和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

僕たちの文化祭(8)

2015-12-31 15:15:57 | 小説――「僕たちの文化祭」
「生徒会長の宮内です。
 さて、今年の文化祭も終了となります。
 みなさん、存分に楽しめたでしょうか?

 今年、個人的に特に印象深かったのは演劇部の舞台でした。
 まさかロミオとジュリエットにSF要素が加わるとは思ってもみませんでした。
 友人である演劇部OBに聞いたところによると、一人のアドリブから始まったそうです。
 アドリブというのもなかなか侮れないものですね。

 みなさんが印象に残ったのはどの発表でしたか?
 それぞれ、思い出に残る文化祭だったことを祈ります。

 今年も、大きな事故もトラブルもなく、こうして無事文化祭を終えることができました。
 それもひとえにみなさんの協力があってこそだと思います。
 生徒会の面々も、お疲れ様でした。

 さて、このように素晴らしい文化祭でしたが、来年の話も。
 僕ら生徒会役員は引退・卒業していますが、後輩にこの伝統を引き継がねばなりません。
 それは何も生徒会だけに限ったことではなく、一般の生徒についてもです。
 我が校の素晴らしい伝統として、楽しい文化祭を残していきたい。
 そのためにはみなさんの今以上の協力が必要です。
 我々生徒会は、そのお手伝いとして今から来年へ向けて準備を進めていきます。
 そういった裏方の仕事に興味がある方は、是非生徒会へ。
 いつでも待っています。

 最後になりましたが、いつも我々生徒を優しく見守ってくださる教職員のみなさん。
 それから、何より保護者のみなさんには、厚く御礼申し上げます。
 今後とも、未熟な我々を導いて頂ければと存じます。

 それではみなさん、お疲れ様でした。
 これから撤収となりますが、後片付けまで含めて文化祭です。
 もう一頑張り、よろしくお願い致します。

 以上、生徒会長宮内真尋の挨拶とさせて頂きます」

ちょっとスピーチが長かっただろうか。
僕はそんな反省をしつつ、壇上から降りる。
お疲れ様でした、と副会長。
さあこれで文化祭での僕の役目も終了だ。
諸々後始末はあるが、役員に任せて構わないだろう。

今年の文化祭も、滞りなく終了した。
問題は何一つ上がってきていない。
平穏無事。
素晴らしいことじゃないか。

勿論これは僕の手柄じゃない。
たまたま生徒会長という役職だから注目を浴びてしまうが。
結局、会長とはお飾りに過ぎないのだとつくづく思う。
味方に恵まれた。
それが、僕の生徒会長として得た感想だ。

文化祭終了となると、生徒会も世代交代だ。
僕ら3年生はこれで引退。
これから受験に向けて一直線、ということになる。
さて、来年の生徒会はどうなるだろうか。
現副会長を中心に、まとまってくれるといいのだが。

ともかく、高校最後の文化祭、非常に上手くいったと言えるのではないだろうか。
これが実質最後の仕事となると、実に誇らしい気分になる。

あとは、卒業まで受験に専念といったところだ。
それは何も僕だけでなく、3年生全てに言えることだが。
こうやって、文化祭というステージで各々輝かしく引退できたことを祈るばかりだ。
一部、既に引退済みの部活もあるみたいだけどね。

さあ、これで高校生活も一段落。
楽しいことも。
悲しいことも。
辛いことも。
色々あった高校生活だが、生徒会長として充実した日々だった。

僕らの未来は輝かしい。
これから受験、大学生活を経て、より一層輝いていければと思う。

うん。
いい文化祭だった!
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僕たちの文化祭(7)

2015-12-30 14:19:34 | 小説――「僕たちの文化祭」
文化祭真っ最中。

B棟を加藤に任せ、俺はA棟の見回りを行うことになった。
一通り見て回ったが、今のところ特に異常はない。
表面上は、だが。
裏では何が起こっているのか分かったものではない。
学校とは、そういうトコロだ。

