【大局観を欠く小泉氏の即原発ゼロ発言 戦後レジームからの脱却にブレーキ、大きな弊害もたらす】 森 清勇

2013-11-28 | 政治

大局観を欠く小泉氏の「即原発ゼロ」発言と行動 自民党の団結を乱し、安倍政治にブレーキをかける危惧
 JBpress 2013.11.28(木) 森 清勇
 現今の内外情勢は憲法に基づく安全保障体制の整備を要求しているが、現憲法ではそれを期待することができない。安倍晋三内閣はその認識のもとに対応努力をしている。絶大な人気を誇った小泉純一郎氏をはじめとした歴代内閣が達成できなかったことである。
 この難関を突破するためには、政権党が一致団結して国民の信を得ていくよりほかに道はない。そうした時に、小泉氏の即原発ゼロ発言と行動は、党内に無用の混乱と摩擦を持ち込み、安倍政治にブレーキをかけ、ひいては日本の安全に悪影響を及ぼしかねない。
*3.11後の日本の現状
 3.11では地震・津波に原発事故が重なり、複合災害をもたらした。原発の技術的ミスも指摘されるが、想定外の津波による建屋の配置や予備電源への配慮不足などの影響が大きかった。さらに政治のリーダーシップ不足が被害を相乗的に拡大し、有効は放射能対策を遅らせることになった。
 しかし、当時の為政者たちは自分のミスを原発の危険性にすり替え、原発ゼロ運動に結びつけて平然としている。国民の安心・安全よりも、自分の思想信条の主張で、1基の原発も稼働できない状況にしてしまった。
 総電力需要の30%をカバーしていた原発の穴埋めを数%の供給能力でしかない自然エネルギーで賄えるはずもない。背に腹は代えられず、老朽化して休止していた火力発電の再稼働に頼らざるを得なくなった。
 こうして、2012年の石油や液化天然ガス(LNG)などの化石燃料依存度は92.1%となり、1973年の第1次エネルギー危機時の94%に迫る状況である。脱化石燃料依存を目指してきた日本であるが、40年前の石油危機時の水準に逆戻りするお粗末である。
 火力発電の半分を占めるLNGは調達先が豪州やマレーシアなどに分散され、17年からは米国のシェールガス輸入も進み、中東依存(現在25%)は比較的低いが、備蓄施設などが整備されていない分、大規模な非常時対応には問題がある。
 他方で、石油の中東依存度は40年前の石油危機時は78%であったが、その後の中東情勢の安定で依存度はかえって高まり、現在は9割に近い。
 原発停止による化石燃料依存の高まりで貿易赤字が続いており、今年上半期は過去最大の5兆円に達している。震災後の3年間で10兆円以上の国富が流出すると試算されている。昨年から電力会社10社のうち6社が1割弱の電気料金値上げをしており、東京電力に至っては3割増となり家計を圧迫し、中小企業にも深刻な打撃を与えている。
 来年4月からは消費税が3%上乗せされ、アベノミックスは正念場を迎える。当座の日本経済の再生や家計への圧迫予防には原発の再稼働しか道がない。
 政府は原発低減を念頭に電源構成を3年以内に作成するとしている。補充できる自然エネルギーなどが見つからない現段階での「即原発ゼロ」は日本崩壊以外の何ものでもない。
*小泉氏の無責任な言動
 こうした状況を一向に斟酌しない小泉氏の言動は無責任で、百害あって一利なしである。氏の時代は経済の活性化で2006年似1万7000円台の株価さえ記録したが、その後は円高と東日本大震災の影響で、社会の混乱と化石燃料への依存度が高まり、さらに尖閣諸島問題で危機にも直面している。
 そもそも、2005年に「原子力政策大綱」を策定し、「原子力の利用推進」を閣議決定したのは小泉内閣である。その小泉氏は、いま安倍首相が即原発ゼロを決心すれば国民はついていくという。
 氏は野党党首との会談でも講演会でも同趣旨のことを述べているが、先の衆院選、続く参院選では脱原発を掲げた政党は惨敗した。これこそが国民の声であり、これに耳を傾けない小泉氏は思い違いも甚だしく、独善的かつ無責任である。
 安倍首相が原発を推進すべきか否かを迷っているならば小泉氏のような提案は大いに歓迎されるかもしれない。しかし、首相は国民生活の安定や輸出促進を掲げて、即原発停止に与しない姿勢を明確にしており迷ってなどいない。
 小泉氏は自分が望む方向に転換せよと言っているわけで、独善もいいところだ。しかも、フィンランドの核廃棄物最終処理場オンカロを訪ね、おっかなびっくりで原発ゼロを打ち出す稚拙は、あたかもスティーブン・スピルバーグの映画『ET』を観て、宇宙人に攻撃されたらどんな防御手段も無意味だから何もしない無防備がいいと言う無責任に等しい。
 最終処理場は、フィンランドばかりでなく、フランスもスウェーデンも計画しており、日本もその1つであり、研究結果を待てばいいのではないか。代替え案も出てこよう。マスコミ報道によれば、いまだ抜群の人気がある小泉氏だそうである。自民党を壊わし、挙句日本さえ壊した氏が、今度は何を壊わそうというのだろうか。
