気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

ボリビアに対する米国のクーデター工作とリチウム資源掌握

2021年01月24日 | 国際政治

今回は、半年前ほどの文章です。
昨年の夏以降、体調その他の事情で、訳そうと思いながら手をつけられませんでした。
遅まきながら今回訳を提示します。ごく短い文章ではありますが。

イーロン・マスク氏といえば、電気自動車メーカー、テスラ社のCEOで、米国ビジネス
界のいわばヒーロー。アップル社の故スティーブ・ジョブズ氏と人気を二分するような
スター的存在です。

そのマスク氏が不用意な発言をしてちょっとした物議をかもしました。

帝国主義的支配(その中には、他国の資源の掌握という要素が含まれます)について少し
ばかりあらためて考えさせられた文章です。また、例によって大手メディアの偏向、
報道自粛などについても。


原題は
‘We Will Coup Whoever We Want’: Elon Musk and the Overthrow of Democracy in Bolivia
(「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける」-----
イーロン・マスク氏とボリビア民主制の転覆)

書き手は、Vijay Prashad(ヴィジャイ・プラシャド)氏、および、Alejandro Bejarano
(アレハンドロ・ベジャラノ)氏の2人。
プラシャド氏は、インド出身の歴史学者、ジャーナリスト、評論家で、著書の一つが邦訳で
『 褐色の世界史-----第三世界とはなにか』(水声社)として出ています。


原文サイトはこちら↓
https://www.counterpunch.org/2020/07/29/we-will-coup-whoever-we-want-elon-musk-and-the-overthrow-of-democracy-in-bolivia/


(例によって、訳出は読みやすさを心がけ、同じ理由で、頻繁に改行をおこなった)


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2020年7月29日


‘We Will Coup Whoever We Want’: Elon Musk and the Overthrow of Democracy in Bolivia
「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける」-----イーロン・マスク氏とボリビア民主制の転覆


BY VIJAY PRASHAD - ALEJANDRO
BEJARANO
ヴィジャイ・プラシャド、アレハンドロ・ベジャラノ




テスラ社のCEO、イーロン・マスク氏は、2020年7月24日にツイッターにこう書きこんだ。
政府による再度の「財政出動は、一般の人々にとってためにはならない」と。
すると、ある人物がほどなく反応して、「人々にとって何がためにならなかったか、貴殿は
承知しているとおっしゃるのか。米国政府はボリビアのエボ・モラレスに対してクーデター
をしくんだ-----貴殿がリチウム資源を手中にできるように」とツッコミを入れた。
これに応えて、マスク氏は書いた。
「われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかけるのだ。現実と
向き合えよ」と。

マスク氏が言及したのは、エボ・モラレス・アイマ大統領に対するクーデターのことである。
同大統領は2019年の11月に違法に職を追われた。もともともう一期を務めるはずの選挙に
勝利し、2020年の1月からそれが始まる予定だった。たとえ当該の選挙に問題があったとしても、
大統領の任期は2019年の11月、12月はそのまま継続して当然のはずであった。
ところが、軍部が、国内の極右および米国政府の意向をくんでモラレス大統領を脅迫した。
結局、大統領はメキシコに亡命することとなり、現在はアルゼンチンに寄留している。

当時、選挙における不正行為の「証拠」なるものは、極右や、米州機構(Organization of
American States)の作成した「予備的な報告書」が提示したものであった。
この「証拠」が、実際のところ、存在しないことをリベラル派メディアがしぶしぶ認めたのは、
モラレス大統領が職を追われてからのことにすぎない。
ボリビア国民にとっては手遅れであった。同国は不穏当な政権の手にゆだねられ、民主制は
機能停止状態におちいった。


[リチウム・クーデター]

