「TPPを国家百年の計という安倍首相の道化ぶり」永田町異聞

2013-04-16 | 政治

TPPを国家百年の計という安倍首相の道化ぶり‎
永田町異聞2013年4月16日10:17:29
 多国間のTPP交渉に日本が参加するのに、なぜか米議会という閻魔大王の許可を得ねばならぬらしい。
 大王にお目通りさせてもらうのに貢物が必要というわけで、日本政府は、これから先も自動車の不公平関税に耐え続ける約束を泣く泣く差し出した。
 そのかいあって、米政府と合意文書を交わし、日本のTPP交渉参加を認めるかどうか米議会に諮ってもらえることになったが、「TPPは国家百年の計だ」と手放しで喜んでみせる安倍晋三首相は、とんだ道化を演じていることに気づいているのだろうか。
 強大な軍事力を背景に、他国の関税や規制を都合よく取っ払わせて、自国のグローバル企業の海外戦略を後押しする米国の新帝国主義にねじ伏せられ、誰がどこから見ても、米国の言いなりとしか思えない日米の合意文書を発表した。
 その4月13日、甘利経財再生相は記者会見で「参加が遅れた分だけ交渉相手国も多く、主たる交渉国である米国の注文も多い」と、言い訳がましい感想を述べたが、これも嘘っぱちだ。
 民主党政権で参加への合意が交わせなかったのは、最初から米側の注文が多かったからであり、遅れたから注文が増えたわけではない。
 そのことは、前政権で中枢部にいた政治家がよく知っている。
 野田政権当時の民主党政調会長、前原誠司は、3月11日の衆議院予算委員会で、「あまりにも米国側の要求が不公平だったから交渉参加を表明できなかった」とTPP事前交渉の中身を披瀝した。
 「車の関税をすぐにゼロにしないで猶予期間を設ける、安全基準は米韓FTAのように枠を設ける、保険ははじめは、がん保険等だけかと思ったら、学資保険の中身を変えるなどと、いろいろ言い出した」

 日本においては、完成車に対する輸入関税はゼロだが、米国では乗用車で2.5%、トラックだと25%もの関税がかけられている。だから、ピックアップトラックで稼ぐフォードなどは日本のTPP参加に強く反対してきた。 日本政府と米通商代表部による事前協議は昨年2月以降、水面下で続けられ、乗用車への2.5%の関税を5年超、トラックの25%はなんと10年も残すことを米側は要求してきた。
 こうした要求に対し、野田政権は「イエス」と言わなかったと前原は言う。ところが安倍政権はこれを受け入れ、このたびの下記の合意にいたった。
 「米国の自動車関税がTPP交渉における最も長い段階的な引き下げ期間によって撤廃され、かつ最大限に後ろ倒しされること、及び、この扱いは米韓自由貿易協定(FTA)における米国の自動車関税の取り扱いを実質的に上回るものとなることを確認する」
 これまでの参加各国のTPP交渉で「10年以内の関税撤廃」という方針がほぼ固まったという。それから判断すると、「最も長い引き下げ期間」「最大限に後ろ倒し」という文言によって、10年間、米国の自動車輸入関税は据え置き、あるいはそれに近い条件となることを日本側が呑んだと考えられる。
 自動車での譲歩は本来なら、交渉の本番にそなえ、いざという時の取引カードとして大切にとっておくべきものだろう。その重要な武器を入り口で取り上げられたのでは、丸腰で戦いにのぞむようなものだ。
 米側の言い分はこうだろう。とりあえず、うるさい米議会のお許しが出るように、自動車の件だけは譲歩してくれないか。あんたところのコメなどを高関税のままにするということになると、議会はよけい強硬になって、どうにもならない。だからそれは、今後の交渉のなかで話し合おうじゃないか。
 経済にはいたって貪欲な日本人を侮ると痛い目にあうことも米国人は十分に知っている。軍事こそ在日米軍による占領状態を続けても、貿易では摩擦を繰り返してきた。だからこそ、規制緩和、市場開放を要求する構造協議を必死になって続け、小泉構造改革という果実も得たのである。そして最後の仕上げがTPPということなのだろう。
 日本という国をアメリカ型ルールの押しつけで、ようやく社会まるごと再占領するチャンスが訪れたといえるのではないか。
 自由貿易交渉で米側の要求に屈した身近な先例は米韓のFTAであろう。簡単に言うならFTAは2国間、TPPは多国間の協定で、いずれも物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など幅広い分野にわたって自由な経済交流にとっての障壁を取り除き、連携するのが目的だ。
 韓国がどれだけ不利な条件をのまされたかは、米韓FTAの内容を仔細に分析すれば明らかだが、2012年11月に韓国メディアで報道された事実は、米韓FTAの実態を韓国国民が実感するのに十分すぎるほど衝撃的だった。
