安全保障
人工島建設で南シナ海は中国の庭に 日本は今こそ自主的な海洋戦略を
JBpress 2015.03.12(木)北村 淳
「南シナ海の海域と空域での国際的な交通は、近いうちに中国共産党政府のコントロールするところとなるであろう」
多くのアメリカ軍関係者やシンクタンクの研究者たちは、中国による南シナ海南沙諸島でのいくつかの人工島建設の動きに対して警告を発している。
このような指摘に対して、3月8日、全人代(全国人民代表大会)での記者会見の席上、王毅外相は「自分の庭に何をつくろうが他人からとやかく言われる筋合いではない」と反駁した。そして「中国は自国にとって必要な建設を進めているだけであって、何も特定の国をターゲットにした建設を実施しているわけではない。我々は全く合法的かつ正当な作業を実施しているだけである」と、人工島建設の正当性を強調した。
■急ピッチで進む人工島建設
2014年6月、中国が南沙諸島(スプラトリー諸島)のファイアリークロス礁(永暑礁)に軍事基地を建設する情報が表沙汰になった(本コラム「着々と進む人工島の建設、いよいよ南シナ海を手に入れる中国」2014年6月26日)。その当時のファイアリークロス礁にはチッポケな建造物が存在していただけであった。ところが、それから半年少しを経た現在、ファイアリークロス礁の埋め立て(というよりは人工島建設)工事は急速に進んだ。もはやファイアリークロス礁は暗礁ではなく島へと進化してしまったのである(人工島建設状況のの鮮明な写真は「ウォールストリート・ジャーナル」のサイトに掲載されている)。
航空写真によると現在のファイアリークロス礁では、港湾地区部分の埋め立て作業と滑走路部分の埋め立て作業が進んでいる状況が確認できる。滑走路部分の埋め立て状況から判断すると、3000メートル級の滑走路が設置されることになるであろう。また、港湾部分の埋め立てならびに浚渫(しゅんせつ)状況からは、駆逐艦程度の軍艦はもとより揚陸艦や補給艦といった大型艦それに輸送船なども着岸できる軍港が誕生するものと考えられる。
わずか半年で、暗礁から“島”の原型を誕生させてしまうのであるから、あと半年もすれば立派な島が出来上がり、本格的な航空基地と軍港の建設が開始されることは間違いない。
人工島の建設が急ピッチで進められているのはファイアリークロス礁だけではない。すでに2014年夏には人工島の原型が出来上がっていたジョンソンサウス礁(赤瓜礁:ファイアリークロス礁から150キロメートルほど東方)は、名実ともに島の様相を呈してきており、本格的なセメント工場を含む大型建造物が建設されている。貨物船が着岸できる埠頭や岸壁などの港湾施設の整備も進んでおり、島の周囲の浚渫状況から判断すると、さらに大規模な埋め立て拡張作業が進められて将来的には固定翼機用の滑走路も誕生するかもしれない。
そのジョンソンサウス礁の北東に位置するヒューズ礁(東門礁)も、瞬く間に人工島に変身を遂げてしまった。現在は人工島建設のためのセメント工場や埠頭などの港湾施設の建設が進められている。おそらく、この人工島には港湾施設の他にヘリコプター発着場も建設されるものと思われる。
そして、ジョンソンサウス礁の北70キロメートル位置するガベン礁(南薫礁、本コラム「結局アジアは後回し? 中国の人工島建設を放置するアメリカ」)にもヘリコプター発着場や港湾施設などの建設が進められている状況が確認されている。またファイアリークロス礁の南方100キロメートルにあるクアテロン礁(華陽礁)でも人工島の建設が始まっている。
■人工島建設の本当の目的とは
中国が人工島の建設を急ピッチで進める目的は、南沙諸島の領有権の主張を強化するためではない。
中国共産党政府は、巨費を投じて人工島の建設を開始するはるか以前から、南シナ海の90%――もちろんその海域内には多数の島嶼・岩礁・暗礁を含む――は中国領域であるという立場をとっている。
「中国領域」であるという主張は、「領土(島嶼など)と領海である」という意味であって、領土と領海それに排他的経済水域であると主張しているわけではない。南シナ海の90%は「まるまる中国の海」であるというわけである。したがって、ファイアリークロス礁やジョンソンサウス礁などが暗礁であろうが立派な人工島であろうが、南沙諸島を含む南シナ海の90%は中国の領域なのである。
中国共産党政府の目的は、明らかに、中国本土からはるか南方の南沙諸島に数カ所の軍事的前進拠点を建設することにある。
現在の人工島開発状況から判断すると、岩礁が密集している南沙諸島の中でも比較的周囲に隣接する岩礁が少ないファイアリークロス礁(永暑礁)に本格的軍事拠点を設置するものと思われる。そして“永暑礁海洋基地”を中心にして南方のクアテロン礁に前進基地を設置して、ベトナム軍が滑走路を設置している南威島に対峙させる。また、台湾が滑走路を有する太平島やフィリピンが数カ所に軍事拠点を設置している南沙諸島中央部のジョンソンサウス礁、ガベン礁、ヒューズ礁にそれぞれ前進基地を設置してフィリピン軍そして太平島に睨みを効かせようというのである。
