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経営者のための聖書講座

永遠のベストセラー、聖書からビジネスのヒントを学ぶ

No.97 預言者たち~エリシャ(5):五度、六度と射る

2008-05-22 09:02:02 | 列王記
誰にでも好機は訪れる。
機会を生かすどうかで結果に違いが出る。
遠慮は禁物である。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
エリシャが死の病を患っていたときのことである。
イスラエルの王ヨアシュが下って来て訪れ、彼の面前で、
「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と泣いた。
エリシャが王に、「弓と矢を取りなさい」と言うので、王は弓と矢を取った。
エリシャがイスラエルの王に、「弓を手にしなさい」と言うので、
彼が弓を手にすると、エリシャは自分の手を王の手の上にのせて、
「東側の窓を開けなさい」と言った。
王が開けると、エリシャは言った。
「矢を射なさい。」
王が矢を射ると、エリシャは言った。
「主の勝利の矢。アラムに対する勝利の矢。
あなたはアフェクでアラムを撃ち、滅ぼし尽くす。」
またエリシャは、「矢を持って来なさい」と言った。
王が持って来ると、エリシャはイスラエルの王に、「地面を射なさい」と言った。
王は三度地を射てやめた。
神の人は怒って王に言った。
「五度、六度と射るべきであった。
そうすればあなたはアラムを撃って、滅ぼし尽くしたであろう。
だが今となっては、三度しかアラムを撃ち破ることができない。」
  列王記下13:14-19
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

イスラエルの王ヨアシュがエリシャを見舞いに来たときの出来事である。

エリシャとの別れを惜しみ王は涙を流した。

エリシャは王に敵国アラムの方角へ向け矢を射させると、
アラムに対する勝利を予告し、王を励ました。

次にエリシャは、矢を持って来て地面を射るよう促した。
王は、矢を地面に向け射たが、三度でやめた。

それを見たエリシャは怒り出した。
王はもっと地面を射るべきだったのだ。
地面を射た回数だけアラムを撃つことができたのだから。
三度の勝利ではアラムを滅ぼし尽くすには不十分だった。

淡白さが仇となることがある。
勝機においては徹底的になることが肝要だ。

No.96 預言者たち~エリシャ(4):火の馬、火の戦車

2008-05-19 11:33:58 | 列王記
エリシャは驚異的な力により、アラム軍の機密をすべて読むことができた。
イスラエルに対する軍事行動がうまく運ばない原因がエリシャにあることを知った
アラム王は、元凶を排除すべくエリシャのいる町に軍を送り込んだ。
大軍が遣わされた先には、それに少しも動じないエリシャがいた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
アラムの王は言った。
「行って、彼がどこにいるのか、見て来るのだ。
 わたしは彼を捕らえに人を送る。」
こうして王に、「彼はドタンにいる」という知らせがもたらされた。
王は、軍馬、戦車、それに大軍をそこに差し向けた。
彼らは夜中に到着し、その町を包囲した。
神の人の召し使いが朝早く起きて外に出てみると、
軍馬や戦車を持った軍隊が町を包囲していた。
従者は言った。
「ああ、御主人よ、どうすればいいのですか。」
するとエリシャは、
「恐れてはならない。
 わたしたちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者より多い」
と言って、主に祈り、
「主よ、彼の目を開いて見えるようにしてください」
と願った。
主が従者の目を開かれたので、
彼は火の馬と戦車がエリシャを囲んで山に満ちているのを見た。
 列王記下6:13-17
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

エリシャを捕えるために派遣された大軍は夜中のうちに町に到着した。
エリシャの従者は朝起きて外に出てみてビックリした。
町は軍馬や戦車によって完全に包囲されていたのだ。

従者の報告を受けたエリシャは従者に奇妙なことを語った。
「わたしたちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者より多い」。

