文春の流儀 ⑭
週刊誌と女性記者② 夏服のまま冬に
木俣正剛
中日新聞夕刊 2019/10/21 Mon
酒鬼薔薇と名乗った少年Aの両親に取材を拒否された数日後、森下香枝記者からある情報がもたらされました。神戸の精神科医が教えてくれたというのです。
「マスコミの報道は全部間違っています。この種の少年犯罪は親はまったく気づきません。親の前では完全に『いい子』を演じきれる能力がある子なんです」
「サイコパス=精神病気質」という概念を使って、少年Aの心の状態を説明してくれました。この概念を知らないマスコミは、親の責任ばかりを言い立てているが、海外の例を見ても実際には親がまったく気付いていないケースが多いといいます。
この観点から、事件を見直すと、まったくちがう少年像が浮かび上がってきます。少年に親にも気づかせない能力があるのであれば、被害者家族から提起された巨額の民事訴訟への助けになるかもしれません。
それにしても、森下記者の努力には、アタマがさがりました。文春には支社がありません。地方で事件がおこると連日のホテル泊まりが続きます。滞在が半年となり、手記をとるまで帰ってこないという彼女を激励に訪ねると、冬も近い時期なのに夏服のまま。スカーフだけ巻いて取材をしています。取材費用で着替えの服を買ってもいいよ、というのですが「好きなことをしているのですから、会社の金銭的迷惑はかけられません」。
再発防止の観点から両親を説得すること一年。手記はやっと完成しました。が、デスクである私に、原稿をもってきた森下は「全然ダメです。これでは世間が納得しません」。
管理職でもある私は、その時点で一年以上、彼女に専任させているいるため、そろそろ結果がほしくなっています。でも、森下記者を信頼することにしました。
彼女がいうに、両親はまだ息子は冤罪ではないかと期待しているというのです。そこで、両親に、少年Aの供述調書や精神鑑定書(ほとんどは精神科医による本人のインタビューです)などを読んでもらうことにしました。
事件の調書には息子が子どもの首を切った時、性的興奮を覚えたなどというナマナマしい描写があったのですから、耐えがたいものだったでしょう。しかし、両親は読み続け、息子の犯罪の全容を知りました。そこから、ようやく「『少年A』この子を生んで・・・」という雑誌史上まれに見る手記が完成したのです。
きまた・せいごう=文芸春秋元常務取締役。岐阜女子大副学長
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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* 文春の流儀 ⑬ 週刊誌と女性記者① 少年Aの両親に会う
◇ 『「少年A」 この子を生んで・・・』神戸連続児童殺傷事件・酒鬼薔薇聖斗の父母著 文藝春秋刊1999年4月
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