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和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

岐路

2023-10-17 13:36:45 | 小説。
僕は超能力者だ。
触れた者の記憶を自由に読み取ることができる。

そんな僕が今、人助けをするか否かの岐路に立たされている。

目の前で、年配の男が轢き逃げされた。
駆け寄った時には虫の息だった。
その時、僕の超能力が発動し、男のことが分かった。

男は南米から日本へ金を輸入する事業を行う社長だった。
しかし、問題はその金が違法金山から産出されたものだったことだ。
現地で何百という労働者を奴隷同然に働かせていた。
産業廃棄物も垂れ流し放題、森林も伐採し放題。

男をこのまま見捨てれば、この男しかルートを持たない会社を潰せる。
つまり、現地の労働者は解放され、違法金山はダメージを受けるだろう。
とても有益なこととすら言える。

しかし、この男を生かせば、これまで通り違法金山は動き続け――
日本はその莫大な利益の恩恵を受け続けることができる。
スマホや家電が安く作れるのはこの男のおかげと言っていい。
それに何より、目の前の困った人を助けるのは気分がいい。

迷うまでもないな、と思った。

男を助けよう。

僕はスマホで救急車を呼ぶ。
これで男は助かるだろう。

地球の裏で何人の労働者が奴隷扱いされているのかは知らない。
知ったことじゃない。
しかし――この男のお陰で、僕はスマホを安く買うことができている。
貧しい者にとって、この選択は決して間違いではない。

一時の正義感にかられて男を殺せばどうなるか。
日本は格安の金を失い、様々なものの値段が上がるだろう。
そうすれば、次に苦しむのは日本人であり――僕や僕の家族だ。
今の日本は、それを受け入れられるほど豊かではない。
僕だって、普段は社畜と呼ばれる地位にいる。
同僚が次々と病み、脱落していく。
これは奴隷とどう違うというのだろう。

金持ちの残飯にありつくことが、僕達の生きる唯一の道なのだ。

奴隷と商人

2023-10-06 13:03:17 | 小説。
私の主は商人だ。
それも、豪商といっていいくらいの。
カネを稼ぎ、それを元手に更なるカネを稼ぐ。

奴隷の身分でその心を知ることは許されないが――

一度噂を耳にしたことがある。
主の野望は不老不死なのだと。
永遠に生き、永遠にカネを稼ぎ続けるのだと。
この世に不老不死があるのかは知らない。
が、もし存在するのなら、主は必ず到達するだろう。
永遠の玉座に。

その話を聞いて、私は主を殺す計画を立て始めた。
許せなかった。
不老不死?
永遠の命?
こんな腐った世の中を、世界の方が尽きるまで生きたいと?

