隊員NO.4にいなで~す(^o^)
山中温泉のバスターミナルを大聖寺川の方に降りると鶴仙溪にかかる黒谷橋があります。
そして黒谷橋を渡って、右に小路を曲がると、そこが鶴仙溪遊歩道の入口です。
昨日ご紹介した喫茶「東山ボヌール」は、ここに建っていて、そのすぐ脇に「東山神社」の鳥居があります。
「東山神社」へはこの鳥居をくぐって、ゆるやかな石段をゆっくりと約200mほど登っていくことになります。
(途中、温泉街の眺めが素敵です。それに、どんぐりの実がたくさん落ちていました。)
「東山神社」のはじまりは、山中の木地師澤出萬吉が明治41年4月惟喬(これたか)親王(844~897年)の
像をここ東山に安置したことによるといわれています。
惟喬親王とは、第55代文徳天皇の第1皇子であったにもかかわらず、故あって皇位を継承することなく
山峡に隠棲し、うるしの製法や木地ロクロ挽きの技術を開発したとされる人です。
惟喬親王の漆器工芸に対する造詣は深く、古くから木地師の人々に崇拝されてきました。
明治33年、澤出萬吉が徒弟をつれて荒挽の搬出のため、福井県南条の広野村大河内(おおこうち)に行ったとき
のことです。萬吉は大河内村に住む木地師の人たちが神社に惟喬親王を木地屋祖神(きじやしそしん)
としてお祀りしていることを知り、感銘を受けます。
そして「ぜひ木地屋の多い山中にも神社を建て、惟喬親王をお祀りしたい」と思ったのです。
そのようなことから、「東山神社」には、木地屋祖神の惟喬親王、漆芸の仏・虚空蔵菩薩、
商売繁盛の恵比寿が祀られています。
現在の社殿は昭和63年に建立されたもので、「東山神社」は山中漆器に関係する皆さんにとって、
とっても大切な神社です。
11月13日は、「惟喬親王が京都嵐山の法輪寺で、漆の製法を虚空蔵菩薩から伝授された日である」との
伝説にちなみ、「うるしの日」に制定されていて、ここ「東山神社」でも毎年11月13日には、「秋季例祭」・
「塗師屋まつり」が行われているそうです。
「東山神社」が建っている場所は、戦国時代まで「黒谷城」のあった場所でもあります。
ここを訪れた蓮如上人は歌を詠んでいますし、一向一揆勢がたてこもり、柴田勝家と5日間にわたり
激戦を繰り広げ、400人もの負傷者を出した末、落城したお城でもあるそうです。
「東山神社」って、とっても歴史を感じさせる神社ですね。