ヨーロッパの限りない大地

ヨーロッパの色々な都市を訪問した思い出をつづっていきたいです。

EUも50歳になった②(読売新聞より)

2007-03-11 22:27:28 | ヨーロッパあれこれ
この前の回に引き続き、読売新聞の「50歳のEU」第6回から最終の12回の見出し及び簡単なメモを残しておきます。

⑥仏「EU憲法否決」のツケ
 統合盟主 威信低下に苦悩
 EU憲法を国民投票で認めなかったフランス。ヨーロッパ内ではやはりフランスの力は強いものとつくづく感じたものだが、拡大につれて、その力が弱まっているという中、グローバル化の不安もあり、揺れ動くフランス。

⑦統合の未来 視界不良
 不安と不満 ネットに噴出
 親EUサイトは1つに対し、反EUサイトは20もあるとのこと。やっぱり悪口の方が書いていてすっきりするんでしょうね。

⑧ユーロ 最強への道
 各国経済の底上げ課題
 5年前には、ユーロがここまで強くなるとは思いもよらなかった。日本からの輸出には結構なものかもしれないが、ワイン好きの友人が「今回のボジョレヌーヴォは高い!これなら普通のいいワインでいい」と怒っていたが、ユーロ高の負の側面です。

⑨押し寄せる難民の波
 「沿岸国」の叫び届かず
 マルタにはアフリカからの難民が来て大変らしい。EUに加入でき、そのうまみを享受できる一方、それをうらやむ人たちからすると、一番近くて行きやすい憧憬の地になってしまう。

⑩トルコ加盟に拒絶反応
 「欧州的価値観」で線引き
 宗教的、地政学的に、やはりトルコの加盟は難しい。加盟の事はさておき、とりあえずはよきEUの隣人として上手くやっていく方がお互いのためには現実的な道のような気がします。

⑪転機の共通農業政策
 減産迫られる伝統産地
 チェコのビート(砂糖大根)産地の減産の話。砂糖がダメでも、環境にいいバイオ燃料エタノールの原料として生き残るかもしれない、という希望がせめてもの救いである。

⑫立ち直る共同外交
 「イラク」経て一枚岩追求
 イラクではイギリス対フランス・ドイツで二分されたEU外交。ボスニア・ヘルツェゴビナ、コンゴ、レバノンなどで実績を積み上げつつある。

写真は欧州評議会から見た欧州議会です。

フォンテーヌブローの別れ(馬蹄形の階段)

2007-03-10 01:42:46 | フランス物語
「地球の歩き方」のフォンテーヌブローの紹介の冒頭に、「歴史を知るには、本を読むよりもここへ来た方がいい」というアナトール・フランスの言葉を載せていた。
といっても、本当にフランスの歴史をよく知らない自分にとっては、やっぱり本を読まないと分からない。
幸い、ここで日本語版のフォンテーヌブロー見学ガイド(アモーリー・ル・フェーブル著 文化遺産主任学芸員)を45フランで買っていたので、以後そこから引用させていただく。
また、帰国後に買った、「週刊 世界遺産№17 フォンテーヌブロー宮殿と庭園 シャンボール城」(講談社)からも参照させていただく。

フォンテーヌブローについての記録は、1137年の国王ルイ7世の特許状が一番古いものらしい。
その後フィリップ4世、フランソワ1世、アンリ2・4世、ルイ14・15世、ナポレオンなどにもゆかりのある場所であるとのこと。
新しいところでは、1984年に欧州経済共同体(EEC)の国家・政府首脳会議が行われている。

「ナポレオン1世の鍛鉄の格子門」をくぐりぬけ、まっすぐ白馬の中庭(おしゃれな名前だ)を歩いていくと、写真のような場所にたどりつく。
階段は、その形の通り「馬蹄形の階段」と呼ばれ、ルイ13世の時代に造られ、王室の歓迎式典に使われることが多かった。
歓迎の式典だけではなく、1814年にはこの下で、エルバ島に流刑となるナポレオンの旅立ちの儀式も行われた。
その時の模様は絵画にも残されている。ナポレオンやその親衛隊の切ない表情が印象的である。