馬鹿らしい。

我ら奴隷は明日死ぬとも限らないし、むしろ死は安らぎですらある。
首を括る者も少なくない。
一刻も早く死んで楽になりたい。
それが奴隷の基本的な思想である。

主は世界が楽しくて仕方ないのだろう。
悪徳が栄え、政治は腐敗し、支配階級以外はゴミ同様。
そんな世界が。
何という隔たりだ。
同じ人間であるはずなのに。

到底、許せるはずがなかった。
自分が死ぬより先に、主こそが死ぬべきだと思った。

この刃は――
いかにすれば、主に届くだろうか。
私は刃を磨き、策を練る。
無駄に終わるかも知れないが、これこそが私の生きる意味だ。
そう考えずにはいられない。

世界は平等ではない。
しかし、刃で貫かれれば死ぬ。
それだけは平等だと願いながら。

放課後スーサイド倶楽部

2023-09-30 14:44:44 | 小説。
新年度。

僕が入学した高校は、必ず部活に所属しなくてはならない決まりがある。
部活案内のパンフレットを眺めつつ、僕は部活棟へと向かった。

気になる部活がある。
新しい学校、新しい環境、新しい友達。
それらを想像して、ワクワクしながら僕はその扉を叩く――

自殺部。

「やあやあ初めまして。
 私は自殺部部長であり現在唯一の部員、花園きりんと申します。
 君は、体験入部ということでいいかな?」
小柄な僕よりも背の低い少女――花園きりん先輩が問う。
「はい、よろしくお願いします。入江いるかです」
「うん、よろしくね、入江クン。
 ではまずこの部の説明から。
 ここはその名の通り自殺志願者が集う部活だね。
 部員が少ないのは、優秀な部員は皆自殺するからだ。
 成績優秀な部でね、私は自殺部の劣等生というわけ」
なるほど、と僕は思う。
自殺を推奨する部。
優秀な部員は早々に自殺してこの世からいなくなる。
部長は、だから、自殺できなかった「劣等生」なのか。

「ちなみに私は3年生だ。何としても今年中に自殺したい」
「なるほど」
高校在学中に目標達成すべく努力している、ということか。
「入江クンは、理想の自殺ってある?」
花園先輩はそんな質問を投げかけてきた。
「まだ、ピンとこないんですけど。痛いのは嫌かな・・・」
「ふむふむ。男性は特に痛みに弱いというね。
 いや、何も馬鹿にしているわけじゃないよ。
 それもひとつの立派な理想さ」
僕のぼんやりした回答に呆れもせず、花園先輩はにこやかに言った。
そして、

「私の理想はね――心中さ」

と続ける。
心中、恋人との死、ということか。
なるほどそれは美しい。

「私のひとつ上の先輩が、昨年心中してね。
 相手はなんと、我が自殺部の男性顧問さ。
 ふたり揃って顧問宅で練炭自殺だった。
 残念ながら現場は見せて貰えなかったが、見事な心中だったそうだよ」
「それは壮絶ですね」
「そう、壮絶さ。
 先輩が1年の時からの恋仲だったらしい。
 私も薄々感づいてはいたんだけどね。
 とにかく、元々憧れだった心中を、憧れの先輩が成し遂げた。
 これはもう、私も後を追うしかないな、と思ったわけだ」
「なるほど、それは理解できます」
僕は大きく頷いた。

尊敬する先輩が、禁断の恋の末心中した。
これは花園先輩の未来を決定付ける出来事だったのだろう。
理想を語る花園先輩は、誇らしくも嬉しいという感情を露わにする。

「心中は素晴らしいね。想い合う恋人同士の最高の愛だ。
 だが、私には決して真似できないことでもある」
「え、どうしてですか?」
「そりゃあキミ、相手がいないからさ」
花園先輩は自嘲した。
相手がいないから心中できない。それはそうだ。

「さて、入江クンは、どんな自殺をするんだろうね」
一転して、優しい瞳で僕を見つめる花園先輩。
もう既に、僕のことを後輩として認めてくれている瞳だった。
光栄に思う。

「花園先輩――僕、この部に入部します」

「おお、本当かい?」
「ええ、僕も、花園先輩と語り合いたいと思いました。
 先輩が楽しそうに自殺を語るのを見て、いいなって。
 まだ、理想も何もはっきりしないんですけどね」
「いいさいいさ。大事なことだ、話し合ってしっかり固めていこう」
花園先輩は嬉しそうに笑う。

そして、渡された入部届に記入をし、花園先輩に渡す。
「はい、確かに。
 明日から沢山語り合っていこう。最初の主な活動だね」
「ええ、よろしくお願いします」

こうして僕は自殺部に入部した。
ここで僕らは存分に語り合い――

翌年の卒業式の日に、心中することになる。

報告

2023-06-29 15:44:47 | 小説。
菊池芽衣からの告白を断った。
彼女が、友人の北川聡道の想い人だったからだ。

それから程なくして、菊池は聡道と付き合うことになった。
なんと菊池の方から告白したという。
聡道は嬉しそうに言っていた。

ここまではいい。
少々引っかかるところがないではないが、聡道の想いは遂げられた。
素敵な恋愛物語だ。

問題は、菊池のそれからの行動だ。
彼女は隠れて僕にこんなことを言ってくる。

「聡道くんと付き合うようになったのよ。
 まだ一緒に登下校するだけの仲だけど」

「昨日、帰り道で聡道くんから手を繋いできたわ。
 ガラス細工でも扱うかのように、慎重な手付きだった。
 優しい人なのね。
 彼のいいところをひとつ見つけた気分よ」