その任期の14年の間、モラレス大統領はボリビアの富を国民のために使うべく奮闘した。
国民は、何世紀にもわたる圧制の後、ようやく生活の基本的要求が格段にかなえられる
状況に遭遇した。識字率は上昇し、飢餓率は低下した。
しかし、国民のためを思って国富を使うことを重視し、北米の多国籍企業をないがしろに
する行き方は、ラパスに居を置く米国大使館にとってはとんでもないことであった。そこで、
前々から、軍部の過激派や極右をけしかけ、政権打倒をねらっていたのである。
2019年の11月に起こったのは、まさしくそういうことであった。

マスク氏の認識は、言い方はゲスであるとしても、少なくとも正直なものと言えよう。
同氏のひきいるテスラ社は、ボリビアの豊かなリチウム鉱床に割安でアクセスできることを
長年のぞんできた。リチウムは自動車のバッテリーに不可欠な資源である。
今年の初め、マスク氏およびテスラ社は、ブラジルに工場を建設する意向を明らかにした。
この工場には、ボリビアからリチウムが供給される段取りとなっていた。
筆者たちがこの件について記事にしたとき、そのタイトルは「マスク氏、南米のリチウム
資源に対し、あらたなコンキスタドールさながらにふるまう」(訳注1)とした。
この記事で書いたことのいっさいは、マスク氏の上記のツイートに凝縮されている。すなわち、
他国の政治的現実を意に介さない態度、そして、同氏のような人々が自分の当然の権利と
みなしている資源に対しての強欲ぶり、である。

(訳注1: 「コンキスタドール」は「征服者」の意で、16世紀にメキシコ、中米、ペルーなど
を征服したスペイン人を指す)

マスク氏は結局このツイートを削除してしまった。
そして、「われわれはオーストラリアからリチウムを入手する」と書いた。
だが、これで一件落着というわけにはいかない。オーストラリアでは疑問の声が沸き上がり
つつあるからだ。リチウム採掘にともなう環境破壊への懸念のためである。


[民主制の棚上げ]

モラレス氏が追放されてからは、凡庸な極右の政治家、ヘアニネ・アニェス女史が憲法上の
手続きをふまずにトップの座についた。
女史の政治のスタイルは、2019年の11月15日に署名した大統領令によくあらわれている。
それは軍に対してどんなことでも思い通りにやらせる権利を付与するものだった。が、
さすがに女史の同盟勢力といえども、これはやりすぎとみて、11月28日にこれを撤回させている。

モラレス氏の率いていた社会主義運動党(MAS)に所属する活動家に対する逮捕や脅迫は、
2019年の11月に始まり、現在も続いている。
米国の上院議員7名は、2020年7月7日に声明を発し、「ボリビアの暫定政府による人権侵害
および市民権の制限の増大に関し、われわれは日増しに懸念をつのらせている」と述べた。
「暫定政府の路線が変更されなければ」と、議員らは続ける。「ボリビアの人々の基本的
市民権はさらに腐食が進み、予定されている重要な選挙の正当性に大きな疑問が付される
ことになるのをわれわれは懸念している」。

しかし、それについて懸念するにはおよばない。アニェス政権に選挙にうったえる熱意は
ほとんどうかがえないからだ。
それもそのはず、世論調査のすべてにおいて、アニェス陣営は総選挙で敗北を喫するという
見込みになっている。
ラテンアメリカ地政学戦略センター(CELAG)による最近の世論調査によれば、アニェス
女史の予想得票率はわずか13.3パーセント。社会主義運動党(MAS)の候補であるルイス・
アルセ氏(41.9パーセント)や中道右派のカルロス・メサ氏(26.8パーセント)に大きく差を
つけられている。
選挙は、当初、5月に実施されるはずであったが、9月6日に変更された。そして、それが今や、
またもや延びて、今度は10月18日ということになった。つまり、ボリビアはほぼ丸1年、
選挙によって民主的に選ばれた政府を持たないということになりそうだ。