エリシャの祈りによってようやく目が開かれた従者が目撃したのは、
火の馬と戦車が町を取り囲む山々に満ちている光景だった。

エリシャの目には、アラム軍だけでなく、
彼らを包囲する神の軍勢が見えていたのだ。

見えないものを見るのがリーダーの役割であることは言うまでもない。

従業員の目を開かせ安心させることも大切だ。

いや、もしかしたら、天に味方してもらえるような生き方をすることが、
より大事な役割なのかもしれない。

No.95 預言者たち~エリシャ(3):シンプルなアドバイス

2008-05-15 13:30:00 | 列王記
預言者エリシャの評判は国外にも達した。
アラムという国に重い皮膚病に苦しむ一人の有能な軍司令官がいた。
彼の名はナアマン。
彼はエリシャの評判を聞くと、戦車に乗り従者を率いてエリシャのもとへ向かった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ナアマンは数頭の馬と共に戦車に乗ってエリシャの家に来て、その入り口に立った。
エリシャは使いの者をやってこう言わせた。
「ヨルダン川に行って七度身を洗いなさい。
 そうすれば、あなたの体は元に戻り、清くなります。」
ナアマンは怒ってそこを去り、こう言った。
「彼が自ら出て来て、わたしの前に立ち、彼の神、主の名を呼び、
 患部の上で手を動かし、皮膚病をいやしてくれるものと思っていた。
 イスラエルのどの流れの水よりも
 ダマスコの川アバナやパルパルの方が良いではないか。
これらの川で洗って清くなれないというのか。」
彼は身を翻して、憤慨しながら去って行った。
しかし、彼の家来たちが近づいて来ていさめた。
「わが父よ、あの預言者が大変なことをあなたに命じたとしても、
 あなたはそのとおりなさったにちがいありません。
 あの預言者は、『身を洗え、そうすれば清くなる』
 と言っただけではありませんか。」
ナアマンは神の人の言葉どおりに下って行って、ヨルダンに七度身を浸した。
彼の体は元に戻り、小さい子供の体のようになり、清くなった。
 列王記下5:9-14
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

はるばる訪れたナアマンにエリシャが与えた言葉はこうだった。
「ヨルダン川へ行って七度身を洗いなさい」。

その処方はナアマンの予想を見事に裏切った。
ナアマンは、霊験あらたかなる預言者が現れ、何か特別な施術を
自分に施してくれるものと思い込んでいたのだ。
それなのに川で身を洗えとは!

怒ったナアマンは身を翻してエリシャのもとを去って行った。
しかし、家来たちがナアマンをいさめ、彼を思いとどまらせた。
ナアマンはエリシャの言葉どおり、
ヨルダン川へ行き、七度身を浸してみた。
すると、なんということだろう。
彼の皮膚病はたちどころに癒され、体は清められた。

本物はシンプルである。
逆にまがい物は複雑で小難しかったりする。

複雑で高尚なコンサルティングを有り難がる傾向が人にはある。
しかし、問題解決のヒントはもっと身近なところにあり、
解決方法は意外とシンプルなのかもしれない。

シンプルなアドバイスを馬鹿にしていないだろうか。

あなたならエリシャのアドバイスに素直に従うだろうか?

No.94 預言者たち~エリシャ(2):器と油

2008-05-09 11:35:02 | 列王記
預言者エリシャはエリヤの後継者として活躍した。
彼は数々の奇跡を起こしたことで有名だ。
中でもこの奇跡は示唆に富んでいる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
預言者の仲間の妻の一人がエリシャに助けを求めて叫んだ。
「あなたの僕であるわたしの夫が死んでしまいました。
 ご存じのようにあなたの僕は主を畏れ敬う人でした。
 ところが債権者が来てわたしの子供二人を連れ去り、
 奴隷にしようとしています。」
エリシャが、
「何をしてあげられるだろうか。あなたの家に何があるのか言いなさい」
と促すと、
彼女は、
「油の壺一つのほか、はしための家には何もありません」
と答えた。
彼は言った。
「外に行って近所の人々皆から器を借りて来なさい。
 空の器をできるだけたくさん借りて来なさい。
 家に帰ったら、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、
 その器のすべてに油を注ぎなさい。
 いっぱいになったものは脇に置くのです。」
彼女はエリシャのもとから出て行くと、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、
子供たちが器を持って来ると、それに油を注いだ。
器がどれもいっぱいになると、
彼女は、「もっと器を持っておいで」と子供に言ったが、
「器はもうない」と子供が答えた。
油は止まった。
彼女が神の人のもとに行ってそのことを知らせると、彼は言った。
「その油を売りに行き、負債を払いなさい。
 あなたと子供たちはその残りで生活していくことができる。」
  列王記下4:1-7
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

仲間の未亡人が助けを求めてきた。
このままでは返す金がなく債権者に二人の子供が連れ去られてしまう。
彼女の家の中には油壺一つしか残っていなかった。

エリシャはアドバイスした。
隣近所から空の器をできるだけたくさん借りてくるように。
そしてその器に油壺の油を注ぐように。

彼女と子供たちはエリシャの言うとおりに行動した。
するとおもしろいことが起きた。
油壺から次から次と油が出てくるではないか。
見る見るうちに器はどれも油でいっぱいになった。

母親は言った。
「もっと器を持っておいで」。
子供たちは答えた。
「器はもうない」。
その瞬間、油は止まった。

この話は非常に興味深い。
器の分だけ油が注がれたのだ。

あなたには達成したい目標があるかもしれない。
だが、それを受け止めるだけの器は用意されているだろうか?
器の整備も必要だ。

あるいは、器を既に用意しているかもしれない。
しかし、あなたの準備している器の総容積はどれ位だろうか?
もしかしたら小さすぎはしないか?
器の分しか与えられないとしたら、
器をもっと大きくしたら、もっと与えられるのではないだろうか。



