『THE GRAYZONE』(『ザ・グレイゾーン』)

Meet the DC think tanks impoverishing masses of Latin Americans
(中南米の人々を困窮させるアメリカのシンクタンクをご紹介しましょう)


John Perry(ジョン・ペリー)

2025年4月6日

[ワシントンに拠点を置く、以下の大手シンクタンクは、中南米のもっとも
貧しい国々のいくつかに無慈悲な制裁措置を課するよう議員らに働きかける
一方で、さまざまな企業や兵器メーカーから莫大な金を受け取っている]



制裁措置はハイブリッド戦争の一形態であり、しかけ手の国にとってはわずかの
コスト負担でありながら、標的とされた国の人々には損害をあたえ、命を奪い
さえする。中南米だけにかぎっても、アメリカの制裁措置(公式には「一方的
強制措置」として知られている)は少なくとも10万人のベネズエラ人の死を
まねいている。また、同じくアメリカの、キューバに対する封鎖措置はきわめて
破壊的な影響をもたらし、10人に1人のキューバ国民が祖国を離れるに至った。
同様に、ニカラグアでは、2018年以降、推定30億ドル相当の開発援助金が制裁
措置によって停止され、地方の新規の水道整備事業などに支障が出ている。

これらの破壊的な制裁措置を策定し、その実際の影響を伏せ、政治家と組んで
それらを実施させ、企業メディアを使って推進しているのは誰であるのか。
これらの政策で打撃をこうむる貧しい地域社会とおぞましくも対照的に、
その政策の標的策定者たちは、たいていの場合、財政的に裕福なシンクタンク
に所属する高給取りの雇われ人たちであり、当該のシンクタンクは、アメリカ
政府や親欧米派の政府、そして多くの場合、兵器メーカーから、相当額の
資金拠出を受けている。

[腐敗の研究: 大手シンクタンクのロビイストとその資金拠出者たち]

これらのシンクタンクのうちで代表的なものの一つは『ウィルソン・センター』
である。同組織によれば、自分たちはたんに政策策定者たちに「世界の事象に
ついて、党派的な偏りのない知見」を提供しているだけ、ということだ。
その組織予算は4000万ドルを誇るが、その3分の1はアメリカ政府が拠出して
おり、組織のトップは前USAID(米国際開発庁)長官で、元米国大使のマーク・
グリーン氏である。

同センターは2024年に中南米にいっそう深く介入すべく、『繁栄と自由の
ためのイバン・ドゥケ・センター』を設立した。名前の一部の「イバン・
ドゥケ」は、ひどく不人気な、前コロンビア大統領のイバン・デゥケ氏を
指している。コロンビア国民の同氏に関する思い出は多分に、学生の抗議
運動に対する暴力的な弾圧、ベネズエラの「レジーム・チェンジ」(政権
打倒・体制転覆)に異常に執着する姿勢、何十年にもわたる内戦の収束を
めざした2016年の「和平合意」を意図的に骨抜きにする動き、等々と結び
ついている。

『ウィルソン・センター』に参画して以来、ドゥケ氏は学問方面に関しては
特段の貢献はしていないが、マイアミのナイトクラブでは夢のような時間を
すごしている。同氏は、そこで、たびたび招かれてゲストDJ(ディスク・
ジョッキー)を務めたり、スペイン語のロックのヒット曲を歌ってパーティー
参加者を楽しませたりしているのを目撃されている。

マーク・グリーン氏はこう説明する。『繁栄と自由のためのイバン・ドゥケ・
センター』は、「アメリカの外交政策における西半球の重要性、および、
同地域の未来において民主主義と市場中心主義経済がはたさなければならない
約束、これら2つをわれわれがあらためて確認するための方法の一つです」、
と。一方、同地域でアメリカの外交政策に異をとなえる国々については、
その国内のもっとも声高な政権批判者に対して資金を提供する手段の一つ
でもある。これらの人間たちは、『ウィルソン・センター』の特別研究員の
地位を獲得するやいなや、毎月1万ドルを支給されることになる。

この特別研究員の中には、ベネズエラのクーデターに参加した右派の
レオポルド・ロペス氏も入っている。ちなみに、同氏はケニオン大学と
ハーバード・ケネディ・スクールを卒業しているが、この2校はいずれも
CIAと密接なつながりを有していることが知られている。同氏は卒業後の
2002年、2014年、2019年のそれぞれで、ベネズエラ政府に対するクーデター
を組織するために活動した。

同じく、『ウィルソン・センター』から給金を得ている人物は、以前に駐
ベネズエラ米国大使であったウィリアム・ブラウンフィールド氏である。
同氏もまた、「レジーム・チェンジ」の熱烈な支持者だ。6年前、ベネズエラ
はアメリカ政府のもっとも過酷な制裁措置の下であえいでいたが、その当時、
同氏は、さらにいっそう厳しい手段にうったえることをアメリカ政府に勧めた。
というのも、ベネズエラ国民は「すでに大変な苦境にある。 …… であるから、
この時点でおそらく最良の方策は同国の崩壊を加速させることであろう」と
いうことであった。その一方で、同氏は、自分の望む結果がベネズエラ国民に
「何ヶ月あるいは多分何年もの辛苦の時をもたらす」であろうことはあっさり
認めている。

ベネズエラの現行政権の打倒をもくろんでいるのは『ウィルソン・センター』
だけにとどまらない。『アトランティック・カウンシル』(大西洋評議会)
もそのようなシンクタンクの一つである。毎年、アメリカ政府からおよそ
200万ドル、米国防総省の請負業者からやはりほぼ同額を受け取っているこの
シンクタンクは、24名から構成される「ベネズエラ作業部会」を立ち上げた。
この24名の中には、元米国務省職員、石油関連企業のシットゴー社の元取締役、
いわゆる「ベネズエラ暫定政府」に属する複数の関係者、等々が含まれて
いる。ちなみに、この「ベネズエラ暫定政府」は、USAID(米国際開発庁)
が拠出した資金のうち、1億ドル超を横領したとしてうったえられている。

『アトランティック・カウンシル』は、公式には「米国、欧州、中南米の
政策策定者に向けて、ベネズエラの民主的な安定をはぐくみ、長期的ビジョン
と行動指向的政策を後押しする措置について、知見を提供する」こと、および、
「ベネズエラの民主的な制度の再興をうながす」ことを謳っている。が、
これが実質上意味するのは、この組織の根本的な取り組みの対象がマドゥロ
政権の打倒であるということである。

同組織は、事実上、みずからの影響力を濫用するタイプの、米国政界における
NATOの非公式のシンクタンクと言ってよい。彼らはニカラグアに関して、
ベネズエラと同様の結果を望んでいる。2024年には、「ニカラグア、独裁的
王朝へ: 米国の経済的圧力によるその対抗策」というタイトルの文章を発表
した。その書き手である研究員のブレナン・ローズ氏は、サンディニスタ政府
に対する「あらたな懲罰的経済措置」を呼びかけている。それは、同国の
主要な輸出相手国であるアメリカとの貿易に大きな打撃をおよぼすことが
予想される。しかし、この貿易に依存しているニカラグアの数十万の人々
への避けがたい影響については、何の顧慮も払われていない。これらの人々の
稼ぎは、おそらく『アトランティック・カウンシル』の並みのメンバーのそれ
と比べれば、けし粒のようなものであろうが。

アメリカの世界覇権に貢献してきた、ごく古くからのシンクタンクには、
『外交問題評議会』(CFR)がある。他国に口出ししてきた100年の「独立的、
無党派的」な歴史を誇るシンクタンクである。キューバに関し、定期的に
更新されるその報告書を検証すると、以下のことが明らかになる。すなわち、
キューバの経済状態が、アメリカの60年におよぶ経済封鎖の打撃にくわえて、
バイデン政権が前トランプ政権時代に強化されていた制裁措置を緩和するとの
約束を反故にして以降、あらたな危機に直面していることを、同シンクタンク
が十分に認識していることである。しかし、2021年に開催された、キューバ
政府打倒の方策をめぐる同シンクタンクのフォーラムにおいて、米国在住の
法律家、ジェイソン・イアン・ポブレテ氏は、ネジをさらにいっそう強く
締めつけるべし、と説いた。「われわれは、制裁措置だけにとどまらず、
国家の所有するすべての道具、ありとあらゆる道具をこのために用いるべき
だ」、と。

『アトランティック・カウンシル』や『外交問題評議会』とともに、アメリカ
の南の隣人たちの問題に口出しするシンクタンクは、ほかに『戦略・国際
問題研究所』(CSIS)があげられる。「世界のもっとも重大な課題に取り組む
べく、実践的なアイデアを追求することに献身してきた」と同シンクタンク
は誇らしげに言う。これら3つのシンクタンクはいずれも、『クインシー
研究所』がそのサイトに掲示した「米国防総省の請負業者から資金提供を
受けているシンクタンク上位10」のリストの中に入っている。『戦略・国際
問題研究所』は、米州担当責任者のライアン・バーグ氏が中心となって、
ベネズエラ、キューバ、ニカラグアへの制裁措置を求める積極的な取り組みに
ずっと従事している。また、これらの国の、アメリカ政府が支持する野党側の
人物 ----- ベネズエラのマリア・コリーナ・マチャド氏、ニカラグアの
フェリックス・マラディアガ氏とフアン・セバスチャン・チャモロ氏など
----- の名を看板にしたイベントを定期的に開催している。