 韓国政府は、CO2排出量が少ない軽・小型車の購入者に50万~300万ウォンの補助金を支給し、排出量が多い中・大型車には逆に50万~300万ウォンの負担金を課すという制度を2013年7月に導入する計画だったが、米韓FTAが禁じる「貿易の技術的障害」(TBT)に該当するという米側の指摘により、2年後に先送りした。
 あえて言えば日本の「エコカー減税」に似た制度だが、CO2排出量の多い米国車が「負担金」を課せられるのを嫌がり、米国側がFTAのなかの条項を持ち出したかっこうだ。
 その結果、韓国は、車の排出量や安全の基準について米国の方式を採用しなければならなくなった。つまり、環境や安全を自国の基準で守ることができなくなったのだ。
 それにしても、この制度を「貿易の技術的障害」(TBT)とする判断がよくわからない。低炭素の自動車を普及させる政策は良いことであり、それが市場アクセスの障害だというのは、米自動車業界の自己中心的なソロバン勘定による屁理屈に過ぎない。
 こういうことで、国の主権が制限されるとしたら、「自由貿易協定」という美名に隠された米国の新たな植民地政策と言っても差し支えないのではないか。これとほぼ同じような協定がTPPという名で結ばれようとしているのだ。
 この「低炭素車協力金制度」に対し、米国側が米韓FTAの投資家対国家紛争解決条項(ISD条項)に基づき、制度の停止・変更、または損害賠償を求める訴えを起こす可能性も指摘されていた。
 ISD条項は、ある国家が制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合に、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度を定めている。
 審理の焦点は「政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点に絞られ、「政策が公共のために必要かどうか」は考慮されない。
 この条項は、米国、カナダ、メキシコの「NAFTA」(北米自由貿易協定)でも導入されているが、公益と投資家の利益が真っ向から対立し、矛盾を露呈している。
 たとえば、カナダでは、PCB廃棄物を米国に運んで処理していたアメリカ系企業がカナダ政府の廃棄物輸出禁止措置で事業を継続できなくなった。企業はこの措置で不利益を被ったとしISD条項を盾にとって提訴した。仲裁廷はカナダ政府に賠償を命じた。
 メキシコでは、アメリカの企業が、ある市で廃棄物処理施設の建設許可を得ていたメキシコ企業を買収した。 市民の建設反対運動が起きたため、市は建設中止命令を出した。 操業停止に追い込まれた米企業は提訴した。 仲裁廷は、市の対応が国際法に違反しているなどと認定しメキシコ政府に賠償を命じた。
 TPPにこのISD条項をねじ込めば、米国は自国企業と株主が訴訟を武器として利益をはかる仕組みをつくることができる。
 TPP交渉の中身はつまびらかにされておらず、多国間の協定でもあり、米韓FTAやNAFTAと必ずしも同じようになるとは限らないが、これまでに米国が結んだ自由貿易協定の経過や実態を見る限り、主導権を握る超大国アメリカの企業に有利に運ぶことは避けられそうにない。
 新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)
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国民に知らされないTPPという悲劇/前原氏が暴露した事前交渉の一端/守秘義務をかけた交渉 2013-03-16 | 政治(経済/社会保障/TPP) 
 国民に知らされないTPPという悲劇
 Diamond online 山田厚史の「世界かわら版」2013年3月14日 山田厚史[ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員]
 安倍首相は15日にもTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加を表明する。
 TPPとはいったい何なのか。安倍首相も含め、全体が分かっている人が日本に何人いるのだろうか。日本だけではない。交渉当事国でさえ、自分の国が何を交渉しているのか、国民は知ることができない。
前原氏が暴露した事前交渉の一端
 一端を伺わせるシーンが11日の国会論議であった。民主党の前原誠司氏が、日米事前協議を暴露した。TPPの最大の問題点は、「農業」でも「聖域なき関税」でもない。交渉内容が国民に知らされないまま、決まってしまうことだ。