俺は知っている。
知っているも何も、自身が異常の塊のようなものだと自覚している。

人が死ぬ瞬間を見てみたい。

それが俺の夢だった。
特に、愛する人、掛け替えのない人が死ぬ様を見たい。
それは、どれほどの喪失感を伴うものなのだろうか?
その疑問に、今日答えが出る。

場所は、現在使われていない旧校舎。
文化祭であっても人の賑わいがないポジションだ。
基本、ここへは立ち入り禁止となっている。
が、そんなことはどうとでもなるものだ。

仕事である見回りも早々に切り上げて。
俺は、約束の時間ぴったりにそこへと着いた。
今日、ここで、人が死ぬ。
夢が叶う場所だ。
人通りのない寂しい場所だが、この際仕方がない。
人が悲しくも死んでいく場面。
それが見られれば文句などあるはずもないのだから。

俺は旧校舎屋上を見上げる。
そこには、約束通り、一人の少女が立っていた。
フェンスを乗り越え、今にも落下しそうな少女。
ここからではその表情までうかがい知ることはできない。
しかし――きっと彼女は微笑っているのだろうな、と思った。

彼女の名は、乾今日子。
俺、丘裕也の恋人だ。

俺は、恋人に、目の前で死んで欲しいとお願いした。
そして彼女はそれを快く受け入れてくれた。

ああ、何と深い愛情だろうか。
恋人のために死んでくれる。
これほどの愛はない。
きっと、俺にだって真似できない。

俺は本当にいい恋人に恵まれた。
そんな大事な、素敵な恋人が、これから死んでいく。
胸が高鳴った。
そこには、どんな喪失感が待っているのだろうか。

屋上の彼女がこちらを向いた。
手を振っている・・・ように見える。

そして、躊躇することもなく。
ひらりと舞い降りた。

落下。

物凄いスピードで、落ちてくる。
これは確実に死ぬ、そんな速度。
そして、地面に衝突する。
瞬間、花が咲いた。
彼女を中心に、赤い血が凛と広がる。
それはそれは、美しい花だった。

そうか、これが死か。
途端に、強烈な寂寥感が全身を覆った。
彼女はもう喋らない。動かない。
当然のことだ。分かりきっていたことだ。
しかし、実感として得るものは予備知識とはまるで違う。
体感とはなんと甘美なことだろう。

どれだけの時間、俺はここに立ち尽くしていただろう。
感動、愉悦、悲哀、絶望、苦渋、恍惚。
様々な感情が入り混じり、これまでに経験したことのない興奮に包まれていた。
愛する人の死というのは、こんなにも様々なものをもたらしてくれるのか。
これはきっと、生涯に一度きりの体験だ。

しかし、いつまでもこうしてはいられない。
いくら人通りが少ないとはいえ、いずれここにも人は来る。
何より、丘裕也が戻ってこないとなればいくらか委員会で騒ぎになるだろう。
まずは、委員長の鶴崎に連絡しておこう。
問題が発覚して嫌がる彼の顔を浮かべると、少し笑ってしまった。
後で謝っておこうと思う。
さて、鶴崎はこの問題にどう対処するのだろうか。
俺は、そんなことを考えながら、旧校舎裏を後にした。

さあ、仕事仕事。
俺の密やかな文化祭は、これにて幕を閉じるのだった。
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僕たちの文化祭(6)

2015-12-29 13:44:05 | 小説――「僕たちの文化祭」
そして文化祭が始まった。

「加藤はB棟を頼む。俺はA棟を担当しよう」
丘がそう言った。
B棟は、理科室や視聴覚室といった特殊教室のための棟。
文化祭では部活連中が主に使う場所だ。
クラスが展示や模擬店を行うのはクラス棟、A棟の方。
圧倒的に、人口密度はA棟の方が高い。
だからB棟担当というのは非常に楽ができると言っていい。