「先週末に初めてデートをしたわ。
 私の誕生日が近いから、とマフラーをプレゼントしてくれたの。
 その後一緒にカフェでお喋りして、帰りは家まで送ってくれたわ。
 ・・・これは、私の家を知りたかったからかしら?」

「私の方からハグをしたわ。
 彼は凄く喜んでいて、震えながら私の肩に手を回してきた。
 慣れない力加減が可愛らしかったわね。
 初めての彼女が、私みたいな女でいいのかしら、ふふ」

「付き合い始めてだいぶ経つけれど、彼が思い切ってキスをしてきたわ。
 彼に似合わず、少し強引だった。
 今まで我慢していたのね、色々と。
 私も、嫌じゃなかったわ」

「多分、次のデートで初体験をすることになると思うわ。
 私の家に家族が誰もいない日を教えたから。
 彼ったら、途端に震えて挙動不審になるのよ。
 そんなに私が欲しいのね」

僕は何を思えばいいのだろう。
友人と、一度は僕に告白してきた女性との関係の進展を聞かされて。

最初は疑問に思うだけだったのだが、聞いている内に――
奇妙な感覚に襲われるようになった。
友人が取られる、という感覚と。
僕のことを好きだったはずの女性が取られる、という感覚と。
嫉妬のような、興奮のような、不思議な気持ち。

この報告は、僕への復讐なのだろうか。
そんなことを、ふと思った。
色々考えを巡らせるが、もう遅い。

次の報告は――いつだろう。

差別

2023-05-30 08:14:19 | 小説。
「晶はね、平等という言葉が分からなくなったよ」

学校の生徒は皆平等、そう教えられてきた。
晶も――伊織も、楓も、碧も、青葉も、朝日も。
そして。
「伊月のことも、平等だと思ってた。でも何か違うの」
何故だろう。
皆友達で、皆大好きなのに。
伊月も同じ――そう思うと、何だか凄く、疑問が湧いてくる。

誕生日には、伊月だけ皆と違うプレゼントをあげている。
教室の席替えで伊月の隣になるようにズルをしている。
伊月の部屋の前を通る時だけドキドキする。

伊月だけ、明らかに違う。
晶はおかしくなってしまったの?

「伊月のことだけ平等じゃないんだね、晶」
と、伊月がその低い声で優しく言った。
「そうなんだ。変だよね」
「そうだね、晶は悪いことを考えているんじゃないかな」

悪いこと。

伊月は何でも知っている。
大人が読むような古い本を隠れてこっそり読んでいるからだ。
だから、伊月が言うことはいつだって正しい。

「いいかい晶、それを昔の人は『サベツ』と呼んでいた。
 でもサベツは悪いことだから、皆でやっつけてしまったんだ。
 教育の行き届いた今でも、時々サベツをする人が出てくる。
 そういう悪い人は、子供の内に大人がやっつけてしまうんだよ」
「ええ? 晶、やっつけられちゃうの? 嫌だよ!」
「大丈夫、伊月が黙っていれば済む話だ。
 だから、晶は悪い考えを自分で治そうね」
伊月は、晶の頭を撫でながらそう言った。

