2017年8月29日(火)
8月12日、懿徳天皇の陵墓に行った翌日13日には、津田駅に降り立っていました。
駅改札口には武部さんが待っていてくれました。
天智天皇や桓武天皇の亡骸が埋葬された地点と、藤原鎌足公古廟の位置から移し替えられた場所を三角法で割りだしました。
目指すは、藤原鎌足公古廟から移し替えられた藤原鎌足の亡骸が安置された山へと行くことでした。
目指すポイントに到達すると、そこの山頂点の片側は急な崖になっていました。
それで、上土に触るとフカフカの状態だったので、表土を取ってみると・・、石が出てきて、その表面は完全に平面的状態でした。
古代の人達は、二つのお墓と自分の亡骸を入れる墓の3点で、重要な人の亡骸を埋葬した場所を教えていました。
彼らは法則性に従ってその位置だしをしていますから、かくされた亡骸の場所を探し当てることは容易です。
かれらの測量技術がどのようなものであったかは今のところ、私も分かりませんが、精度は現代の三つの衛星を使っての位置だしとさほど変わらない精度のように思われます。