『新約聖書物語』犬養道子著 「網を打て。魚を捕れ」(ルカ 5.1~)  2020.5.3

2020-05-03 | 本/演劇…など

〈来栖の独白 2020.5.3〉
 聖書の多くの場面、うかうかと読み過ごしてきた。「漁」の場面も、そうだ。犬養さんの著書によって、教えられ、味わうことができる。楽しい。

新約聖書物語 犬養道子著
p61~

  漁り

 陽はすでに高く昇っていた。
「したがえ」とシモン・ペテロを---アンドレをヤコブをヨハネを---選び出した日の直後のことであった。
 イエスは、二六時ちゅう身辺にしたがうようになったシモン・ペテロをふとかえりみると言った、
「網を打て。魚を捕れ」
 湖水はひるの太陽の熱を紺碧の内深く吸いこんで恰も重量を増したかのように見えた。漁をするべき早朝の時間はとうに去っていた。その上、シモン・ペテロは、主イエスと自分たち弟子仲間のくらしのためにも、前夜、夜通し(p62~)網を打っていたのであった。ことの外の不漁で一匹もかからなかった落胆から彼は些か疲れていた。夜から夜明けという、とくに夏場のこの湖の網打ちどきに魚がかからなければ、次の夜まで待つ以外に手のないことを、経験からこの漁夫は知っていた。いかに主がすぐれたお方でも漁のことはご存じないわ、こんなひる日なか、魚がとれてたまるものか…。
 全心全生涯をもはや委ねて主と仰ぐイエスに逆らわないただその理由からだけ、彼は苦笑を以てしたがった。彼らしくあけすけに、「無駄なことだがお言葉だから、ともかく打って見ましょう」とはっきりさせておいてから舟を漕ぎ出すと、せっかく畳んで船底に積んだばかりの網をほどき湖面めがけてパッと打った。網は熱と光の中で大きくひらき水に沈んだ。グイと手ごたえが来たのはもうそのときであった。網は猛烈な重さを増してゆき、強い力で紺碧の奥に曳かれて行った。シモン・ペテロはあわてた。網が破れる…舟もひっくりかえるかもしれぬ…大声で岸辺で舟を洗っている仲間の漁夫たちを呼んだ。助け舟はすぐ漕ぎ出て来た。が、屈強な男数人がかりでもその日の網上げはつらかった。船は勢いよく跳ねながら網から上げられる大魚小魚で殆ど沈みそうになった。(中略)
 シモン・ペテロがようやく悟ったのはそのときであった。事実、福音書を読んで訝しく思わせられるのは、イエスの行為と言葉にたえず接しつつなお、弟子たちがその悟りのおそさとくらさにおいて他の群衆とさしてちがわなかったことである。彼らは彼にたしかに全心を委ねてはいた。そばにいて、カナの奇蹟もちゃんと見ていた。しかしその信はいっとき不動で、何ごとかが起こればたちまちにくずれる。いまだもろいものだったのである。


ルカによる福音書 - 章 5 
第 5 章
1 さて、群衆が神の言を聞こうとして押し寄せてきたとき、イエスはゲネサレ湖畔に立っておられたが、
2 そこに二そうの小舟が寄せてあるのをごらんになった。漁師たちは、舟からおりて網を洗っていた。
3 その一そうはシモンの舟であったが、イエスはそれに乗り込み、シモンに頼んで岸から少しこぎ出させ、そしてすわって、舟の中から群衆にお教えになった。
4 話がすむと、シモンに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われた。
5 シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。
6 そしてそのとおりにしたところ、おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった。
7 そこで、もう一そうの舟にいた仲間に、加勢に来るよう合図をしたので、彼らがきて魚を両方の舟いっぱいに入れた。そのために、舟が沈みそうになった。
8 これを見てシモン・ペテロは、イエスのひざもとにひれ伏して言った、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。
9 彼も一緒にいた者たちもみな、取れた魚がおびただしいのに驚いたからである。
10 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも、同様であった。すると、イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」。
11 そこで彼らは舟を陸に引き上げ、いっさいを捨ててイエスに従った。


   
  絵画で聖書
  ドウッチヨ〈聖ペトロと聖アンデレの召命〉ワシントン、ナショナル・ギャラリー 


犬養道子著『新約聖書物語』 新たな!感動を覚えながら、多くを教わるように読んだ〈来栖の独白〉


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。