自ら大変なA棟を選ぶというのは、何とも丘らしい。
あいつはこういうところで真面目だ。

ともあれ、俺としては楽なB棟を任されて文句などない。
了解、と言って俺たちはそれぞれの持ち場へ散った。

さて、見回りということだが・・・。
正直何をすればいいか具体的には分からない。
多分、常識はずれなことを見つけたら適宜指摘して本部へ連絡すればいいだろう。
何となく、そう認識している。

文化祭はもう始まっている。
取り敢えず、B棟の最上階から順に見ていけばいいだろう。
B棟4階――

奥から順に、文芸部・情報処理部・美術部・華道部。

まず、一番奥の文芸部から確認していくことにする。
4階までの階段を上り、一番奥へと歩く。
文芸部。
文芸部といえば、あいつ――真鍋真司が部長だ。

正直に言って、真鍋はあまり得意じゃない。
同じクラスだが、話したこともそれほどないし、そもそも話しかけにくい。
何というか、オーラが。
ひとりにしてくれと言わんばかりの態度が。
俺を、というかクラス全体を、遠ざけようとしているように思える。
まあ、本人はそんなこと考えてないかも知れないのだが。

何にせよ気が重いな、と思いながら、俺は文芸部のドアを開ける。

「文化祭実行委員です、見回りに来ましたー」
客はいない。
そもそもこのフロア自体まだ客がきていないようだった。
これだと、トラブルが起きようもないか。

と、そこで教室の奥から聞き慣れない声が聞こえた。
「加藤・・・やっぱり来たな」
真鍋だ。
真鍋が忌々しそうな眼で、こちらを見ている。

他の部員はいない。
皆出払っているのか、そもそも文芸部に他の部員がいないのか。

やっぱり来たな。
真鍋はそう言った。
コイツは部長だ。
文化祭前の部長会議でお互いを確認している。
だから、俺が見回りに来るのも予想していた、ということだろうが・・・。

眼が。

何かに取り憑かれたような――。
尋常じゃない眼をしていた。

薄暗い部屋で、キラリと何かが光る。
「僕は敗者じゃない。負け犬じゃない。勝つ・・・勝つんだ」
よく意味の分からない事を呟きながら、こちらへと歩いてきた。

その手で鈍く光るのは、サバイバルナイフ。

「真鍋、どうしたんだ? ナイフなんか持って」
「加藤。僕はもう、負けない。お前たちになんか、負けるものか」

話が通じていない。
異常事態・・・だろうか?
思わず職務を連想する。見回り。異常があれば報告する。
しかし、これはどういう異常だ?
想定していたものと、大幅に異なっている。

「加藤ォォォ!」
勢いよく、真鍋がこちらへ突進してきた。
未だ何が起こっているのか分からない俺は、その場で立ち尽くす。

ドン、と真鍋の肩がぶつかる。
と同時に、腹部に鋭い痛み――。

刺された・・・?

意味が、分からない。
何が起きているんだろう。
何故、俺が真鍋に刺されているんだろう。

「ま、なべ・・・?」
「僕は負けない。強くなるんだ。勝つ、勝つ、勝つ・・・!」
そのまま、真鍋は刃をねじり込む。
より一層の激痛。
これは、ヤバい・・・のか・・・?
頭が回らない。

「はは、ははは、はははは!」
痛みに耐えかねてくずおれる俺を見て、真鍋が嗤う。
「勝った、僕は勝ったんだ!」

ははは、ひひひ、あーっはっはっは!

意味が、分からない。

どうして嗤う。
どうして痛む。
どうして。どうして。どうして。

異様な出血の中、何も分からないまま、俺の意識は遠ざかっていった。
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僕たちの文化祭(5)

2015-12-28 07:52:33 | 小説――「僕たちの文化祭」
「さあ、文化祭当日です」

僕は委員のメンバーに向けてそう宣言する。

文化祭実行委員の面々は、どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。

その場が楽しければいい。
ノリで行動する。
善悪の判断が曖昧。

これが本当に学内から集められた代表者なのかと不思議に思う。
だから僕は、無駄かもしれないと考えつつも、祈るようにこう言うしかない。
「つつがなく、文化祭を行っていけますよう、みなさんご尽力下さい」
何がご尽力だ。どうせこいつらは三歩歩けば物事を忘れる。
あとに残るのは問題ばかりだ。
そして、その問題の責任は全て委員長たる僕のもとにやってくるに違いない。
準備の時点でそうだった。
本番となれば尚更だろう。

