ep第36話← →ep第38話
********************
真澄から正式に亜弓の紅天女公演が決まったということを聞いたのは、
6月に入ってのことだった。
「上演期間は例年通り新年1月2日からの一ヶ月、場所は大都劇場だ」
亜弓が紅天女を演じるに先立ち、黒沼によるオーディションが開催されたことは
真澄から聞いていた。
一緒に観るかと聞かれたマヤは亜弓の紅天女は、劇場で観るまで楽しみに待っていると
その申し出を断っていた。
「舞台発表の会見には君にも同席してもらうから」
「速水さんは一緒じゃないんですか?」
マヤの質問に、もう表に出るのはこりごりだと苦笑いする。
4月末の会見に同席して以来、すっかりイケメン社長として
世の注目を浴びてしまった真澄。
どうせすぐに飽きられるだろうとタカをくくっていたが、
反対に世間はますます盛り上がりを見せ、ここ1ヶ月は
写真誌だけでなく女性誌までもが、
載せれば部数が上がるキラーコンテンツとして連日特集が
組まれる始末だ。
「流行語大賞も狙えますわよ」
まじめくさった水城の顔に、思わずマヤのマネージャー大原は吹き出す。
ここは大都芸能社長室。
マヤは先ほどから話題にのぼっている紅天女の来春公演のこと、
そして今後の仕事のことで事務所に呼ばれているのだ。
「冗談はさておき・・・」
付き合いきれないといった様子の真澄が、机に幾つかの台本を広げた。
「ここ数年、年末は紅天女の稽古で埋まっていたからな。
時間がある分せっかくだからじっくりと取り組める作品を選びたいと思っている」
紅天女の舞台は南北朝時代のため、とかくマヤに対して時代劇のイメージがつきまとう。
せっかくなら、紅天女から遠く離れた役に取り組むのも手だ・・・
真澄、大原そして水城も混ざってさながら戦略会議の様相を呈してきた。
「ブツブツブツブツ・・・・・」
そんな白熱した社長室の中でひとり、黙々と一つの台本を
読むマヤ。
「マヤ、マヤっ!!」
「ブツブツブツブツ・・・・・」
真澄の声にも気づかず集中するマヤに、三人は呆れたような、
驚いたような表情で、誰からともなく顔を見合わせた。
『Letouch of Love』
のちにこれがマヤ初主演ドラマとなるーーーー
**
マヤは亜弓と共に来春の紅天女公演発表会見に臨んだ。
最初は代表質問による一通りの質疑が続いていたが、
自由質問に移ると、電撃復帰を果たした亜弓
そして上演権を保有するマヤへと矢継ぎ早に質問が投げかけられた。
亜弓に対しては、休業中何をして過ごしていたたのかという軽めの質問から
始まり、徐々に2年前紅天女の試演に敗れた時の心境や、
一度はあきらめた紅天女を演じるということに不安はないかといった
踏み込んだ質問が続く。
そもそもなぜ亜弓が休業していたのかその真相を知る者はほとんどいないのだ。
「みなさんが、いろいろとご心配されていることは察しておりますが、
私からは一言だけ申し上げてもいいかしら?」
場の雰囲気を変えるような、そんな凛とした亜弓の声が響き渡る。
「今回、紅天女に関する話が最初にあった際、私も皆様と同じような感情を
抱きました。
ずっと目指してきたもの、なによりも目標にしてきたもの、それをどうして
安易に他の人間に演らせようとするのか、上演権保持者である北島マヤに
深い憤りを覚えたことも事実です。」
言葉の厳しさとはうらはらに、隣に座るマヤを見る亜弓の目は優しい。
記者たちもかたずを飲んで次の言葉を待つ中、しきりにたかれるフラッシュの光だけが
亜弓を、そしてマヤの顔を照らし続ける。
「その感情を消し去ったのは他でもありません、今年始めの『紅天女』公演です。」
あの舞台を観て、私はすべてを悟った。
北島マヤという女優が『紅天女』をどう思っているのか、そしてなぜ私なのかということ・・・。
「彼女の紅天女に一切の妥協はなかった。
むしろ進化して独自の世界観を作っている気すらしました。
そして舞台から、私に向かってこう語ってきているようでした、
”あなたにこれが演じられるの?"って・・・」
とんでもないっと慌てるマヤに、冗談よといった笑顔でマヤの肩に手をかけ
言葉を続けた。
「彼女が本気で『紅天女』を守ろうと決意していることを知った時、
私の気持ちはもう次の段階に進んでいました。それは・・・・そうそれこそ・・・」
私が紅天女を演じるにふさわしい女優であるのか