No.93 預言者たち~エリシャ(1):あなたを離れない

2008-05-05 23:11:12 | 列王記
エリヤの後継者として選ばれたのは、エリシャだった。
彼はエリヤにつき従いマンツーマンで修行を続けた。
エリヤが、まさに地上での任務を終えんとする時、
二人の間にこんなやりとりがあった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
主が嵐を起こしてエリヤを天に上げられたときのことである。
エリヤはエリシャを連れてギルガルを出た。
エリヤはエリシャに、
「主はわたしをベテルにまでお遣わしになるが、
あなたはここにとどまっていなさい」
と言った。
しかしエリシャは、
「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。
わたしはあなたを離れません」
と答えたので、二人はベテルに下って行った。
 列王記下2:1-2
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

この後も、エリヤはべテルからエリコ、エリコからヨルダンへと移動する。
その都度、二人の間には同じような会話がなされた。

「あなたはここにとどまっていなさい」。
「わたしはあなたを離れません」。

ある意味、エリシャは3度エリヤの命令に背いた。
だがそれは忠義ゆえの不忠実、
エリシャは最後までエリヤとともにいることを選んだ。

エリシャはヨルダンでエリヤが天に上げられるのをしっかりと見届ける。

形見となった外套を持つエリシャを見た預言者の仲間たちは、
「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている」と言い、
彼の前で地にひれ伏すのだった。

エリシャはこの後、後継預言者として数々の奇跡を起こす。

聖書の中では、最後まで「上司」とともにいる者が輝いている。

No.92 預言者たち~エリヤ(3):ありのままを見つめる

2008-04-28 23:49:01 | 列王記
「エリヤは、わたしたちと同じような人間でしたが、
 雨が降らないようにと熱心に祈ったところ、
 三年半にわたって地上に雨が降りませんでした。
 しかし、再び祈ったところ、天から雨が降り、地は実をみのらせました。」

新約聖書のヤコブの手紙(5章17-18節)には上記のような記述がある。
そう、信仰に溢れ、一見、勇猛なエリヤも、わたしたちと同じ人間だった。
つまり、落ち込むこともあったのだ。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
彼自身は荒れ野に入り、更に一日の道のりを歩き続けた。
彼は一本のえにしだの木の下に来て座り、自分の命が絶えるのを願って言った。
「主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。
 わたしは先祖にまさる者ではありません。」
彼はえにしだの木の下で横になって眠ってしまった。
御使いが彼に触れて言った。
「起きて食べよ。」
見ると、枕もとに焼き石で焼いたパン菓子と水の入った瓶があったので、
エリヤはそのパン菓子を食べ、水を飲んで、また横になった。
主の御使いはもう一度戻って来てエリヤに触れ、
「起きて食べよ。この旅は長く、あなたには耐え難いからだ」と言った。
エリヤは起きて食べ、飲んだ。
その食べ物に力づけられた彼は、四十日四十夜歩き続け、
ついに神の山ホレブに着いた。
エリヤはそこにあった洞穴に入り、夜を過ごした。
見よ、そのとき、主の言葉があった。
「エリヤよ、ここで何をしているのか。」
エリヤは答えた。
「わたしは万軍の神、主に情熱を傾けて仕えてきました。
 ところが、イスラエルの人々はあなたとの契約を捨て、
 祭壇を破壊し、預言者たちを剣にかけて殺したのです。
 わたし一人だけが残り、彼らはこのわたしの命をも奪おうとねらっています。」
  列王記上19:4-10
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

イスラエルの王アハブの妻で悪女のイザベルに命を狙われ、
エリヤは逃避行を続けた。
心身ともに疲れ果てたエリヤは自分の感情を素直に言い表す。
「もう十分です」。
憐れみ深い神は、彼に使いを送り、パン菓子と水を施された。
長くつらい旅はその後、四十日四十夜に及んだ。
ホレブ山に到着したエリヤは、わが身に起こった不条理を神に打ち明けた。

人生の長い旅の途中には、逆風にさらされるときもあるだろう。
つい気分が萎えることも人間として当然起こりうる。

強い人とは決して自分の感情を押し殺し、やせ我慢する人ではない。
自分の内に起きているものをしっかりと見つめ、味わうことのできる人、
そういう人が逆境のたびに自らの器を広げ、人生を豊かに生きていく。