サベツ。
初めて聞く言葉だった。
平等はいいことで、サベツは悪いこと。
晶は伊月をサベツしている。
だから晶は悪い子。

そう思うと、晶はスッキリした。
悪い子だと言われたのは嫌だけど、治せばいいんだ。
でも――。

伊月だけは平等じゃない。
晶の、特別。

その気持ちをなくすのは、何だか悲しい気がした。

「じゃあ、伊月はもう自分の部屋に戻るね」
「うん、ありがとう」
と言いながら、晶は手近にあった椅子を持ち上げて。
伊月の後頭部を思い切り殴りつけた。

晶の部屋の床が、伊月の血で赤く染まる。
それはなんだか、嬉しかった。

晶は伊月にしてみたいことがあった。
伊月の服を全部脱がして、裸にしてしまうんだ。
伊月はもう動かないから、晶の好きにできる。

晶より筋肉が固い気がした。
胸は晶のように膨らんでいない。
足の間にあるこれは――何だろう?
晶にはない。

一通り体を眺めた後。
これでもまだ足りないと思った。
顔を舐めてみたり、胸を触ってみたりしたけど、足りない。
もっと、伊月とひとつになりたいと思う。
舐めるより、触るより、もっともっとひとつに。

そうして晶は、伊月を食べることにした。

全部食べ切るのにどれくらいかかるかな。
その間は、ずっと幸せだな。
晶はそう思って、伊月を部屋のクローゼットに押し込んだ。

Interview

2023-04-23 14:11:29 | 小説。
ついに見つかってしまったか。
新聞記者というその男を迎え、私は覚悟を決める。

「勇者様。インタビュー、よろしいですか?」
男は私の返事など聞く気もないようで、既に機材のセットに掛かっている。
「構わないが――やれやれ」
覚悟。
そう、この隠れ家からの引っ越しの覚悟だ。
家が知れると、身の安全にかかわる。

「では勇者様、いくつか質問させていただきます」
「はいはい」
私は煙管をふかし、適当に答える。
と、男は動揺したように尋ねてくる。
「そ、それは――この臭い、まさか」
「ああ、ドラッグだよ。そうでもなきゃ、やってられないんでね」
危険性はそれほどでもない。
ただ、多くの国でご禁制となっているだけというものだ。
男は、冷静を装いながらひとつめの質問を投げかける。

ひとつめの質問。
「何故、こんな辺境の地に?」
「危険防止のためさ」
「危険? このような山奥の方が余程危険では?」
「そんなことはないね。この辺りの魔物はおとなしい」
「そうですか・・・しかし、不便では?」
「慣れたものだよ」

ふたつめの質問。
「先程の質問と重なりますが、各地を転々とされているのは?」
「たまに金が欲しくなったら魔物の居る地へ出稼ぎに行っている」
「で、出稼ぎ・・・?」
「君は、勇者は世界を救うものだと思ってないかい?」
「はい、それは思っています」
「そこがもうズレてんだよ。勇者は世界を救わない」

みっつめの質問。
「では――収入はどうされているのですか?」
「だから、出稼ぎさ」
「それはこういうことですか。
 『各国を魔物の脅威から救うのは、商売だ』
 と」
「その通り。適当な国を救って、報奨金を得ている」

最後の質問。
「ズバリ――魔王を倒してしまおう、とは思わないのですか?」
「思わないね。理由はふたつ。
 魔王を倒しても各地の魔物は大人しくならない。つまり意味がない。
 そしてこちらがメインだが、魔王を倒したら――
 次に命を狙われるのは私だ」
「は? 勇者様が命を狙われる?」
「最初に何故こんなところに住んでいるのか、と訊いただろう?
 私はね、強くなりすぎた。
 今は魔物が、そして魔王が恐怖の対象だが、それらを倒したら
 次に駆逐されるのは私だということさ」
「そんな! 勇者様を尊敬こそしても、駆逐など」
「いいやするね。お前ら民衆は、必ず私を恐れ、いずれ私を殺す」