これらのシンクタンクは、まとめて見た場合、アメリカの情報空間を牛耳って
いると言えよう。彼らは、大手のテレビ局やラジオ局の放送において、「独裁
的」で社会主義寄りの外国政府に対する非難とそれら外国政府の打倒を求める
声で、他を圧倒している。万が一、これら大手シンクタンクのメンバーが
番組に出席できない場合でも、その空席を即座に埋められる、規模のたいして
大きくないシンクタンクがゴマンと存在するのである。

[貧困化への執拗な要求]

ワシントンに拠点を置き、中南米の問題に口出しするシンクタンクのうちで
大きな存在感を示すのは、『インター・アメリカン・ダイアローグ』(また
は『アメリカ大陸のためのリーダーシップ』)である。『戦略・国際問題
研究所』と協調して活動し、同じく、軍需企業や政府から巨額の資金拠出を
受けている。本『ザ・グレイゾーン』で以前に報じたことであるが、『戦略・
国際問題研究所』のバーグ氏は先頃、この『インター・アメリカン・ダイア
ローグ』のマニュエル・オロスコ氏 ----- 米国務省『外務職員局』の中米・
カリブ諸国担当責任者でもある ----- と手を携えて、ニカラグアにわずかに
残された開発融資の提供機会の一つを封殺すべく、動いた。

この動きに関し、『インター・アメリカン・ダイアローグ』は、さらに別の
2つのシンクタンクから協力を得ていた。一つは、『組織犯罪・汚職報道
プロジェクト』(OCCRP)である。「世界屈指の大規模調査報道組織」と
みずから謳うこのシンクタンクは、その予算のたっぷり半分をアメリカ政府
から得ている。また、同じようにアメリカ政府から資金提供を受けている
『トランスペアレンシー・インターナショナル』と連携して活動している。
そのもくろむところは、アメリカ政府が標的とした外国政府に関し、スキャンダル
を掘り起こして「レジーム・チェンジ」工作を推進することである。

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自分は2021年に『組織犯罪・汚職報道ブロジェクト』(OCCRP)の創設・
資金調達・運営がアメリカの諜報機関によるものであることを明らかにした。
と言っても、そういう次第であることをバイデン政権の「上級」職員が記者
会見で認めていたのであるから、それほど困難な仕事というわけではなかった。
ともあれ、『ジ・インターセプト』のサイト ----- 私が意味するのは『ドロップ
サイト・ニュース』の最新情報 ----- をご覧いただきたい。

https://t.co/I1v5go3rgU https://t.co/JOK4KGA0RW
pic.twitter.com/ye7ecNPWT8

----- キット・クラレンバーグ ----- (@KitKlarenberg)
2024年12月3日
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この、いわば「制裁措置産業」に深くかかわっている組織は、ほかに『センター・
フォー・グローバル・デベロップメント』がある。この「デベロップメント」
なる言葉はあたかも反語であるかのように感じられるかもしれない。同組織は、
経済上「破壊的な」強制措置を推し進める人間たちに足場を提供しているので
あるから。その年間予算2500万ドルは主に『ゲイツ財団』や複数の欧州政府に
よってまかなわれている。その幹部メンバーの一人であるダニー・バハール氏
は最近、ベネズエラが目下享受している「一時的な経済回復」をつぶすために、
より過酷な制裁措置を課すよううったえた。

覇権のために中南米の人々を貧困に追いやろうとしているうさん臭い組織は、
しかしながら、アメリカを本拠とするものだけではない。イギリスの『王立
国際問題研究所』(別称『チャタム・ハウス』) ----- その年間予算2000万
ポンド(2440万ドル)の相当部分を英米両政府と兵器メーカーに依存している
----- は、これまた同様に、ベネズエラの「民主制の回復」を呼びかけている
のと並行して、ベネズエラとニカラグアの野党側勢力に属する人間に頻繁に
発言の機会をあたえている。同組織は、ベネズエラに対する制裁措置の効果
については懐疑的であるが、それでも2025年の1月には以下のように結論づけて
いる。すなわち、「石油と天然ガスに関する制裁措置の再開」は「筋が通って
いる」 ----- それが「具体的に定められた目標を持つ、より広範な、外交的、
協調的な多国間政策」の一部を構成するかぎり、と。また、アメリカ政府の
キューバに対する通商停止にも多少の批判的意見をかかげたが、その理由は
おおむね「レジーム・チェンジ」上の効果があまり見込めないということで
あった。

ワシントンに拠点を置く古株のシンクタンクのうちで、制裁措置に多少懐疑
的な見方を進んで提供する場となっているのは、唯一『ブルッキングズ研究所』
だけである。2018年には、ベネズエラの、ある経済評論家の論説を紹介したが、
その中で、同評論家は、「ベネズエラの罪のない一般市民に影響がないよう、
制裁措置は厳密に的をしぼったものでなければならない」とはっきり忠告
している。また、その前年、同シンクタンクは、以下のようにも論じていた。
トランプ政権のキューバに対する制裁措置は、「当面、キューバ経済にそれほど
大きな打撃をあたえること」はないであろう …… また、「軍事力の脅威を
低減すること」にはならないであろう、そして、「同国の成長中の民間部門に、
また、民間部門と結びついた非軍事的分野の雇用に、不相応な悪影響」を
もたらすであろう、「もちろん、アメリカ人の旅行する権利を制限すること
になるであろうことは言うまでもない」、等々。とは言え、全般的には、
『ブルッキングズ研究所』はやはり欧米の共通認識にほぼ沿っていると言えよう。
つまり、第1期のトランプ政権の国家安全保障問題担当補佐官ジョン・ボルトン
氏がかつて「圧政のトロイカ(3人組)」と非難した国々の政府を打倒する
ことが、やはりその目標なのである。

[実態はロビイスト]

シンクタンクは特権的な空間で活動し、学術的な世界との結びつきによって
信頼性を手に入れ、一方では、その政策決定に関し、帝国主義の要請を強く
念頭に置くことを心がけている。このようなシンクタンクはアメリカだけ
でも2200以上にのぼり、そのうちおよそ400が外交問題を専門に取り扱って
いる。そのメンバーは近年、石を投げれば当たるような存在になっており、
米下院外交委員会に参考人として出席した人間の約3分の1が彼らによって
占められるほどに至っている。彼らの80パーセントは「ダーク・マネー」
(と『レスポンシブル・ステイトクラフト』誌が呼ぶもの)を防衛関連企業
から受け取っている。

制裁措置 ----- とりわけベネズエラに対するそれ ----- をめぐるこれら
シンクタンクの業界内「同調思考」は、彼らがそろって皆自称する「(研究
の)独立性」を裏切るものだ。政治学者のグレン・ディーセン氏は、最近の
著作『シンクタンク商売』の冒頭で次のように述べている。これらの組織の
「仕事は、自分の雇用主の目標のために合意を形成することである」、と。
そして、「これらの政策策定エリートたちは …… 真の意味での議論をする
よりむしろ自分たち自身の偏見をいっそう強固なものにしてしまう」。彼らは
一日の仕事を済ますと、「高級レストランに出かけ、そこでお互いの背中を
ポンポンとたたき合う」のだ。

めったにお目にかかれない自己批判的な論考である「なぜ誰もがシンクタンク
をきらうのか」の中で、『ウィルソン・センター』のマシュー・ロジャンスキー
氏と『欧米外交問題評議会』のジェレミー・シャピロ氏は、こう説明する。
これらのシンクタンクはロビイストの別称となってしまっている。その資金
提供者たちは、「政策という名の弾丸を放ち、みごとに的に当て、期待通りの
成果を上げるベテラン射撃手」を求めているにすぎないのだ、と。また、
すでに2006年の時点で、ジャーナリストのトーマス・フランク氏は以下の
ように述べていた。シンクタンクは7桁台の予算を持ち、多数の「上席研究員」
と「著名な大学教授」を擁する、強力な疑似学術団体へと成長した」。

この事業形態は「うまみのある詐欺的な商売」の一種である。上のディーセン氏
が指摘したように、また、同じく上の『繁栄と自由のためのイバン・ドゥケ・
センター』が証明しているように、シンクタンクは「天下り」の場を提供
する。そこで、公職を辞した人間あるいは成功しなかった政治家やその
アドバイザーたちは、社会政策に影響力をふるい続けることができ、同時に
また、お金もたんまりとフトコロにすることができるのだ。


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[訳注・補足・余談など]

■[補足・1]

文中に登場する『組織犯罪・汚職報道ブロジェクト』(OCCRP)については、
ネットで検索すると、以下のようなややくわしい文章が見つかります。
興味深いので、全文をここに引用しておきます。

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世界最大の調査報道ネットワークと米政府との隠れた関係とは