 安倍内閣の目指す方向、即ち「戦後レジームからの脱却」は崩壊した日本を再建し、自律させる最後のチャレンジである。小泉氏の言行はこのチャレンジにブレーキをかけ、大きな弊害をもたらす。国民が願っている方向とも異なる。
*小泉政治の総括
 それはさておき、ワンフレーズ/ワンイシューで進めてきた施策がどういうものであったか、検証するのは無駄ではあるまい。
(1)情緒的判断で日本的秩序の崩壊をもたらした無責任
 党総裁で総理大臣という立場にありながら、自民党をぶっ潰すと公言して憚らなかった小泉氏である。確かに世襲かつ老害化も目立っていたし、重要な問題、就中党是と掲げていた憲法改正では何一つ進展がなかった。
 戦後の日本を規定し、日本でない日本、また自分の国を自分で守れない状態にした元凶である憲法を、長い間政権政党でありながら放置してきた自民党に再生が求められていたことは確かである。
 総裁が自分の所属する政党を「ぶっ壊す」と啖呵を切るのはカッコいいが、壊した後をどうするかの青写真くらいは示すべきではなかっただろうか。国民も青写真を示されないまま支持したところに過ちがあった。
 金融緩和で大幅な円安が進み、輸出企業は潤い、株価は異常な高値を記録したが、年功序列や終身雇用で社会に安定をもたらしていた日本的システムが崩壊した。また、派遣労働の解禁で労働者の3分の1が非正規社員となり、シャッター商店街も増え、貧富の差も拡大し自殺者が最高を記録するほどに社会は不安定化した。
 安全保障絡みでは、自衛隊の運用態勢の確立や武力攻撃事態対処法などの法律が制定され、海外派遣の突破口が開かれた点は端倪すべからざることであった。しかし、ことイラク派遣に関して見るならば「派遣ありき」が既定事実化し、「サマワは戦闘地域でない」という詭弁がなされた。
 実際は佐藤正久先遣隊長が語ったように「何が起きてもおかしくない戦場」であったし、派遣される隊員の意識は紛れもなく「戦闘地域」で、神社に加護を願ったり、家族と水杯でイラクに向かった者も多かった。
 しかし、「戦闘地域でない」の一言で、本来見直すべきROE(交戦規程)などの武力組織に基本的に必要な議論がされ法整備が行われることもなく、指揮官に過重の負担を強いるだけの結果をもたらした。
(2)情報なしでイラク戦争支持の無責任
 憲法などの制約から同盟国に相応しい行動が取れないもどかしさはあるが、そうした中でイラク派遣という大きな壁を乗り越えさせた小泉氏の決断は是としなければならない。
 ジョージ・W・ブッシュ(息子)大統領は、サダム・フセインが保有(実際は見せかけであった)する大量破壊兵器(WMD)の破棄と、イラクを民主化しアラブの地に民主主義を持ち込む試金石にしたいと思っていたし、人道的な立場からフセインの排除を目標に掲げていた。
 日本は国防の基本方針にあるように、外部からの侵略に対しては米国との安全保障体制を基調として対処する観点から、同盟は何より重要であり、米国の要求には何が何でも応えなければならないとの思いが強い。小泉氏のイラク戦争支持は日米同盟に対する意識とともに、ブッシュとの親近感がもたらす情緒からの影響でもあったと思う。
 独仏は米国に開戦理由の確たる証拠を求めていたが、戦争の正当性を示す情報が得られなかったために結局参戦しなかった。日本と独仏では同盟の質や深さなどが違うが、フランスのシャルル・ドゴール元大統領が「同盟などというものは双方の利害が対立すれば一夜で消える」と喝破したように、同盟についてはそのくらいにしか考えていない。
 最近、英国外相もイラク参戦は間違っていたと明言したし、米国も開戦ありきが先にあって、情報を操作していたことが判明した。当時の国務長官であったコリン・パウエル氏は後に「消せない過ち」と告白している。
 福田康夫官房長官(当時)は、日本自身がイラクについての情報を持ち合わせていなかったばかりでなく、米国からも情報が与えられないままに米国の要請を支持したことを明らかにした。
 首脳同士の親近感と同盟の重みが米国支持を表明させたわけであるが、その後の施策においても情報が重視されることはなく、企業テロに見舞われたアフリカでの悲劇につながった。そうした教訓も踏まえ、安倍首相が努力している日本版NSCは是が非でも成立させる必要がある。
(3)属国化をもたらした無責任
 米国は1993年以来新経済パートナーシップと称して、政府調達や保険で数値目標を設定し、その実現を求めてきた。いわゆる年次改革要望書と呼ばれたもので、これによって研究開発用衛星を除く政府調達の実用衛星などはことごとく米国製を購入する羽目になった。
 2001年にブッシュ(息子)大統領が就任すると、馬が合った小泉首相の誕生もあってさらに磨きがかかり、「100点満点の回答を出さざるを得ない状況が作り出された」(原田武夫著『仕掛け、壊し、奪い去るアメリカの論理』)。