もっとも、いくら南沙諸島の数カ所にベトナムやフィリピンが軍事拠点を保持しているといっても、中国軍にとってはいずれも取るに足りない弱小拠点にしか過ぎない。巨費を投じていくつもの人工島を建設してベトナム軍やフィリピン軍を牽制しなくても、さしたる脅威にはならない。
このような対ベトナム・対フィリピン牽制という目的以上に中国が重視しているのは、南シナ海のど真ん中に軍事拠点を設置して南シナ海の海上交通と航空交通をコントロール(軍事的意味合いで)することである。
■国防予算の低迷のため十分な対処ができないアメリカ
冒頭に引用した指摘をはじめとして、多くのアメリカ軍関係者やシンクタンクなどの研究者たちから警戒の声が上がっている。しかしオバマ政権は、“アジア重視”政策を唱え、表面的には日本をはじめとするアジアの同盟諸国との連携強化を打ち出しているものの、中国による人工島建設に対して強硬な対抗策は打ち出していない。
2月上旬に訪中した国務省高官は、一応は中国政府に対して「人工島建設は南シナ海周辺諸国との緊張を煽っている」と自粛を促した。だが、中国外交部からも人民解放軍からも、「南シナ海の中国領域内で中国が人工島を建設することは、全く中国内部の問題である。アメリカにとやかく指示される筋合いのものではない」と一蹴された。それに対してオバマ政権は、公式には何ら目に見える形での対抗策を講じていないのが現状である。
アメリカ軍としても、強制財政削減措置を含んだ国防予算の低迷のために、人工島建設をはじめとする南シナ海での中国の軍事的プレゼンスの強化に、なかなか対処することができない状況だ。
南シナ海でのアメリカならびに同盟諸国の権益を維持するための尖兵としての役割を果たすアメリカ海軍太平洋艦隊は、現状の戦力を維持し続けることが精一杯であり、南シナ海に睨みを利かせるために艦艇などの戦力を大増強することはできない。
■日本が南シナ海に引っ張り出される?
自分たちでは効果的な対処ができない状況に直面しているアメリカ軍からは、「日本に哨戒機による南シナ海パトロールを分担させてはどうか?」という“名案”も浮上している。
確かに、アメリカ海軍は新鋭のP-8哨戒機を沖縄嘉手納基地に配備し、東シナ海や南シナ海でのパトロール態勢を強化している。とはいえ、多数のP-3哨戒機を運用しており、かつ日本が独自に開発した新鋭高性能P-1哨戒機の実戦運用も始まる海上自衛隊の海洋パトロール能力のほうが、戦力そのものを比較すれば強力である。
これまでも、このようなアイデアがアメリカ側に存在しなかったわけではないが、「日本では国内法の縛りによって南シナ海での海上自衛隊哨戒機によるパトロールが実現できるのか?」という危惧は、アメリカ側も十二分に認識していた。ところが、安倍政権の積極的な防衛政策の転換を目にしたアメリカ側は、海上自衛隊の高性能哨戒機と優秀な哨戒部隊を南シナ海でのパトロールに派出するタイミングが到来したと考えている。
まして、中国が人工島を建設し軍事拠点を南シナ海のど真ん中に数カ所設置することは、すなわち南シナ海を縦貫するシーレーンの土手っ腹に合口を突きつけるような状況が生ずることを意味している。そして、南シナ海のシーレーンを航行するタンカーによって原油や天然ガスの大半を輸入し国民生活を維持している日本にとっては、まさに自分自身の生存が脅かされる「個別的自衛権」の問題と言えよう。
アメリカは、国防費削減に加えてISIL(いわゆる「イスラム国」)をはじめとする対テロ戦争などで南シナ海までとても手が回らない。したがって、「アメリカの軍事力に頼る以前に日本独自に自衛隊を南シナ海に投入するのは当然ではないか?」というのが、アメリカ政府やアメリカ軍当局が、日本政府とりわけ積極的な防衛政策を標榜している安倍政権に対して抱いている本音である。
■日本は自主的に南シナ海戦略を構築すべき
安倍政権は、ホルムズ海峡での対機雷戦(いわゆる機雷除去活動)に海上自衛隊を投入することは、日本に原油や天然ガスをもたらすシーレーンを防衛するために必要不可欠であると力説している。
もちろん、ホルムズ海峡やマラッカ海峡を通過するシーレーンの航行自由を維持することは日本の国益維持とって必要不可欠である。しかしながら、そのシーレーンが通過する南シナ海が名実ともに王毅外相の言うように“中国の庭”になってしまうかねない状況が迫りつつあるのだ。
南シナ海での航行自由の原則を、場合によっては軍事力を行使してでも維持することは「日本の生存の問題」である。日本としては、その強固な認識をもって、アメリカ側にとやかく言われる前に、自主的に南シナ海戦略を構築し実施しなければならない。
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