エリヤは自分の内にある悲しみや怒りを心にしまい込むようなことをしなかった。
だからこそ彼は戦い続けることができたのだ。

そんな「忍耐強い」彼に、神は励ましと次なる指針をもたらされた。

今、あなたはどのような状態にあるだろう?
目を背けずに、自分の内に何が起きているのかを味わってみてはいかがだろうか。

No.91 預言者たち~エリヤ(2):強烈なビジョン

2008-04-26 15:30:39 | 列王記
経営者の役割、その一つは先を見ることだ。
まだ誰も見ていないビジョンをはっきりと描く。
それが強烈であるならば、周囲にあるものはそこに向かって一斉に動き始める。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
エリヤはアハブに言った。
「上って行って飲み食いしなさい。激しい雨の音が聞こえる。」
アハブは飲み食いするために上って行き、エリヤはカルメルの頂上に上って行った。
エリヤは地にうずくまり、顔を膝の間にうずめた。
「上って来て、海の方をよく見なさい」と彼は従者に言った。
従者は上って来て、よく見てから、「何もありません」と答えた。
エリヤは、「もう一度」と命じ、それを七度繰り返した。
七度目に、従者は言った。
「御覧ください。手のひらほどの小さい雲が海のかなたから上って来ます。」
エリヤは言った。
「アハブのところに上って行き、激しい雨に閉じ込められないうちに、
 馬を車につないで下って行くように伝えなさい。」
そうするうちに、空は厚い雲に覆われて暗くなり、風も出て来て、
激しい雨になった。
アハブは車に乗ってイズレエルに向かった。
主の御手がエリヤに臨んだので、
エリヤは裾をからげてイズレエルの境までアハブの先を走って行った。
 列王記上18:41-46
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

このとき、この地域には3年間雨がなかった。
人々が飢饉に苦しんでいる最中、エリヤの耳には激しい雨の音が聞こえていた。

するとエリヤはカルメル山の頂に従者とともに登り、地にうずくまった。
エリヤは従者に、海の方角を見てくるように命じた。

従者が海を見渡すと、海の上には真っ青な空が広がるばかりで、
気候に何の変化も見出せなかった。

「何もありません」という従者の報告は6度に及んだ。
しかし、エリヤの自信は揺らぐことがなかった。

7度目、ついに従者は、かなたに手のひらほどの小さな雨雲を発見する。
それは次第に空を覆うほどに成長していき、激しい雨が降り始めた。

まだ誰も見ていないビジョンを思い描き、困難があってもあきらめずに
見つめ続けたき、物事が動き出す。

あなたのビジョンが現実化するのを部下はまだ見出していないかもしれない。
あるいはまだ、手のひら大にすぎない状態かもしれない。
部下が「何もありません」と愚痴をこぼしても
あなたは自分のビジョンを信じ続けられるだろうか?



「はっきり言っておく。
 だれでもこの山に向かい、
 『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、
 少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。
 だから、言っておく。
 祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。
 そうすれば、そのとおりになる。」
                             (マルコ11:23-24)


No.90 預言者たち~エリヤ(1):揺れぬ思い

2008-04-23 12:40:37 | 列王記
イスラエルとユダが荒廃していく過程で、勇気を持って真理を唱えた人々がいた。
彼らは神の言葉を預かる者であり、「預言者」と呼ばれた。
今回から、彼ら預言者たちを取り上げ、ここで紹介していきたいと思う。

最初に登場するのはエリヤだ。
彼は、新約聖書の福音書において、ある時モーセと共に山頂に現れ
イエスと三者会談する(マタイ17章)ほど、インパクトのある預言者である。

彼は、イスラエルの悪名高きアハブ王の時代に活躍した。
その時代、アハブ王の悪妻イザベルによって預言者仲間らは虐殺され、
国内はイゼベルの推進するバアル崇拝に汚染されていた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
エリヤはすべての民に近づいて言った。
「あなたたちは、いつまでどっちつかずに迷っているのか。
 もし主が神であるなら、主に従え。
 もしバアルが神であるなら、バアルに従え。」
民はひと言も答えなかった。
エリヤは更に民に向かって言った。
「わたしはただ一人、主の預言者として残った。
 バアルの預言者は四百五十人もいる。
 我々に二頭の雄牛を用意してもらいたい。
 彼らに一頭の雄牛を選ばせて、裂いて薪の上に載せ、
 火をつけずにおかせなさい。
 わたしも一頭の雄牛を同じようにして、薪の上に載せ、火をつけずにおく。
 そこであなたたちはあなたたちの神の名を呼び、
 わたしは主の御名を呼ぶことにしよう。
 火をもって答える神こそ神であるはずだ。」
民は皆、「それがいい」と答えた。
 列王記上18:21-24
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

エリヤはただ一人残った主の預言者だった。
彼は大勢に屈することなく敢然とバアルの預言者450人に立ち向かった。
多くの人々がどっちつかずに迷っている中、強い意思をもって信念を貫き通した。

あなたの経営理念は何だろう?
あなたの存在意義は?

