20、横ドップラーシフトの測定の本質について
それは2つの慣性系の間の時間の遅れの測定になっている様にみえるのです。
そうして2つの慣性系の間の時間の遅れの測定が簡単ではない事は今まで述べてきた事です。
たとえばランダウとリフシッツが指摘したやり方では2つの慣性系の時間の遅れを測定する為には慣性系Aに一つ、慣性系Bに2つの時計が必要とされます。(注1)
そうしておいて2つの慣性系をすれ違うように動かします。
しかしながらそこで問題になるのは「時刻合わせをした当の2つの時計は2度と出会う事は無い」ので「どちらの時計が遅れたのか、その2つの時計を横に並べて直接確認する手段はない」という所にあります。
それに対して横ドップラー効果の測定では「どちらの慣性系の時間が遅れていたのか、測定できている様に見える」のです。
さてこれは一体どうした訳でしょうか?
基本的にドップラー効果は「相手の出す波の周波数をこちらの時計で観測する」という行為です。
したがってそこには「時刻合わせ」という概念はありません。
観測対象からの周期的な信号があればOKなのです。
観測対象のもつ時計に従って発信される周期的な信号を観測する事がドップラーシフトの観測となります。
そうしてそれがドップラーシフトの観測の基本です。
そう言う訳でドップラーシフトでは「相手の慣性系に時計が一つ、そうして観測者に時計が一つ、合計2つの時計でよろしい」となっています。
さてこれは「時間遅れの測定には3つの時計が必要である」といったランダウとリフシッツの主張に反している様にみえます。
それでその矛盾を解く鍵は「横ドップラーシフトの測定は近似的な方法である」という所にあります。(注2)
思考実験上では「横ドップラーシフトの測定は観測者と光源が属する2つの慣性系の相対速度ベクトルと直交する方向に向かってくる光源からの光の周波数を、光線が速度ベクトルと直交するポイントにいる観測者が測定する行為である」と定義できます。(注3)
但しこの時に2つの慣性系のどちらかが静止系である事が必要です。(注4)
そうしてまた「直交する」と言う条件はその静止系から見た時に「直交している事」となります。
さて通常はこの時に2つの計算条件に場合が分かれます。
①、一つは「光源が属する慣性系が動いていて観測者の属する慣性系が静止系である」という条件。
これがいまでは普通となってしまった通説の計算手順です。
②、もう一つはその逆の「光源が属する慣性系が静止系で観測者の属する慣性系が動いている」という条件です。
これがアインシュタインが1905年の論文で示した式の条件です。
さてそれで、いずれの場合でも速度ベクトルと光線が直交する点は1点しかありません。
そうして観測者、あるいは光源が動いているので、つまりは「その直交する一点にとどまっている事はできない」のです。
さてそうでありますので、ここで近似が入り込みます。
①の条件では光源はその直交条件に達する少し前に1パルス、直交点を通り越した後に1パルス、受光部に対して光を出す事になります。
そうであれば受光部は「本来は真上から来るはずの光」が少し手前と少し後ろから来ることになるのですが仕方がありません、来た2つの光の波の山と山の間隔を測定し「それが光の周期である」とするのです。
さてこれは実際は光源からの光は連続して受光部に届くのですが、それを説明の為に2分割しています。
それから「この理由の為に観測者と光源との距離は離れれば離れる程測定精度が高くなる」従ってアインシュタインは『光源と観測者の間の距離はほぼ無限が良い』と言ったのです。(注2)
次に②、光源が属する慣性系が静止系の場合です。
この時は光源はつねに直交点向けて光を出していればよい。
おっとこの時に光源から出てくる光は球面波です。(注5)
そうして注意をするのは観測者側です。
観測者は直交点に到達する少しまえに最初の光を受光し直交点を少し通り過ぎた後に次の光を受光し光の周期を出します。
こうして出された周期から換算された光の周波数がアインシュタインが1905年に提示した式で計算したものと一致するのです。
さてこうして多少の近似誤差は入るのですが直接2つの慣性系の時間の遅れの測定が横ドップラーシフトを使って行える事になるのです。
それでこの話のポイントは「直交点では縦ドップラー効果がゼロになる」という所にあります。
受光された光はいずれも2つの慣性系の相対速度ベクトル方向には速度を持たないからですね。
それからもうひとつ、最初の光の受光と2番目の光の受光時にその2つの光が通った光路の長さが等しくできる、という所にあります。
これが近似的にではありますが、「時刻合わせをした2つの時計がもう一度すれ違う」かの様な状況を作り出しています。(注6)
さてこうして「短い時間の間の測定」にはなりますが「それなりの精度で2つの慣性系の時間の遅れが測定できる」という事になったのでした。
さてそれでここで注意すべきは「なるほど、地球上での測定では観測者は地上に立ちそれを静止系である」として測定をおこない、それなりの結果を得ています。