 2004年の対日年次改革要望書では、電気通信、情報技術、エネルギー、医療機器・医薬品、金融サービス、競争政策、民営化、法務制度改革、商法改正、流通と極めて多肢にわたっている。日本はその2年後の2006年までにほとんどを実現したのである。郵政民営化では解散まで断行し、改革に反対するものは抵抗勢力として刺客さえ送り込まれた。
 原田氏は「ハーメルンの笛吹き男」になぞらえて小泉氏を「平成の笛吹き男」と称している。改革の結果は先に見たように、「日本でない日本」(西部邁氏は「アメリッポン」や「ジャメリカ」と呼ぶ)になってしまったのである。
 特に特殊法人と郵政の民営化、並びに企業買収(M&A) を行いやすくした商法改正で、国富が米国へ移転するレールが引かれ、日本人が戦後の60余年間、歯を食いしばって蓄えてきた国富が収奪されるシステムを作り上げたことになる。米国が要求してきた年次改革要求書は紛れもなく日本の属国化であったと言えるであろう。
*安全保障上必要は原発関連技術と情報
 エネルギーの安定がなくては国民生活は成り立たず、経済の活性化も不可能である。自立するために、中東への石油依存度を低減させる努力をしてきたはずであるが、現実には、エネルギー危機時と変わらない輸入依存度である。一朝一夕にはエネルギー構成が変わらない証左でもある。
 現在30カ国・地域で429基の原発が稼働しているが、建設中が76基、計画中が97基あり、減少するどころか増加する傾向にある。しかも多くは隣国である。また、いずれは廃炉問題が俎上に上がるであろうが、そのための技術蓄積も必要である。
 福島第一原発の事故を奇禍として、世界一安全な原発の設計・製造・運転・保守が求められている。そうした期待がトルコへの原発プラント輸出の契約となり、ベトナムとの交渉になっている。ちなみにトルコではカナダ、中国、韓国などとの競争であったが、システムの安全性が買われて最高価格の日本が受注に成功した。
 隣国からの黄砂やPM2.5が偏西風に乗って西日本を覆い被害をもたらしているが、将来は放射能の雨が日本全土にやってくる危険性もある。そうさせないためには、世界が認める日本の原子力安全技術を活用してもらう以外にない。
 原発は外貨獲得の一手段であるばかりでなく、巷間言われるように、
●エネルギーの安定供給
●地球温暖化の抑制
●廃炉のために技術維持
 などが主たる理由に挙げられている。しかし、鋭意努力されている技術開発に核融合がある。
 日本は最先端に位置しているが、いまだ実用に供し得る核融合炉開発までには至っていない。完成の暁には、「地上の太陽」として、永遠に安定したクリーン・エネルギーの供給が可能となり、従来のエネルギーとは比べものにならないメリットを有する。
 筆者は大学院時代核融合研究を専攻したが、核分裂ではないので放射能問題は起きない。しかし、数億度の超高温で中性子やプラズマを扱う科学技術は、化学反応よりも核分裂、すなわち平和利用としての原発の原理や技術からしか得られない知見を必要とする。日本の悲願である核融合炉の実現を加速するためにも原発技術が必要と思料される。
 なお、日本は原子力の活用を平和利用に限定しているが、国際社会では原爆開発に鎬を削っている国もあり、核保有国はいずれも核融合を応用したさらに威力の高い水爆を多数所有している。
 万一の場合の予防法などに関わる知見を蓄積する上からも、平和利用である原発と核融合炉技術開発に注力し、技術と情報を蓄積しておく必要があるのではないだろうか。
*おわりに
 小泉氏が鮮やかな幕引きをした時、「新しい政治指導者の道を示し、無言こそが日本の政治も変えるだろう」と賞賛し、かつ願った。従って、7年間の沈黙を破った時はびっくりした。
 どんな思惑があるか知らないが、「手堅く日本立て直しを進めており、長期政権も伺わせる安倍首相への嫉妬」という見方も一部にはある。政治は国民のため、国家のためであって、政治家の嫉妬などでその道が絶たれたり逸れたりするようなことがあってはならない。
 3流と言われて久しい日本の政治をよくするためには、首相を退いた後に、どのような政治を目指し、現実の政治ではどのように折り合いをつけながらやってきたかを、自伝的に著述し後世の資にする心構えが大切ではないだろうか。米国の大統領は早期に引退しながら、こうした努力をしている。政治家は死しても記録で名を残してほしいものである。
 現在の小泉氏は責任を負えない立場であり、政府・与党が目指す方向を捻じ曲げるようなことがあってはならない。民主主義・議会政治の常道を歪めないため、いや日本のためにも晩節を汚さない責任ある行動を取ってもらいたい。
 ◎上記事の著作権は[JBpress]に帰属します *リンク、強調(太字・着色)は来栖
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