僕は超能力者だ。
触れた者の記憶を自由に読み取ることができる。
そんな僕が今、人助けをするか否かの岐路に立たされている。
目の前で、年配の男が轢き逃げされた。
駆け寄った時には虫の息だった。
その時、僕の超能力が発動し、男のことが分かった。
男は南米から日本へ金を輸入する事業を行う社長だった。
しかし、問題はその金が違法金山から産出されたものだったことだ。
現地で何百という労働者を奴隷同然に働かせていた。
産業廃棄物も垂れ流し放題、森林も伐採し放題。
男をこのまま見捨てれば、この男しかルートを持たない会社を潰せる。
つまり、現地の労働者は解放され、違法金山はダメージを受けるだろう。
とても有益なこととすら言える。
しかし、この男を生かせば、これまで通り違法金山は動き続け――
日本はその莫大な利益の恩恵を受け続けることができる。
スマホや家電が安く作れるのはこの男のおかげと言っていい。
それに何より、目の前の困った人を助けるのは気分がいい。
迷うまでもないな、と思った。
男を助けよう。
僕はスマホで救急車を呼ぶ。
これで男は助かるだろう。
地球の裏で何人の労働者が奴隷扱いされているのかは知らない。
知ったことじゃない。
しかし――この男のお陰で、僕はスマホを安く買うことができている。
貧しい者にとって、この選択は決して間違いではない。
一時の正義感にかられて男を殺せばどうなるか。
日本は格安の金を失い、様々なものの値段が上がるだろう。
そうすれば、次に苦しむのは日本人であり――僕や僕の家族だ。
今の日本は、それを受け入れられるほど豊かではない。
僕だって、普段は社畜と呼ばれる地位にいる。
同僚が次々と病み、脱落していく。
これは奴隷とどう違うというのだろう。
金持ちの残飯にありつくことが、僕達の生きる唯一の道なのだ。