 日本がTPP交渉に参加するには、すでに協議を始めている加盟国の承認がいる。前原は国会で次のように述べた。
「我々が最後まで交渉参加を表明できなかったのは、なぜかというと、米国の要求、事前協議の中身があまりにも不公平だった。トラック、乗用車については関税をすぐにはゼロにしない猶予期間を設けるべきだ、ということだった。日本の安全基準については米韓FTAと同じように枠を設けるべきだ、ということだった。保険については、はじめはがん保険だけと思っていたら、学資保険の中身を変えることについても色々と言い出した。つまり中身について、事前交渉でこれをとにかく武装解除しなければ米国議会に通告しない、と。しかしこういう中身について我々は不公平であると、本来であれば、自動車の関税猶予なんてことは本交渉でやる話であって、我々は農産物を相殺して妥協しなかった」
 事前交渉とは、何のためにあるのか。TPP交渉に参加する資格を審査する、というならまだ分かる。実態はTPP交渉に入る前の「武装解除」だったと前原は指摘する。
 実質的な通商交渉が始まっていたのである。その要求は親米派とされる前原氏にすら「不公平だ」と映った。自由貿易を掲げながら自国の自動車関税は下げない。それでいて米国から輸出する自動車には、安全基準の審査で特別なはからいをしろ、という。「OKしなければTPPに入れないぞ」である。こういう要求は日本の国内法なら「優越的地位の乱用」とされ違法行為だ。
保険分野では学資保険も標的
 保健分野ではガン保険だけでなく、学資保険まで文句をつけてきた。米国保険会社と競合する保険商品を問題にする。かんぽ生命の株主が政府であるのは非関税障壁だと主張し、「売らせるな」と圧力をかける。かんぽ生命はがん保険を扱わない、と決めたのは、こうした裏交渉を受けての決定だった。それが学資保険までダメ出しされ、「そこまでは」と日本の腰が引けた、というのが真相のようだ。
 異なる文化を持ち、制度も慣行も違う国が経済取引のルールを作ることは必要なことであり、世界はその方向に進んでいる。問題はその決め方だ。フェアで、対等で、情報が公開されることが大原則だ。
 TPPの危うさは、ここにある。フェアであるか怪しい。対等ではない。情報はまったく公開されない。
 中身を知らない国会議員が、どうして交渉参加の是非を議論できるのか。
 安倍首相は「自民党にはさまざまな意見がありますが、いったん決まれば全員がひとつなって取り組みます」と、常々言っている。
 今回も、反対論、慎重論が噴出しているが、党の部会で審議にかけ、首相一任を取り付ける段取りだ。そこには議論はない。言いっぱなし、聞きっぱなしの「ガス抜き」があるだけで、問題の所在を語り合い、ことの是非を真摯に考える自由で民主的な作業は見えない。党内の議論は、手順を踏む儀式である。
主要紙は前原発言を無視
 もともとTPP交渉参加は、民主党政権で菅直人首相が、突然言い出したことだ。
 対米関係でしくじった鳩山政権の轍を踏まず、米国への「武装解除」を示すのがTPP参加だった。不安定な政権を維持するには、米国との軋轢を避けるしかなかった。その足下を見透かすように「参加したかったら、これを飲め」と要求を突きつけられた。外交とはそういうものだ。
 前原氏は民主党で政策調査会長を務め、昨年10月からは国家戦略担当としてTPPの事前交渉を知る立場にあった。米国の理不尽な要求を跳ねつけることも、飲み込むこともできず、交渉参加を決断できなかった。環太平洋の自由貿易をうたい、モノ作り日本に新たな活路を見出すTPPというコンセプトなのに、自動車輸出に障害を残す、というのでは国民に説明がつかなかった。
 国会でこうも語っている。
「我々は交渉参加表明をしたいと模索したが、この条件ではあまりにも日本は不公平だということで、我々は非対称的だということで交渉参加表明をしなかった」。そして「これ、妥協してまさか交渉参加するなんてことはないですよね」と迫った。
 安部首相は正面から答えず、「前原さんも民主党も政府として交渉に当たってきた。米国との交渉においては、中身においては、皆さんに守秘義務が課せられているはずです。交渉中のことをいちいち外に出せば交渉にならない」とした。
 前原氏が守秘義務」を破っても訴えようとした「不公平な交渉」は、翌日の全国紙はほとんど載らなかった。東京新聞が扱った程度で、朝日も日経も無視した。
■バスはもう出てしまった
 TPPの悲劇は、交渉に守秘義務が課され、事実が外に伝われらないことだ。
 前原氏が問題視した事案は、民主党政権のごく一部と官僚だけが知っていたことだ。
