【裁く時】第3部判断の重み(5)完 責任能力の有無 簡略鑑定書 本質伝わるか(産経新聞2009.5.25)

2009-05-25 | 裁判員裁判/被害者参加/強制起訴

【裁く時】第3部判断の重み(5)完 責任能力の有無 簡略鑑定書 本質伝わるか
産経ニュース2009.5.25 22:36
 平成18年、奈良県田原本町の医師宅放火殺人事件で少年の精神鑑定を行い、「少年に殺意はなかった」との鑑定書を作成した精神科医、崎浜盛三(51)は納得がいかなかった。
 家裁からは「検察が意見を聴きたいと言うと思う。審判に呼ぶかもしれない」と言われ、予定を空けて待った。だが、呼び出しがないまま、家裁は「未必」とはいえ殺意を認定し、少年を保護処分にした。
 崎浜は「殺意がなかったことを理解してほしい」との思いから、少年らの供述調書をジャーナリストに見せ、その後、秘密漏示罪に問われることに。その公判で検察側は「聞かれてもいない殺意を鑑定医が述べることがおかしい」と崎浜の意見を根本から否定した。
 「精神状態を分析する過程で殺意の有無が明らかになるのは自然なこと。そもそも裁判は時間をかけて議論をする場。なぜ犯行に至ったのか、もっと議論すべきだった」。今もそんな思いがくすぶり続けている。
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 今月11日、最高検のホームページに、裁判員裁判で使用する精神鑑定の書式例が掲載された。従来よりも大幅に簡略化されており、その量はわずか5ページだ。
 一般的に、精神鑑定は数カ月から1年近くかけて行われる。過去に精神科の受診歴があればカルテを取り寄せ、家族や被告と面談し、犯行に至るまでの経緯を分析する。鑑定書は時に50ページ以上に及ぶこともある。
 鑑定書が簡略化された背景には、集中審理の裁判員裁判の法廷で数十ページもの鑑定書を理解してもらうのは難しいことに加え、精神障害者の犯罪が決して珍しくないことが挙げられる。
19年に精神障害やその疑いのある検挙者は約2800人。全体に占める割合は0・8%だが、裁判員裁判対象事件でみると、放火が16・8%、殺人は9・7%と一気に跳ね上がる。この件数を従来の方法で対応するのは不可能だからだ。
 長年、精神鑑定に携わってきた国立精神・神経センターの精神鑑定研究室長、岡田幸之(43)は「簡潔で理解されやすくする必要はあるが、専門性の高い考察を失ってはいけない。制度が始まってから試行錯誤を繰り返さざるを得ないのではないか」と話す。
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 責任能力の判断は、時として死刑か否かを分けることすらある。決して軽いものではない。
 「司法と精神医学の絶妙なバランス」。崎浜は責任能力判断の望ましい姿をこう表現する。裁判官は被告の行動に常識で理解できる論理性を求め、精神科医は医学的な真相を追究するからだ。
 だが、裁判員裁判では、このバランスは変質せざるを得ない。鑑定そのものは変わらなくても、裁判員がこれまでのように膨大な鑑定資料を読んで論理構成することは難しくなる。
 それでも、1審で心神耗弱と認定された大阪・八尾の幼児投げ落とし事件(19年)の被告の弁護人を務めた池田直樹(60)は「法廷で実際に被告を見て人となりを知ってもらえば、障害者に対するむやみな警戒や偏見はなくなるのではないか」と期待を寄せる。
 一方、崎浜は「被害者の残酷な写真をみせられ、『責任能力なんてどうでもいい』となるのではないか」と懸念を示したうえで、裁判員にこう注文をつける。「鑑定人の意見を1つの意見としてとにかく議論を尽くし、その事件の本質を見極めてほしい」=敬称・呼称略
 ■責任能力 刑法では、心神喪失者は罰せず、心神耗弱者の刑は減軽すると定められている。精神鑑定では、精神障害かどうかを診断。次に犯行当時、物事の善悪を判断する「弁識能力」とその判断に基づいて行動する「制御能力」があったかどうかを見極める。どちらかが全くなければ心神喪失と判断され、無罪に。弁識能力や制御能力が著しく障害されていれば心神耗弱となるが、どの程度で心神耗弱を認定するかの判断が難しいとされる。(第3部は加納裕子、牧野克也が担当しました)
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