しかしながら「実際は地球は完全な静止系ある」とはいえず「宇宙空間の中を動いている」のです。
そうであれば「精度のよい横ドップラー効果の測定」が行えた場合、それは理論計算値=地球が静止系であるとしたものとの間に誤差ではない差分を見出すことになります。
そうしてそれは「客観的な静止系が存在する」という事の実験的な検証行為になるのです。
注1:タキオンレーダーがあれば2つの慣性系にそれぞれ一つづつの時計を置いておいてそれをすれ違い時に時刻合わせをして、あとはお互いがタキオンレーダーを使って相手の時計の時刻を読み取ればそれで済み、ですがいまだ「速度無限大のタキオンレーダーは存在していません」ので、この方法は「思考実験どまり」という事になります。
注2:アインシュタインが述べたように「光源と観測者の間の距離が無限に遠い=点光源から発せられた光を平面波として扱える」ならば「横ドップラーシフトの測定は厳密に時間遅れの測定になる」のです。
しかしながら今まで行われてきた横ドップラーシフトの直接測定ではこの条件を満足出来てはいません。
したがって「原理的には横ドップラーで時間の遅れを測定可能」なのですが、実際問題としては「近似的な測定に留まってしまう」のが実情です。
注3:音のドップラーシフトではでてこない「慣性系」と言うのがここで現れます。
そうして又ここで言う相対速度ベクトルとは光源と観測者を結ぶ直線上で定義される相対速度ではない事に注意が必要です。
あるいは逆に「光源と観測者を結ぶ直線上で定義される相対速度がゼロになる点」を「横ドップラーが観測できる点である」としても同じ事になります。
なんとなれば「その位置では縦ドップラー成分がゼロになるから」ですね。
注4:この「2つの慣性系のどちらかが静止系である事が必要」という条件は「とりあえずの条件」であって、「そうではない条件設定も可能」ですが、ここではそのように宣言しておきます。
注5:レーザーを使う場合はレーザー光のビーム幅を広げるか、受光部側の大きさ(長さ)を大きくしておく必要があります。
というのも「レーザー光は球面波ではなくて平面波であるから」ですね。
そうであれば「少なくとも受光部は1波長以上の長さの光を受光する必要があるから」ですね。
そうしないと「受光した光の周期が計算できないから」です。
注6:光源が動く場合は光源側に仮想的に2つの時計が置かれている事になります。
そうして観測者が動く場合は観測者側に2つの時計がある事になります。
そうであればここでも実は「ランダウ・リフシッツが指摘した事=時計は3つ必要である」が実現していることになるのです。
但しランダウ・リフシッツの条件と違う点は「動いている方に2つの時計を置いている」という所にあります。
そうしてもう一つの重要な相違点は「2つの慣性系におかれた時計の間で時刻合わせをする必要がない」という所にあります。
ただし「この2つの時計は同一の慣性系にあった場合は同じ速さで時を刻む=秒針の動く速さが同じである」という事は必要条件となります。
そうして実際の所、「時間遅れの測定」というのは「2つの時計の間の秒針の進む速さの比較」であって「それが分かるならば必ずしも時刻合わせをする必要は無い」のです。
はい、もちろん時刻合わせをしてもいいのですが、その方法では「時間遅れの測定はほとんど不可能に見える」のです。
その事は「LLの一般解」で示しました。
しかしながら「横ドップラーの測定」ではこの「LLの一般解の制約」をうまく逃れている事になります。
追記:「時間の遅れはお互い様」を主張する方々の「思考実験方法」は結局は「ランダウ・リフシッツが指摘したやり方の計算による確認」になっています。
そうしてそのやり方では「時刻合わせがマスト」なのです。
そうして「時刻合わせを必要とするやり方」では「実際問題として時間の遅れの測定は難しい」のです。
その事は「LLの一般解」が示している事ですが、それに対して今まで行われてきた時間の遅れ測定の実験は一つをのぞいて「時刻合わせを必要としない実験方法」となっています。
まあそれについては後述する事になりますが、「時刻合わせをした時間遅れの実験」とは「時刻合わせをした2つの原子時計を飛行機に載せて地球を右回りと左回りに一周させた実験」であって「これは確かに時刻合わせをして時間遅れを測定した」と言えるものです。
しかしながらこれは「円運動を使っている」と言う点で「等速直線運動している2つの慣性系の時間遅れの測定にはなってはいない」という事には注意が必要です。
追記の2:時刻合わせをする「ランダウ・リフシッツが指摘したやり方」は「時間が遅れている事の確認の為」には「計算とその計算結果の解釈が必要」でした。
そうして残念な事に「計算結果の解釈の仕方は一通りではなかった」と言うのが「LLの一般解が示した事」でした。
つまり「計算結果を見てもどちらの慣性系の時間が遅れているのか特定できない」のです。
しかしながら「横ドップラーでの確認」はそのような「計算と計算結果の解釈の余地はない」のです。
「光源の色が赤く見えるのか青く見えるのか」ただ単にそれだけを確認すれば「どちらの時間が遅れているのか分かるから」です。