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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

ハリス副大統領

2024-07-28 00:08:56 | 文化

>東スポWEB   >デーブ・スペクター激変した米大統領選の 流れ指摘「トランプにはならないと思う」   >東スポWEBによるストーリー・   >9時間    

>テレビプロデューサーのデーブ・スペクター氏が26日放送のTOKYO MX「バラいろダンディ」に出演した。   

>番組では、アメリカ大統領選に関する最新の世論調査で、トランプ前大統領とハリス副大統領の支持率が伯仲していることを取り上げた。   

>デーブ氏は「これはもう完全に流れが変わりました」と断言。   

>「もちろんカマラ(・ハリス)さんに欠点はあるんですけど。   

>バイデンではないだけでも、今は支持は上がっているんです」と解説した。   

>ハリス副大統領について「頭がいいんですよ、しゃべり方にクセがあるんですけど。   

>元々、検事ですから人に突っ込むのがうまい。   

>だから討論会をやったら、絶対に勝つんです」。   

 

冷徹は日本人にはなじみがないですね。日本人は思考を停止していますから。日本人は温かな人が良い。アニマルと同じです。   

きっと彼女はアメリカの大企業の CEOに向いているのでしょうね。国際社会で成功する人ですね。      

 

>一方のトランプ元大統領は「一点張り。   

>同じことばっかりで中身がなくて。   

 

そうですね。感情理論というのですかね。昔を懐かしむ人ですね。夢よ、もう一度。       

 

>バイデンが年寄りのことをネタにしてるだけでやってきたのが、それができなくなって、パワーダウンしている」と指摘。   

>また、副大統領候補に指名したJ・Dヴァンス氏についても「この人、最悪。   

>これがアキレス(腱)になってて、それだけでも負けちゃいそう」とバッサリ。   

>「女性蔑視、子どもがいない人を生産性がないとか平気で言ってる。   

>トランプにはならないと思います」と予想していた。   

 

そうですかね。   

日本人には現実があって、非現実 (考え・哲学) が無い。これはアニマルも同じである。

生まれた時には宮参り、それに続いて七五三の祝い。結婚式はキリスト教会で行う。死んだ時には葬式仏教の厄介になる。

これは良い気分・雰囲気・感情を追及した結果であって、その内容を考えなければ問題は無い。  

日本人は思考を停止しているから何ら違和感を生じないのです。   

 

政治には未来の先取りが必要である。   

我々の未来には自由民主の世界がある。   

しかし未来は非現実の内容であり、その内容は日本人にとっての絵空事になっている。   

 

自由民主の国・日本    

我が国は自由主義陣営の一員であるが、我が国民は何かしら自由と民主主義には縁が遠い感じがしている。   

自由とは ‘意思の自由’ の事である。だが日本人には意思が無い。だから、自由そのものにも意味がない。’不自由を常と思えば不足なし’ である。これでは主義主張に力が入らない。   

民主主義は個人の意思を有権者により選択する制度である。無哲学・能天気の国民には未来社会の内容にも、その建設に意欲は無い。個人意思の無い日本人には他の基準による個人選びをするしかない。だから、三バン (地盤:選挙区と後援会・ 看板:知名度・鞄:資金力) が決め手になる。これを頼りにして各人は昔からある義理を果たす。

義理とは序列関係から生じた個人的な義務の事である。選挙により各人は自己の序列に対する義理を果たしている。序列に対する帰属意識が民心に安堵感を呼び起こすのでありがたい。それで ‘義理が廃ればこの世は闇だ’ と考えている。   

だから我が国民はなかなか真の自由民主に手が届かない。   

 

 

 

 


王毅共産党政治局員兼外相  

2024-07-27 10:21:49 | 文化

REUTERS   >日本が中国を正しく理解することを望む 王毅氏が上川外相に表明   >Reutersによるストーリー・   >17時間   

[北京 26日 ロイター] - 中国の王毅共産党政治局員兼外相は26日、ラオスで上川陽子外相と会談し、日中関係は前進しなければ後退する重要な段階にあるとの認識を示した。   

>中国外務省の声明によると、王氏は「(日本が)中国を客観的かつ正しく理解し、前向きで合理的な対中政策を追求する」ことを期待すると表明した。   

 