 自動車が米国市場で不利に扱われるのを認めるか、見返りに農産物の例外を認めさせることがいいことなのか。かんぽ生命への干渉を許すのか。どれも日本にとって重要なことだ。政府のごく一部だけが知り、決めてしまう。こんなことが秘密裏に行われていいのか。国会も国民も蚊帳の外におかれてきた。
 守秘義務をかけた交渉で、得をするのは誰なのか。
 日本が交渉参加を表明すると、米国議会が参加を認めるかどうか審査する。あちらもねじれ国会、財政削減をめぐり大統領とギクシャクする議会にとって、重要度がさして高くもない日本のTPP交渉参加が、どれほどの優先度で審議されるか定かではない。7月までに結論が出るといわれるが、そうなったとしても日本が交渉のテーブルに就けるのは夏休み明けの9月から。交渉終了の1ヵ月前である。
 入れ、入れ、とせっ突かれ、無理を受け入れて交渉に参加しても、ルール作りにはほとんど加われない。
 7日の東京新聞は「日本が交渉入りしても加盟国が合意した項目は、再協議することはない、と参加9ヵ国で決められている」と特報した。バスはもう出てしまった。
 シンガポールで開かれた3月の交渉で、米国の交渉担当者は、「日本が交渉参加を表明しても、事前に交渉のテキストを見ることはできないし、確定した項目に修正や文言の変更は認められず、新たな提案もできない」と述べた、という。
 決められたルールは受け入れるしかない。見せてもらえない、というテキストは900ページに及ぶといわれる。交渉参加はサインするだけになりそうだ。
■企業が国家を支配する
 では、交渉参加国は喜んでいるのか。そうともいえないのである。なぜなら、国民は何が話され、どう決まったのか、知らされていない。交渉の主導権を握る米国でも、TPPへの疑念は広がっている。
 「TPPで企業が国家を支配する」という刺激的なタイトルをつけたキャンペーンフィルムが米国のNGOによって作られた。
 焦点となっているのがISDS条項と呼ばれる「投資についての紛争解決システム」だ。ある国に投資した企業が、政策の変更で損害を受けたとき、その国の政府を訴えることができる。訴訟を扱うのはワシントンに本部のある世界銀行だ。
 米国のNGOは、NAFTA(北米自由協定)に盛り込まれたISDS条項を使って、メキシコやカナダで、米国の廃棄物業者が政府を訴え、巨額の賠償金を勝ち取ったことを実例に上げ問題にしている。環境規制を強化したり、国内業者を保護したりする政府を、外資が訴えるという仕組みだ。
 国境を越えた投資は、各地で摩擦を起こすことは少なくない。それぞれの国で裁判になるのが普通だが、国家を飛び越え世銀に設けられた仲裁機関が決定する。言語は英語である。決定に当事国の裁判所は関与できない。訴訟社会の米国らしい解決方法だが、多国籍企業が訴訟という武器を装備することになる。世銀は代々米国が総裁を送り出している。IMFと並び米国主導の国際金融体制を支えてきた拠点である。
 TPPは協定が結ばれると、国内法制を協定と整合性ある形に変えることが迫られる。分野は貿易にとどまらない。薬品の認可や価格、食の安全表示の仕方、金融や輸送、知的財産、紛争処理超国家の経済秩序が各国の制度を規定する力となる。
 秘密交渉のTPPの交渉内容は、各国のNGOが監視し、政権内部のシンパから情報が伝わる、という展開になっている。
 TPPは、文化と伝統を背景に出来ている経済の慣行や制度を根本から問い直すものだ。改革のきっかけになるかもしれないが劇薬である。力の強いものに有利に働くだろう。
 そうであるなら、国民的論議が必要だ。少なくとも国会に情報を提供して、議論されてしかるべきだろう。
 「不公平な武装解除」を問題にした前原氏も結局は抱え込んだまま、国民に問いかけることをしなかった。自民党は、農協の反対を抑えるのに、米国にも「自動車という聖域」がある、と示しただけで、それでTPPで日本がどうなるのか、明らかにしていない。
 安倍政権は、菅政権同様、日米関係という力学で参加を決めたように見える。あとは手順を踏むだけ。形ばかりの審議で決めてよいのか。TPPは日本の民主主義の成熟度を試しているように思う。
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TPP亡国論』/怖いラチェット規定ISD条項(毒まんじゅう)/コメの自由化は今後こじ開けられる2011-10-24 | 政治(経済/社会保障/TPP)
 米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか 「TPP亡国論」著者が最後の警告! 