だから私は基本的に世俗から距離を置くんだ。

そう言うと、男は押し黙ってしまった。
何か考えているようだ。

「このことを報道しても?」
「好きにすればいい」
私は適当に答える。
面倒なことになるかもしれない。
しかし――ここでこの男を殺すのもしのびない。

「いや」

男は首を振った。
「今日のことは全て聞かなかったことにします。勇者様は見つからなかった」
「そうかい、それは――助かるね」
と言いながら、頭では次の引越し先を検討している。
民衆など、まして新聞記者など、信じられるわけがない。

だが――案外、この男こそが世界を守ったのかもしれないと後で考えた。

2023-04-19 15:18:54 | 小説。
成績は優秀だったし、学校でいじめにあったわけでもない。
だから両親から何故だと不思議がられた。

僕は引きこもり。

何もかもが嫌になった――とだけ言うのは卑怯か。
理由はもっと奥にある。

僕は、次の僕に成長しなければならない。
布団にくるまっている今は、さながら蛹だ。

「何もかもが嫌になった」。
それは事実だが、話はそこで終わらない。
「だから全てぶっ壊す」。
そう続く。
そのためには、幼虫の僕では駄目なのだ。

まずやろうと思っているのは、隣の席の生徒を殺すこと。
これが最初にして最大のハードルだと思っている。
人は人を、そう簡単には殺せない。
技術的にではない。
覚悟的に、だ。

意識を組み替えろ。
感覚をアップデートしろ。
世界の認識を改めろ。

ヒトを殺せる僕であれ。

そこが始まりだ。
蛹の僕は思考する。
いつ殺す?
どうやって殺す?
殺した後、次に繋げるには?
全てイメージし、滑らかに行動できなくてはならない。
無意識のストッパーや善意、良心といったものは不要。
そういったものは、蛹のうちに捨ててしまえ。

だからこれは、休息に見えて休息ではない。
次なる段階のための準備期間。
新しい僕を作り上げるための。

何度も何度も思考しろ。
蛹の期間は短いぞ。
柔軟に、ドロドロに溶けゆく脳で思考しろ。
不測の事態に備えることも忘れるな。

さあ、全ての準備が整ったなら。
輝かしい羽化が待っている。

Four

2023-04-11 16:10:31 | 小説。
男は、四人の女性と同時に交際していた。
付き合い始めた順に、1号、2号、3号、4号。
四股である。
事実を知った女性たちは大層怒り狂い――

男を四等分することにした。

体を引き裂いて、それぞれの好みの部位を持っていく。
そういう取り決めをした。
しかし、どうしても頭部に人気が集中する。
次に胴体である。
なかなか決められることではない。
何せ自分を蔑ろにされた四人である。
互いの気持ちは痛い程分かっていた。
この四人の誰一人として不満を持ってはならない。

ならば、両腕と両足、四肢をバラバラにしてそれぞれ持ち帰ろう。
そういう話になった。

1号は左腕、2号は右腕、3号は左足、4号は右足に決めた。
そこからは早かった。
1号が男を呼び出し、2号が背後から頭を鈍器で殴る。
あとは、四人がかりで遺体を1号の家へ持ち去るだけである。
頭部は誰も所有しない約束だったので、損傷しても構わなかった。

1号の家で、四人は仲良く男を切断する。
骨を切断するのは無理だね、とか。
結構筋張ってて切り分けにくいね、とか。
そういう雑談を交わしながら。

誰かが1号に言った。
部屋を血塗れにしてごめんね、と。
1号は何とも思ってないよと笑って答えた。
フローリングだから拭いて終わりだ、と。
しかし、血のシミが出来るのはちょっと嬉しいな、と内心思っていた。

人を解体するのは存外骨が折れるものだ。
四人は一日がかりで男を解体した。
そしてそれぞれの望みのパーツを持ち帰っていく。
いい思い出になったね、と1号は言った。
皆頷く。
それと同時に、もう二度と会うことはないだろうと全員が思う。