中国人には受信が無いので、送信しか考えませんね。これは昔から続く中華思想の延長ですね。唯我独尊の一方向で議論にならないですね。     

「中国には地球の人口の約6分の1の人が住むが、実際は秦朝時代から中国はずっと『1人』しかいない、驚くべき専制国家。高速で物を運べる機械のようなものだが、逆に言えばとても危険な機械だ」 艾未未(アイ・ウェイウェイ)   

 

中国は中原 (ちゅうげん) に鹿を逐 () う伝統的な覇者の国である。だから、覇者の物語 '三国志' は、中国人の愛読書となっている。覇者は周辺諸国に覇権を打ち立てようとして傍若無人のふるまいをし、多大な迷惑をかけている。これは皇帝の時代も国家主席の時代も漢民族のメンタリティが同じであるから変わらない。漢民族は、自分たちの考えを示すために漢字を作った。しかし、彼らは外国人の考えを示すための漢字は作らなかった。だから、外国人に対して自己の内容を発信はできるが、外国人からの内容を受信することは難しい。独断専行に陥りやすい。印欧語族のインド哲学を経文 (漢文) に表すことが至難の業であることがわかる。経文など漢文の書物をいくら読んでも外国人の考えは出てこない。だから、中華思想を堅持し自己中心的にならざるを得ない。周辺諸国を中国化することに専心してやまない。中国人が外国人の影響を受けて発想の転換 (paradigm shift) をすることは期待薄である。

・・・・・

中華 (ちゅうか)  [外国との交渉が少なかった時代に] 自国を、世界の中心にある、一番優れた国とみなしたこと。[狭義では、漢民族のそれを指し、またその呼称としても用いられる]    東夷 (とうい)  [東方の野蛮人の意] 昔、中国から見た東方諸国の称。[広義では朝鮮・沖縄を含み、狭義では日本を指した]     南蛮 (なんばん)  [南方の野蛮人の意] 昔、中国で、インドシナなど南海地方の諸民族の称。 西戎 (せいじゅう)  [西方の野蛮人の意] 昔、中国で、チベット族やトルコ族など西方の異民族の称。北狄 (ほくてき)  [北方の野蛮人の意] 昔、中国で、匈奴 (きょうど)・韃靼 (だったん) などの遊牧民族の称。  

 

 

 

 

 


惨めな退場劇  

2024-07-26 23:45:26 | 文化

>現代ビジネス   >まるでアメリカ版」の蓮舫! カマラ・ハリス副大統領がトランプに勝てないと言われる理由   >長谷川幸洋(ジャーナリスト)によるストーリー・   >15時間・   

>バイデン大統領の「惨めな退場劇」   

>ジョー・バイデン大統領が米大統領選から撤退し、代わりにカマラ・ハリス副大統領を推薦した。   

>米民主党の「統治能力のなさ」を象徴するような事態である。   

>バイデン政権に付き従っていた岸田文雄政権にとっても、大きな誤算だ。   

>日本は大丈夫か。   

>バイデン氏の認知能力の衰えは、何年も前から指摘されていた。   

>言葉の言い間違いは数知れず、最近は、よく知っているはずの人に会っても、思い出せないケースもあったという。   

>側近たちは当然、分かっていたはずだ。   

>撤退論は早くから出ていた。   

>たとえば、昨年912日付のワシントン・ポストは「バイデン氏は2024年に立候補すべきではない」という著名コラムニスト、デイビッド・イグネイシャス氏の記事を掲載した。   