By Mashup Reporter 編集部 -2024-12-06
https://www.mashupreporter.com/usg-and-occrp/

国家をまたぐ組織犯罪や汚職を暴くことに特化した世界最大の調査報道組織、
OCCRP(組織犯罪・汚職報道ブロジェクト)の最大の資金提供元が米国政府
であることがわかった。ドロップサイトニュースが、イタリアやフランス、
ギリシャの報道機関との共同調査により明らかにした。

NGOである同組織は本部をアムステルダムに置く世界最大の調査ジャーナリスト
ネットワークとされる。60カ国に総勢200人のスタッフを配し、現地の記者ら
のハブとして機能している。これまでにパナマ文書やパンドラ文書といった
政治家やエリート、起業幹部の不正追求につながる膨大な機密文書の入手や
暴露に成功している。ルディ・ジュリアーニ氏のウクライナにおける政治的な
活動を暴露した記事は、トランプ氏の一回目の弾劾訴追へとつながった内部
告発文書に複数回引用されていた。

ドロップサイトの調査では、2014年から2023年の間、米政府はOCCRPに実際が
支出した資金の52%を提供していたことが判明した。2008年以降に提供した
総額は4,700万ドル(約700億円)に上っていた。なお、米政府内で最大の資金
提供者は国際開発庁だった。

なお、OCCRPのウェブサイトにある寄付者リストには、国務省と並んで
ジョージ・ソロス氏のオープンソサイエティ財団やロックフェラー兄弟財団
といった名も並んでいる。

ドロップサイトはさらに、OCCRPは、国連民主主義基金からの助成金により
スタートしたと説明しているにもかかわらず、実際のところOCCRPの創設を
可能にした数百万ドルのスタート資金は国務省の国際麻薬・法執行局(INL)
から提供されたものだったと報じている。

この報道に対して、OCCRP の理事会は声明で、米国が主要な資金提供者である
ことを認める一方、米国以外では政府によるジャーナリズムの支援は珍しく
なく、設立前に徹底的に議論された問題であると説明。共同創設者で代表の
ドリュー・サリバン氏は、OCCRPのジャーナリズムを米政府がコントロール
してきたという発想には根拠がなく、「当てこすりと誤解、非難」でしかない
と反論した。また、OCCRP側は「編集上のファイアウォール」があるとして
報道活動への影響を否定した。

ただし、米政府との関係は単なる資金提供者と独立した報道機関とは言い切れ
ない可能性がある。

米政府は資金を提供する代わりに、OCCRPの上級編集スタッフを含む上級
職員や「年次作業計画」を拒否する権限を有しているという。

また、「OCCRPの記事に基づいて組織的に刑事捜査や制裁手続きを誘発しよう
とするプログラム」である世界反汚職コンソーシアム(GACC)は、2016年に
米国務省の提案募集をOCCRPが勝ち取った結果として生まれたものだった。
米国はGACCの最大の寄付者であり、同プログラム絡みでこれまでにOCCRPに
1,080万ドルを提供している。

GACCの活動は大きく二つに分類され、1つ目は「OCCRPの記事に基づいて、
司法捜査と制裁手続き、市民社会の動員を誘発すること」であり、2つ目は
「各国に反汚職およびマネーロンダリング防止に関する法の強化を働きかける
こと」とされる。

OCCRPが2021年に米政府の要求により作成したGACCの評価報告書によると、
「現実世界への影響」として特定された228事例のうち、中南米を含む南北
アメリカに関するものはわずか11件だった。

人的交流の側面では、国務省で汚職防止顧問を務めていた高官が、OCCRPに
「グローバルパートナーシップおよび政策担当責任者」として採用され、
その後再び国務省に戻って制裁手続きの担当部門で働いているという例も
あった。

OCCRPの有用性は政府高官も言明しているところであり、国務省のマイケル・
ヘニング氏は、ドイツの公共放送NDRの取材に対して、単に法執行機関を
使って犯罪を暴くのではなく、ジャーナリストに資金を提供する理由について、
政府関係者よりも情報源から協力を引き出せる可能性が高くなるとの考えを
語った。

ジャーナリストや報道機関の反応は様々で、独立したジャーナリズム活動に
影響はないと擁護する声もある。一方、NDRは独自調査を通じて米政府の
資金提供の規模を知り、OCCRPとの協力を一時停止することを決定した。
ニューヨークタイムズの広報担当者は、資金提供の性質を同社に明らかに
していないと答えている。

OCCRPの元理事で、1999年公開の映画『ザ・インサイダー』でアル・パチーノ
が演じた著名なジャーナリスト、ローウェル・バーグマン氏は、政府との
繋がりを知って2014年に理事職を退任したいた。当時、バーグマン氏はサリバン氏
らに対して懸念を伝えていたという。

匿名を条件にドロップサイトの取材に応じたあるジャーナリストは、OCCRPは
米政府に有用な情報提供する必要はなく、米国外で活動する「クリーンハンド」
の集団であるとする一方、「しかし、それは常に他の人々の汚職についてだ。
反汚職関連の仕事で米政府から支払いを受けていれば、飼い主の手を噛めば
資金が止められることはわかっている」と限界を語った。また同人物は、
批判者はアメリカの「ソフトパワーの本質」を理解していないとも主張。
「米政府から直接資金を受け取りたくなくても、周囲を見渡せば、ほぼすべて
の主要な慈善資金提供者が何らかの取り組みで彼らと提携している」と述べ、
「実のところ、一部の報道機関への影響がどれほど深いのかは分からない」
と語った。

--------------------------------------------------


■[補足・2]
本文に関連して。

大手テレビ局の報道番組などで発言するコメンテーターが軍需企業から報酬を
得ていること、ここにはいわゆる「利益相反」の問題が発生し、その事実を
テレビ局は視聴者に伝えるべきであるにもかかわらず、それを伏せている
ことについては、本ブログでずっと前に取り上げています。

主戦派のコメンテーターを財政的に支える軍需産業
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/d7293b6e6bf27ba4df795a95684f01e7



なお、ケアレス・ミスやこちらの知識不足などによる誤訳等がありましたら、
遠慮なくご指摘ください。
(今回の訳出にあたっては、機械翻訳やAIなどはいっさい使用しておりません)

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『ニューヨーク・タイムズ』紙の偏向報道 ----- 最近の事例

2025年04月20日 | メディア、ジャーナリズム

前回は『ワシントン・ポスト』紙を取り上げましたが、今回は『ニューヨーク・
タイムズ』紙です。
本サイトの主要テーマである「欧米大手メディアの欺瞞」をあばくシリーズ。

原文タイトルは
NY Times Continues To Show Extreme Bias in Gaza Coverage
(『ニューヨーク・タイムズ』紙、ガザ報道で依然として極度の偏向を示す)

書き手は Richard Hardigan(リチャード・ハーディガン)氏。

原文サイトは
https://www.counterpunch.org/2025/03/04/ny-times-continues-to-show-extreme-bias-in-gaza-coverage/


-----------------------------------------------------------------

2025年3月4日

NY Times Continues To Show Extreme Bias in Gaza Coverage
(『ニューヨーク・タイムズ』紙、ガザ報道で依然として極度の偏向を示す)



Richard Hardigan(リチャード・ハーディガン)


ガザのパレスチナの人々に対してイスラエルの軍事機構がおこなったジェノサイド
(大量虐殺)を可能ならしめたのは主にアメリカ政府である。昨年の10月7日以来、
イスラエルにほぼ無制限の軍事援助と外交的言い訳を提供してきたのはアメリカ
政府であった。そして、そういう事態を成立させた重要な因子は、主流派メディア
がはたした役割であった。これらのメディアによるイスラエル・パレスチナ報道は
あまりに偏向がむごく、人を誤解にみちびくものだったので、多くの米国人は中東の
出来事の意味するところについて不案内なままである。

本文章において、われわれは、『ニューヨーク・タイムズ』紙が提供するポッド
キャストである『ザ・デイリー』の最近の配信回を検証してみることにする。今年
2月26日の回では、同紙のエルサレム支局長パトリック・キングズレーへのインビュー
を流した。話題はイスラエル・ハマス間の停戦の第一段階終了と今後の見通しに
ついてであった。この配信は、『ニューヨーク・タイムズ』紙の偏向ぶりがはっきりと
浮き彫りになっているという点で興味深い。その偏向は、いかにパレスチナの人々を
人間扱いしていないか、この当事者双方の間の力の不均衡をいかに伏せているか、
戦争犯罪をいかに糊塗しているか、停戦その他の和平への取り組みをいかに歪曲して
伝えているか、歴史的な文脈をいかに切り落として報道しているか、等々に如実に
あらわれている。

米国主流派メディアのイスラエル寄りの偏向報道については、とりわけ昨年の10月
7日以降、数多くの文章が書かれてきた。

たとえば、調査報道サイトの『インターセプト』は、ガザ報道に関し、『ニューヨーク
・タイムズ』紙、『ロサンジェルス・タイムズ』紙、『ワシントン・ポスト』紙を
対象に精査、分析した記事を発表している。それによれば、10月7日の攻撃後の
最初の6週間の間に、これらの新聞はイスラエル人の殺害に言及する際、「大虐殺」
もしくは「大量殺戮」という言葉を200回近くもちいていた。ところが、パレスチナ人
のそれに関してはたった5回だけであった。このような言葉の使用例のはなはだしい
懸隔は、イスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者数が、すでにハマスの攻撃
によるイスラエル人の死者数の約20倍にものぼっているにもかかわらず生じている
のである。