この学校には問題が多すぎる。
闇が――多すぎる。
文化祭という特殊なシチュエーションで、それが噴出しないわけがない。
学生たちのお祭り騒ぎに、学外の人間まで入り混じってくるのだ。
これはもう、絶対に何かが起こる。
もしくは、何かが、バレる。
闇が、明らかになる。

そんな、従来からの問題点を、文化祭実行委員に背負わされてはたまらない。
そういうのは学校職員の責任であるべきだ。
しかし、そうはいくまい。
文化祭中に何か問題が起これば、それは全て実行委員へと振りかかる。
トカゲのしっぽは切られるために存在していると言っていい。
だったら。
何としても、問題を起こさせてはいけない。

否。

問題を露見させてはいけないのだ。

そう考えた時、文化祭本番で委員がなすべきことは見えてくる。
月並みだが、見回りの強化と問題処理の対応強化だ。
問題の処理については、ブレーンが行う必要が出てくる。
つまり委員長である僕はこの本部から動けないということだ。
そうなれば、残る見回りの強化――だが。

「丘先輩」
僕は、委員の中から一人の三年生を指名する。
「はい」
丘裕也。
特に問題行動を起こさないと見られる真面目な生徒。
しかも卒業・進学を控えた三年生だ。
僕の思うところは十分に汲んでくれるだろう。
「先輩には、今日の見回りの指揮を執って頂きたいと思います」
「承知しました」
見回り部隊は彼に任せる――責任を押し付ける。

「加藤をサブリーダーとして指名したいのですが、構いませんか?」
丘先輩はそんな進言をしてきた。
「もちろん、構いません」
そちらで仲良くやってくれる分には、一向に問題ない。
丘先輩と加藤先輩は親しい間柄と見受けられる。
コミュニケーションも図りやすいだろうし、こっちからお願いしたいくらいだ。

そんな二人を先頭に、約10名が見回り部隊として動いてもらう。
そして約5名が本部における問題処理だ。
両部隊間で、必要に応じて適宜1~2名をスワップしながら文化祭本番に当たる。

そんな最終打ち合わせをして、事前会議は解散した。
この後全校集会が行われ、それが終わればついに文化祭本番となる。

ああ、厭だ。

楽しいことなどひとつもない。
何が祭だ。文化祭だ。
この学校において、そんな平和なイベントが平和なまま終わるわけがないじゃないか。
つまり実行委員は、この僕は、学校のためのスケープゴートに過ぎないのだ。
何かがあれば全てこいつが責任を取りますよ、というポジション。
それでいて、完全な仕事をしてもそれで当然という評価。
内申書に好影響があったりするわけでもない。
やってられるか。

それでもやらねば。
一度任命されてしまった以上、もはや逃げ道はない。
最後まで事を荒立てずにやり切る。
それだけだ。

ひとつ、大きく息を吐く。

せめて文化祭の間は、何も起きませんように。

無駄に近い祈りを捧げ、僕は委員会本部を後にした。
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僕たちの文化祭(4)

2015-12-27 17:28:52 | 小説――「僕たちの文化祭」
もうすぐ文化祭。

僕、真鍋真司は、その時を待っている。
文化祭当日。
それこそが復讐の日。
いや――開放の日、か。

「僕は悪くない」
そんなことを思っていた。
理不尽は空から降ってきて、決して避けられるものではないと。
不条理は足元から湧いてきて、泥濘は両足を捕らえて離さないと。
全て降って湧いたものだと。
僕以外の何かが、誰かが悪いのだと。
――そんなことを、思っていた。