>同氏は大統領の友人であり、そのコラムは「大統領が必ず目を通す」と言われている。   

>にもかかわらず、大統領選が3カ月後に迫ったいまになって、撤退せざるをえなくなったのは、本人もさることながら、大統領を説得しきれなかった民主党の責任が大きい。   

>しかも、対抗馬のドナルド・トランプ前大統領が狙撃された直後という最悪のタイミングだった。   

>結果として、トランプ陣営に「これ以上はないエール」を送ったうえで、最後はコロナにも罹患し、支持者から見放された形で退場せざるをえなくなった。   

>まさに「惨めな退場劇」である。   

>いったい、どうしてこんな形になってしまったのか。   

>米ペンシルバニア大学ウォートン・スクールの組織心理学者、アダム・グラント氏は714日付のニューヨーク・タイムズに「恐怖心と無駄な試みと分かっていること。   

>それが集団思考を引き起こして、側近たちの口を閉ざしてしまった」と分析している。   

>撤退論を述べたところで、どうせ大統領は耳を貸さない。   

>かつ、そんなことを口にすれば、自分の忠誠心を疑われる。   

>そんな無駄なことをするより、みんなと調子を合わせて黙っていたほうがいい。   

>側近たちには、そんな思惑が蔓延していたのである。    

>自分の利益を優先した民主党議員たち   

>同氏によれば、これまで「集団思考(groupthink)」という現象は、自分の正直さよりも、組織としての調和を優先するほど人々が一致団結しているときに生じる、と考えられていた。   

>ところが、今回はまったく違った。   

>団結心の強さではなく、恐怖心と自己保身が党内を支配していた、という。   

>そうだとすると、これは民主党という政党の本質的な問題点を示している。   

>国家の利益を最優先するのであれば、認知能力の問題が明らかなバイデン氏を大統領候補として推すのは、絶対に避けなければならないはずだ。   

>ところが、バイデン氏の周辺や党の有力者たちは、トランプ氏との討論会で最悪のボロが出るまで、沈黙を守っていた。   

>ハリス氏VSトランプ氏支持率逆転の中、ある動画が再燃   

>彼らは国家や民主党の利益よりも、自分の利益を優先していたからだ。   

>先に紹介したイグネイシャス氏のような、ごく少数の例外を除いては、誰も彼もがそうだった。   

>ビル・クリントン元大統領、ヒラリー・クリントン元国務長官夫妻に至っては、撤退不可避と思われた最後の瞬間まで、バイデン氏への献金を呼びかけていたくらいだ。   

>クリントン夫妻の場合は政治キャリアが終わっているので、自己利益優先とは言えないかもしれない。   

>それでも、別の問題がある。   

>彼らがバイデン氏を応援したのは「ジョー・バイデンという政治家のイデオロギー」を残したかったからだ。   

>バイデン氏は徹底的にウクライナを支援した。   

>では、米軍も派遣するのか、といえば、それはロシアが侵攻に踏み切る前から早々と否定した。   

>そういう姿勢をクリントン夫妻は支持している。   

>なぜかと言えば、そもそもウクライナの西側接近と北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を推進したのは、クリントン夫妻であり、彼らも第3次世界大戦は嫌だからだ。   

>クリントン夫妻がバイデン氏を擁護したワケ   

>かつてのクリントン政権は、誰よりも熱く「米国流の自由と民主主義を世界に広める」という使命感に燃えた人たちの集まりだった。   

>たとえば、当時のマドレーヌ・オルブライト国務長官は199765日、ハーバード大学の卒業式で、こう演説している。   

>〈半世紀前、米国の指導者たちは西欧の繁栄と民主主義を支援した。   

>そして今日、大西洋両岸のコミュニティ(注・米国と欧州)は、欧州の新しい自由な国々が経済を立て直し、法の支配を強化するのを支援している。   

>北大西洋条約機構(NATO)は来月、マドリードで中東欧の民主主義国を新たな加盟国として迎える。   

>そして、他の国々にもNATOのドアを開き続ける。   

>これは、欧州に新たな分裂を生み出すのではなく、逆に、半世紀前に押し付けられた不正義と不自然な国境線を消し去って、領土紛争を解決し、少数民族と人権を尊重し、改革のプロセスを貫徹するインセンティブを与えるのだ〉   

 

これは政治哲学ですね。   

 

>まさに、高らかに米国の関与とNATOの東方拡大を謳い上げていた。   

>その根底にあったのは「米国流の自由と民主主義の拡大」というイデオロギーである。   

 