さあ、警察がやってくるまではこの左腕と一緒だ――。

解散した後、1号は部屋で左腕と添い寝しながら幸せな気持ちになった。

悪魔召喚

2023-03-20 11:09:10 | 小説。
僕の夢は世界一の大金持ちになること。
そのために悪魔と契約してやる。
独自に作り上げた悪魔召喚プログラムで悪魔を呼び出した。

「初めまして、私は悪魔だ。どんな願いでも寿命1年と引き換えに叶えてやろう」
「僕を世界一の大金持ちにしてください」
「簡単なことだ。では1年の寿命を貰うぞ――」

「おや、寿命が足りないようだ」

Heaven

2023-03-19 14:08:07 | 小説。
「死後に天国があることが科学的に証明されたらしい」
友人の木島がそんなことを言った。
「だったら、池田。この世に価値などないと思わないか?」
と続ける。

「木島、お前受験ノイローゼなんだよ」
僕はそんな風に軽くいなした。
僕らは受験生。
将来の不安、学校・親からのプレッシャー、根強いいじめ問題。
ストレスの元は山のようにある。
だから、逃避の一環として木島がそんな思想に取り憑かれるのは分かる。

まあ聞けよ、と木島は譲らない。
「死後魂は肉体を離れる、というのは多くの宗教が言っている。
 問題はその魂がどこへ行くかだ。
 従来の宗教は地獄か天国か、或いは転生かだった。
 しかし、偉い科学者が死後は天国一択だと言うじゃないか。
 だったら俺らはこんなところで一体何をしてるんだ?
 即、死ぬしかないだろ」

「情報が増えてるようで増えてない・・・」
僕は呆れて溜息をついた。
結局、物理的に「天国」とは何なのかといったことは解決していない。
魂とやらの存在もだ。
死後の世界など誰も知りようがないのだから、何とでも言える。
死人に口なしである。

「とにかく、天国はある。これは救いじゃないか?」
「木島。それは救いじゃない。逃避だよ」
「逃避大いに結構。池田、俺は天国に逃避する」
木島は教室のガラス窓に寄り掛かり、気怠そうにそう言った。

逃避大いに結構。
それはまさにそうなのだけど。
その先が「死」であってはいけないと思う。
「死」は「無」だ。
長い人生を辿り、ようやく訪れるならばやむを得ない。
しかし、知識教養を身に着け始めたばかりの僕らが行くものではない。
僕ら十代の若者は、これから「生」を始めると言ってもいい。

逃避するなら、違う学校へ行くとか、環境を変える方向であるべきだ。
木島をいじめる奴がいて、それを排除する手伝いなら何でもやる。
しかし、天国はよくない。

「志望校のランクを落とすとか、そういう逃避じゃいけないのか?」
僕は譲歩として他の案を出す。
「悪くないが、それでも天国の魅力には勝てないだろう」
・・・まあ、もっともな話だ。
天国を信じる人間に、現世の中ではマシ程度の提案をしてもな。

結局、信じるか信じないかの二択なのだ、と木島は言う。
天国を信じるか否か。
その科学者の言を信じるか否か。
詰まるところそれだけの話。

「天国はあるんだ。だったら、こんな辛い現世を生きる意味がどこにある?」

木島の中で、地道な努力は水泡に帰した。
宗教のせいか、科学のせいか。
いや、両方ひっくるめて宗教なのか。
とにかく、現世での生に価値はなくなった。

もう、目の前の友人を止める術は――僕にはない。
どれだけ説得しても、次善の策を提案しても、天国相手じゃ勝てない。
何せ天国である。
あらゆる不快がなく、穏やかで、満たされた世界。
そんなもの、現世にはありはしない。
だから僕は言った。

「天国、あるといいな」

木島は返す。

「あるさ。池田もすぐ来いよ」

向こうで待ってる――。
そう言いながら、木島はガラス窓を開けて教室から飛び降りた。
満たされた笑顔だった。
成る程、天国はあるのかも知れない。
その一瞬の笑顔だけでも、僕は天国の存在を信じそうになった。