私が演じることに皆が納得できる女優であるのか
私にこんな舞台を作り上げる実力が備わっているのか
「これらの問題は全て私自身の問題です。だからこそ、私は速水社長に一つの
お願いをしました。それが、フランス国際映画祭での結果です。」
世界的にも伝統のある国際映画祭で賞をとる、そんな一般人からすれば
途方もない条件を亜弓は提示した。取れなければ自分はそれだけの女優、
そんな女優に紅天女を演じる資格はない。
「最高女優賞を頂いたからといって、それで紅天女を演じることが認められるとは
思っていません。ですが、少なくともスタートラインに立つ条件としては
必要であると思い、その条件を提示しました。」
亜弓が誰よりも紅天女の重みを自覚し、自らに厳しく向かっていたのか
記者たちにも伝わり、会場はさながら亜弓の一人舞台を観ているようだった。
「私が紅天女を演じてよかったのかどうか、それは来年の舞台を観て
判断して頂ければと思います。」
そう言い残すと後はマヤに聞けとばかりに亜弓は颯爽と壇上から降り、
会見場を後にした。
翌朝の新聞には、大きく亜弓の写真が掲載された。
『姫川亜弓 私が紅天女』
『観てから決めて!!亜弓の決意』
どの一面も亜弓が堂々と前を見据える姿をとらえた写真を使用している。
「さすが・・・亜弓さん。。」
おかげで自分の記事が小さくなったと喜ぶマヤに
紅天女の君がそんなこと言っていてどうするんだと真澄がたしなめる。
確かにマヤの記事は、大きな亜弓の写真の隣で小さな囲み記事程度に
まとめられていた。
「だって、言いたい事は亜弓さんがほとんど言ってくれたし、
私が言えることなんて・・・」
亜弓が去った後、残されたマヤに対しても
紅天女の上演権を保持する者として、何故勝ち取った紅天女の
座を他者に譲るのか、
月影千草は納得しているのかなど、質問は多くなされたが、
それらはもうすでに以前の会見で聞かれたことの繰り返しであり、
そつなくこなすマヤからはそれ以上の新しい話が出てくることはなかった。
**
大都芸能大会議室
月例会議に出席していた首脳陣が、今夏の実績と今後の見通しを
各部門ごとに報告する。
ここ数年続いた鷹通グループとの業務提携及び解消に伴う
煩雑さからようやく落ち着きを取り戻しただけでなく、
北島マヤ及び紅天女というコンテンツを手にしたことで
更に業績が上向いていることが、会議に参加している者の表情にも
反映されている。
所属女優の国際賞受賞
出演映画のヒット
来季『紅天女』の話題性
全てが今、大都を中心に回っているといってもいい。
「北島マヤの『微風のかたち』はロングランが続いています。
評論家たちの反応もよく、海外配給の契約も進んでいます」
「うむ。姫川亜弓の映画公開は?」
「それに関しては私から・・・」
配給事業部長が弁をとる。
フランス国際映画祭のタイミングで頻繁に海外を行き来していた
真澄が手掛けていた新規事業は、この配給事業部だ。
いわゆる単館系と呼ばれるようなコアなファン層を狙った作品を中心に
よりメジャー受けする作品を選別し積極的に展開していく。
その方向性を明示する為に、真澄は亜弓の映画を「逆輸入」という
形で利用した。
日本における姫川亜弓のネームバリューはいわずもがな
これにもし、タイトル受賞が重なれば注目されることは間違いない。
なにより、あの姫川亜弓が「紅天女」を賭けて挑んだ作品の質など
火を見るよりも明らかだ。
「この映画の結果が大都の将来を左右するといってもいい」
真澄は会議の最後を、張りのある強い声で締めた。
「どうなんですか?速水さん。」
「ん?何がだ?」
新聞に目を通す真澄に、マヤが声をかける。
「紅天女の事、本当にファンの皆さんは納得してくれたでしょうか・・・」
「君はどう思う?亜弓くんの紅天女をみて、世間が文句をいうと思うか?」
そう言っていつものクールな笑顔を見せる真澄のようすに、恐らく自分が知らない所で
真澄の手腕が万事抜かりなく発揮されていることを察したマヤは
安心した様子でココアを一口すすった。
「そうですね、映画も大人気みたいだし・・・・」
先週公開された亜弓の映画は、映画祭効果もあって初日から大入となっていた。
作品性としてやや難しい内容にもかかわらず、なんとなく感覚ですべてを持って行かれる
独特の印象は、亜弓の演技力に他ならない。
「速水さん、もうそろそろ仕事ですか?」