僕が間違っていた。
全くもって、ずれていた。
理不尽も不条理も、悪いのは僕なのだ。
弱い僕が悪いのだ。

人生は戦争だ。
理不尽と感じるならば、不条理と感じるならば。
理想は勝ち取ることでしか得られない。
僕は今まで、負け続けてきた。
だからこんなに苦しいのだ。
こんなに哀しいのだ。

強者は容易く弱者を蹂躙する。
それはこの世界において当然のこと。
だから、弱者はいつだって生きていけない。

隙を見せれば攻められる。
逆に言えば、隙を見つけたなら攻めずにはいられない。
それが僕ら――人間の性なのだ。

だったら話は簡単だ。
勝てばいい。
強くあればいい。
僕を攻撃すればただでは済まないと、思い知らせればいい。

負け犬の汚名を雪ぎ、勝利をつかめ!
いつだって、戦争のルールはそれだけなのだ。

さあ、そうなれば、あとは準備だ。
万端の準備をもって、彼らを出迎えるのだ。

ここにきて、教室から――クラスの展示の準備から逃げ出したことが活きた。
迎え撃つのは、自分のテリトリーがいい。
教室にさえ居場所のない僕の、唯一の居場所。
そこで、彼らを待てばいい。
弱者である僕を、強者である彼らは見逃さない。
必ずこの場所へ現れる。
そこを突く。

僕は、弱かった。
それは多分、今でもそうだろう。
だから、変わらなければならない。
強くなって、勝たなければならない。
いつまでも惨めな敗者ではいられない。

戦うぞ。

戦争が悪いのではない。
敗戦が悪いのだ。

やるからには勝たないといけない。
負けた時、人は初めて悪となる。
そこが、分かっていなかった。
しかし、僕は気づいたのだ。
だから負けない。
負けるわけにはいかない。
いかなる手を用いても――僕は勝つのだ。
この絶望的な状況を、覆してやるのだ。

僕は正義だ。
正義となるのだ。

そのためには、ヒトゴロシだって厭わない。

崇高なる理想を掲げて。
負け犬の汚名を雪げ。
絶望を覆せ。
正義となれ。

さあ、文化祭が始まる――。
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僕たちの文化祭(3)

2015-12-26 12:19:41 | 小説――「僕たちの文化祭」
もうすぐ文化祭。

それにしても。
「去年と同じ演目って、意味あるのかね?」
演劇部としての意味。
同じ演目を、ただリピートするだけの退屈。
俺はそんな文化祭、認めない。

「私は、高校初の文化祭なんで楽しみにしてますけどね」
演劇部期待の1年生、杵柄愛菜がそう言った。
「っていうか、何で去年と同じ演目なんでしょう?」
「新入生に配慮したんじゃね?」
「それはそれは、ありがたい限りですね」
ちょっとした嫌味にも一向に動じない。
新人・杵柄はなかなか太い神経をしていた。

同じ演目とはいえ、先輩たちは引退している。
つまり、演者は変わるということだ。
俺も去年――1年生の時とは別の役を演じることになっている。
しかし、正直気が乗らない。

「いいじゃないですか、別の役なんですから。新鮮でしょ?」
あー、こいつは、俺の気持ちなんぞ微塵も分かってくれないのだな。
「同じ話をやるんだぞ? つまらないに決まってる」
「古典なんだから、そんなもんでしょー」
むう。一理あるような気がする。

そもそも、ウチの演劇部に専属の脚本家がいないのが問題なのだ。
「なあ杵柄、お前脚本とか書けないの?」
「書けませんよ。それを言うなら、堀越先輩こそどうなんですか」
「書けるわけねぇだろぉー」
つくづく、役者な二人だった。

まあ、仮に新しい脚本があったとしても、今からでは遅い。
既に今回の演目については練習を重ねてきた。
重ねてきてしまった。
セリフも全部頭に入っている。
ここから完全に別の演目に切り替えるのは不可能だ。