Diamond online 2011年10月24日 中野剛志[京都大学大学院工学研究科准教授]
 TPP交渉に参加するのか否か、11月上旬に開催されるAPECまでに結論が出される。国民には協定に関する充分な情報ももたらされないまま、政府は交渉のテーブルにつこうとしている模様だ。しかし、先に合意した米韓FTAをよく分析すべきである。TPPと米韓FTAは前提や条件が似通っており、韓国が飲んだ不利益をみればTPPで被るであろう日本のデメリットは明らかだ。
 TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加についての結論が、11月上旬までに出される。大詰めの状況にありながら、TPPに関する情報は不足している。政府はこの点を認めつつも、本音では議論も説明もするつもりなどなさそうだ。
 しかし、TPPの正体を知る上で格好の分析対象がある。TPP推進論者が羨望する米韓FTA(自由貿易協定)である。
米韓FTAが参考になるのはTPPが実質的には日米FTAだから
 なぜ比較対象にふさわしいのか?
 まずTPPは、日本が参加した場合、交渉参加国の経済規模のシェアが日米で9割を占めるから、多国間協定とは名ばかりで、実質的には“日米FTA”とみなすことができる。また、米韓FTAもTPPと同じように、関税の完全撤廃という急進的な貿易自由化を目指していたし、取り扱われる分野の範囲が物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など、広くカバーしている点も同じだ。
 そして何より、TPP推進論者は「ライバルの韓国が米韓FTAに合意したのだから、日本も乗り遅れるな」と煽ってきた。その米韓FTAを見れば、TPPへの参加が日本に何をもたらすかが、分かるはずだ。
 だが政府もTPP推進論者も、米韓FTAの具体的な内容について、一向に触れようとはしない。その理由は簡単で、米韓FTAは、韓国にとって極めて不利な結果に終わったからである。
 では、米韓FTAの無残な結末を、日本の置かれた状況と対比しながら見てみよう。
■韓国は無意味な関税撤廃の代償に環境基準など米国製品への適用緩和を飲まされた
 まず、韓国は、何を得たか。もちろん、米国での関税の撤廃である。
 しかし、韓国が輸出できそうな工業製品についての米国の関税は、既に充分低い。例えば、自動車はわずか2.5%、テレビは5%程度しかないのだ。しかも、この米国の2.5%の自動車関税の撤廃は、もし米国製自動車の販売や流通に深刻な影響を及ぼすと米国の企業が判断した場合は、無効になるという条件が付いている。
 そもそも韓国は、自動車も電気電子製品も既に、米国における現地生産を進めているから、関税の存在は企業競争力とは殆ど関係がない。これは、言うまでもなく日本も同じである。グローバル化によって海外生産が進んだ現在、製造業の競争力は、関税ではなく通貨の価値で決まるのだ。すなわち、韓国企業の競争力は、昨今のウォン安のおかげであり、日本の輸出企業の不振は円高のせいだ。もはや関税は、問題ではない。
 さて、韓国は、この無意味な関税撤廃の代償として、自国の自動車市場に米国企業が参入しやすいように、制度を変更することを迫られた。米国の自動車業界が、米韓FTAによる関税撤廃を飲む見返りを米国政府に要求したからだ。
 その結果、韓国は、排出量基準設定について米国の方式を導入するとともに、韓国に輸入される米国産自動車に対して課せられる排出ガス診断装置の装着義務や安全基準認証などについて、一定の義務を免除することになった。つまり、自動車の環境や安全を韓国の基準で守ることができなくなったのだ。また、米国の自動車メーカーが競争力をもつ大型車の税負担をより軽減することにもなった。
 米国通商代表部は、日本にも、自動車市場の参入障壁の撤廃を求めている。エコカー減税など、米国産自動車が苦手な環境対策のことだ。
コメの自由化は一時的に逃れても今後こじ開けられる可能性大
 農産品についてはどうか。
 韓国は、コメの自由化は逃れたが、それ以外は実質的に全て自由化することになった。海外生産を進めている製造業にとって関税は無意味だが、農業を保護するためには依然として重要だ。従って、製造業を守りたい米国と、農業を守りたい韓国が、お互いに関税を撤廃したら、結果は韓国に不利になるだけに終わる。これは、日本も同じである。
 しかも、唯一自由化を逃れたコメについては、米国最大のコメの産地であるアーカンソー州選出のクロフォード議員が不満を表明している。カーク通商代表も、今後、韓国のコメ市場をこじ開ける努力をし、また今後の通商交渉では例外品目は設けないと応えている。つまり、TPP交渉では、コメも例外にはならないということだ。