そうですね。わが国はアメリカとは体質が違いますね。      

自由民主の国・日本    

我が国は自由主義陣営の一員であるが、我が国民は何かしら自由と民主主義には縁が遠い。   

自由とは ‘意思の自由’ の事である。だが日本人には意思が無い。だから、自由そのものにも意味がない。’不自由を常と思えば不足なし’ である。

民主主義は個人の意思の有権者による選択である。無哲学・能天気では未来社会の建設に意欲は無い。個人意思の無い日本人には他の基準による個人選びしかない。だから、三バン (地盤:選挙区と後援会・ 看板:知名度・鞄:資金力) が決め手になる。これを頼りにして各人は義理を果たす。

義理とは序列関係から生じた個人的な義務の事である。選挙により各人は自己の序列に対する義理を果たしている。序列に対する帰属意識が安堵感を呼び起こすのでありがたい。それで ‘義理が廃ればこの世は闇だ’ と考えている。   

だから我が国民はなかなか自由民主に手が届かない。  

 

>だが、NATOの東方拡大こそが、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を激怒させ、ウクライナ戦争につながった根本原因だった。    

>バイデン政権の思想は、クリントン路線の延長線上にあった。   

>だから、クリントン夫妻は徹底的にバイデン氏を擁護したのである。   

>このイデオロギーこそが、民主党の真骨頂だ。   

>実務的に考えれば、認知能力に問題があるバイデン氏が今後、4年間も大統領を務めるのは到底、現実的ではない。   

>だが、彼らは現実よりイデオロギーを重視する。   

>だから、決断できなかったのだ。   

 

中庸の徳を実行することは難しいですね。    

 

>民主党はハリス氏で勝てるのか   

>ところが、バイデン氏が抵抗をあきらめて撤退を表明したとたん、クリントン夫妻はカマラ・ハリス副大統領をいち早く支持した。   

>この変わり身の速さは、ほとんど「裏切り」と言ってもいいほどだ。   

 

なりふり構わずといったところですね。   

 

>それもまた、ハリス氏が民主党左派のイデオロギーを体現しているからだ。   

>彼らには人情が入り込むスキもない。   

>民主党は、ハリス氏で勝てるのか。   

NHKをはじめ、日本のメディアはロイター通信と調査会社イソプスが724日に発表した「ハリス(44%)がトランプ(42%)をリード」という調査結果を大きく報じて、あたかも「ハリスが健闘している」という印象を宣伝している。   

>だが、実態はまったく違う。   

>世論調査会社、リアル・クリア・ポリティクス(RCP)の平均集計は724日時点で、トランプ氏が47.6%の支持を得ているのに対して、ハリス氏は45.9%にとどまっている。   

>しかも、実質的に「選挙戦の勝敗を左右する」とみられている激戦7州、または3州は、すべてトランプ氏優勢である。   

RCPの平均集計では、アリゾナ、ネバダなど激戦7州はすべて2.1ポイントから5.8ポイントの差をつけて、トランプ氏がリードしている。   

>そのうち、もっとも重要なミシガン、ウィスコンシン、ペンシルバニアの激戦3州は、それぞれ2.1ポイント、3.3ポイント、4.5ポイントの差をつけている。   

>別の世論調査会社、ファイブ・サーティ・エイトはハリス氏の支持と不支持を調べているが、それによれば、723日時点でハリス氏に対する支持率は37.8%だったに対して、不支持率は51.4%に上り、その差は13.6ポイントもある。   

>この傾向も3年前から同じだ。   

>なぜ、ハリス氏は人気がないのか。   

>バイデンべったりだった岸田首相の今後   

>副大統領として実績がないからだ。   

>象徴的なのは、不法移民問題への取り組みだった。   

>副大統領に就任した後、バイデン大統領から不法移民問題を担当するよう指示されたが、その後、半年も移民の流入地点になっているテキサス州とメキシコとの国境に視察に行かなかった。   