その他大勢と同じことをやっていては、ビジネスは成功しない。

たとえ一人になっても、周囲の妨害があっても、自らの意志を貫けるだろうか。
それほどの思いの強さがあなたの内にはあるだろうか。

何事かを成し遂げた者は、何があっても自分の思いを諦めなかった者なのだ。

No.89 王たちの系譜~ヨシア:衣を裂く

2008-04-19 12:57:07 | 列王記
ヒゼキアの3代後、そのひ孫にあたるヨシアがユダ王国の王となった。
ヨシアの祖父、父ともに王であったが、彼らは悪政を行い、
ユダを衰退させていた。
ヨシアは8歳で王となり、31年間王位にあった。
彼はユダ王国で善政をおこなった最後の王として記録されている。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ヨシヤ王の治世第十八年に、王はメシュラムの孫でアツァルヤの子である
書記官シャファンを主の神殿に遣わして言った。
「大祭司ヒルキヤのもとに上り、主の神殿に納められた献金、
 すなわち入り口を守る者たちが民から集めたものを集計させなさい。
 それを主の神殿の責任を負っている工事担当者の手に渡し、
 更に神殿の破損を修理するために主の神殿にいる工事担当者に渡しなさい。
 すなわち職人、建築作業員、石工に渡し、
 神殿修理のための木材や切り石を買わせなさい。
 ただし、彼らは忠実に仕事をしているから、
 彼らに渡した金の監査は必要ではない。」
そのとき大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、
「わたしは主の神殿で律法の書を見つけました」
と言った。ヒルキヤがその書をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。
書記官シャファンは王のもとに来て、王に報告した。
「僕どもは神殿にあった献金を取り出して、
 主の神殿の責任を負っている工事担当者の手に渡しました。」
更に書記官シャファンは王に、
「祭司ヒルキヤがわたしに一つの書を渡しました」
と告げ、王の前でその書を読み上げた。
王はその律法の書の言葉を聞くと、衣を裂いた。
 列王記下22:3-11
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ヨシアが26歳のとき、荒れ果てていた神殿の修理に取り掛かった。
ヨシアは工事担当者たちに資金を与え、あえて監査を行わなかった。
職人、建築作業員、石工らは、王の信頼に応え、忠実に働いた。

同じ国でも、王によって人々の活気が違ってくるのは興味深い。

作業の最中、大祭司は神殿から、当時その存在を忘れ去られ、埃をかぶっていた
律法の書、いわゆる「モーセの五書」を発見した。

大祭司から書記官に手渡された律法の書は、王の前で読み上げられた。
はじめて「モーセの五書」に接したヨシアは、それを聞くと、
自らの衣を引き裂いた。
真理と現状の乖離にショックを受けたのだ。

ヨシアは長老たちをはじめ、国中のすべての人々に、律法の書を読み聞かせ、
その教えを浸透させ、律法発見から1年の内に大改革を行った。


ヨシアの治世は、ユダの歴史において
燃え尽きる前に最後の輝きを放つ灯心のような時代となった。

ヨシアは国民から慕われ、
彼の死はすべてのユダとエルサレムの人々から嘆かれた。
預言者エレミヤはヨシアを悼んで、聖書に残る「哀歌」を作った。


ヨシアの後、4人の王が次々にユダを治めるが、
坂を転げ落ちるように国は衰退し、
ヨシアの死から23年後、バビロンによって、ついにエルサレムは陥落する。


◎今日の設問
・過ちに気づいたあと、あなたはどんなリアクションを取りますか?

No.88 王たちの系譜~ヒゼキア(2):油断

2008-04-14 22:29:40 | 列王記
ヒゼキア王の治世は29年に及んだ。
彼は途中、死の病にかかるが一命を取り留める。
しかし、ヒゼキアはこのとき思わぬ油断をしてしまう。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そのころ、バビロンの王、バルアダンの子メロダク・バルアダンは、
ヒゼキヤが病気であるということを聞いて、
ヒゼキヤに手紙と贈り物を送って来た。
ヒゼキヤは使者たちを歓迎し、銀、金、香料、上等の油など宝物庫のすべて、
武器庫、また、倉庫にある一切のものを彼らに見せた。
ヒゼキヤが彼らに見せなかったものは、宮中はもとより国中に一つもなかった。
預言者イザヤはヒゼキヤ王のところに来て、
「あの人々は何を言ったのですか。どこから訪ねて来たのですか」
と問うた。ヒゼキヤは、
「彼らは遠い国、バビロンから来ました」
と答えた。更に、
「彼らは王宮で何を見たのですか」
と問うと、ヒゼキヤは、
「王宮にあるものは何もかも見ました。
 倉庫の中のものも見せなかったものは何一つありません」
と答えた。そこでイザヤはヒゼキヤに言った。
「主の言葉を聞きなさい。
 『王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、
  ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る、
  と主は言われる。あなたから生まれた息子の中には、
  バビロン王の宮殿に連れて行かれ、
  宦官にされる者もある。』」
   列王記下20:12-18
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