フォンテーヌブローの普通の街並み

2007-03-07 22:46:41 | フランス物語
列車はフォンテーヌブロー・アヴォン駅に着く。
駅のどちら側に出たらよいのか一瞬戸惑ったが、降車した人が多い方についていく。
そうすると、すぐそばにバス停があった。
バスに乗り込む。自分と同じような観光客がまずまずいたように思う。バスの中では座れなかった。
バスは街並みをクネクネと行く。
宮殿があるからといって、特に変わった街並みではない。
普通の住宅や、商店が連なっている。
いい意味でのフランスの郊外の町、という感じだった。
そんなに時間はかからず、宮殿前につく。
中に入る前に、宮殿のそばにあるオフィスドツーリズムに入り地図をもらう。
といっても、特に街中をうろつくわけではなく、すぐに宮殿の敷地内に入る。
写真のような建物が正面に見えてきた。

フォンテーヌブローへ向かって(パリ・リヨン駅より)

2007-03-05 23:06:17 | パリの思い出
ある年の初夏、天気も悪くなかったので、パリからフォンテーヌブローに行ってみようと思い立つ。
下宿を出て、リヨン駅に向かう。そこまでは当然地下鉄を乗り継ぐ。
リヨン駅で切符を買おうとするが、それらしい窓口では買えないとのこと。
窓口が並んでいる面ではなく、そから曲がったところで買うらしい。
結局、フォンテーヌブローもバンリュー(郊外)扱いのようだ。
今改めて、フランスのガイドブックを見て、リヨン駅の構造を見ているのだが、それがどこだったのかよく分からない。
地下鉄で行った事もあり、東西南北の感覚が狂っているのかもしれない。あるいは別の機会と混同してるのかもしれない。

何とか切符を買い込む。フォンテーヌブローの駅がどんなのかよく分からなかったので往復分買っておく。
というのも、オーベルスールロワーズでは帰り、駅が無人状態で、慣れぬカルトブルーで、標示のところがいたずらされて見にくい、古い機械で切符を買ったことを思い出す。
暗証番号を3回間違えると、そのカードが使えなくなってしまうので必死であった。
たかが切符を買うのに時間を取ってしまい、予定の時刻(前もってインターネットで出発時刻は調べておいた)ぎりぎりになってしまった。
古い列車にあわてて乗り込む。
列車はパリ市内を離れ、イルドフランス郊外の林の間を、抜けていく
車窓の上の木々をかすめながら南へ進む。

EUも50歳になった!(読売新聞連載記事より)

2007-03-04 00:23:52 | ヨーロッパあれこれ
欧州連合はこの3月、前身にあたる欧州経済共同体を設立したローマ条約調印から50年を迎えるとのことです。
現在、読売新聞が「50歳のEU」と題する連載記事を行っています。3月3日現在、10回まで続いていますが、とりあえず1~5までの表題と思った事をメモ代わりに書いておきます。それを並べるだけでも、現在のEUの問題が見えてきます。

①「共同体法」10万ページ 法律数1400
 欧州ルール 世界標準に 「従わないと商売できない」
多くの法律による規制により、EU域外との摩擦が激しくなる恐れが強い。外からEU内で商売しようとするのがますます大変になってくる。

②近隣ボスニアの警察育成
 「分断国家」治安の障壁 EU警察部隊
EU周辺や、旧植民地などの治安は、EU内の安全をおびやかす。特にボスニアのようなヨーロッパ内での不安定要因に対しては、警察力的な支援も必要である。

③「最も変化した国」スペイン 
 補助金てこに経済繁栄 EUの地域補助金制度
5年程前、アイルランドが一番の成功例とは聞いていたが、スペインも恩恵に預かっているとはあまり実感が無かった。ただ、それによる、不法移民の問題も出てきている。

④「欧州入り」バルト3国
 エネルギー 以前露頼み EU共通エネルギー政策
過去の歴史などから、ロシア離れを進めて、よりヨーロッパに深化していきたいバルト3国。しかしエネルギーという生活必需物質のことを考えていくと、そう簡単にはいかない。

⑤ 英国も移民労働者制限 
 急激な流入に拒否反応 労働者の移動の自由
イギリスは、フランスなどに比べまだ移民流入に緩やかだった様に思うが、EU拡大に伴いさすがに制限の動きが強くなってきそうだ。いずれにしても、故郷を離れて働かなければならない現実は寂しいものだと思う。

(写真はEUの前身ECの補助金によるプロジェクトである旨を示す看板です。アイルランドのダブリン近くのダンレアリーの海岸沿いにありました。ゲール語をあえて使用しているのが多様性の面を考えており好感が持てました)