>テレビの司会者に「なぜ国境に行かないのか」と質問されると、彼女は笑いながら「私は欧州にも行っていないわ。   

>質問の意味が分からない」と答えた。   

>インタビューはグアテマラへの公式訪問直後だったが、会見でグアテマラの人々に向かって「米国に来ないで」と2度繰り返した。   

>この冷たさが民主党支持者たちを怒らせてしまった。   

>ハリス氏は民主党の大統領候補指名を確実にすると、723日、ミルウォーキー州で選挙集会を開いた。   

>彼女は「すべての労働者の労働組合加入」や「手頃な医療と保育、有給の家族休暇」「年配者の尊厳ある引退生活」など「大きな政府」を目指す民主党左派の政策を訴えた。   

24日付のウォール・ストリート・ジャーナルは「浮動票など不要と言っているようだ」と皮肉っている。   

>まるで、東京都知事選で敗北した立憲民主党の蓮舫氏のようだ。   

>情けないのは、岸田首相である。   

>岸田首相はバイデン撤退の報を聞くと、首相官邸で「大統領として政治的に最善の判断をする、そういった思いでの判断であると認識いたします」とコメントした。   

>まるで正しい日本語とは言えないが、大統領が断腸の思いで下した判断について「最善の判断だ」などと語るのは「上から目線」を通り越して、政治家として最低の礼儀もわきまえていない。   

>ここは過去の業績を称え、友情に感謝する局面ではないか。   

 

そうですね。   

 

>大統領は「子分のお前に『最善だ』などと言われたくない」と思ったに違いない。   

>首相のセンスのなさがにじみ出てしまった。   

>トランプ政権が誕生すれば、バイデンべったりだった岸田首相が相手にされないのも、また明白である。   

 

我々日本人はトランプ崇拝でもなければバイデン崇拝でもない。常に蚊帳の外。無哲学・能天気ですから。      

 

>バイデン政権に強要されて、成立させたLGBT理解増進法の見直しも必至ではないか。   

 

 

 

 

 

 

 


左派弱体  

2024-07-25 02:04:23 | 文化

>日刊スポーツ   >ひろゆき氏「日本・異常に左だけが弱くなっている気がする」と私見「左派弱体は良くない」   >日刊スポーツ新聞社によるストーリー・   >12時間・   

>「2ちゃんねる」開設者で元管理人の「ひろゆき」こと西村博之氏(47)が24日までに自身のX(旧ツイッター)を更新。   

>「右派」「左派」などについて私見をつづった。   

>ひろゆき氏は、21日更新のユーチューブチャンネル「ReHacQ-リハック-」に出演した際の、自身の発言の一部をまとめたり、その部分の動画を張り付けた、一部ユーザーによるXの投稿を添付。   

>同動画中で、ひろゆき氏は「フランスだと左が勝ちましたというのがあって。   

>南米も左が結構強かったり。   

>ヨーロッパだと左が強いとかいきなり右が強いとかどっちか偏りがちな状況なんですけど、日本、なんか異常に左だけ弱くなっている気がするんですよ。   

>“これ、何なんだろう”と思って。   

 

これは異常ですね。   

 

>“凄く景気いいです、幸せです、だから俺たち儲けます”というので経済を頑張る右が強いなら分かるんですけど、今、物価高で”結構生活苦しいよね“と言ってる人が多い中で、なんで”福祉の方にお金を使いましょう“と言っている左の人気が減っているのか」などと話していた。   

 

そうですね。日本人には世界観 (非現実) が無い。ただ現実だけがある。現実が右ということになっている。左は夢と希望ですね。            

 

>この自身の発言をうける流れで、ひろゆき氏はXで「労働者は実質賃金が26か月減少して、年金生活者は物価高で買えるものが減っている。   

>消費税無くそうと言ってるのはれいわ新選組ぐらいで、立憲民主党は弱者に寄り添うのではなく別の事にかまけてるように見える。   

 

立憲民主党は天下取りが好きでしょうね。   

 

>右派と左派が均衡してるほうが良いと考えるおいらとしては左派弱体は良くないです」とつづった。   

 

そうですね。右派 (現実) と左派 (非現実) は均衡しているとよいですね。   

英語ならa dog 一匹の犬で、dog 犬というものですね。現実と非現実ははっきりと言い分けられていますね。

しかし日本語の文章には現実の内容しかない。日本語の文法には時制 (tense) というものがないから非現実 (考え) を内容とする構文は作れない。だから日本人には次の世界への移行は考えられない。そしてわが国では左派は弱い。      

 

