ウィキリークス・アサンジ氏/スパイ防止法がインターネット時代の情報にどう対処するのか

2010-12-18 | 国際

米国がアサンジ氏を起訴できても有罪にできないこれだけの理由~スパイ法の専門家に聞く、来るべき“ウィキリークス裁判”の争点
アビー・ローウェル MW&E法律事務所パートナー弁護士*インタビュー
DIAMOND online 2010年12月17日
 スウェーデンでの性犯罪容疑で英当局に逮捕された内部告発サイト「ウィキリークス」代表のジュリアン・アサンジ氏が12月16日、保釈された。同氏は、スウェーデン当局の身柄引き渡し要求に抵抗している。一方、米国内では「政府に莫大な被害をもたらした彼をスパイ罪で訴追すべきだ」との声が高まり、「司法当局による立件間近」とも言われている。過去にスパイ罪で告発された被告人の弁護を務めた経験をもつワシントンの大物弁護士に、アサンジ氏の刑事訴追の可能性や言論の自由との関連などについて聞いた。
(聞き手/ジャーナリスト 矢部武)
――アサンジ氏が米司法当局に起訴される可能性はどのくらいあるか。
 可能性はかなり高いと思う。理由はまず米国政府や議会のなかでアサンジ氏の訴追を求める声が非常に高まっていること、第2に彼を訴追することで外交文書暴露によって傷ついた外国との関係改善を少しは期待できること、第3に米国政府は、もしアサンジ氏を起訴しなければ悪い先例をつくってしまうと考えるからだ。
――スウェーデン政府はアサンジ氏の身柄引き渡しを求めているが、米国での起訴はスウェーデンの裁判が済んでからになるのか。
 スウェーデン政府はアサンジ氏の性犯罪容疑の裁判を先に進めたいと考えているようだ。しかし、米国の司法当局はスウェーデンでの裁判を待たずにアサンジ氏を起訴できるし、裁判を同時に進めることはできる。
――米国で起訴される場合はどんな罪状になるのか。
 まず考えられるのはスパイ罪(スパイ法違反)である。これは1917年に制定された法律で米国の安全保障を傷つけたり、政府の機密情報を漏洩した場合などに適用される。
 米司法省は2005年、強固な米国イスラエル関係の維持を目的とするロビイスト団体“AIPAC”(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)のメンバー2人を、国防総省の重要機密を入手し、外国の外交官に漏洩したとしてスパイ罪で起訴した。私は2人の被告の弁護を務めた。
 この裁判では約4年間にわたる争いの末、司法省は2009年に被告に対する起訴を取り下げた。理由は2人を起訴したことで被る不利益の方が得られる利益よりも大きいと判断したからであろう。この種の裁判では容疑者を起訴することでさらに多くの機密情報を公開しなければならなくなったりして、逆に被害を拡大させてしまうことも少なくない。また、機密情報を扱う政府職員が法廷で証言すれば彼らの身元が割れてしまう。もしアサンジ氏が起訴されれば同じようなことが起こる可能性はある。
 ただ、スパイ罪はこれまでメディアやジャーナリストに対して適用されたことはない。とくにウィキリークスの場合は一度に何千、何万の情報が公開されるわけで、特定の情報や文書が公表されるケースとは異なる。その意味でこれは大きなテストケ-スになるだろう。言論の自由を保障した憲法修正第1条によって何がどこまで保護されるのか、第一次世界大戦直後のはるか昔につくられたスパイ防止法が、今日のインターネット時代の情報にどう対処するのかなどが問われることになり、非常に興味深い。
――スパイ罪の他にはどんな罪状が?
 他に政府所有物の窃盗罪、共謀罪などが考えられるが、こちらも司法当局にとっては大きな挑戦となるだろう。窃盗罪では実行犯が別にいるため、アサンジ氏が何らかの形で犯罪に関与したことを立証しなければならないし、共謀罪も実行犯との間で話し合いや同意がなされたことを立証しなければならないからだ。
――アサンジ氏は米国人ではないが、スパイ法を適用できるのか。
 彼は米国人ではない上に、米外交文書の漏洩も米国外で行っている。それでも米当局がスパイ法を適用できるかどうかはわからない。
 一方でアサンジ氏が望めば、彼は米国人でなくても合衆国憲法修正第1条のもとで自身の主張を展開できる。
――裁判になればアサンジ氏はどのような主張を展開するか。
 まず、米外交機密を漏洩したのは米国外であるため米国の法律は適用されないと。それから、ウィキリークスはメディアとしての役割を、自分はジャーナリストとしての役割を果たしただけで、スパイ罪はメディアやジャーナリストには適用されないはずだと主張するだろう。
 たとえこれらの主張が認められず、起訴が取り下げられなかったとしても、アサンジ氏を有罪にするには彼が意図的に米国政府に害を与えようとしたことを立証しなければならない。合理的な疑いを超えてその事実を立証する責任はすべて当局側にある。つまり、司法当局がアサンジ氏を起訴するのは難しくないが、有罪に持ち込むのは容易ではないということだ。
――アサンジ氏はジャーナリストなのか。
 当局は、生の機密情報を編集せずにそのまま公開するのはジャーナリズムとは言えないと主張するだろう。しかし、ジャーナリストとしての活動を明確に線引きするのは難しいし、アサンジ氏は国民にとって重要な情報を入手し、公開することがジャーナリズムだと主張するだろう。憲法修正第1条に照らしてみれば、彼の主張が認められる可能性は高い。
――起訴はいつ頃になるか。
 まもなく起訴されると思うが、判決が出るまでには何年もかかるかもしれない。AIPACのケースでも当局が起訴を取り下げるまでに4年もかかっている。
――もしアサンジ氏に弁護を依頼されたら引き受けるか。
 彼の家族に聞いてみないとわからない。それに彼自身が米国人弁護士を雇いたいと思っているのかどうか疑問だ。
――米国の世論調査では過半数がウィキリークスをテロ組織として扱うべきだとするなど、国民の目は厳しいが、それは当局の判断にどう影響するか。
 米国の政府も国民も、ウィキリークスに対して激しく怒っている。だから司法当局はアサンジ氏を起訴せざるをえないだろう。
 上院院内総務のミッチー・マコーネル議員(共和党)はアサンジ氏を「ハイテク・テロリスト」呼ばわりしたが、このような過激な発言が出るのも国民感情を意識してのことだろう。

*アビー・ローウェル(Abbe D Lowell)
 ワシントンの有名国際法律事務所「マクダーモット・ウィル・エメリー(MW&E)」のパートナー弁護士で、ホワイトカラー犯罪弁護部門の責任者。 刑事、民事両面で多くの複雑なケースの弁護を担当し、勝訴に導いている。法律専門誌で賞賛され、「ワシントンで最も優れたホワイトカラー犯罪担当弁護士 トップ10」(リーガル・タイムズ)、「米国で最も影響力のある弁護士100人」(ナショナル・ロー・ジャーナル)などに選ばれた。コロンビア大学ロースクールで法学博士号(JD)を取得し、コロンビア・ロー・レビュー誌の編集長を務める


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