忙しさではマヤ以上の真澄も、紅天女の会見、そして亜弓の映画公開が
ひとつの大きな山場だったとあって、普段より遅めの落ち着いた朝を過ごしていた。
「君はこれから雑誌の取材を受けるんだったな?」
「はい。でもそれは午後からなんで、大原さんが迎えに来てくれるまで
少し下でトレーニングでもしてよっかなって・・」
「張り切るのもいいが、体を休める事も重要だぞ。」
そう言ってマヤの頭を柔らかくぽんぽんと叩いて笑う。
「どうだ、次の撮影に入る前に、久しぶりに伊豆にでも行かないか?」
「うわぁ!行きたい!行きたいです!」
ぱっとはじけるようなマヤの笑顔を見ていると、真澄自身まで癒されるような気がしてきた。
「でも、無理しないで下さいね・・・。仕事いろいろたまってるんでしょ。」
「いつまで待ったって、俺の仕事は減りはしないさ。」
そんなことより君のとびきりの笑顔を独占させてほしい・・・真澄は心の中に言葉を仕舞い込んで
気にするなと出勤の支度に取り掛かった。
「・・・・あ、それなら・・・・」
思いついたような顔のマヤが真澄の顔を覗き込む。
「ひとつ、行きたいところがあります。」
ーーーー数日後
とある平日夜、マヤと真澄の姿は都内のとある映画館のレイトショーにあった。
「別にこんなことをしなくても、言えば試写でもなんでも準備できたのに・・・」
「でもやっぱり、映画は映画館で見たいから・・・」
マヤたっての希望で、二人は亜弓の映画を観に来ていた。
「フランスで一回観てる(ハズ)なんですけど・・・・」
映画は全編フランス語、映画祭の時は字幕が英語だったこともあり
マヤは細かいセリフの意味などまでよく分からなかったのだと恥ずかしそうに告げた。
「その割には内容をちゃんと理解していたよな」
「それは・・・、やっぱり亜弓さんの演技がすごいから」
亜弓の演じる喜怒哀楽の感情がダイレクトに体に入ってくるようで
不思議と言葉の壁はきにならなかったのだという。
「でも、やっぱり字幕があると確かに内容は細かく分かるんですけど、そういった
感覚を共有するっていうところまでは集中できなくて・・・」
やっぱり言葉って大切なんですね、としみじみとした口調でマヤが言った。
「そうだな、どんなに紅天女を大切に演じたとしても、外国の観客には
その何割かしか伝わらないかもしれないな。」
「・・・むずかしいです。。」
夜遅いため、バーで軽めの夜食を取りながら、語り合う。
「紅天女を伝えるためなら、例えばいろいろな国の言葉で演じた方がいいのかもしれない。
でも、本当に本質の部分って、やっぱり日本語でないと表現できない気もする。」
紅天女は、日本で生まれた作品だから・・・
「だけど私、日本の人だけでなくもっと海外の人にも知ってもらいたい。
この世界を感じてもらいたい・・・」
フランスに二週間滞在したことは、確実にマヤの中に新たな成長を促す
風をふかせたようだ。
より貪欲に、紅天女を多くの人に伝えたいと思っている強い意志を悟った真澄は
そんなマヤの前を、上を見る女優としての飽くなき魂に
いまさらながら眩しさを感じていた。
"君を輝かせ続けること、それが俺の使命だ"
「そういえばマヤ、次の仕事が決まったぞ」
そう言って真澄は鞄の中から一冊の台本を取り出した。
「・・・ドラマですか?」
「ああ。君にとっては初の主演ドラマとなるな」
「え!?主演・・!!」
驚きを隠せないマヤが次に本のタイトルを見てさらに声を上げる。
「あ!この作品!!」
それは、以前社長室でマヤが人目をはばからず読みふけっていた本だった。
ep第36話← →ep第38話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
マヤの映画『微風のかたち』公開は5月~ロングランなう
亜弓の映画公開は7月~
時は現在6月下旬~となります
あ~あ、現実時間が追い越しちゃった。。。(本日9/14)
ちなみに亜弓の映画タイトルは
『彼女だけが知らない彼女の内面性(原題)』ですが、
こういう直訳すると文章みたいなタイトルの洋画って
よくありません?これじゃヒットしそうにもないので
邦題がついているはずです。
しかし、ネーミングセンス0の私はいい案が浮かばずうやむやに
しています。
この映画の内容は、簡単にいうと多重人格モノ。
亜弓の中に少なくも3人格が存在し、それぞれが
それぞれと会話します、的な?