マッカーサ元帥は1951年5月5日の上院合同委員会で日本人を以下のように評していました。  

‘もしアングロ・サクソンが人間としての発達という点で、科学とか芸術とか文化において、まあ45歳であるとすれば、ドイツ人もまったく同じくらいでした。しかし日本人は、時間的には古くからいる人々なのですが、指導を受けるべき状態にありました。近代文明の尺度で測れば、我々が45歳で、成熟した年齢であるのに比べると、12歳の少年といったところ like a boy of twelve でしょう。’ (ジョン・ダワー 増補版 敗北を抱きしめて )  

マ元帥の発言はどの駐日大使よりも率直でしたね。外交辞令がない。彼は知日派の人であった。 

 

 

 

 

 


阿部幸大氏  

2024-07-25 00:08:37 | 文化

>現代ビジネス   >「文系不要論」に対する「意外で明快な答え」じつは「人文学の研究」が「世界から減らしているもの」   >阿部幸大の意見・   >16時間・   

>「文学部のやっていることは読書感想文とかわらない」「『文系』なんてお金をかけて学ぶ必要はない」——こうした根強い「文系不要論」に、どうすれば答えることができるのでしょうか。   

>人文系の論文・レポートを書くための技術を網羅的に提供する『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(阿部幸大著)では、「そもそも人文学の研究には意味があるのか?」ということも問われています。   

>世界的に評価される数々の論文を書いた気鋭の研究者は、この問いにどう答えるのでしょうか。   

>※本記事は阿部幸大『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』から抜粋・編集したものです   

>アメリカの「文学研究」事情   

>人文学の目的とは、いったいどんなものでありうるのか。   

>それは、なににたいして誠実であるべきなのだろうか。   

>わたしのコミットするフィールドのひとつであるアメリカ文学研究のトップジャーナル、American Literature誌の掲載論文には、ひとつの著しい特徴があった。   

>圧倒的に人種についての論文が多いのである。   

>そうではない論文も、ほとんどが民族、ジェンダー、セクシュアリティ、コロニアリズムといったトピックで占められている。   

 

これらの事柄は人間にとって大切な事柄ですからね。人間同士の殺し合いの原因になります。  

 

>これは、わたしがコミットする他分野のトップジャーナルでも、おおむね同様の観察結果が得られた。

>この問題は、自分も人種について書けば即解決するわけではない。   

>なぜそうなのかを理解する必要がある。   

>人文学の究極目的とは何か   

>なぜなのだろう。     

>もういちど、いま挙げたトピックをよく見てみよう。   

>人種、民族、ジェンダー、セクシュアリティ、ポストコロニアリズム──こうしたトピックに通底する要素はなにか。   

>それは、この世の中にある不平等や不正義を批判するという目的を共有している点である。   

 

そうですね。   

 

>なぜトップジャーナルはこうしたトピックばかりを選ぶのか。   

>それは、人文学というものの究極目的のひとつが社会変革だからだ。   

>それは、人種差別が、性差別が、階級差別が、植民地主義が、支配と抑圧が、つまり有形無形のありとあらゆる暴力が悪であると主張し、それを是正するための言説の構築に奉仕しているのである。   

 

そうですね。   

 

>人文学の究極目的のひとつは、暴力の否定である。   

>あるいは暴力を肯定するなんらかのロジックなりナラティヴなりを批判することである。   

>たとえば人文学の一領域である文学研究なら、その末端で遂行される作品を面白く鋭くアカデミックに読むという行為は、たとえば──あくまでたとえば──こうした究極目的のひとつに奉仕するのでなくてはならない。   

>これが、わたしが院生時代の終盤に到達した結論だった。   

>この認識をもってトップジャーナル群をあらためて眺めてみると、それらがいかに世界をより良くするという究極目的を共有しているか、それがよくわかる。   

 

そうですね。   

 

>ちなみにAmerican Literatureの掲載論文のうち最頻出のトピックが人種であるのは、人種的暴力がアメリカにおける最大の暴力だからにほかならない。   

>「文系不要論」に答える   

>なぜ、人文学という学問が公的機関において保護・支援されていてよいのか。   

>文学部不要論や、「人文学ってなんの役に立つの?」といった問いにたいして、さまざまな回答を目にする。   

>わたしの回答はシンプルだ。   

>それは世界から暴力を減らしているのである。   

 

言論には説得力が必要ですね。   

 

