二村嘉一のネオジャパニズム

 世界の中で生きて行く、私達の創る新しい日本の形とは

いろいろ本を読んでみると、分かって来る事があります、豪族の事とか、です。過去の祖先の偉大な力が、今の

2008年02月15日 00時00分00秒 | 日記・エッセイ・コラム
 皆さん今日はお元気ですか?
 今日も新しい一日が始まりました、皆さんは今日という新しい日をいかがお過ごしですか、皆さんにとって今日という新しい日も良き日であるように祈ります。
 昨日は、広辞苑を引きながら、氏のことについて勉強をしていました、氏の内部にも違う姓の家があり、一番上の人がその氏の内部を支配していたようです。
 氏に対して、一つしか姓が無いと思っていたので、新たな発見でした。姓の種類も何十とあったようですが、時代を下るうちに、朝廷に利用されて、だんだんと、限られた人しか姓を名乗る事ができなくなってきたようです。
 でも、豪族というのはもの凄い権力であったようです、まあいわゆる、古代の貴族で、大王「オオキミ」、つまり天皇の下に政治を担った政治集団が氏がすなわち豪族であり、その血族のリーダーが氏上(うじのかみ)であったようです。
 二村氏には、家紋がいくつか違う家があり、疑問に思っていたのですが、氏の内部にも姓が違う家があったと知ってそういうことかと思いました。
 また、二村の「村」の字のことも調べていました。
 まあ所謂、織物に係わり合いがまったく無いわけではないようです、まあ古くは、都という意味もあったようです。
 「匹」と書いて、「ムラ」とも読みますが、昔の織物の二反の単位だったようです。
 でもまあ、今は貴族といえば、藤原氏ですが、五摂家の「近衛」「鷹司」「一条」「二条」「九条」の家だったと思います、お公家さんのトップは。
 お公家さん=貴族で、平安期からの藤原道長その前の中臣鎌足(藤原氏の前身)から、現代に至るまで、ずっと天皇家の近くにいたと思います。
 今年の歌会始の読者は「近衛」氏でしたし、やっぱりすごい家なんだなと思いました。
 まあ「二村」氏は昔はすごかったかもしれませんが、今は牛乳屋さんで、せいぜいアパートを建てる位しか力がありませんが、今の「近衛」氏には、どんな力があるのでしょうか、なんだかすごそうですね。
 まあ明治の時期に戸籍制度ができたのは、徴兵と、徴税の為だそうですが、今まで無姓の人が苗字を名乗る事になって、少し混乱したようです。
 幕末の時代の人々も、あまり馬鹿ではなかったようで、何とか鎖国の国から、現代へと繋がる、礎を築いてくれました。
 まあやはり、開国から時間がなかったので、今から振り返ると、庶民には苦しい憲法でしたが、何とか国として西欧の列強の植民地にもならず、今においては、世界第二の経済大国となりました。
 現在は戦後最長の景気拡大の時期を向かえ、大企業だけといわれていますが、元気な日本復活となるのでしょうか。
 東アジア共同体の夢も広がりつつあり、お隣の韓国も、新しい指導者は、日本と未来志向で発展をして行き、過去の謝罪を求めないと言っているようです。
 将来的にはアメリカも含めた、一大経済圏の出没が予想されますが、日本もまた、未来志向で、世界の中の日本の夢を語る時が来たのかもしれません。
 そういえば、アジア共通の通貨とか昔言っていたときがあったけど、本当にそういう時代が来つつあるのかもしれません、言葉よりも通貨の方が、早く浸透しそうですよね、生活に。
 そういう時代の到来を心待ちにしつつ失礼致します。
 それでは。

 豪族のご先祖様に感謝し栄えた昔偲びつついる

 そういえば鎖国の時代ありましたそのおかげでか日本の今は

 木瓜の花我が家の家紋成りたるを昔の栄華紋に偲ばる
 
 God bless you!

 

コメント
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