2024年の4月には、『ニューヨーク・タイムズ』紙の漏洩した内部メモについて、
やはり『インターセプト』が報じていた。そのメモはイスラエル・ハマス間の紛争
を報道する記者たちに向けた編集上の指針を示すものであった。記者は「ジェノサイド
(大量虐殺)」、「民族浄化」、「占領地」(パレスチナ人の土地を指す場合)などの
言葉を使うことをつつしむように、とのことであった。また、さらに、「パレスチナ」
という言葉も、ごくまれな場合を除き、使用をひかえるよう推奨するとともに、
元の土地から追われたパレスチナの人々が落ち着くことになったガザの一画を
「難民キャンプ」と呼ぶことも避けるよううながしていた。メモはまた、「大虐殺」
や「大量殺戮」等の言葉はイスラエル軍によるガザ爆撃を報じるにはしばしば
感情的なニュアンスが強すぎると主張している。これらの言葉とはまるでうらはらに、
『ニューヨーク・タイムズ』紙の広報担当者は『インターセプト』にこう語っている。
当該のメモのはっきりした目的は「このような指針によって、われわれのニュース
報道の正確さ、一貫性、ニュアンスの妥当性を確実にする」ことです、と。

ジェノサイド(大量虐殺)とそれを支援する欧米に対する抗議の声は、イスラエルと
パレスチナの問題に世人の関心を引き寄せることに大きく貢献した。そしてまた、
アメリカの一般市民は、現在および紛争の当初からのイスラエルの残虐行為の
途方もなさを、これまでになく意識するようになっている。

しかし、イスラエルが国際法をくり返し踏みにじってきたにもかかわらず、アメリカ
は同国をひたすら支援し続けてきた。その理由は、帰するところ、軍需企業、
イスラエルの圧力団体、キリスト教シオニズム、昔ながらの人種差別感情などに
なるであろう。(結局のところ、イスラエルという国を生み出すにあたっての正当化
事由の一つは、「近代シオニズムの父」と呼ばれるテオドール・ヘルツルが論じて
いたように、そういう国が「アジアにおけるヨーロッパの防壁 ----- 野蛮に抗する
文明の前哨基地 ----- の一部」を構成するであろうということであった。)

しかしまた、責任を大きく負うべきであるのは欧米の主流派メディアである。
上に挙げた特定利益集団による働きかけが功を奏するのは、おそらくはるかに
困難なものになっていたであろう ----- もし中東の事象に関する、人々の誤解を
さそうようなメディアの報道がなかったならば。

上のメモで暗に示されていることからわかるように、『ニューヨーク・タイムズ』
紙の編集者たちは言葉の力というものを強烈に意識していた。そして、この『ザ・
デイリー』の配信回で、キングズレーとインタビュアーであるレイチェル・
エイブラムスの両氏はかなり骨折って言葉遣いに注意し、イスラエル側を肯定的な
イメージで伝え、一方、パレスチナの人々は「悪者扱い」にした。

この25分ほどのインタビューの中で、数十回にわたり、ハマスが捕縛したイスラエル
人は「人質」と表現され、一方、対照的に、イスラエルの拘置所に収容された
パレスチナ人は「収監者」と呼ばれた(もっとも、このような言葉の使い分けは
『ニューヨーク・タイムズ』紙だけに限ったことではない)。なにゆえそのような
使い分けをするのかははっきりしている。「収監者」なる言葉は「罪」という
ニュアンスを濃くまとっている。それに対し、「人質」は「罪のない」人間が暗黙の
前提となっている。「収監者」は何らかの犯罪に手を染めたことが想定され、
したがって、われわれが同情するにはおよばないというわけなのだ。ところが、
実際は、この数千ものパレスチナ人たちは何らかの犯罪を理由に拘留されていた
わけではまったくない。その多くは、10月7日以降にイスラエル軍によって拉致
された人々だ ----- おそらくは人質の将来の交換要員として。これらの人々が
いったいどうして「人質」以外の存在と考えることができようか。

イスラエル人の「人質」の状況を伝える際にも、パレスチナ人の場合とはいちじるしい
違いがある。人質解放の際、イスラエル人の場合は、彼らは「非常にやせており、
栄養不良で、食べ物に餓え …… やつれているように見えた」、一方、パレスチナ人
の場合は、「困難な状況」に置かれていた、という具合である。パレスチナ人が
「拘留中に受けたさまざまな拷問的な仕打ち、たとえば、殴打や食料支給の不充分さ、
その他の残酷で非人間的な、あるいは、人間の尊厳をそこなう処遇」については、
一言もふれられなかった。また、「2023年10月7日以降、イスラエルでの拘留中、
少なくとも60名のパレスチナ人が死亡した」事実についても言及がなかった。この
事実は複数の人権団体が文書で明らかにしていたにもかかわらず。

イスラエル人の人質解放のシーンを報道する際、キングズレー、エイブラムス
の両氏はそれを「見るに忍びない」と形容し、一方、パレスチナ人の場合の
それは「気が重い」であった。

パレスチナ人の価値が低いことは、このインタビューの初めから終わりまで、
彼ら「収監者」が一人も一個の人間としてあつかわれていない事実によって
裏づけられる。われわれは彼らの体験や個人名、職業、家族、等々については
いっさい知らされない。彼らは「顔のない」、匿名の存在だ。

ところが、先週ハマスがその遺体を引き渡した、イスラエルのビバス一家の
悲劇的な話については、4分間近くがついやされた。

ビバス家の話はまったく痛切なものだ。彼らは一つの家族であり、名前と顔を
きちんと報じられている。キングズレー氏は述べる。「もっとも人の心をかき乱す、
恐ろしい人質解放の儀です …… イスラエルの一般市民の一家族に属する3つの
遺体 ----- 2人の幼い男の子、アリエル・ビバス、および、その弟のクフィール・
ビバス。拉致された時、アリエルは4才、クフィールは生後8ヶ月でした -----
そして、その母親、32才の会計士のシリ・バビス、この3つの遺体が引き渡され
ました」。

この「人質解放の儀」は「イスラエルでは、きわめて敬意を欠いた、畢竟、おぞましい
ものと受け取られました …… 。この家族はイスラエルのこうむったトラウマ
(心の傷)をもっとも象徴するものの一つでした …… そして、この2人の幼い
子供とその母親がこのような形で帰ってくる光景を目にすること、さらにその後、
その母親のシリの遺体が実際には別の人間のものであると知らされることは、
まさしく何らかの事件を誘発するような、あるいは、傷口にさらに塩をすりこむ
ような出来事でした」。遺体が返還されて、「この家族はついに一応の結末をむかえる
に至ったのでした」。

このインタビュー全体を通じてパレスチナ人側の惨苦が初めて、そして唯一、
言及されたのは、このビバス家の話題の最中においてであった。

「ハマスの主張によると、数万ものパレスチナ人の死について責任を問われるべきは
ネタニヤフ首相ということです」とキングズレー氏は述べた。これは、ビバス家の
棺の後方にドラキュラに似せたネタニヤフ首相の顔のイラストをハマスがかかげ
させたことに言及した、エイブラハム氏に対する応答であった。

言語表現の工作はまた、ガザの10月7日以降の出来事の呼び方にも見られる。
ジェノサイド(大量虐殺)が「戦争」と表現されるのである。「戦争」という
言葉は、2つの同等な力の強さを持つ主体が暗示される。ところが、現実は、
世界で突出して強力な軍隊(核兵器も保有)を持ち、なおかつ、超大国アメリカ
に支援されている国と、それに対して、ガザの人々に課せられた過酷な17年の
封じ込めの下で、どうにかこうにか手製ロケット弾を製造し、発射しているゲリラ
組織という構図なのである。イスラエル軍は、人々を誤解にみちびくようなこの
「戦争」という言葉を浸透させるべく、民間人の死者数に対する「戦闘員」の
死者数の比率を実際より高めに算出している。

キングズレー氏はこの「戦争」の発端を10月7日に置いている。それによって、
ことの歴史的文脈をきれいさっぱり拭い去ってしまった。拭い去られたのは、
歴史的にパレスチナ人の土地であったものの78パーセントをシオニスト政府が
占領したこと、1947年から1949年までの間に75万のパレスチナ人が「民族浄化」
にあったこと、1967年には上記78パーセントの残り22パーセントが占領され、
さらに30万のパレスチナ人が住んでいる土地を追われたこと、57年にわたる過酷な
体制の下で、殺害、占領、軍事的管理、家屋撤去、アパルトヘイト(人種差別政策)、
投獄、土地と資源の奪取、入植地拡大、検問所・バリケード・分離壁などによる
広範な移動制限、などをこうむったこと、また、2007年以降、イスラエルがガザを
封鎖し、人や物の移動を困難にしたため、深刻な人道的危機 ----- 食べ物や
医薬品、飲料水などの不足 ----- をまねいたこと、等々である。くわえて、ガザ
地区にイスラエル軍が毎年、婉曲的に「芝刈り」と称する容赦ない攻撃をしかけて
きたこと(これは中東のアラブ人諸国すべてに対する牽制として、である)も言及
されない。これらいっさいは、『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者たちには
どうでもいいことなのである。唯一の重要な歴史的文脈は ----- と彼らはわれわれに
教示する ----- ハマスが10月7日にイスラエルを攻撃したということだけだ、と。