当時バビロンは、強国アッシリアの支配に反逆する、
ユダと同じ立場の弱小国家だった。
ユダの王ヒゼキアが病気と聞き、仲間意識を感じたのか、
バビロンの王は見舞いの使者をエルサレムに送った。

ヒゼキアは嬉しかったのだろう。
誰にとっても同情は嬉しいものだ。
だが、嬉しすぎて舞い上がってしまったのだろうか、
ヒゼキアの歓待は少々度を越えたものとなった。

彼は、バビロンの使者に、国家の宝物庫と武器庫の全てを公開した。

後にユダを苦しめるのはアッシリアではなく、バビロンであることを
このときヒゼキアは夢にも思っていなかったのだろう。

イザヤの預言は的中する。
約100年後、バビロンはユダの首都エルサレムを陥落させる。
バビロンへと宝物は残らず持ち去られ、人々は捕囚として連れ去られる。

ヒゼキアの大盤振舞いが、バビロンにとってユダ征服の誘惑の種となったのだ。

このときのヒゼキアは人が良すぎたと言わねばなるまい。


◎今日の設問
・あなたの会社に関わる情報の公開・非公開のラインはどこにありますか?

No.87 王たちの系譜~ヒゼキア(1):謙虚

2008-04-10 11:32:03 | 列王記
ヨシャファトから8代後、ヒゼキアという王が南王国ユダに登場する。
彼の時代、一つの衝撃的な出来事が起きている。
治世6年に、かつての同胞、北王国イスラエルが、
強国アッシリアの前に屈し、ついに滅亡してしまうのだ。
アッシリアの触手は、ヒゼキアの南王国にも伸ばされる。
治世14年、アッシリアの王はユダの砦の町を次々と占領し都エルサレムを包囲、
ユダの言葉を使って国民に降伏を呼びかける。
「ヒゼキアにだまされるな。彼はお前たちを救うことはできない。」
「ヒゼキアの言うことを聞くな。わたしと和を結び、降伏せよ。
 そうすればお前たちは命を得、死なずに済む。」
ヒゼキアは絶体絶命のピンチに立たされる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ヒゼキヤ王はこれを聞くと衣を裂き、粗布を身にまとって主の神殿に行った。
また彼は宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、
および祭司の長老たちに粗布をまとわせ、
預言者、アモツの子イザヤのもとに遣わした。
彼らはイザヤに言った。
「ヒゼキヤはこう言われる。
『今日は苦しみと、懲らしめと、辱めの日、
 胎児は産道に達したが、これを産み出す力がない。
 生ける神をののしるために、その主君、アッシリアの王によって
 遣わされて来たラブ・シャケのすべての言葉を、
 あなたの神、主は恐らく聞かれたことであろう。
 あなたの神、主はお聞きになったその言葉をとがめられるであろうが、
 ここに残っている者のために祈ってほしい。』」
 列王記下19:1-4
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

北王国イスラエルが滅亡した理由は、列王記下17章にはっきりと記されている。
預言者はそのことを警告していたが、
イスラエルの王らは聞き従うことがなかった。

南王国ユダは、イスラエル滅亡後も140年近く存続した。
その違いは何か?

ここで、ヒゼキアはイザヤという預言者を尊敬し重んじているのがわかる。
イザヤはヒゼキアに的確なアドバイスを与えることができる人物だった。

精神面での強力なサポートを得たヒゼキアは
アッシリアに屈することなく自らの信念を貫くことができた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃った。
朝早く起きてみると、彼らは皆死体となっていた。
アッシリアの王センナケリブは、そこをたって帰って行き、ニネベに落ち着いた。
彼が自分の神ニスロクの神殿で礼拝しているときに、
アドラメレクとサルエツェルが彼を剣にかけて殺した。
彼らはアララトの地に逃亡し、
センナケリブに代わってその子エサル・ハドンが王となった。
 列王記下19:35-37
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


歴史は理屈ではなく、ある一つの大きな力によって動かされている。



◎今日の設問
・あなたにとって、どんなことがあっても譲ることのできない信念は何ですか?

No.85 王たちの系譜~北王国の王たち:共通点

2008-04-03 11:42:47 | 列王記
北王国イスラエルはというと、ヤロブアムの後、18人の王が次々と国を治める。
在任期間は最長がヤロブアム2世の41年間、最短がジムリの7日間とバラバラだ。
だが、彼らに対する「列王記」の紹介は一種代わり映えがしない。
在任期間の紹介の後、おおむねこのように表現されている。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
彼は主の目に悪とされることを行い、
イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を全く離れなかった。
列王記下14:24
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イスラエルの王たちは、それぞれが国を一生懸命治めようとしたことだろう。
しかし、根本が上記のようであったがゆえに、国は迷走を続けた。

