goo blog サービス終了のお知らせ 

風の子広場

特別な意味はありません。近くの広場です。
考えごとをするのに最適な場所です。
エッセーを中心に書いてゆくつもりです。

小学校一年の成績

2009-05-26 20:56:51 | 足跡
皆さんは小学校一年生の時の成績表を保存して
いるでしょうか?私からみればゆうに半世紀も
前のことです。おふくろが大事にとっておいて
くれたようです。

ほとんど2と3ですね。算数も得意な方でなく
3が並んでいました。6年生の時も3が並んで
いました。6年生の時の担任の先生の所見はこ
んなでした。

「百分率理解にてまがかかりました。文を理解
するのが困難であるため、比べる数ともとにな
る数の見分けができず、迷い、立式できません
でした」

「気の小さい割りに自分の意志を押し通そうと
するため、友だちとの仲もうまくいかないこ
とがあるようです」

国語の成績は、小学校時代は3で通したようで
す。週刊少年マガジンとかをよく読みました。
月刊誌の少年などの付録を作って遊んでいまし
た。社会と理科だけが5の評価でした。

家庭と体育は2でした。まず、どう転んでも、
秀才の域にはほど遠い成績でした。数学はも
ともと好きではなかったようです。真

よだかの星再び

2007-06-12 19:09:47 | 足跡
二日前によだかの星について書きました。わざわ
ざ、本屋を2軒探しました。図書館も捜しました
が、やっとのことで本屋で捜すことができました

そうしたら、NHKの日曜日のラジオ文芸館で、
その日の夜に、よだかの星を朗読していました。
こんなことなら、わざわざ本屋で買わなくてもよ
かった。

本屋で目的の本を捜した夜に、ラジオで朗読され
る確率がどの程度あるのでしょうか。気になると
ころです。ラジオ番組の放送予定を確認する習慣
はありません。ほとんど、奇跡に近いと思います

きっと、よだかの星が私に「本を読むようにテレ
パシー」を送ってきたのでしょう。そう思うこと
にしましょう。

野生の鳥は、動けなくなると死んでしまいます。
家の庭に舞い降りてきたよだかも死んでしまいま
した。きっと、カシオペア座の近くで、輝いてい
るでしょう。            真

よだかの星

2007-06-10 18:09:41 | 足跡
昨日のブログで思い出しました。小学校時代か、
中学校時代かは、記憶は定かではないが、家の
庭に、よだかが迷い込んできました。

宮澤賢治の童話の中に、[よだかの星」があり
ます。その童話のなかで、出だしにこのように
かかれています。
「よだかは、実にみにくいとりです。」

実際に、図書館で調べたのですが、写真を見る
限りきれいな鳥でないことはたしかです。その
醜さゆえに、いろいろな鳥にいじめられるので
す。

特に、鷹には「市蔵」と名前を変えろとまで、
いわれます。死を覚悟したよだかは、空高く
飛んで行きます。

「そして自分のからだがいま燐の火のような
青い美しい光になって、静かに燃えているのを
見ました。」

いつの時代にもいじめはあったようです。
よだかという鳥を擬人化して童話を書いている
ようですが、最近は、自分の子供さえもいじめ
ている親が多いのは、嘆かわしいことです。

宮澤賢治の童話もなかなか面白い。大正から
昭和のはじめの火とですが、発想がざん新で、
私の好きな作家の一人です。    真

中学時代

2007-06-09 18:44:59 | 足跡
小学校時代は欠席がなかったと思う。忌引き扱い
はともかくとして、皆勤賞である。中学時代も同
じだったようだ。

母は律儀で、小学校一年からの通信簿を取ってお
いてくれた。小学校のときは、おせいじでも、良
い成績とはいえない。算数も得意とはとてもいえ
ない「3」であった。

私は、逆上がりができないので、体育はいつも2
だったような気がする。早い話が、平衡感覚が、
まるでないような気がします。ただし、理科が人
より良い成績だった。きっと、小さい頃より自然
に親しんでいたこともあると思う。

中学時代も、のんきにマイペースで勉強していた
ように記憶している。ただよくいじめられた。
結局、おとなしくて、逆らわないのでいじめやす
かったのだろう。

振り返ってみると、中学時代が一番のんきにして
られたような気がします。この頃にもう一度戻れ
たら、小児科医になりたい。到底かなわぬ夢で、
学力的にも、経済的にも無理でしょうが。

杉良太郎の「すきま風」という歌にこんなのが
あります。

 夢を追いかけ 夢に心とられ 傷ついて

 すきま風 知るだろう

還暦を迎えたからといっても、急にふけこむ年だ
とは思ってはいませんが、元気にがんばっていく
つもりです。

 夢や希望 いつも心に つなぎとめ

     努力おしまず 明るく楽しく



還暦

2007-06-07 17:26:24 | 足跡
昔の人は還暦まで生きれなかったのだろう。
人生50年だったのかもしれない。
私の生まれたころは、終戦後間もない食料難の頃
です。今とは雲泥の差があります。

私の生地は、島根県の広瀬町です。今は安来市に
なっているのかもしれないが。母の実家で私は生
まれたことになる。家の北側には小さな川が流れ
ていた。

その川で、糸とんぼを追いかけて遊んだ記憶があ
る。その近くには、大病院が建っていた。

 懐かしさ トンボと遊び 水遊び

     暗くなるまで くたくたになるまで

坂本竜馬の生地の記念碑の向こう側もやはり大病
院だ建っていた。坂本竜馬の歌にこんなのがあり
ます。

 世の人は われをなにとも ゆわばいへ

   わがなすことは われのみぞしる

 丸くとも 一かどあれや 人心

   あまりまろきは ころびやすきぞ

子供の日

2007-05-05 17:53:30 | 足跡
子供の日の思い出としては、父がお酒をほとんど
飲まない人だったので、甘いものを母はよく作っ
てくれました。かしわもちとかおはぎ(ぼた餅)
などはよく食べました。

