2017年6月14日(水)
蘇我入鹿は、モーセ、イエス(神武天皇)、第四代 懿徳天皇(イエスの四男)、女王卑弥呼、応神天皇、仁徳天皇・・の血を受け継いでいる。
これだけの王統を受け継いだ人がこの世にいるだろうか。
もう、堂々と聖徳太子は蘇我入鹿だったと言うことにしようではありませんか。
法隆寺の西円堂で手を合わせると、松尾寺にある蘇我入鹿の墓に手を合わせるようになっています。 そこが聖徳太子の墓です。
政府が聖徳太子の名を歴史から消そうとしていますが、これは抹消させてはなりません。
そして、第四代懿徳天皇のお墓は、神河町にある卑弥呼の陵墓を、こと座のベガにした琴を形成する一つの星の位置にありました。
その懿徳天皇の墓と、蘇我入鹿の墓と、モーセの陵墓の3点は、見事に3:4:5の大矩の直角三角形を描きます。 基本形です。
兵庫県神崎郡神河町にあるイエス王家の丘は、800mから1000mほどの山頂にありますが、この一帯には女王卑弥呼の陵墓をはじめ、我が国の初代大王イエス・キリストの親族のお墓が沢山祀られています。
峰山高原の名称も、そのことを教えています。
ミネとはヘブライ語でお墓のことなのです。
スキー場や太陽光発電など、むやみやたらに乱開発していたら、大変なことになります。
事業計画に対して云々言えた立場ではありませんが、王家のお墓は守る必要があるのではと危惧します。
この世は神々の営みの世界だからです・・。
意図的に隠されたイエス王家の人達と、その真実を知っていた人達のお墓がどんどんと、自分が眠っている場所を教えだしたようです。
「小さな嘘はすぐバレルが、大きな嘘は時間がかかって必ずバレル」と神様が言っていましたが、その時に来たと言うことのようです。
バレル・・と言えば、そうですそうです。ヘブライ語でも全く日本と同じ意味でしたねぇ。
いくら時代時代の為政者がこの国の本当の歴史を隠ぺいし続けてきたことでしょうが、この我が国の大地に、遺体を入れた場所の一点一点に意味をもたせた三角法で、歴史の真実を残していました。
邪馬壹国の女王卑弥呼は、イエス王家の墓守と祀りごとが仕事でした。
政治政体が現在の奈良で、国事国体が現在の兵庫県の中央部、播磨国風土記に記された「埴岡の里」でした。
そろそろ日本国民が目覚めなければならないときに来たということです。
ここまでくれば、歴史の真実の立証はさほど難しくはなさそうです。
高野山の弘法大師霊廟と桓武天皇の遺体を入れた高雄山との関係や、京都御所との関係などなど、偶然ではありえない確率での三角図法。
先人達の御霊が教えてくれることには偽りがありませんから・・、立証できます!
青い丸の地点が懿徳天皇の墓です。
赤い丸の位置が蘇我入鹿の墓がある松尾寺です。