中日春秋
中日新聞 2023.6.3. Sat
一九八三年、谷川浩司さんは二十一歳二カ月で将棋の名人になった。史上最年少。勝った翌日から色紙を求められ「前進」などと書くも、署名に「名人 谷川浩司」と書けず「谷川浩司」とだけ記した
▼名人戦以外はタイトルの挑戦者にもなったことがなかったのに、最も歴史があり別格とみられる称号を初挑戦で得た。ふさわしい実力はないと思っていたという
▼名人奪取前、棋士仲間らも「時期尚早」とみていると視線で感じた。三連勝してあと一勝に迫り、対局から神戸の家に戻る新幹線で「自分はとんでもないことをしているのでは」という気持ちに襲われたと著書で明かしている
▼谷川さんの史上最年少名人の記録を、藤井聡太さんが四十年ぶりに破った。二十歳十カ月。竜王など六冠保持者として名人に挑んだが、七冠目を「時期尚早」とみていたファンは恐らくいまい。実力者にまた、ふさわしい称号が加わったというべきだろう
▼本人は「とても重みのあるタイトルだと思うので、今後それにふさわしい将棋を指さなければ」と話した。慎み深く高みを目指す姿に凄(すご)みを感じる
▼谷川さんは八四年、名人位の防衛を果たし「弱い名人から並の名人になれたと思います」と語った。謙虚な物言いもまた、後に最年少記録を破る若人が受け継いだかのよう。並々ならぬ器量に見えるその人は一体、どこまで伸びるのだろう。
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です