牧師の読書日記 

読んだ本の感想を中心に書いています。

11月17日(土) 「分断されるアメリカ④」 サミュエル・ハンチントン著  集英社

2012-11-17 13:15:37 | 日記

 やっと全部「分断されるアメリカ」を読み終わった。第四部(11-12章)のタイトルは「アメリカのアイデンティティ再生」。第3章で著者はアメリカのアイデンティティの危機としてヒスパニック化を挙げていた。

 本からの引用。「この傾向が続けば、ヒスパニックとアングロの間の文化の境界線が、アメリカ社会で最も深刻な溝として、黒人と白人の間の人種の境界線に取って代わるだろう。二つの言語と二つの文化を持ち、二つに分断されたアメリカは、一つの言語とアングロ ー プロテスタントの一つの中心的な文化を持ち、三世紀以上にわたって存在してきたアメリカとは、根本的に異なっていくだろう。」

 アメリカ人でもいわゆるエリート層と大衆では違う考え方を持っているようだ。本からの引用。「大衆は圧倒的に軍事的な安全保障、社会的安全保障、国内経済、および主権の保護に関心を持つ。外交政策のエリートは大衆よりも、アメリカが国際的な安全保障、平和、グローバリゼーション、および他国の経済発展を促進することに関心を向ける。」

 ここまでが11章で次からが最後の12章。タイトルは「21世紀のアメリカ ー 弱み、宗教、そしてナショナル・アイデンティティ」 これが結論部分と言えるだろう。


 本からの引用。「アメリカのアイデンティティは新世紀とともに新たな段階に入った。この段階では、アイデンティティの顕著性と実体は、外部からの攻撃に対してアメリカが露呈した新たな弱みと、宗教への新たな回帰によってつくられつつある。」 

 「新たな弱みは、アメリカこそが自分たちの祖国だということを、そしてその国土の安全を守ることが、政府の最大の役目でなければならない事実をアメリカ人にはっきり自覚させた。弱さは、ナショナル・アイデンティティに新たな顕著性を与える。だが、弱さは過去半世紀にわたるアイデンティティの傾向や対立を終わらせるものではない。その結果、20世紀末、アメリカの信条が多くのアメリカ人にとってナショナル・アイデンティティの主たる源泉になっていた。その重要性を高めたのは二つの要因だった。第一に、民族性と人種が顕著性を失い、アングロ ー プロテスタントの文化が大きな打撃を受ける中で、、歴史的にアメリカのアイデンティティを築いてきた四大要素のうち、信条(自由、平等、民主主義、市民権、差別をしないこと、法の支配など)だけが唯一、攻撃を受けることなしに生き残った。第二に、この信条はドイツ、日本、ソビエトという敵のイデオロギーからアメリカをきっぱりと区別する明らかな特徴として、独立革命の時代に匹敵する新たな地位を獲得した。」

 「9.11はイデオロギーの時代とイデオロギー対立の20世紀が終わり、新たな時代が始まったことを劇的に象徴していた。それは、人々が主として文化と宗教の観点から自分たちを定義する時代である。」

 9.11のテロがアメリカ社会にとって大きなインパクトがあったことを示している。


 続いて結論の部分から長いが引用する。「アメリカ人が自分たちをどう定義するかによって、世界におけるアメリカの役割は決まる。、、、、、第一の世界主義的な選択は、9.11以前にアメリカで支配的だった風潮を一新させたものだ。アメリカは世界を受け入れ、その思想、モノ、そして何よりも、人々を受け入れる。理想とされるのは開かれた国境のある開かれた社会であり、サブナショナルな民族、人種、文化のアイデンティティ、二重国籍、ディアスポラを奨励し、アメリカのものよりも、世界的な機関や規範や規則にますます共感を覚える指導者に率いられた社会である。アメリカは多民族、多人種、多文化の国になる。多様性は最も価値が高くはないにしろ、最優先されるべきものだ。多くの人がアメリカに異なった言語、宗教、慣習を持ち込めば持ち込むほど、アメリカはそれだけよりアメリカ的になる。、、、、、、このように、世界主義的な選択肢では、世界がアメリカをつくり直す。一方、帝国主義的な選択肢では、アメリカが世界をつくり直すことになる。冷戦が終結することで、世界におけるアメリカの役割を形成する上で最も重要な要因としての共産主義は排除された。、、、、、、新しい世紀が始まると、保守派はアメリカ帝国という概念を受け入れ、世界をアメリカの価値観に合わせてつくりかえるためにアメリカの力を行使することを支持した。帝国主義的な衝動はこのように、アメリカの力の優越とアメリカの価値観の普遍性への信念によってかきたてられていた。」

