安冨歩:東大話法に騙されるな

2012-03-07 | 政治

安冨歩:東大話法に騙されるな
 「政治記事読みくらべ」2012年3月6日 ビデオニュース・ドットコム
  「東大話法」なるものが話題を呼んでいる。東大話法とは東京大学の安冨歩教授が、その著書「原発危機と東大話法」の中で紹介している概念で、常に自らを傍観者の立場に置き、自分の論理の欠点は巧みにごまかしつつ、論争相手の弱点を徹底的に攻撃することで、明らかに間違った主張や学説をあたかも正しいものであるかのように装い、さらにその主張を通すことを可能にしてしまう、論争の技法とそれを支える思考方法を指す。
 「人体には直ちに影響があるレベルではありません」「原子炉の健全性は保たれています」等々。3・11の直後から、われわれは耳を疑いたくなるような発言が政府高官や学者の口から発せられる様を目の当たりにした。あれは何だったのか。
 さらに、人口密度が高い上に地震国であり、津波被害とも隣り合わせの日本で、少し考えれば最も適していないことが誰の目にも明白な原子力発電が、なぜこれまで推進されてきたのか。一連の政府高官や学者の言葉や、最も原発に不向きな日本で原発が推進されてきた背後には、いずれもこの東大話法があると安冨氏は言う。
 安冨氏は東大話法の特徴を「自分の信念ではなく、自分の思考に合わせた思考を採用する」「自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する」「都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事をする」「都合のいいことがない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す」「どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す」「その場で自分が立派な人間だと思われることを言う」「自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りし、実体化して属性を勝手に設定・解説する」など20の項目にまとめ、そのような技法を駆使することで、本来はあり得ない主張がまかり通ってきたと言う。 
 安冨氏は、東大話法の存在を知り、その手の内を理解することで、東大話法に騙されなくなって欲しいと言う。そうすることで、まんまと東大話法の罠に嵌り、おかしな論理を受け入れてしまっている様々な問題について、自分本来の考えをあらためて再確認することが可能になるかもしれない。
 しかし、それにしてもなぜ東大話法なるものが、ここまで跋扈するようになってしまったのだろうか。現在の日本が多くの問題を抱えていることは言うまでもないが、その多くについてわれわれは「誰かのせい」にしている。そして、その論理を説明するために、実は自分自身に対してまで東大話法を使って自分を納得させてはいないだろうか。
 東大話法に騙されることなく、「自分の心の声を聞け」と訴える異色の東大教授安冨氏と、東大話法とその背景を議論した。
■知識人が操る「東大話法」とは
神保: 安冨さんが原発問題のくくりの中で、東大話法のことを本に書こうと思った理由から聞かせてください。
安冨: 私は京都大学出身で、もともと東大には縁がなかったんです。京大にはとても変わった生徒や先生が多く、「賢いというのも、なかなか苦しいことなんだな」と感じさせられます。京大でこれだけ変わり者がいるのだから、東大はそれ以上なのだろう、と考えていたのですが、実際に中に入ってみると、見るからにおかしな人がまったくいない。それが最初の疑問でした。
 しかし、東大で信頼していた人がセクハラで捕まるなど、思いもかけないことが起こるなかで、「東大の人は内面はゆがんでいても、そのゆがみを表に出さない技術に長けているのだ」ということが分かったのです。都合の悪い部分を隠蔽し、自分の内面的な苦しみやゆがみ、邪悪な目的などを正当化するための言葉遣いが優れている。
 そういうことをぼんやりと考えていたときに、原発問題に対して御用学者が発言する場面を見て、「東大話法」という言葉が出てきました。日常的な状況の中では、うまく隠蔽されていて見えないのだけれど、爆発する原子炉を言語で隠蔽するのは不可能なので、結果として、言葉でごまかしていることが露呈したということでしょう。
宮台: 僕は京都で育ったので、関西と首都圏のそれぞれの文化が分かります。例えば、大阪は大都市とはいえ田舎みたいなところもあって、偉ぶっても逆に痛いから、最初に「おれはこんなんやから」とボケる。足元を見せたところからスタートするから、表立って変なことをやっても許されるんです。しかし、東京には田舎者が集まり、東京に馴染もうとしてぶりっ子競争をする。つまり、腹を割らないで上品に振る舞うという傾向があります。
神保: ここで、安冨さんがまとめられた20の「東大話法規則」をまとめてみましょう。
1.自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。
2.自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する。
3.都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事をする。
4.都合のよいことがない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す。
5.どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す。
6.自分の問題を隠すために、同種の問題を持つ人を力いっぱい批判する。
7.その場で自分が立派な人だと思われることを言う。
8.自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りし、実体化して属性を勝手に設定し解説する。
9.「誤解を恐れずに言えば」と言って嘘をつく
10.スケープゴートを侮辱することで読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる。
11.相手の知識が自分より低いと見たら、なりふり構わず、自信満々で難しそうな概念を持ち出す。
12.自分の議論を「公平」だと無根拠に断言する。
13.自分の立場に沿って、都合のよい話を集める。
14.羊頭狗肉。
15.わけのわからない見せかけの自己批判によって誠実さを演出する。
16.わけのわからない理屈を使って相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する。
17.ああでもない、こうでもない、と自分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる。