 このほか、韓国は法務・会計・税務サービスについて、米国人が韓国で事務所を開設しやすいような制度に変えさせられた。知的財産権制度は、米国の要求をすべて飲んだ。その結果、例えば米国企業が、韓国のウェブサイトを閉鎖することができるようになった。医薬品については、米国の医薬品メーカーが、自社の医薬品の薬価が低く決定された場合、これを不服として韓国政府に見直しを求めることが可能になる制度が設けられた。
 農業協同組合や水産業協同組合、郵便局、信用金庫の提供する保険サービスは、米国の要求通り、協定の発効後、3年以内に一般の民間保険と同じ扱いになることが決まった。そもそも、共済というものは、職業や居住地などある共通点を持った人々が資金を出し合うことで、何かあったときにその資金の中から保障を行う相互扶助事業である。それが解体させられ、助け合いのための資金が米国の保険会社に吸収される道を開いてしまったのだ。
 米国は、日本の簡易保険と共済に対しても、同じ要求を既に突きつけて来ている。日本の保険市場は米国の次に大きいのだから、米国は韓国以上に日本の保険市場を欲しがっているのだ。
米韓FTAに忍ばされたラチェット規定やISD条項の怖さ
 さらに米韓FTAには、いくつか恐ろしい仕掛けがある。
 その一つが、「ラチェット規定」だ。
 ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車を指す。ラチェット規定はすなわち、現状の自由化よりも後退を許さないという規定である。
 締約国が、後で何らかの事情により、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが許されない規定なのだ。このラチェット規定が入っている分野をみると、例えば銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたる。どれも米国企業に有利な分野ばかりである。
 加えて、今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米国にも同じ条件を適用しなければならないという規定まで入れられた。
 もう一つ特筆すべきは、韓国が、ISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされていることである。
 このISDとは、ある国家が自国の公共も利益のために制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合には、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度である。
 しかし、このISD条項には次のような問題点が指摘されている。
 ISD条項に基づいて投資家が政府を訴えた場合、数名の仲裁人がこれを審査する。しかし審理の関心は、あくまで「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけに向けられ、「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。その上、この審査は非公開で行われるため不透明であり、判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。
 また、この審査の結果に不服があっても上訴できない。仮に審査結果に法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができないのである。しかも信じがたいことに、米韓FTAの場合には、このISD条項は韓国にだけ適用されるのである。

 このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。
 たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。
 また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
 メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
 要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。
 このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。
ISD条項は毒まんじゅうと知らず進んで入れようとする日本政府の愚