 アメリカは開かれた社会として移民を受け入れることによって自分たちのアイデンティティを見失い始めている。また自国アメリカを絶対普遍として他の国に影響を与えることを優先することによっても自国のアイデンティティを見失っている。著者は世界主義も帝国主義もアメリカのアイデンティティーを守るものではなく、第3の案としてナショナリズムを提案する。

 「世界主義と帝国主義は、アメリカと他国の間の社会、政治、文化における差異を削減または排除しようとする。一方、ナショナリスティックなアプローチは、アメリカをそうした社会から区別するものを認め、受け入れるものだ。アメリカが世界になり、それでもまだアメリカのままでいることはできない。他国の人々がアメリカ人になり、まだ自分たちのままでいることもできない。アメリカは異なった国であり、その違いは主に信心深さとアングロ ー プロテスタントの文化によって定義されている。世界主義と帝国主義の代案となるのは、建国以来アメリカを定義してきたこれらの特質を守り、高めようと努力するナショナリズムなのだ。信心深さは、アメリカを西洋のほとんどの国から区別する。アメリカ人にキリスト教徒が圧倒的に多いことも、西洋以外の多くの国とアメリカを区別する要因になる。」

 キリスト教世界にとって、ヨーロッパの国々が次々と世俗主義に陥って脱落しているので、アメリカが最後の砦と言える。アメリカが建国の先祖たちのビジョンに戻るなら、アメリカは国としてのアイデンティティを取り戻すことができるだろう。この本が出版されたのは、2004年なのでだいぶ前になるが非常に示唆に富んでいると思う。著者は「文明の衝突」では冷戦後の世界を予測していたが、この本ではアメリカに視点を向けている。サミュエル・ハンチントンの指摘は鋭く、一流の国際政治学者と言えると思う。

 「非国教派プロテスタンティズムはアメリカのアイデンティティの中心である。アメリカ人は神と国家の双方に深く献身しており、アメリカ人にとってそれらは分離できないものなのだ。」

 アメリカ人の大統領選挙に対する関心度には感心する。逆に日本では投票率が低いことに驚かされる。今度の選挙はどうであろうか?日本人は真の神にも国にも献身していないと言えるだろう。ただ間違った日本的ナショナリズムでは困る。すなわち間違った神々と戦時中のような国に対する間違った献身のことだ。

 
 著者は最後にこの言葉を持って本を結んでいる。「アメリカのエリートの多くは、アメリカが世界主義的な社会になることを歓迎する傾向にあり、その他のエリートは帝国主義的な役割を担いたがる。だが、アメリカの国民の圧倒的多数はナショナリスティックな道を目指しており、何世紀にもわたって存在してきたアメリカのアイデンティティを守り、強化しようとしている。アメリカが世界となるのか。世界がアメリカになるのか。アメリカはアメリカのままなのか。世界主義か? 帝国主義か? ナショナリズムか? アメリカ人が何を選択するかが、国としての将来と、世界の将来を決めるだろう。」

 著者の提案があったにも関わらず、今回の大統領選挙においてアメリカはアメリカであることを選ばなかったような気がする。私はオバマ氏が嫌いな訳ではないし、キリスト教の異端であるモルモン教も支持していない。イエス・キリストは政治に関わらなかったし、宗教と政治は基本的に別であると考えている。ただアメリカは世界に対する影響力が強いので、著者が書いているようにアメリカに正しい選択をして欲しいだけだ。今後4年間を任されたオバマ大統領には頑張ってもらいたい。