日本文学史序説下(加藤周一)を読みながら考えた 第11章工業化の時代③
実は私は小説をあまり読まない。猫と坊ちゃんは小さいころから何度も声をあげて笑いながら読んだにもかかわらず漱石の三部作は何度も挑戦してとうとう読み切ることができなかった。小説を娯楽と考えているのである。それで今まで小説家を、娯楽作品をつくるシナリオライターのように思っていた。だから里見八犬伝や水滸伝や三国志演義や聊斎志異は読むけれど、なにか深遠なものが書かれているものは遠ざけていた。
深遠なことは、ノンフィクションで随筆風に書けば誤解なく伝わるんだから小説にする必要がないではないかと思っていた。なんであんな面倒くさいように描くんだろうと考えていた。しかし、520ページ「川端は彼自身の感覚的世界を描き・・・・・・」でやっと今頃になって、小説は映画そのほかの芸術と同じように作者の感覚的世界を表現し伝えるための手段であることに気づいた。このことは、年若いころに気づくことが無ければ一生気づかぬままであったろう。どうしても伝えたいことは千万言の言葉を費やしても伝わらず感覚の世界でしか伝わらぬことはあるだろう。
例えば、ロスジェネの世代の人はその一つ上の世代の人は楽をして得な世代であったと思っている。数々の数字をみれば楽であったことは間違いない。しかし、上の世代のヒトが当時の日本にはびこっていた集団主義的な価値にどのくらい悩まされ苦しんだかの感覚的な苦労はよほど上手な小説家の手によらねば書けないだろう。さらにその上の世代が戦争で受けた苦労も同じようによほど上手な小説家の手によらねば書けないだろう。さらにその上の世代がは以下同様である。
このことは、例えば谷崎の細雪を軍部が発禁にしたことの理由でもあるだろう。なにも軍隊に不都合なことは書いてないけど、その感覚的世界がいけないとされた。では、軍人さんの中にこの本の感覚的世界を感じる能力のある繊細な人が居たということか。普通の人ならこんな下らんこと書いて紙とインクの無駄じゃないかと思うだけじゃないのか。案外軍隊というのは幅広い人材を集めていたんだなと、変な風に感心してしまった。幅広い人材を集めていてかつ組織が甚だ柔軟でないとは矛盾している。
2000年くらいから日本は大きく変わった。そのいちいちをあげるときりがないくらい変わった。その変わり方も感覚のことだからそれを表現するのも小説などによる方が早いしわかりやすいと思う。手練れの芸術家ならこの変化を感覚的にごく短時間で表現しかつどう対処すべきかも表現できるのかもしれない。してみると、芸術とは実に偉大な力を持っていることになる。たった一節ではあるが、いままで自分は読めていると思っていたことが実は読めていなかったことを知るに至った。
そこでこの本を読み終えたら、加藤周一の「芸術論集」を読むことにしたい。
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