「そういうことは、演目決定の打ち合わせで言うべきでしたね」
やや呆れ顔の杵柄。
こいつは多分、俺のことを先輩だと思っていない。
同級生か、下手したら後輩だと思っている。
舐められたものである。

「俺はさ」
と、ここで話をあさっての方向にブン投げる。
「RPGの経験値稼ぎとかが、嫌いなタイプなんだよね」
「はあ、私は割と好きな方ですが」
「こう、大きな目標に向けてちまちまと作業を積み重ねるのが我慢ならねぇ」
魔王の城が見えてるのに、大きく迂回していくのが辛い。
目的地が海の向こうにあるのなら、迂回するんじゃなくて船で突っ切れよ。
カギが必要な扉は破壊しろよ。
そんなことを言いたくなる。

「確かに堀越先輩はそんな感じですね」
アクション系が好きなタイプでしょ、と見透かされた。
その通りである。
「要するに、飽きっぽいんですよ。ダメ人間ですね」
「ダメ人間ゆうな」
仮にも先輩に対してその口ぶりはいかがなものか。

ともかく、である。
「同じ演目を、同じ文化祭というタイミングでやるってのがなぁ」
「さっきも言いましたけど、決まっちゃった以上仕方ないじゃないですか」
「小言か。お前は俺の母ちゃんか」
どっちかと言えば俺が子供っぽすぎるんだろうけども。

「さ、練習ですよ」
杵柄が言う。
「最後まで確認しておかなきゃですからね」
「えー、もういいだろー」
「よくありません。私、高校初舞台なんですからね」
「何とかなるってー。セリフ飛んでもアドリブでごまかすってー」
「そんな無茶ができるのは堀越先輩だけですから」
アドリブ楽しいのにな。

仕方なく椅子から立ち上がると、所定の立ち位置へと移動する。
読み合わせだけでいいんじゃないかなぁ。
と、言いかけたがやめた。
決して杵柄の目線によるプレッシャーに負けたわけではない。

こうして、最後の通し練習を行って。

さあ、文化祭が始まる――。
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僕たちの文化祭(2)

2015-12-22 13:04:04 | 小説――「僕たちの文化祭」
もうすぐ文化祭。

「文化祭といえば、ライブどうする?」
軽音部部長、桐谷桃矢がそんなことを呟いた。
文化祭といえばライブ。
軽音部なのだから、それが自然な流れだろう。

だけど私は。
「んー、無理かなぁ・・・」
そんなことを、言ってみる。
「あー・・・やっぱり?」
桐谷は、こんな私のことをよく知っている。

ライブそのものに、不参加。

軽音部としてあるまじき姿勢だ。
しかし、それが私。
溝旗友絵の本心なのだった。

「キーボード弾けるの、溝旗だけなんだけどな」
「ごめん。でもやっぱ無理」
申し訳なくて小声になる。
やっぱり、軽音部というからにはライブがやりたい。
そう思うのが普通だろう。
私は、異端の集まる軽音部においても尚異端なのだ。

「ま、嫌がる人を無理矢理引っ張り出しはしないけど」
そんなにライブが嫌かねぇ、と桐谷は呆れた。

じゃあ、何で軽音部にいるの?
と問われれば、単純に音楽が好きなだけだと答える。

じゃあ、何でライブが嫌いなの?
と問われれば――これは少し、難しい。
人前に出るのが嫌いだから。
そして、自分の思想を触れ回るのが嫌いだから。

音楽というのは、ある意味で心象風景の開示だ。
何が好きで何が嫌いなのか。
人生において何に重きを置いているのか。
それらが全てオープンになる。
だから堪らなく、嫌なのだ。

外に漏らさず、引きこもった檻の中で奏でるもの。
私にとって音楽とはそういう位置付けだ。
練習みたいに誰も観客のいない場所で演奏するのは好きなのに。
そんなことをいつも考えている。

だったら一人でやれば、と思われるかもしれないが、それも違う。
私はあくまで、バンド単位での活動が好きなのだ。
例えば、目の前にいる桐谷のベース。
そのリズムに乗せてキーボードを引くのが良い。
とても良い。
つまり、私の音楽は一人では完結しないということ。

