goo blog サービス終了のお知らせ 

うさぎとかえるの里

鳥獣戯画をこよなく愛する自分の日本文化や日常に関する想いをつづります。

思惟

2010-02-06 01:34:43 | 活動
最近、物思いをする時間をもつようになりました。

20代の頃は、仕事も忙しかったし、考えている余裕がなかったけど
この頃は流されるだけじゃいけないなぁと…。

自分を振り返ったり、日本の歴史のことを考えてみたり、考えて決して楽しい気分になることはないんだけど、
本当に以前は「物を考えている時間がもったいない」的な発想でしたが、「ただ考えてみる」こともいいなぁ、と気持ちの変化が。

中宮寺の菩薩半跏思惟像、さらりと鉛筆ですが。

もっと重ねると、漆塗りの深い感じが出せるんだろうな。
実物は、昔は彩色でしたが、今は地色の漆塗りの状態です。

中宮寺の菩薩半跏思惟像というのは、以前は如意輪観音と言われていた時期もあるそうですが、
この菩薩半跏思惟像は飛鳥時代のもの、一方、如意輪観音が初めて登場する経典が日本に
伝わったのは8世紀らしいので、実際は、それ以前に信仰のあった弥勒菩薩の半跏思惟像と
いわれています。

そう、京都広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像と同じ。
思えば、あちらは聖徳太子から下賜されたもの、こちらは聖徳太子の母、
穴穂部間人皇女の御願によって創建された中宮寺のもの。
間違いなく、弥勒菩薩と思います。

この絵ではちょっとアレですが、その微笑は世界3大微笑のひとつ。
「弥勒」はサンスクリット語で「慈悲からうまれたもの」という意味だそうで、
半跏思惟像は、衆生の救済のために思惟をしている姿といいますが、
一説には、一緒に涙を流している姿とも。
たしかに、頬に当てた指は、こぼれた涙をそっと押さえているようにも見えます。
(広隆寺のもうひとつの弥勒菩薩は「泣き弥勒」といわれています)

中宮寺のものも、正面から見るとほんとうに優しい微笑で、穴穂部間人皇女を模した
ものともいわれますが、いろんな写真を見ていて思いました…、左側から見ると、
微笑んでいるのではなく、悲しそうに口元をゆがめたようにも見えます。
あくまで写真上では(^^;)
実物はまだ一度しか見ていないし、実際にいろんな角度から眺められたのか忘れちゃいましたけど、また会いに行きたいです。

ついつい、頬に当てた繊細な指と穏やかなお顔に目が行きがちですが、
足首におかれた左手も爪までとっても美しいです。

ほんとうに、見ているコッチも穏やかな気持ちになります(*^ω^*)

弥勒菩薩

2010-01-26 19:12:25 | 活動
久しぶりに油絵を描いてみました。

油絵グッズは、高校時代に美術部だったので実家に置いてあったもの(^^;)
その後、一回一人暮らし時に持ってきて筆洗油とかキャンバスを世界堂で買ったけど、
たぶん邪魔になってまた実家に送り返していた…と思う。

さて、今回は京都広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像を描いてみました。

私の一番好きな仏像です。

全身像もたおやかで美しいのですが、今回はキャンバスもF3サイズで小さいので、
お顔だけ…。

実物の優しげな表情がうまく出せなかったので、まだ未完成ですね(--;)
油絵は、何度も重ねられるのでいいですね。乾いたら、修正だな…

広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像は、朝鮮から伝来したものを、秦河勝が聖徳太子から
下賜されたものだそうですが、材質は赤松の木像仏。
飛鳥時代のもの(大陸伝来のもの)は金属が多いのですが、木製ならではの
温かみがある気がします。
アップで見ると、木目もきれい。

日本では、大陸とは違って、木像仏が主流になっていきますが、
それは神仏習合のせいもあって、元来日本は「木」や「柱」に神様を宿らせていたからだそうです。
木像仏のほうに、魂がやどっているような感じがしてしまうのは、私も日本人の神道の文化に影響されているせいでしょうね。
でも、古典の中にも、「体温が感じられる」仏像みたいな話があったような気がしますが、
神仏習合の意識から来たものいじゃないのかなぁ。
単に生身の人間に近い仏様、っていうのもあるかもしれないですけど。

優しげな半跏思惟像、といえば、奈良の中宮寺のものがすごくよい表情です。
世界三大微笑になっていたと思います。
ただ、コレは弥勒菩薩とは断定されていなかったような??
如意輪観音といわれていましたよね(ウロ覚え)
でもたぶん時代的にも姿かたち的にも、制作意図的にも弥勒菩薩だと思います。
半跏思惟の姿が似ているので区別しにくいそうです。
今度はこちらも描いてみたいですね(^^)