 米国はTPP交渉に参加した際に、新たに投資の作業部会を設けさせた。米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。日本はISD条項を断固として拒否しなければならない。
 ところが信じがたいことに、政府は「我が国が確保したい主なルール」の中にこのISD条項を入れているのである(民主党経済連携プロジェクトチームの資料)。
 その理由は、日本企業がTPP参加国に進出した場合に、進出先の国の政策によって不利益を被った際の問題解決として使えるからだという。しかし、グローバル企業の利益のために、他国の主権(民主国家なら国民主権)を侵害するなどということは、許されるべきではない。
 それ以上に、愚かしいのは、日本政府の方がグローバル企業、特にアメリカ企業に訴えられて、国民主権を侵害されるリスクを軽視していることだ。
 政府やTPP推進論者は、「交渉に参加して、ルールを有利にすればよい」「不利になる事項については、譲らなければよい」などと言い募り、「まずは交渉のテーブルに着くべきだ」などと言ってきた。しかし、TPPの交渉で日本が得られるものなど、たかが知れているのに対し、守らなければならないものは数多くある。そのような防戦一方の交渉がどんな結末になるかは、TPP推進論者が羨望する米韓FTAの結果をみれば明らかだ。
 それどころか、政府は、日本の国益を著しく損なうISD条項の導入をむしろ望んでいるのである。こうなると、もはや、情報を入手するとか交渉を有利にするといったレベルの問題ではない。日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。
■野田首相は韓国大統領さながらに米国から歓迎されれば満足なのか
 米韓FTAについて、オバマ大統領は一般教書演説で「米国の雇用は7万人増える」と凱歌をあげた。米国の雇用が7万人増えたということは、要するに、韓国の雇用を7万人奪ったということだ。
 他方、前大統領政策企画秘書官のチョン・テイン氏は「主要な争点において、われわれが得たものは何もない。米国が要求することは、ほとんど一つ残らず全て譲歩してやった」と嘆いている。このように無残に終わった米韓FTAであるが、韓国国民は、殆ど情報を知らされていなかったと言われている。この状況も、現在の日本とそっくりである。
 オバマ大統領は、李明博韓国大統領を国賓として招き、盛大に歓迎してみせた。TPP推進論者はこれを羨ましがり、日本もTPPに参加して日米関係を改善すべきだと煽っている。
 しかし、これだけ自国の国益を米国に差し出したのだから、韓国大統領が米国に歓迎されるのも当然である。日本もTPPに参加したら、野田首相もアメリカから国賓扱いでもてなされることだろう。そして政府やマス・メディアは、「日米関係が改善した」と喜ぶのだ。だが、この度し難い愚かさの代償は、とてつもなく大きい。
 それなのに、現状はどうか。政府も大手マス・メディアも、すでに1年前からTPP交渉参加という結論ありきで進んでいる。11月のAPECを目前に、方針転換するどころか、議論をする気もないし、国民に説明する気すらない。国というものは、こうやって衰退していくのだ。 *強調(太字・着色)は来栖
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TPPとは、米国による属国化政策/意に沿わないと訴えられる/FTAに頼った韓国の大誤算は明日の日本の姿 2011-11-07 | 政治(経済/社会保障/TPP) 
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「なめきられる日本」TPPの日米事前交渉に於ける日本の弱腰はかつてないものであった 田中良紹 2013-04-15 | 政治(経済/社会保障/TPP)  
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『TPP亡国論』/怖いラチェット規定やISD条項/コメの自由化は今後こじ開けられる 2011-10-24 | 政治(経済/社会保障/TPP) 
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TPP 中野剛志「メディアが報じないアメリカの本音」/ライオンズ・シェア/小沢一郎氏 政府の交渉力に危惧 2011-11-09 | 政治(経済/社会保障/TPP) 
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