菖蒲湯にも思い出があります。家は、裕福な家庭
ではありませんでしたけれど、母は精一杯のこと
をしてくれたように子供心にもわかりました。

五月人形の一人一人に買って与えていました。家
は狭いので、鯉のぼりというわけにはいきません
でしたけど、4人兄弟はすくすく育っていきまし
た。

最近のマンションでは、マンション用の鯉のぼり
を飾っているところが多いようです。今日は、風
になびいて元気に泳いでいました。

 鯉のぼり 風に吹かれて 元気よく

     泳いで疲れて ゴールデンウィーク

 風薫る 虫もそろそろ 出番待ち

     皐月の空に 元気に泳げ

ザリガニとセミ

2007-04-28 17:44:14 | 足跡
小学校時代はよくザリガニ取りにいった。バケツ
一杯も取ってくることもあった。別に何をするの
でもないが。今はそんなことはできない。やはり
農薬の影響でしょう。

近くになし畑があり、そこではあぶらゼミも一杯
取ってきた。中途半端の量ではないくらいくらい
の量がとれた。セミは地上に出てきて約一週間で
寿命を終えてしまう。今から思えば、かわいそう
なことをしたと思う。

魚つりにもよく行った。いつ勉強したんだろうと
思いますが、多分しなかったのでしょう。小学校
5,6年頃はちょうどTVが出始めたときで、よ
く近所の家にTVを見に行きました。

月光仮面などは、よく見ました。主題歌ははっき
り覚えています。
 どこの誰かか知らないけれど
 誰もがみんな知っている
 月光仮面のおじさんは正義の味方よ良い人よ
 嵐のように現れて、嵐のように去って行く
 月光仮面は誰でしょう、月光仮面は誰でしょう

昭和34年ぐらいの頃の話です。

 ザリガニと フナとセミとで 遊んだ日

      ホタル・花火と バッタ追いし頃

小学校時代(2)

2007-04-25 18:23:47 | 足跡
小学校6年のときにはメガネをかけるはめになっ
てしまった。やはり、右目の視力は0.1です。
今も、同じですが、もうメガネをかけるのを止め
ています。

ただ、右目は少しまぶたの開きが小さいようです
が、糖尿病の影響もなく、白内障も今のところは
大丈夫のようです。右目は乱視の傾向があるぐら
いですかね。

小学校時代は、勉強はしなかったように思う。
ひまさえあれば、遊んでいたようです。近くには
自然があり、空き地もあり、神社もあり、暗くな
るまで遊んでいた。

今の小学生はかわいそうだと思います。自然もな
いし、公園ではボール遊びも原則できない。家で
ゲームか塾通い。集団登下校で身を守る。せめて
夏休みぐらいは、自然と遊んでほしいと思う。

昔の子供は、よく家の手伝いをしたものです。私
は、井戸水をくみ上げて風呂桶を満杯にするのが
毎日の日課のようでした。

井戸水は汚いという先入観があります。おいしい
水は金で買う時代になっています。でも、天然水
は、塩素で消毒してませんから、ひもちしないこ
とを念頭に入れておいてください。

空とぶ円盤(2)

2007-04-24 19:15:19 | 足跡
空とぶ円盤を見たことによって、右目の視力が
落ちたという証明はできないが、暗めで漫画を
読んだことが原因なら、左目の視力が落ちても
おかしくない。

でも、小学校時代はよく凧上げをして遊んだもの
です。今の東京ではできるところが限られてしま
うでしょう。

小学校時代は、ロケットに興味をもった。宇宙は
無限の可能性を秘めている。円盤の推進力は何か
わかりませんが、東京に住んでいる人は、音速以
上の速度で、地球を回っていることをご存知でし
ょうか。人間が地球に乗っかってマッハ1以上の
速度で移動しているに過ぎない。

円盤が、急加速、急減速できる原理がわかりませ
んが、あれは単なる映像かもしれないと思うよう
になりました。

それと、この世の中には原理、原則、法則をまと
めた本がない。何故なんでしょうか。もっとも、
基本的なことだと思うのですが、これを頼りに
新しい応用を考えればよいような気がします。


空とぶ円盤

2007-04-23 18:20:51 | 足跡
空とぶ円盤を目撃しました。小学校5年の時で
しょう。冬の空に楕円形の卵型で、中心部は多分
赤で、外周は黄色だと思います。昭和34年頃の
ことです。

当時でも、ジェット機はありましたが、スピード
はまるで違います。目撃した時は、ちょうど凧上
げをしている時でした。冬空にはっきりと見るこ
とができました。

今で言うと、空とぶ円盤(UFO)の目撃を境に
、体に異変が起きました。それは、右目の視力が
0.1以下になってしまいました。左目はなんと
もなく、1.0ぐらいは今でも見ることができま
す。

暗いところで、漫画を読みすぎたことも多少は関
係あると思いますが、右だけ悪くなるなんて、ち
ょっとおかしい。右目では近くのものを見ている
、左目は遠くを見ているが、脳内の視覚回路では
合成して見えるような気がします。

逆に言えば、左右の目をうまく使い分けているよ
うな気がします。つまり、視覚回路の機能分散が
成り立っている。いまだに、老眼の兆候がない。
左右の目の視力が同じの方が良いなんて誰が決め
たんですか不思議です。

UFOの目撃では、早稲田の大槻教授が有名です
が、ひょっとしたら特定の人にしか見えないのか
も知れない。