18.ああでもない、こうでもない、と引っ張っておいて自分の言いたいところに突然落とす。
19.全体のバランスを常に考えて発言せよ。
20.「もし○○○であるとしたら、お詫びします」と言って、謝罪したフリで切り抜ける。
■脱原発運動に力を持たせるためには、「自分と向き合うこと」
神保: 東大の教授たちが東大話法を駆使して、自分のポジションを確保しているのは分かります。しかし、必ずしも利害当事者じゃない人間も原発の肩を持ち、そのポジションを守るために、この話法を使って相手を打ち負かそうとしている。これはどんな心理によるものなのでしょうか?
安冨: 原発の肩を持っていれば、自分自身と向き合わずに済む、ということが考えられます。日本の社会では、誰もが心に傷を持っていて、「自分の感覚に従って、喜びを得る」ということができていない。そのことに目を向けないためには、「夢のエネルギー」は格好のテーマです。さらに原発は、「恐怖」という別の暇つぶしも用意してくれる。自分自身に向き合うことで生じる“何か”を隠蔽したいときに、これほど魅力的なものはありません。
宮台: 日本人の多くにとっては、本来は「利害」という概念のなかに含まれないものも、重要な利害になっているんです。つまり日本人は、ポジションを守る/失う、ということに対して、外国人からすると理解できないほど固執する。
 どんなコミュニケーションにもそれなりの共通した前提がなければいけません。例えば、言葉を共有している、知識やリアリティを共有しているなど。我々は近代社会を生きているといいながら、非常にローカルで閉じた、そこでしか意味を持たないようなものを共通前提にして、初めて円滑にコミュニケーションするクセがあるんです。だから日本人は、「アイデンティティは何ですか?」という問いに対して、多くが所属を答えてしまう。「どういう人たちと前提を共有していますか?」という質問と取り違えてしまうのです。つまり、タブーを共有すること自体が利害に重なっている。
安冨: タブーとは、当然ながら触れてはならないものなので、それが共有されている状況が最悪です。
宮台: ここでのタブーは、必ずしも「こういう命題を言ってはいけない」ということではなく、言語ゲームの内的な視座を取るか、外的な視座を取るかによって、意味が変わってきます。
 例えば、原子力推進派の方々の共有しているタブーや前提について、外部の人はそれを部分化して指摘し、批判することができている。「推進派はこういう前提に乗っかっているだけだ」と指摘する際には、当然ながらそれが入れ替え可能であると考えています。
 しかし、内部の人間はそれを「部分」として捉えることができず、批判する人間はすべて悪魔に見える。共有している前提に頼り切っているから、部分化して検証することなく、「それを言っちゃおしまいよ」という議論を繰り返すんです。
安冨: また、原子力には、エネルギーを取り出せるだけでなく、「怯えることができる」という要素がある。反原発派のなかには「恐怖を味わう」という形で、恩恵を受けている人たちもいます。つまり、「自分が日々感じている恐怖心は、自分を搾取する人間や、いじめる人間からではなく、原発から与えられているものなのだ」と思い込むことで、「原発さえなくなれば、自分の生活は幸福になる」と信じている。推進派と同様に、原発に依存したコミュニケーションを行っているのだから、これでは政治的な力にならないと思います。
 原発は、恐るべき宗教のようなものを生み出している。それゆえに、原発を語るという行為そのものが、常に言語をゆがめることになります。ゆがんだ言語により、現実から離れたバーチャルなリアリティ=「夢のエネルギー」を作り出し、自分と向き合うことによって、内側から湧き出るエネルギーを覆い隠してしまう。その構造を抜け出さなければなりません。
 これは現実的な政治スローガンではないかのように見えますが、政治を大きく動かしてきたのは、こういう思想だと思います。二十世紀最大の政治運動・非暴力闘争を行ったガンジー、アメリカにもっとも大きな衝撃を与えたキング牧師、マンデラの人種差別撤廃もそう。このように自分自身に向き合うことから始まった運動だけが成功して、「われわれの不幸の原因はこれだ。これを取り除けば幸福になれるんだ」という理念を立てた、社会主義に代表されるような運動は、さらなる悲惨を招きました。
 原子力も同じで、真に強力な政治運動を生み出すためには、常に自分と向き合う姿勢を背後に持っていないといけない。原発は幸福の源泉としても、不幸の源泉としてもよく機能するため、この関係からの離脱が困難であり、非常に重要です。
神保: 「東大話法」という言葉は、今後もっと話題になると思います。エネルギー関連有識者会議、名だたる先生方が議論を続けているなかで、「これは『東大話法規則』の何番だな」と、分析しながら見てみるのも面白いと思います。
宮台: 『原発危機と東大話法』は、香山リカさんや池田信夫さんが例として登場しているのも、非常に面白い。ぜひ読んでいただきたいですね。
出演者プロフィール
*安冨 歩(やすとみ・あゆむ)
 東京大学東洋文化研究所教授
1963年大阪府生まれ。86年京都大学経済学部卒業。京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。博士(経済学)。住友銀行勤務を経て、京都大学人文科学研究所助手、ロンドン大学滞在研究員、名古屋大学情報文化学部助教授、東京大学東洋文化研究所教授。09年より現職。著書に『生きるための経済学』、『原発危機と東大話法』など。
*宮台 真司(みやだい・しんじ)首都大学東京教授、社会学者
 1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『民主主義が一度もなかった国・日本』、『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『制服少女たちの選択』など。
*神保 哲生(じんぼう・てつお)ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表
 1961年東京生まれ。国際基督教大学(ICU)卒。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。著書に『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』、『ビデオジャーナリズム─カメラを持って世界に飛び出そう』、『ツバル-温暖化に沈む国』、『地雷リポート』など。
 ※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。


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