キングズレー氏はたしかに1948年と1967年については言及した。しかし、それは、
ガザの住人を立ち退かせるというトランプ大統領の案にふれた中でのことにすぎない。
そして、そこでも、キングズレー氏はやはりシオニストの責任をいっさい問わない
言葉遣いをもちいている。

「数十万のパレスチナ人が自分の家を捨てざるを得ませんでした」。こう、
キングズレー氏は1948年の出来事にふれて、述べた。しかし、おそらくパレスチナ人
以外の者に責任を問わねばならない話の流れについ踏み込んだことに気づいて、
同氏はこう付け足す。「あるいは、イスラエル建国をめぐる戦争のまっただ中の
ために自分の家を捨てました」。民族浄化作戦の実行者についてはふれられなかった。
パレスチナの人々に自分の家を捨てざるを得なくしたのは誰であったのか。イスラエル
が国家として立ち上げられている最中、たまたま戦争が起きたというだけのこと
なのか。従来パレスチナ人の住んでいた土地のすべてからパレスチナ人を追い出す
というシオニストたちの計画(民族浄化)については何も語られない。戦争の始まる
前でさえ、すでにシオニスト政府の軍によって30万ものパレスチナ人が民族浄化に
さらされたことは一言も話に出てこないのだ。

キングズレー氏はまた、目下の停戦の間にイスラエル政府が働いたいかなる悪行に
ついてもその罪を免責する。

「いくつか、ささいな事件は起こりましたが」、とキングズレー氏。「それ
[停戦]はおおむね想定通りに進んでいます」。しかし、これは、イスラエル側の
おかした違反行為を完全に無視したせりふである。ガザ政府メディア局(GMO)
の作成した文書によると、停戦が始まって以来、イスラエル政府の違反行為は
350件以上にのぼっている。たとえば、軍による侵入、発砲、空爆、監視の強化
・拡大、人道的援助活動の妨害、等々。また、同じくGMOによれば、イスラエル軍は
依然としてパレスチナ人を標的としており、結果、停戦と言いながら、多数の
死亡例、負傷例が報告されている。同様に、家を追われた家族がガザ北部にもどる
ことを妨げるさまざまな遅延行為が見られたし、封鎖状態のガザに投入されるべき
援助や緊急支援も、合意されたレベルの要求が応じられていないままである。

以上、要するに、『ニューヨーク・タイムズ』紙のガザ報道はメディアの偏向に
関するかっこうの事例研究と化している。そして、そのような偏向が、かたよった
語彙選択、決定的に重要な歴史的文脈の排除、パレスチナの人々の辛苦から人間味を
はぎ取ることなどを通じて、一般公衆の認識を形づくることになる。本文章で分析
したポッドキャスト『ザ・デイリー』のこの配信回は、これらの手口をまことに
よく示している。つまり、「人質」と「収監者」という言葉の不均衡から、イスラエル
側の何十年にもおよぶ占領と暴力という事実の閑却に至るまで。出来事をゆがんだ
形で伝えることで、『ニューヨーク・タイムズ』紙はイスラエルに対するアメリカ
の政治的、軍事的支援を継続させることにきわめて大きな役割をはたしている。
そして、究極的には、パレスチナの人々へのさらなる残虐行為を可能ならしめて
いるのである。一般の人々はこのような組織的な偏向に気づき始めているが、その
一方、主流派メディアの言説をうのみにしないこと、そして、独立系の、権力に
迎合しないメディアを探し求めることを通じて、ガザの状況のまぎれもない真実を
つかむことがどうしても不可欠である。


-----------------------------------------------------------------

[訳注・補足・余談など]

■[補足・1]
今回の書き手のリチャード・ハーディガン氏については、原文サイトに以下の
ような簡単な紹介文があります。

--------------------------------------------------
リチャード・ハーディガンはカリフォルニア州在住の大学教授。著作に
『壁の向こう側』がある。ウェブサイトは richardhardigan.com。ツイッター
の @RichardHardigan でも接触することができる。
--------------------------------------------------


■[補足・2]
『ニューヨーク・タイムズ』紙については、本サイトで以前にも取り上げました。
代表的なものは以下の通りです。こちらもぜひ参照してください。

米国のメディア監視サイト・2-----ウクライナをめぐる英米メディアの偏向
2014年05月14日
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/e941ac532b05425af3fe8fb07e2f38ce

・米国政府後援の南米クーデターを礼賛する『ニューヨーク・タイムズ』紙
2021年07月24日
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/m/202107



なお、ケアレス・ミスやこちらの知識不足などによる誤訳等がありましたら、
遠慮なくご指摘ください。
(今回の訳出にあたっては、機械翻訳やAIなどはいっさい使用しておりません)

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『ワシントン・ポスト』紙の社内検閲

2025年04月08日 | メディア、ジャーナリズム

『ワシントン・ポスト』社のオーナーであるジェフ・ベゾス氏が『ワシントン・
ポスト』紙の社説などの論旨や表現様式に口出ししたことをめぐる、短い軽めの
文章です。

原文タイトルは
The Audacious Hypocrisy of the Washington Post
(『ワシントン・ポスト』紙のあつかましい偽善)

書き手は Melvin Goodman(メルヴィン・グッドマン)氏。
(同氏については、末尾の[補足・1]を参照)

原文サイトは
https://www.counterpunch.org/2025/03/18/the-audacious-hypocrisy-of-the-washington-post/


-----------------------------------------------------------------

2025年3月18日

The Audacious Hypocrisy of the Washington Post
『ワシントン・ポスト』紙のあつかましい偽善



Melvin Goodman(メルヴィン・グッドマン)


先週、『ワシントン・ポスト』紙は、あつかましいことに、「米憲法修正第1条で保障
された権利」に対する脅威をめぐり、警鐘を鳴らす社説をかかげた。同紙は「民主
主義は暗愚の中で死滅する」という一文を公式スローガンとして常時、題字の下に
載せている。ところが、同紙自身が、ここ半年の間、表現や宗教の自由を保障する、
この米憲法修正第1条に攻撃をくわえてきたのである。同社のオーナーであるジェフ・
ベゾス氏が社説、そしてまた政治漫画にさえ、検閲をおこなったのだ。その結果、
当該の政治漫画家や幾人かの著名な社説執筆者が同紙を去ることになった。多くの
社員もまた同様に社を辞したし、数十万の購読予約も取り消されるに至った。これ
とは対照的なことに、トランプ氏の前回の大統領選挙運動の折りには、同紙は
「トランプ氏の明白かつ現在の危険」を伝える6つの社説を連続してかかげたのである
が、その際には、ベゾス氏や幹部編集者たちからは何の文句も聞かれなかったのである。

上と似たような事態は『ロサンジェルス・タイムズ』紙でも起きていた。同紙の編集者
であるパトリック・スン・シオン氏はトランプ政権からの支援をおおいに当てにして
いる。同氏は、社説の執筆者たちが「きわめて左寄り」であり、自分は同紙がもっと
「中道」的であることを望むとあけっぴろげに述べた。ベゾス氏とスン・シオン氏は
それぞれ人工衛星の技術、医療技術の分野で数十億ドルもの大金を政府機関からの
助成金に大きく頼っている。両者とも、トランプ政権と米連邦通信委員会がCBSや
ABC、NPR、PBSなどの大手放送局に対してふるう圧力をとりわけ恐れている(末尾の
[訳注・1]を参照)。

トランプ氏へのベゾス氏のすり寄りは、11月の選挙の前段階から始まっていた。
大統領にカマラ・ハリス氏を推す社説をギリギリのところで取り下げることに決めた
のだ。『ワシントン・ポスト』紙の発行人兼最高経営責任者(CEO)であるウィル・
ルイス氏 ----- ベゾス氏が任命した数人のゴマすり屋の一人 ----- の言によれば、同紙は
その原点に回帰して、大統領選挙運動中の特定の人物への支持をやめることにした
とのこと。しかし、これは、社内検閲をごまかすために同紙の上層部がこれまでも
使ってきた数多くの嘘や韜晦的言辞の一つにすぎない。結果、数十万の購読予約者が
離れ、古株のコラムニストの2人 ----- ロバート・ケイガン氏とミシェル・ノリス氏
----- も同紙を辞した。

トランプ氏が大統領に当選するや、ベゾス氏は即座にホワイトハウスの次の住人の
「指にはめている指輪にうやうやしくキスする」作戦を開始した。就任祝いの催しの
ために100万ドル(約1億5000万円)を提供したのである。ベゾス氏は『ニューヨーク
・タイムズ』紙に、トランプ氏は変わった、「以前より温和に …… より自信に満ち、
より落ち着きを持つようになった」と語った。明らかに、トランプ大統領にすり寄る
この種の類人猿たちは、トランプ氏自身と同様、都合のいい自己欺瞞に長けていて、
これにそむくような事実などはいっさい目に入らないのである。