桐谷のベースがあって渡辺のドラムがあって遠藤のギターがあって。
そこで初めて、私の音楽が始まる。
音が鳴り始める。

とにかく、と私は言った。
「私は、不参加で」
「キーボード無しだと、だいぶ変わっちゃうなー」
仕方ないか、と桐谷が言った。
困った顔に、もう一度申し訳ないと思う。

ライブ不参加は、何も今に始まったことではない。
入部当時から言い続けたことだ。
それでも、メンバーは私の気が変わるかもとバンド活動を続けてくれた。
そして、私の気は変わらなかった。

予想通り。
予定通り。
想定通り。

とはいえ、気まずいのは確かだった。
文化祭当日は、取り敢えず、逃げるようにどこかへ行きたいと思う。
掛け持ちの文芸部の方にでも顔を出すか。
そんなことを考えながら。

さあ、文化祭が始まる――。
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僕たちの文化祭(1)

2015-12-21 17:12:40 | 小説――「僕たちの文化祭」
もうすぐ文化祭。

・・・とは言っても。
「ねえ敷島くん」
乾さんがそう僕に声をかける。
「なに?」
「文化祭、本当に何もしなくていいのかな?」
「・・・いいんじゃねえの?」
僕はいつも通り、我ながら愛想のないトーンで答えた。

部長である僕がそう言うのなら、と乾さんは納得したようだった。
――そもそも、将棋部は文化祭で何かするものなのか。
顧問の先生からは、一応何かやれと言われていた。
なので形だけ、毎年恒例、将棋の歴史の読み物を展示することにした。
将棋の起源はどこなのかとか、将棋部員でさえどうでもいい内容だ。

そんなわけで。
文化祭も近いのに、僕らはのんびり将棋を指している。
ちなみに、乾さんはガチで強い。
僕はまあ、駒の動かし方しか知らない人よりは強いくらい。

「ところで乾さん」
「んー? 待ったはナシね」
「そうじゃなくて」
僕は、ちょっとだけ気になっている疑問をぶつけることにした。

「文化祭で自殺するって、マジ?」

「あー、マジマジ。旧校舎の屋上からI can fly」
「いや、飛べねーとは思うけど」
僕は苦笑しながらそう言った。

乾さんは、忙しい人だ。
彼氏がおかしな人だったり。
両親が今年に入って急に離婚したり。
変に成績がいいからちょっと無理めの大学を受験させられたり。

「何だかもう、疲れちゃって」
と、乾さんは笑った。

きっと、この人は笑いながら飛び降りるのだろう。
何の躊躇も未練も恐怖もなく。
何だかんだ、乾さん自身が一番変な人なのだ。

「そんなわけで、あとはよろしくね、部長」
「・・・乾さんがいなくなると、将棋部は僕一人になるんだけど」
部員、2名。
部長と副部長の将棋部だ。
副部長がいなくなると、部長が一人だけの部活になる。
何だそれ。部活って言えるのか?
「そこはほら、新入部員を何とか捕まえてさー」
無理だ。
無理だったからこその現状だ。
春、新入生狙いのオリエンテーションを経ても変わらず。
掲示板に部員募集のチラシを貼っても変わらず。
そのまま秋になった。
そしてそのまま、僕ら3年生は卒業するのだろう。

何の事はない。
乾さんが飛んでも、将棋部の寿命は大差ないのだ。
だったらもう、何も考えず彼女を見送るしかない。
その後は、あれだ。
一人、新聞の詰将棋でも解きながら卒業を待つさ。

パチン、パチンと、無言の部室に駒の音が響く。
僕は多分、この音が好きで将棋をやっているのだ。

「寂しくなる?」
乾さんは問いかけた。
「まさか」
僕は即座に否定する。
「そうよね、君って、そういう奴よね」
・・・何だか、心外なことを言われた気がする。
まあいいか。

さあ、文化祭が始まる――。
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