その間、数々の預言者が遣わされ警告を発するが、
王たちに顧みられることはなかった。

イスラエルは次第に衰退し、ついにホシュアの時代、
アッシリアに占領され、滅亡する。

聖書を読んでいるとリーダーシップの要諦は意外にもシンプルなものかもしれない
ということに気づかされる。
複雑に考える必要はないのだ。

そういえばソロモンも言っていた。

「ただし見よ、見いだしたことがある。
 神は人間をまっすぐに造られたが
 人間は複雑な考え方をしたがる、ということ」
              (コヘレトの言葉7:29)


次回以降、

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彼は主の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道をそのまま歩み、
右にも左にもそれなかった。
 列王記下22:2
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というように紹介される
南王国ユダの数人の王たちから学んでいきたいと思う。

No.83 王たちの系譜~ヤロブアム:不必要な不安

2008-03-27 00:21:38 | 列王記
レハブアムの時代に分裂した二つの国家、イスラエルとユダ。
イスラエルを率いたのは民衆の圧倒的支持により王となったヤロブアムだった。
しかし、ヤロブアムの心にはある種の不安がよぎる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ヤロブアムは心に思った。
「今、王国は、再びダビデの家のものになりそうだ。
 この民がいけにえをささげるためにエルサレムの主の神殿に上るなら、
 この民の心は再び彼らの主君、ユダの王レハブアムに向かい、
 彼らはわたしを殺して、ユダの王レハブアムのもとに帰ってしまうだろう。」
彼はよく考えたうえで、金の子牛を二体造り、人々に言った。
「あなたたちはもはやエルサレムに上る必要はない。
 見よ、イスラエルよ、
 これがあなたをエジプトから導き上ったあなたの神である。」
  列王記上12:26-28
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民の心が自分から離れてしまうことを恐れたヤロブアムは
金の子牛の像を造り、それを神と称し、民に礼拝させた。
偶像礼拝を何よりも嘆かれる神、主はヤロブアムに言づてされた。

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行ってヤロブアムに言いなさい。
『イスラエルの神、主はこう言われる。
 わたしはあなたを民の中から選び出して高め、わが民イスラエルの指導者とし、
 ダビデの家から王国を裂いて取り上げ、あなたに与えた。
 しかし、わが僕ダビデがわたしの戒めを守り、
 心を尽くしてわたしに従って歩み、
 わたしの目にかなう正しいことだけを行ったのとは異なり、
 あなたはこれまでのだれよりも悪を行い、
 行って自分のために他の神々や、鋳物の像を造り、
 わたしを怒らせ、わたしを後ろに捨て去った。
 それゆえ、わたしはヤロブアムの家に災いをもたらす。
 ヤロブアムに属する者は、イスラエルにおいて縛られている者も、
 解き放たれている者も、男子であれば、すべて滅ぼし、
 人が汚物を徹底的にぬぐい去るように、
 わたしはヤロブアムの家に残る者をぬぐい去る。
  列王記上14:7-11
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ヤロブアムをイスラエルの指導者としたのは他ならぬ神であった。
神はヤロブアムを祝福しようとされていたのだ。

ヤロブアムは勝手に疑いを抱いた。
彼の不必要な不安と不信頼が金の子牛を造らせた。

偶像礼拝がいかに恐ろしい罪か、日本人はにわかに理解しがたいだろう。
だが、この罪の恐ろしさを人は知るべきである。

このヤロブアムの罪によりヤロブアムの家に滅びがもたらされることとなった。


◎今日の設問
1.あなたを不安にさせているものがあるとしたら、それは何だろう?
2.その不安は本当に必要なものだろうか?
3.「金の子牛」を造ってないだろうか? 

No.82 王たちの系譜~レハブアム:コンプレックス

2008-03-22 17:39:48 | 列王記
今回から、聖書の中の列王記と歴代誌より、
ソロモンの死後南北に分裂したイスラエルとユダ、
それぞれに君臨した王たちのエピソードをいくつか取り上げていきたい。