ピュリツァー賞を受賞したこともある風刺漫画家のアン・テルナエス氏は、トランプ
氏の別荘の『マールアラーゴ』でのトランプ夫妻とベゾス氏の夕食会を題材にして
風刺漫画を作成したが、『ワシントン・ポスト』紙の社説欄の編集者であるデイヴィッド
・シプリー氏はその掲載を見送った ----- 「(他と内容が)重複」しているという
うさん臭い主張によって。同紙の漫画家たち、たとえば、「ハーブロック」(正式名は
ハーバート・ブロック)氏やトム・トールズ氏などは長年の間、社説・論説と「重複」
した内容の漫画をしばしば描いていたが、その際、上層部からは何のおとがめも
なかったのである。シプリー氏の検閲行為は社説の書き手たちに、テルナエス氏の
場合と同様、今後ジェフ・ベゾス氏との間で軋轢が生じることを十分予測させるもの
だった。

テルナエス氏の件に続いては、有力な社説執筆者の一人であるジェニファー・
ルービン氏が同紙を去った。また、メディア関連を担当する書き手のエリック・
ウェンプル氏は文章の一つを没にされた。ルース・マーカス氏も同紙を離れた。
マーカス氏は40年にわたって同紙で働き、『ニューヨーク・タイムズ』紙のリンダ・
グリーンハウス氏が引退して以降は、主流派メディアの中では、米最高裁判所の
報道においてもっとも影響力のある書き手であった(マーカス氏は一貫して
イスラエルを擁護してきたが、いずれにせよ、その法律関連の文章は抜きん出て
いた)。『ワシントン・ポスト』紙の発行人がマーカス氏の文章を没にしたのは異例
のことであった。また、彼がマーカス氏との直接の面談をさけたのはなさけない話
であった。

このマーカス氏が同紙に対しておかした「罪」は、ベゾス氏の「ご託宣」を非難した
ことである。その「ご託宣」とは、社説欄では「個人の自由と自由市場」のみを
重点的に取りあつかうべし、というものであった。これは根本的にはリバタリアン
(自由至上主義者)(末尾の[訳注・2]を参照)の姿勢である。トランプ大統領の側近
幹部連の多くはむろんリバタリアンであり、政府自体はともかく政府による規制を
なくしたがっている。トランプ支持派のシンクタンク ----- ケイトー・インスティテュート、
アメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(アメリカンエンタープライズ
公共政策研究所)、ヘリテージ財団など ----- もまた本質的にリバタリアンの集まりで
あり、政府機関を縮小したがっている。ベゾス氏はこの「ご託宣」につけ加えて、
「個人の自由と自由市場」という2つの主柱に異議をとなえたり反対したりする
ような意見は「他社の人間でも表明」できると語った。ベゾス氏の要請はトランプ
大統領に対するあからさまな追従であり、とりわけ米憲法修正第1条に対する脅威
である。『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニスト、デイヴィッド・ブルックス氏は
こう言っている。「『ワシントン・ポスト』紙の社説・論説欄は …… 異見を容認しない、
それはジャーナリズムとは呼べない」と。

同様に、ある新聞の社説が依拠する立場に異議を申し立てるような広告を拒絶する
ことも「ジャーナリズムとは呼べない」ふるまいであろう。今年の2月、『ワシントン
・ポスト』紙は、公共利益団体のコモン・コーズと南部貧困法律センターによる公告
掲載をことわった。ちなみに、この両団体は同紙と契約をかわしていて、11万5000
ドル(約1700万円)を代金として支払っている。ことわった理由は、たんに広告が
「この国を動かしているのは誰か: ドナルド・トランプか、それともイーロン・マスク
か?」と問うていたからである。トランプ大統領の就任式でベゾス氏が最前列の席に
座ったことが意味するのは、明らかに、大統領へのおもねりが今後『ワシントン・
ポスト』紙発行のあらゆる面におよぶということであった。

一般人の共通認識としては、『ワシントン・ポスト』紙は長年、リベラル派の新聞と
いうことであった。しかし、それは、同紙の社説欄でずっと幅をきかせてきた保守派
の著名論客を無視した見方である。20年前、社説の主な書き手は保守派のジョージ・
ウィル氏、故マイケル・ガーソン氏、故チャールズ・クラウトハマー氏だった。今日
では、それはやはり保守派の面々、ジョージ・ウィル氏、マックス・ブート氏、マーク
・シーセン氏、デイヴィッド・イグネイシャス氏である。このうち、シーセン氏は
主流派メディアの中で代表的なトランプ支持者であり、イグネイシャス氏は同じ
ように主流派メディアの中でCIAとその秘密工作を擁護する典型的な人物である。
1970年代にウッドワードとバーンスタインの両氏、1980年代にベン・ブラッドリー氏
が脚光を浴びた、あの古き良き時代でさえ、『ワシントン・ポスト』紙は大統領の
要請に応えるような保守的な性格をうしなわなかった。大統領が共和党所属か民主
党所属かには関係なく、そうであった。

『ワシントン・ポスト』紙が、ブッシュ政権がイラク侵攻のためについた数々の嘘を
支えたことはまったくおぞましい話である。同紙の社説、論説の書き手たちは一人
残らず侵攻を支持し、イラクとその大量破壊兵器の保有にまつわる虚偽情報を受け
入れたのだ。最近でも、3月15日に、上記のシーセン氏はほぼ1ページの紙面をあたえ
られて、先月の大統領執務室におけるトランプ政権のゼレンスキー大統領に対する
しかめっ面、および、トランプ大統領がそれまでにプーチン大統領に向けてきた
おおむね好意的なまなざしを擁護してみせた。

『ワシントン・ポスト』紙の保守寄りの見解はわれわれの市民社会にとって何ら脅威
ではない。まさしく脅威となるのは、同紙における内部検閲であり、米国史上もっとも
危険な大統領に対するおもねりに他ならない。


-----------------------------------------------------------------

[訳注・補足・余談など]

■[訳注・1]
『ワシントン・ポスト』紙や『ロサンジェルス・タイムズ』紙は、ここに挙げられた
放送局の1つまたはそれ以上と系列企業・関連企業の関係にあります。したがって、
放送局に対する規制は、新聞社もふくむこの企業グループ全体に対して財政的な影響を
およぼすことになります。


■[訳注・2]
リバタリアンはリバタリアニズムを信奉する人です。
そのリバタリアニズムはウィキペディアでは以下のように解説されています。

--------------------------------------------------
リバタリアニズム(英: libertarianism)は、個人的な自由、経済的な自由の双方を重視
する、自由主義上の政治思想・政治哲学の立場である[1][2]。経済的な自由を重視する
新自由主義と似ているが、リバタリアニズムでは個人的な自由をも重んじる[3]。他者の
身体や正当に所有された物質的、私的財産を侵害しない限り、各人が望む全ての行動は
基本的に自由であると主張する[4]。リバタリアニズムを主張する者はリバタリアンと
呼ばれる。日本語では完全自由主義、自由人主義、自由至上主義、自由意志主義などの
訳語がある。
(以下略)
--------------------------------------------------

もうひとつ、コトバンクに掲載されている大辞林の説明もかかげておきます。

--------------------------------------------------
リバタリアニズム(その他表記)Libertarianism
デジタル大辞泉 「リバタリアニズム」の意味・読み・例文・類語
リバタリアニズム(libertarianism)
他者の自由を侵害しない限りにおける、各人のあらゆる自由を尊重しようとする思想的
立場。自由主義が20世紀以降、個人の社会的自由の達成のために、私企業などの経済的
自由の抑制や、福祉などによる富の再分配を是認してきたのに対し、それらをも最小化
すべきとする。自由至上主義。完全自由主義。
[補説]新自由主義と似るが、これが経済的自由を重視するのに対し、リバタリアニズムは
それだけでなく社会的自由も強調する。権威への不服従や婚姻制度の廃止、銃器・薬物・
売春・同性愛の是認などを唱えるため、伝統的保守思想と対立する。
--------------------------------------------------


■[補足・1]
書き手のメルヴィン・グッドマン氏の文章は以前にも取り上げましたが、あれから
だいぶ時間が経っているので、同氏についてあらためて紹介しておきます。
今回の文章の掲載元である『カウンターパンチ』誌の末尾の紹介文です。

--------------------------------------------------
メルヴィン・グッドマンは国際政策センターの上級研究員であり、ジョンズ・ホプキンス
大学の政治学教授。かつてはCIA分析官であった。著作には『諜報の失敗: CIAの衰退と
没落』、『国家脆弱性: アメリカ軍国主義の代価』、『CIAの内部告発者』などがあった。最近
では『アメリカの大量殺戮: トランプの戦争』(オーパス出版、2019年刊)、『公安国家を
封じ込める』(オーパス出版、2021年刊)を上梓している。本サイトで国家安全保障関連の
問題をあつかうコラムニストである。
--------------------------------------------------

ここで紹介されているように、グッドマン氏はかつてCIA職員でした。つまり、アメリカの
政府機関の内情をよく知っている人間です。
その経験を基にして執筆された上記の著作は、アマゾンのサイトの評価を見ると、おおむね
高評価です。邦訳が望まれます。