>この結論にたいして、「おまえの論文はそんなことに成功していない」という批判は可能であるだろう。   

>しかし、世界から暴力を減らすことに尽力する言論活動が無価値だという批判は、「人を差別して殺してもよい」という主張と同じくらい、耳を傾ける必要がないようにわたしには思われる。   

>つまり、暴力を減らすための言論活動の価値が世界から消えることはない。   

 

そうですね。紛争解決の為に政治家が活躍していますね。  

 

>人文系の論文が役に立たないと言われるとき、それはどのように世の中の利益になっているのかが見えにくいということなのだろう。

 

聖人君子は皆文系出身ですね。   

 

>たとえば「生活が便利になる」とか、そういったものだ。   

>人文系の学者たちはこのとき、「役に立つ/立たない」という基準そのものを批判することが多い。   

 

人はパンのみにて生くるにあらず (人は物質的な満足感を得るためにだけ生きるものではないということ)   

 

>だがわたしは、人文学は真正面からこの問いに答えられるのだと思っている。   

>研究が世の中の利益になる方法は、すくなくともふたつある。   

>第一に、世の中を良くすること。   

>第二に、世の中を悪くなくすることである。   

>暴力批判は、この後者に奉仕している。   

>フェミニズムも、クィア理論も、ポストコロニアリズムも、人文系のあらゆる活動はそれを目指す点において通底している。

>世界のなかで研究するということ   

>もちろん、これは人文学の価値とはなにかという問いについて、わたしが個人的に到達したひとつの回答例にすぎない。   

>この答えも今後、変化してゆくのかもしれない。   

>これは、たとえ自分が個々の論文執筆においてコミットしているトピックがどんなに小さなものであっても、それは世界と接続されているのだと信じるためのひとつの例である。   

>あなたが取り組んでいる研究の究極目的はなんなのか。   

>なぜあなたは種々のサポートを受けながら、いまその研究に従事していてよいのか。   

>あなたも同じ問いに向き合って、じぶん自身の回答を見つけだしてほしい。   

>その答えは、あなたの研究者人生を、生涯にわたって支えつづける精神的支柱となるだろう。   

()  

 

人文系の励みに社会的な効果を持たせるためには、文章に力を持たせる必要がありますね。   

神は死んだ。もはや我々は上からの指導を必要としない。我々は、自分自身の指導者でなくてはならない。各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy. 

英米流の高等教育は子供を大人にする為の教育である。思春期の到来とともに言語能力の発達する頃を待ってこの教育は行われる。英文法の中の時制 (tense) を活用して非現実の内容を文に表現する訓練である。子供には現実 (事実) ばかりがあって非現実(哲学・考え) がない。英米流の高等教育は子供から大人に変わる人間に哲学を獲得させようとする仕組みである。すると浅薄な人間が思慮深い人間に変身する。だからどこの国でも英語の高等教育に力を入れることになる。

日本語は現実の内容だけを表す言語である。哲学は非現実 (考え) の内容であるから、思考を停止している日本人には縁がない。日本式の判断だと、見ることのできる内容は本当の事である。見ることのできない内容は嘘である。だから現実ばかりの言葉 (日本語) を話す人が非現実の内容を語る学習をすると常に失敗する。嘘(きれいごと) ばかりを語っていては学習に力が入らない。だから思考停止になっている。それで日本人は相変わらず無哲学・能天気の民となっている。わが国の有権者はあらかた高等教育の真価を体得していない。だから高等教育の無償化は国民の総意が得られない。わが国は英米流の高等教育の導入に失敗し続けているので、何処の国も日本に我が子の高等教育の成果を期待する親はいない。  

今の地球はアングロ・サクソンの支配体制の下にある。個人の哲学が相手を引き付けて人々の尊敬を得る。アフリカ系米国人はアメリカの大統領になった。インド系英国人は英国の首相になっていた。彼等の出世は高等教育の賜物である。

当の日本人の若者はいまもなお国内の序列競争にうつつを抜かしていて、教育内容の吟味などする余地はない。これは日本語文法に階称 (hierarchy) がある為である。’上と見るか・下と見るか’ の判断に囚われざるを得ない。 難関出身者が序列社会でどれほど優位に立つているかの話ばかりで持切りである。それで入試地獄が存在する。世界に関する注意力の不足で日本人は井の中の蛙になっている。国際社会で印欧語族の知識人を相手にして苦戦を強いられることになる。   

