<命の償い ~米国・死刑の現実~>㊤ 処刑室に歓声と「愛しているよ」の叫びが交錯した

2023-04-12 | 死刑/重刑(国際)

処刑室に歓声と「愛しているよ」の叫びが交錯した アメリカの死刑執行に立ち会った宗教家が目にしたこと
 2022年12月23日 11時00分 東京新聞
<命の償い ~米国・死刑の現実~>㊤  

 縦横6メートルほどの部屋に、5人の男たちがいる。
 このうち3人は黒いスーツ姿。名札や所属先のバッジは何も身に着けていない。時折、部屋を出入りして外部と連絡を取っている。物腰は落ち着いているが、こちらと目が合うのを意識的に避けているようだ。
 別の1人は担架にあおむけになり、上半身は45度近く起こされている。病人などと違うのは、体の各所をきつく縛られていること。両腕は水平に伸ばされ、むき出しになった左の手首付近には、すでにチューブが挿入されている。
 「彼はまるで十字架に張りつけられているようだった」。その部屋にいた5人目、ビル・ブリーデン(73)はそう振り返る。
 2021年1月14日深夜、ブリーデンは米中西部インディアナ州テレホートにある連邦刑務所で、一件の処刑に立ち会っていた。
 11月、米インディアナ州スペンサーの自宅で、妻のグレンダさん(右)に手を握られながら処刑室の記憶を語るビル・ブリーデンさん=杉藤貴浩撮影
 11月、米インディアナ州スペンサーの自宅で、妻のグレンダさん(右)に手を握られながら処刑室の記憶を語るビル・ブリーデンさん=杉藤貴浩撮影

 米国では、死刑の執行時に宗教家などがそばに付くことが認められている。ブリーデンは米宗教ユニテリアン・ユニバーサリズムの指導者。弁護士を通じて知り合った死刑囚コリー・ジョンソン=当時(52)=から依頼を受けていた。
 同じ部屋の中、ジョンソンの担架まではわずか2〜3メートルだが、ブリーデンの足元にはテープで黒い線が引かれ、それ以上近寄ることはできない。ジョンソンは目を開け、その時が来るのを静かに待っている。
 すると、黒いスーツの1人が部屋に戻り、小さく言った。「障害ありません」。裁判所の最終許可が下りたという意味だ。まもなく、3人組の責任者とみられる人物が大声で告げた。
 「処刑開始」
 同時に、部屋と隣室とを隔てる窓のカーテンが上がった。ガラス越しにいたのはジョンソンの兄ら親族。兄は「弟よ、愛してるよ」と叫び始めた。
 別の窓からは対照的に「ヒュー」という口笛と歓声が上がった。車のスモークガラスのようで、こちらからは人影しか見えないが、ジョンソンに殺された被害者の遺族たちだ。隣には当局の許可を得た記者用の部屋もあった。
 処刑方法は薬殺。だが、ジョンソンの腕のチューブに、誰かが対面で薬物を流し込むわけではない。「もうひとつ、窓が完全に黒くなった別の部屋があった。そこでボタンが押されたのだろう」とブリーデン。 

米インディアナ州テレホートの連邦刑務所。コリー・ジョンソン元死刑囚の死刑が執行された=Scott Langley氏撮影 
米インディアナ州テレホートの連邦刑務所。コリー・ジョンソン元死刑囚の死刑が執行された=Scott Langley氏撮影

 「愛してる」。担架の上のジョンソンが、ガラスの向こうで叫び続ける兄に、ほほ笑みを返した。ブリーデンが「君は愛されている」と別れの言葉を贈ると、ジョンソンはゆっくりと目を閉じた。
 ただ、それが最期の姿ではなかった。処刑開始から7、8分後、ジョンソンは拘束を免れている指を折り曲げ、一度きり、深く息をついてつぶやいた。「手と口が、燃えているようだ」。医師が入室し、死亡を確認したのはそれから20分ほど後。「死亡時刻は午後11時34分」。黒スーツの責任者の声が、再び部屋に大きく響いた。
 死後の祝福の祈りを許されたブリーデン。手のひらをジョンソンの額と心臓の上に当てると「それは、氷のように冷たかった」。(敬称略、インディアナ州スペンサーで、杉藤貴浩)

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 先進国のうち米国は例外的に死刑制度を維持する。同様に死刑を続ける日本と比べ、執行の透明性は比較的高い。処刑に立ち会った関係者や犯罪被害者の声を聞き、米国の死刑の実態や今後に迫る。

米国の死刑
 連邦と州レベルでそれぞれ死刑制度があり、国際テロや麻薬関連の殺人、州をまたぐ重大犯罪などが連邦死刑の対象となる。米NPO死刑情報センターによると、1977年以降、全米で1558件の死刑が執行され、近年は減少傾向。2021年時点で、全米50州のうち23州と首都ワシントンが死刑を廃止、3州が執行を停止しているが、連邦政府と24州で存続している。ジョンソン元死刑囚は麻薬密売組織の抗争に絡み、共謀して7人を殺害した罪などで93年に死刑判決を受けた。

<命の償い ~米国・死刑の現実~>
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◎上記事は[東京新聞]からの転載・引用です


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