ダビデからソロモンへと引き継がれた王国は繁栄のピークを謳歌していた。
列王記、歴代誌はその王国が衰退し滅亡するまでの歴史が描かれている。

ソロモンの後を継いだのは、その子レハブアムだった。
彼の時代に王国は早々と分裂する。

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すべてのイスラエル人が王を立てるためにシケムに集まって来るというので、
レハブアムもシケムに行った。
ネバトの子ヤロブアムは、ソロモン王を避けて逃亡した先のエジプトにいて、
このことを聞いたが、なおエジプトにとどまっていた。
ヤロブアムを呼びに使いが送られて来たので、
彼もイスラエルの全会衆と共に来て、レハブアムにこう言った。
「あなたの父上はわたしたちに苛酷な軛を負わせました。
 今、あなたの父上がわたしたちに課した苛酷な労働、
 重い軛を軽くしてください。
 そうすれば、わたしたちはあなたにお仕えいたします。」
彼が、「行け、三日たってからまた来るがよい」と答えたので、民は立ち去った。
レハブアム王は、存命中の父ソロモンに仕えていた長老たちに相談した。
「この民にどう答えたらよいと思うか。」
彼らは答えた。
「もしあなたが今日この民の僕となり、彼らに仕えてその求めに応じ、
 優しい言葉をかけるなら、彼らはいつまでもあなたに仕えるはずです。」
しかし、彼はこの長老たちの勧めを捨て、
自分と共に育ち、自分に仕えている若者たちに相談した。
彼と共に育った若者たちは答えた。
「あなたの父上が負わせた重い軛を軽くせよと言ってきたこの民に、
 こう告げなさい。
 『わたしの小指は父の腰より太い。
  父がお前たちに重い軛を負わせたのだから、わたしは更にそれを重くする。
  父がお前たちを鞭で懲らしめたのだから、わたしはさそりで懲らしめる。』」
 列王記上12:1-11
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偉大な前任者をもった後継の悲しさか
レハブアムの自信のなさがそこかしこに垣間見える。
まるで主体性がない。(自分では何も決められない。)
そればかりかコンプレックスの塊のようである。

経験ある長老たちの優れたアドバイスを捨て、
未熟なボンボン育ちのお友達の意見を取り入れた。

その結果、ヤロブアムという有能な人材をはじめとする国民の心を勝ち取る
チャンスを逃し、逆に、国民の反感を買い、ヤロブアムを指導者に推挙する
国民の圧倒的多数によってイスラエル王の座から追い落とされる。

その後、レハブアムは、ただユダの町々に住むイスラエル人に対してのみ
王であり続けた。


◎今日の設問
1、自らの理想は明確だろうか?
2、普段どんな人のアドバイスを大切にしているだろう?
3、判断の基準にしているものは何だろう?  利己心? 他者への貢献?

No.81 ソロモンの最期

2008-03-19 23:55:21 | 列王記
聖書にはソロモンの晩年が記されている。
それは読む者に複雑な感情を引き起こす。
彼の人生の結末とは?

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ソロモン王はファラオの娘のほかにも
モアブ人、アンモン人、エドム人、シドン人、ヘト人など
多くの外国の女を愛した。
これらの諸国の民については、主がかつてイスラエルの人々に、
「あなたたちは彼らの中に入って行ってはならない。
 彼らをあなたたちの中に入れてはならない。
 彼らは必ずあなたたちの心を迷わせ、彼らの神々に向かわせる」
と仰せになったが、ソロモンは彼女たちを愛してそのとりことなった。
彼には妻たち、すなわち七百人の王妃と三百人の側室がいた。
この妻たちが彼の心を迷わせた。
ソロモンが老境に入ったとき、彼女たちは王の心を迷わせ、
他の神々に向かわせた。
こうして彼の心は、父ダビデの心とは異なり、自分の神、主と一つではなかった。
          ・・・
ソロモンの心は迷い、イスラエルの神、主から離れたので、
主は彼に対してお怒りになった。
主は二度も彼に現れ、他の神々に従ってはならないと戒められたが、
ソロモンは主の戒めを守らなかった。
そこで、主は仰せになった。
「あなたがこのようにふるまい、わたしがあなたに授けた契約と掟を
 守らなかったゆえに、わたしはあなたから王国を裂いて取り上げ、
 あなたの家臣に渡す。あなたが生きている間は父ダビデのゆえに
 そうしないでおくが、あなたの息子の時代にはその手から王国を
 裂いて取り上げる。ただし、王国全部を裂いて取り上げることはしない。
 わが僕ダビデのゆえに、わたしが選んだ都エルサレムのゆえに、
 あなたの息子に一つの部族を与える。」
  列王記上8:1-6,9-13
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老境に入ったとき、彼は外国の女たちによって心惑わされ、
偶像礼拝を行い、主から離れた。

その結果、彼の子供の時代にイスラエルは南北に分裂することになった。

自らの箴言で、誘惑に気をつけるよう、主に従うよう警告していたソロモンだが、
「ミイラ取りがミイラに」なってしまったようだ。
晩節を汚したといえよう。

これが人間の弱さというものなのだろうか。
大きな教訓を後世に残してソロモンは去った。

主に従い通してこの世を終えた彼の父ダビデとは異なる人生であった。

「わたし自身は、既にいけにえとして献げられています。
 世を去る時が近づきました。わたしは、戦いを立派に戦い抜き、
 決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。
 今や、義の栄冠を受けるばかりです。
 正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。
 しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、
 だれにでも授けてくださいます。」 
                   (テモテへの手紙二4:6-8)

人生最後の時にその人の真価が問われる。
あなたはどのような状態でこの世での人生を終えたいだろうか?

この点、ソロモンは後世の人々の「反面教師」となったのではないだろうか。