■[補足・2]

『ワシントン・ポスト』紙については以前にも本サイトで取り上げています。

『ワシントン・ポスト』紙だけにとどまらず、米国大手メディアが経営的にいかに政府
当局に依存しているか、言い換えれば、米国大手メディアがいかに政府当局と癒着しやすい
状態におちいっているか、を究明した文章をずっと以前に訳出していました。
今読み返してみても興味深い文章です。ぜひこちらもご参照ください。

2011年6月13日 (月)
気まぐれ翻訳帖・米国メディアの現状
http://cocologshu.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-8f2e.html
(訳出した原文のタイトル自体は
「取材対象の政府に命運を握られているワシントン・ポスト紙」
です)

上の文章はもう十数年前のものですが、ここで指摘されている米国大手メディアの
いわば「構造的な」問題は現在でもまったく変わっていません。



なお、ケアレス・ミスやこちらの知識不足などによる誤訳等がありましたら、遠慮なく
ご指摘ください。
(今回の訳出にあたっては、機械翻訳やAIなどはいっさい使用しておりません)

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USAID(米国際開発庁)のダーク・サイド

2025年03月24日 | メディア、ジャーナリズム

目下、トランプ大統領がUSAID(米国際開発庁)の解体を目指しています。

この組織は人道的援助をおこなっていて、日本の大手メディアの大半が、
「人道的援助をおこなっているUSAIDを解体しようとするとは、トランプは
けしからん」
という論調でしょう。

しかし、本ブログの以前の回の
[フェイスブックは元CIA職員だらけ ----- 現代の情報統制・2]
の文章の中では、この組織について以下のように書かれていました。

「 ~ このUSAIDはアメリカ政府が資金拠出する、「対外影響工作」を図る組織で、
海外での数多くの「レジーム・チェンジ(体制転覆・政権打倒)」のために資金提供し、
あるいは影でそれを指揮していた ----- たとえば、2002年のベネズエラ、2021年の
キューバ、また、目下のニカラグアなどで。~ 」

さて、今回は、このようなUSAIDのダーク・サイドというか、「負」の側面というか、
「裏の顔」というか、とにかく、USAIDのタテマエではない部分に焦点を置いて
書かれた文章を紹介します。この中に書かれた事実はすでにご存じの方も多いで
しょうが、USAID関連で自分がいくつか読んだ文章の中では、もっともバランスよく
要点がまとめられていたので、採用することにした次第。

原文タイトルは
The Demise of USAID: Few Regrets in Latin America
(USAID(米国際開発庁)の解体: 中南米で嘆く国は少数)

書き手は Roger D. Harris(ロジャー・ハリス)氏と John Perry(ジョン・リー)氏の2人。

原文サイトは
https://www.counterpunch.org/2025/02/17/the-demise-of-usaid-few-regrets-in-latin-america/

(なお、原文サイトにある画像やリンク等は省略させていただきました)


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2025年2月17日

The Demise of USAID: Few Regrets in Latin America
(USAID(米国際開発庁)の解体: 中南米で嘆く国は少数)



Roger D. Harris(ロジャー・ハリス)、John Perry(ジョン・ぺリー)


「金は自分とこで持っておけばいいさ」。と、こう、コロンビア大統領のグスタボ・
ペトロ氏は述べた。中南米への援助をトランプ大統領が削減する意向であると
聞かされた際の同氏のセリフである。「援助金は毒物だから」。

USAID(米国際開発庁)は中南米に対して毎年約20億ドルを拠出している。
もっとも、それは同機関の世界全体の予算のうちのほんの5パーセントを占める
にすぎないが。現在、一時的に閉鎖されたこの政府機関の将来は暗澹としている。
一方、その援助金削減に対する反応はさまざまである。上のペトロ大統領の
ような強気の発言は少なく、多くの意見は批判的である。たとえば、著名な
「リベラル派」のシンクタンクである『WOLA』(ワシントン・オフィス・オン・
ラテンアメリカ)は、この削減をトランプ大統領の「アメリカ・ファート」ならぬ
「『アメリカ・ラスト』政策」と呼んだ。なお、このシンクタンクは通常、アメリカ
政府の「レジーム・チェンジ(体制転覆・政権打倒)」工作のための隠れみのの
役割をはたしている。

USAID(米国際開発庁)は、世界覇権国アメリカの一機関として、確かに多少の
「善」をほどこしてはいる。たとえば、ベトナムにおいて地雷を撤去するなど
(もっとも、これらの地雷はそもそもアメリカの悪行の所産であったが)。しかし、
同機関の根本的な役割はアメリカの覇権拡大・強化と密接に結びついている。

企業メディアは、当然予想されることながら、おおむねUSAIDをかばう側に
まわった。その報道では、一部の国がUSAID解体によって深刻な影響をこうむる
ことは自分たちにとって主要な懸念事項であるという印象をあたえようとしている。
しかし、実際のところは、USAIDが帝国主義のもちいる小道具の一つであることは
「愛国的な」メディアの共通認識である。

『ロサンジェルス・タイムズ』紙と『ブルームバーグ・ニュース』はいずれも、
USAIDの解体が中国に「チャンスをもたらす」可能性を示唆した。また、AP通信は
援助の引き上げが当該地域にとって「大きな後退」となると表現した。英BBCも
同様のニュアンスで報じた。一方、『ニューヨーク・タイムズ』紙その他の主流派
メディアの一部は、USAIDのプログラムの多くが中南米からの移民を抑制するのに
一役買っているという皮肉な側面を伝えている。この移民問題は、皮肉どころか、
トランプ政権がもっとも重要な課題の一つととらえているものだ。

[人道的援助の武器化]

企業メディア・商業メディアは、不思議でも何でもないが、人々に一面的な絵柄しか
提供しない。USAIDの活動に人道的な面があることは事実である。が、ジェフリー・
サックス教授が述べているように、「人道的な援助、それは事実であり、喫緊の課題
である」が、より大きな「ソフト・パワー」戦略(末尾の補足・1を参照)の枠組みの
中では、ほんの一要素にすぎない。USAIDの役目はその設立当初から人道的援助に
とどまるものではなかった。

ケネディ大統領は1961年にUSAIDを設立したが、その翌年、大統領はUSAIDの幹部
指導者らにこう語っている。「われわれとしては、自由がおびやかされる恐れのある
やたらたくさんの土地に軍隊を派遣することは欲していない。そこで、君たちを送る
のだ」。

ふたたびサックス教授の言葉を借りれば、USAIDは「[アメリカの]外交政策の一手段
…… 完全に政治的性格をそなえた組織」である。それは主にアメリカの同盟国に恩恵を
ほどこしてきた。たとえば、中米でのハリケーン被害を軽減するプログラムなどである。
『ニューヨーク・タイムズ』紙はこのプログラムについて言及したが、2020年に2つの
壊滅的なハリケーンに見舞われたニカラグアの名は登場しない。むろん、同国は
アメリカの同盟国ではなく、したがって、このプログラムの対象とはなっていないから
である。

USAIDは世界の人道的援助全体のおよそ42パーセントを拠出しているけれども、非営利
の社会正義団体である『キホーテ・センター』によれば、その拠出額の大部分は
米国産の食品の支給もしくは米国の請負業者への支払いについやされており、当該
地域の市場や供給者の育成・援助にはあまり向けられていない。「USAIDの見直しが
必要です」と『キホーテ・センター』はうったえる。もっとも、それは、トランプ
大統領あるいはイーロン・マスク氏が心に描いているようなものとは異なるであろうが。

まったくのところ、国内の補助金に支えられたアメリカの食品が大量に流入するなら、
受け入れ国側の農業従事者は意欲をうしなってしまう。飢餓は短期的には軽減される
であろうが、援助が長期にわたれば、それに依存する風土が生まれる。そもそも
それが、このような援助の当初からの暗黙のねらいだったのである。要するに、
アメリカは世界各地で「自立」を推進しているのではなく、永続的に「依存」という
関係の中に各国をからめとろうとしているのだ。

[レジーム・チェンジ(体制転覆・政権打倒)]

USAIDの3番目の、そしてもっとも物議をかもす要素は、サックス教授の洞察によれば、
「『ディープ・ステイト』の機関」になっているということだ。そして、この機関は
あからさまに「レジーム・チェンジ(体制転覆・政権打倒)」を追求している。USAIDは
いわゆる「カラー革命」もしくはクーデターを推進し、アメリカの国益を利することの
ない政府を交代させることを目指している、と同教授は指摘する。

米国務省もまた、時に、このことをおおっぴらに口にする。2022年の7月、駐ニカラグア
米国大使の候補者が上院の公聴会で質問を受けた際、彼はニカラグア政府に敵対する、
同国内外の、USAIDが支援するグループと協力していく意向を明らかにした。ほぼ
当然のことながら、ニカラグア政府は同氏の任命を受け入れることを拒んだ。進歩派の
同国政府は、以来、「レジーム・チェンジ」目的の資金を得ている団体の閉鎖に力を
そそいでいる。