社会主義運動党(MAS)のルイス・アルセ氏は最近、ジャーナリストのオリヴィエ・バルガス
にこう語っている。
「われわれは迫害にあっている、監視されている……、きわめて困難な選挙運動を展開
している」。が、続けて、「これらの選挙にわれわれは必ずや勝利をおさめるだろう」、と。
もっとも、それは、そもそも選挙がおこなわれれば、の話である。

ラテンアメリカ地政学戦略センター(CELAG)の調査によると、ボリビアの人々の10人中
9人が、コロナ禍による景気後退で収入源をこうむっている。
このこと、および、社会主義運動党(MAS)に対する弾圧のせいで、国民の65.2パーセントが
アニェス政権に否定的な評価をあたえている。
注記しておくべきことは、モラレス大統領の率いた社会主義運動党(MAS)の積極的な
政策のおかげで、国民の間には社会主義的な施策に対して広範な支持が生まれていること
である。すなわち、国民の64.1パーセントが富裕層に対する増税を歓迎し、国民全般が同党
およびモラレス氏の「資源ナショナリズム」に賛意を示している。


[コロナ・ウイルスの衝撃とボリビア]

アニェス政権は、コロナ・ウイルスに関しては、まったくの無能であった。
人口1100万人のボリビアで、感染が確認された症例数は6万6456人にのぼる。検査数はわずか
であるので、実際の症例数はそれよりはるかに多いと推測されている。

この問題においても、またもやマスク氏が登場する。
今年の3月31日、ボリビアの外相であるカレン・ロンガリク女史はマスク氏に対して
へりくだった書簡を送った。
同氏に「貴殿のおっしゃった『協力の申し出』についてお聞きしたい。もっとも必要と
している国々に向けてすぐにでも移送が可能な人工呼吸器の件です。ボリビアに直接送る
ことがむずかしいのであれば、フロリダ州マイアミでの受領が可能です。そこから迅速に
わが国に移送できます」と伝えた。
しかし、そのような人工呼吸器がボリビアにとどくことはなかった。

ボリビアは人工呼吸器を代わりにスペインの企業から170台購入した-----一台当たり2万7000
ドルという価格で。
しかし、国内の製造業者は一台当たり1000ドルで納入できると伝えていた。
この不祥事を受けて、アニェス政権下で保険相を務めるマルセロ・ナバハス氏が逮捕された。


[モラレス元大統領]

ボリビアのクーデターに関する上記のマスク氏のツイートを読んで、モラレス元大統領は
以下のように述べている。
「世界最大の電気自動車メーカーのオーナーたるマスク氏が、ボリビアのクーデターを
めぐり、『われわれは、自分が欲する場合は、誰であろうがクーデターをしかける』と
発言した。これは、このクーデターがわが国のリチウムを目的としたものであることを
あらためて証するものだ-----2度の虐殺を代価として。われわれは自国の資源を守り抜かねば
ならない」。

「虐殺」なる表現を軽々に見過ごすことはできない。
11月にメキシコ・シティにいたモラレス元大統領は、アニェス政権が、コチャバンバから
エル・アルトまで、国民に牙をむいて襲いかかるのを傍観することとなった(訳注2)。
「彼らはわが同胞諸氏の命を奪っている」と元大統領は記者会見の席で述べた。「これは
昔の軍事独裁国家がやった類いのことだ」。
それは、アニェス政権の害毒的な性向をあらわしている。そして、それをしっかりと支援
しているのは米国政府であり、マスク氏なのである。

(訳注2: コチャバンバ近郊ではデモ参加者に軍が発砲し、少なくとも9人が死亡、100人
以上が負傷(『デモクラシー・ナウ』の報道による)。エル・アルトでは、8人が死亡
(CNNの報道による))

7月27日、ボリビア各地で、民主制の回復を求める抗議活動が始まった。


(本記事は、『インディペンデント・メディア・インスティテュート』が手がける
プロジェクトの一環である「グローバルトロッター」によって提供された)


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[その他の訳注・補足など]