 

TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニー氏は、自著 <人は城、人は石垣> の中で、我が国の作家について次の様な感想を述べています。

孤立は日本式スタイルを誇る詩人、随筆家はいうに及ばず、小説家において最も顕著である。これは外国人にとっては判断をはばかられる主観的な領域である。しかし文学界で最も尊重される文章が意味を省略し、あいまいさに富み、漢字をうまく使って読ませ、文法分析家を意気揚々と悩ます一種の「気分の流れ」であることは一般に真実である (私の思考パターンは取り返しのつかぬほど西洋的なので、私は自分がスラスラ読めるような日本語の散文は深刻なまでに文学的優雅さに欠けているにちがいない、という大ざっぱなルールをとっている)(引用終り)  

 

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本人とユダヤ人> の中で、言葉 (ロゴス) について以下のように語っています。

、、、、、 母親が子供に「チャント・オッシャイ」という場合、明晰かつ透明 (英語ならクリヤー) に言えということでなく、発声・挙止・態度が模範通りであれ、ということである。だが、クリアーということは、原則的にいえば、その人間が頭脳の中に組み立てている言葉のことで、発声や態度、挙止とは全く関係ないのである。 、、、、、 日本では、「その言い方は何だ」「その態度は何だ」と、すぐそれが問題にされるが、言っている言葉 (ロゴス) そのものは言い方や態度に関係がない。従がって厳然たる口調と断固たる態度で言おうと寝ころがって言おうと言葉は同じだなどとは、だれも考えない。従って純然たる会話や演説の訓練はなく、その際の態度と語調と挙止だけの訓練となるから、強く訴えようとすれば「十字架委員長の金切声」という形にならざるをえない。(引用終り)     

 

日下公人氏は、<よく考えてみると、日本の未来はこうなります。> の中で、日本人に関するW.チャーチルの感想を以下のごとく紹介しています。

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。

 それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、今まで以上の要求をしろと言う。無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人が全く別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。

 英国はその後マレー半島沖で戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない。(引用終り)     

 

宮本政於の著書〈お役所の掟〉には、官僚絶対主義のことが出ている。以下は、著者(宮)と厚生省幹部(幹)との会話である。

宮「憲法に三権分立がうたわれているのは、権力が集中すると幣害がおきるから、との認識に基づいているのでしょう。今の日本のように、官僚組織にこれだけ権力が集中すると幣害もでてきますよね」、幹「ただ、日本はこれまで現状の組織でうまく機能してきたのだ。それによく考えてみろ。いまの政治家たちに法律を作ることをまかせられると思うのか。そんなことをしたら日本がつぶれる」、「日本の立法組織にそれほど造詣(ぞうけい)が深くないのですが、私も認めざるをえません」、「そうだろう。『やくざ』とたいしてかわらないのもいるぞ」、「私もテレビ中継を見て、これが日本を代表する国会議員か、と驚いたことがなん度かあります。とくに、アメリカとか英国とは違い、知性という部分から評価しようとすると、程遠い人たちが多いですね。でも中には優秀な人がいるんですがね」、「政治は数だから。いくら優秀なのがひとりふたりいてもしようがない。ある程度の政治家たちしかいないとなれば、役人が日本をしょって立つ以外ないのだ」(引用終り)    

 

マッカーサ元帥は1951年5月5日の上院合同委員会で日本人を以下のように評していました。  

‘もしアングロ・サクソンが人間としての発達という点で、科学とか芸術とか文化において、まあ45歳であるとすれば、ドイツ人もまったく同じくらいでした。しかし日本人は、時間的には古くからいる人々なのですが、指導を受けるべき状態にありました。近代文明の尺度で測れば、我々が45歳で、成熟した年齢であるのに比べると、12歳の少年といったところ like a boy of twelve でしょう。’ (ジョン・ダワー 増補版 敗北を抱きしめて )  

マ元帥の発言はどの駐日大使よりも率直でしたね。外交辞令がない。彼は知日派の人であった。