中南米におけるアメリカの「レジーム・チェンジ」の試みは長い歴史をほこっている。
そして、その大半はCIAの秘密工作に負うところが大きい。しかし、1990年以降は、
USAID、また、その関連組織 ----- 『米国民主主義基金』(NED)など ----- が大きな役割を
演じるようになった。こういった組織・団体が、たとえば、キューバ革命の力を削ぐこと
をねらいとして、1990年以来、少なくとも3億ドルを拠出している。

キューバで「レジーム・チェンジ」工作にかかわっていた団体は、たとえば、
『クリエイティブ・アソシエイツ・インターナショナル』(CREA)という名の大きな
ものがある。同団体は、USAIDのプログラムと類似した取り組みを中南米各地で指揮
していたことが、後にアラン・マクロード記者によって明らかにされた。目下のところ、
この団体はホンジュラスで活動している。同国の進歩的な現政権は、アメリカ政府
からの強い圧力にさらされているところだ。しかしながら、CREAは25にのぼる請負
業者の一つにすぎない。これらの業者は、2024年において、3200万ドルから目も
くらむ15億6000万ドルに至る範囲の、さまざまな額をフトコロに入れている。

[カルチャー・ウォー(文化戦争)](末尾の補足・2を参照)

USAIDによる「レジーム・チェンジ」工作はしばしばNGO(民間非営利団体)を
はぐくむ形をとる。それらの団体はうわべは非政治的あるいは文化的、芸術的なもの
であったり、性別に基づくものや教育にかかわるものであったりする。しかし、
本当のねらいは反政府的または親米的な心情を植えつけることである。その例は
枚挙にいとまがない。

キューバにおいて、USAIDはピップホップ界への浸透を図った。ツイッターの現地版
の開設を試みた。また、コスタリカやペルー、ベネズエラなどの若者たちを募って、
キューバに赴かせ、ひどく的外れなプロジェクトを運営させて彼らを刑務所に
入れられる危険にさらした。

一方、ベネズエラでのUSAIDの活動は、2002年の、アメリカが後押ししたが不首尾に
終わった、ウゴ・チャベス大統領に対するクーデターの試みより後のことである。
2007年の時点では、USAIDは同国の360にのぼるグループに支援をおこなっていた。
そのうちのいくつかはいわゆる「民主的な指導者」になると見込まれる人間に対して
公に研修教育をほどこしていた。同国ののロック・バンドで、最近グラミー賞も獲得
したラワヤナは、USAIDの資金援助を受けている。彼らが公の舞台で伝えるのは
反体制的な心情である。

ニカラグアでは、サンディニスタ党が2007年に政権復帰をはたした後、USAIDは
教育プログラムを企画・実施し、5000人にものぼる若者がそれに参加した。これらの
若者たちの多くが後の2018年のクーデターの試みに加わっている。

[見せかけの人権擁護団体、見せかけの報道機関]

USAIDのもう一つの戦術は、アメリカの敵と考えられる政治指導者らの勢威を削ぐ
ことである。2004年にUSAIDは379にのぼるボリビアの団体に資金拠出したが、
そのねらいは「地方政府に力をつけさせる」ことであり、進歩的な中央政府を
弱体化することであった。

ベネズエラにおいてもUSAIDは同様の手口を使った。2007年には、地方の市長50名を
集めて協議会を開催し、「地方分権化」について論じさせた。また、チャベス大統領、
後にはマドゥロ大統領に反対する「一般市民のネットワーク」と称するものを構築した。
さらには、「暫定大統領」とみずから宣言したフアン・グアイド氏を後押しすべく、
1億1600万ドルもの巨費を投じた。

同様に、ニカラグアもまた、USAIDのプログラムの標的となった。その目的は2021年の
選挙の信頼性をゆるがすことであった。また、ホンジュラスでも、シオマラ・
カストロ氏が大統領に当選した後、USAIDは「民主的統治」プログラムなるものを
立ち上げた。「政府に説明責任を課す」ことがその趣旨としてかかげられている。

言うことを聞かせやすい「人権擁護」団体を設立もしくは維持運営することもUSAIDの
重要な活動の一つである。毎年コロンビア国内に拠出される4億ドルのうち、およそ
半分がそのような団体に向けられている。ベネズエラでは、USAIDの年間拠出額は
2億ドルであるが、その一部は『Provea』などの野党陣営寄りの「人権擁護」団体に
わたっている。また、ニカラグアの野党陣営寄りの「人権擁護」団体の3つすべても
USAIDの援助金受領者である。これらの団体は後に閉鎖され、拠点はコスタリカに
移っているが、USAIDはなおも援助を継続していると見られている。

USAIDに関して言っておくべき最後の点は、同機関が海外の現行政権に反対する
報道機関の開設や維持運営を手がけていることだ。これらの報道機関は、サックス
教授の言葉を借りれば、当該政権がアメリカ政府により打倒すべき対象とされた場合、
「指示があり次第すぐさま行動に移る」ことになる。『国境なき記者団』(フランスで
創設されたので、フランス語の頭文字をとって略称は『RSF』)は、「トランプ大統領
による海外援助差し止めは、世界中のジャーナリズムを混乱に落とし入れている」と
述べた。すでに明らかになっている事実であるが、USAIDは707にのぼる報道機関の、
6200名を超えるジャーナリストに資金拠出していたのである。ニカラグアにおける
2018年の未遂クーデター直前の期間、USAIDは主要な反政府的報道機関のすべてを
支援していた。

上の『RSF』は、いわゆる「独立系ジャーナリズム」を支援することを謳っているが、
当の『RSF』自身は、『米国民主主義基金』(NED)や『オープン・ソサエティ財団』
(ジョージ・ソロス氏が創設)、EUなどからの資金拠出を受けており、中立的な組織と
呼ぶことはかなりむずかしい。

[嘆く国は少数]

以上のような次第で、中南米の、アメリカ政府に苦しめられている国々の間では、
USAIDの解体について嘆く声はあまり聞かれないかもしれない。一方、ベネズエラ
やニカラグアの反政府側の団体は、援助金削減を受けて、「危機的状況」におちいって
いることをみずから認めている。

トランプ大統領に共感を抱く、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領でさえ
USAIDには疑いの目を向けている。「その綱領は経済成長、民主制、人権の支援を
かかげているが、資金拠出の大部分は反政府側の団体や政治的意図を有するNGO、
社会かく乱的運動などに流されている」と同大統領は述べている。

USAIDがいわゆる人道的援助を武器化してきたことは争いようのない事実である。
けれども、国務長官であるマルコ・ルビオ氏によれば、アメリカ政府が「レジーム・
チェンジ」の標的としてきたのは中南米の国々 ----- ニカラグア、キューバ、ベネズエラ
----- であって、これらの国々は「人類の敵」である、とのことだ。この言に対して、
ベネズエラの外務大臣、イヴァン・ヒル氏はこう言い返す。「人類の敵と言い得るのは、
その軍事力と権力濫用を以って、何十年にもわたり、世界の半分の地域で混乱と
悲惨の種子をまいてきた者たちだ」。

遺憾なことに、USAIDはこの権力濫用に反対するよりむしろずっと支え続けてきた。
目下、USAIDは一時的に閉鎖状態にあるが、帝国アメリカの「レジーム・チェンジ」の
ための活動はまずまちがいなく今後も続けられるであろう ----- 他の、おそらくはより
目立たない形であるとしても。


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[訳注・補足・余談など]

■補足・1

文中の「ソフト・パワー」について。

オンライン辞書の『英辞郎』には以下のように説明されています。

--------------------------------------------------
soft power ソフト・パワー
◆(軍事力でなく)他国の心情的援助・共感などを背景に他国を味方に付ける(国の)
力。アメリカの戦略家Joseph Nyeがhard powerを駆使し過ぎるとsoft powerは失われる
と指摘した
--------------------------------------------------

このジョセフ・ナイ氏が最初に提唱したらしき「ソフト・パワー」という概念の
厳密な定義・内容は自分はよく知らないのですが、大雑把な理解としては、
「プロパガンダ(作戦)による影響力」と解してもよいように思われます。
「自国のイメージ・アップによって得られる対外的影響力」とも言えるかもしれません。
ちなみに、米国防総省の予算の相当の割合が「広報」(すなわちプロパガンダ)関連に
ついやされていると言われています。


■補足・2

文中の「カルチャー・ウォー(文化戦争)」について。

この言葉については、ネット検索で見つけた「さくらインターネット」さんの説明が
順当だと思われます。

--------------------------------------------------
文化戦争(ぶんかせんそう; culture war)とは、社会集団間の文化的対立であり、それぞれ
の価値観、信念、慣習の優劣をめぐる争いである。一般的には、社会的価値観における
一般的な社会的意見の相違や二極化が見られるテーマを指す。アメリカでの用法では、
「文化戦争」は伝統主義的または保守的とされる価値観と進歩的またはリベラルとされる
価値観の対立を意味することがある。
--------------------------------------------------

より詳しくは「さくらインターネット」さんのサイトを。
https://navymule9.sakura.ne.jp › Culture_war



なお、ケアレス・ミスやこちらの知識不足などによる誤訳等がありましたら、
遠慮なくご指摘ください。
(今回の訳出にあたっては、機械翻訳やAIなどはいっさい使用しておりません)

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