グーグルで「ボリビア リチウム クーデター」などで検索してみても、ざっと見たところ、
大手メディアの記事はあまりひっかからないようですが、AFPニュースには、以下の
ような短い記事があります。

ボリビア前大統領、「クーデターはリチウム狙う米国の策略」 AFPインタビュー
https://www.afpbb.com/articles/-/3261126

この記事には、モラレス元大統領が「米国がボリビアの潤沢なリチウム資源を手に入れる
ためにクーデターを支援し、これによって自身は退陣に追い込まれたと語った」とあり、
米国がはっきり名指しされています。
また、「リチウム採取の協力相手に米国ではなくロシアと中国を選んだことを、米政府は
『許していない』と述べた」とも書いてあります。

しかし、この記事はきわめて短いもので、AFPは、このモラレス元大統領の言が正しいとも
まちがっているとも言っていません。どちらであるにせよ、それを裏付ける事実などを持ち
出して、見解を補強したりはしていません。きつい言い方をすれば、人の言をそのまま垂れ
流しているだけです。
もっとも、モラレス元大統領の米国の名指し非難、および、そのリチウム資源掌握の意図の
セリフをそのまま伝えただけでも、大手メディアとしては異例のことであり、気骨を示したと
考えた方がいいのかもしれません。

一方で、たまたま、以下のような記事も見つけました。

南米ボリビアでも米中覇権争い激化へ
https://japan-indepth.jp/?p=52695

この記事中には、こうあります。

「中国の支援の背景にはボリビアの豊富な鉱物資源獲得という狙いがあったというのが、
多くの中南米専門家の一致した見方だ。特にリチウムはボリビアが世界有数の埋蔵量を
保有しており、中国にとって同国支援の大きな要因になったことは想像に難くない。」

なるほど。
この記事の筆者と「多くの中南米専門家」にとっては、中国が「ボリビアの豊富な鉱物資源
獲得という狙い」を持っているのは共通認識であっても、アメリカが同じような狙いを持って
いるというのは、まったく頭に思い浮かばないか、少なくともはっきりと言及はされない
わけです。

大手メディアでは、ボリビアのクーデターの背後に米国がいること、および、そのリチウム
資源をねらっていることは-----たとえ疑惑であっても-----大々的に取り上げられることはない
のでしょう。
私のような普通の神経の持ち主にとっては、これは一大スキャンダルに値するのですが、
大手メディアでは、これをあつかった特別番組などが制作されることはないのでしょう。

また、他国の「豊富な鉱物資源獲得という狙い」を持っているのはつねに中国やロシアなの
でしょう(笑)。



強国のふるまいの裏に資源掌握の意図の可能性があることなどについては、本ブログの
以前の文章でも何度かふれられています。
代表的なものは以下の通りです。ぜひ参照してください。

・たとえば、パレスチナの天然ガス資源の掌握がイスラエルの軍事行動の主目的の一つ
であることを指摘した記者の特約記事サイトが突如閉鎖された事件については、

英国のメディア監視サイト・5-----英大手新聞が不都合なブログ?を突如打ち切り
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/d714be457f4b9fe38f20fff62a6f7bdc


・イラク戦争における巨大石油企業の隠れた動きなどについては、

イラク戦争から10年-----勝者はビッグ・オイル(巨大石油企業)
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/e/a660ded32f1d08a841f0948fd2be6be7


・インドネシア政府による東ティモール侵攻を、米国を初めとする各国が資源掌握、兵器
売却益、その他の思わくから支援したことなどについては、

チョムスキー 時事コラム・コレクション・4
[ある島国が血を流したまま横たわる]

https://kimahon.hatenablog.com/entry/2018/12/04/151453


・一般的にイラク戦争と石油資源掌握の意図については、

チョムスキー 時事コラム・コレクション・2
[そりゃ帝国主義だ、ボケ!]

https://kimahon.hatenablog.com/entry/2018/07/14/151024
の本文とその「その他の訳注と補足など」の補足・2