恋愛要素もありますが、フランス映画なので基本意味わかんない印象派系
というイメージです(フランス映画ファンの皆様、ごめんなさい)
なんかいいタイトルあったら教えて下さい・・・・(とうとう人任せ)
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真澄から正式に亜弓の紅天女公演が決まったということを聞いたのは、
6月に入ってのことだった。
「上演期間は例年通り新年1月2日からの一ヶ月、場所は大都劇場だ」
亜弓が紅天女を演じるに先立ち、黒沼によるオーディションが開催されたことは
真澄から聞いていた。
一緒に観るかと聞かれたマヤは亜弓の紅天女は、劇場で観るまで楽しみに待っていると
その申し出を断っていた。
「舞台発表の会見には君にも同席してもらうから」
「速水さんは一緒じゃないんですか?」
マヤの質問に、もう表に出るのはこりごりだと苦笑いする。
4月末の会見に同席して以来、すっかりイケメン社長として
世の注目を浴びてしまった真澄。
どうせすぐに飽きられるだろうとタカをくくっていたが、
反対に世間はますます盛り上がりを見せ、ここ1ヶ月は
写真誌だけでなく女性誌までもが、
載せれば部数が上がるキラーコンテンツとして連日特集が
組まれる始末だ。
「流行語大賞も狙えますわよ」
まじめくさった水城の顔に、思わずマヤのマネージャー大原は吹き出す。
ここは大都芸能社長室。
マヤは先ほどから話題にのぼっている紅天女の来春公演のこと、
そして今後の仕事のことで事務所に呼ばれているのだ。
「冗談はさておき・・・」
付き合いきれないといった様子の真澄が、机に幾つかの台本を広げた。
「ここ数年、年末は紅天女の稽古で埋まっていたからな。
時間がある分せっかくだからじっくりと取り組める作品を選びたいと思っている」
紅天女の舞台は南北朝時代のため、とかくマヤに対して時代劇のイメージがつきまとう。
せっかくなら、紅天女から遠く離れた役に取り組むのも手だ・・・
真澄、大原そして水城も混ざってさながら戦略会議の様相を呈してきた。
「ブツブツブツブツ・・・・・」
そんな白熱した社長室の中でひとり、黙々と一つの台本を
読むマヤ。
「マヤ、マヤっ!!」
「ブツブツブツブツ・・・・・」
真澄の声にも気づかず集中するマヤに、三人は呆れたような、
驚いたような表情で、誰からともなく顔を見合わせた。
『Letouch of Love』
のちにこれがマヤ初主演ドラマとなるーーーー
**
マヤは亜弓と共に来春の紅天女公演発表会見に臨んだ。
最初は代表質問による一通りの質疑が続いていたが、
自由質問に移ると、電撃復帰を果たした亜弓
そして上演権を保有するマヤへと矢継ぎ早に質問が投げかけられた。
亜弓に対しては、休業中何をして過ごしていたたのかという軽めの質問から
始まり、徐々に2年前紅天女の試演に敗れた時の心境や、
一度はあきらめた紅天女を演じるということに不安はないかといった
踏み込んだ質問が続く。
そもそもなぜ亜弓が休業していたのかその真相を知る者はほとんどいないのだ。
「みなさんが、いろいろとご心配されていることは察しておりますが、
私からは一言だけ申し上げてもいいかしら?」
場の雰囲気を変えるような、そんな凛とした亜弓の声が響き渡る。
「今回、紅天女に関する話が最初にあった際、私も皆様と同じような感情を
抱きました。
ずっと目指してきたもの、なによりも目標にしてきたもの、それをどうして
安易に他の人間に演らせようとするのか、上演権保持者である北島マヤに
深い憤りを覚えたことも事実です。」
言葉の厳しさとはうらはらに、隣に座るマヤを見る亜弓の目は優しい。
記者たちもかたずを飲んで次の言葉を待つ中、しきりにたかれるフラッシュの光だけが
亜弓を、そしてマヤの顔を照らし続ける。
「その感情を消し去ったのは他でもありません、今年始めの『紅天女』公演です。」
あの舞台を観て、私はすべてを悟った。
北島マヤという女優が『紅天女』をどう思っているのか、そしてなぜ私なのかということ・・・。
「彼女の紅天女に一切の妥協はなかった。
むしろ進化して独自の世界観を作っている気すらしました。
そして舞台から、私に向かってこう語ってきているようでした、
”あなたにこれが演じられるの?"って・・・」
とんでもないっと慌てるマヤに、冗談よといった笑顔でマヤの肩に手をかけ
言葉を続けた。
「彼女が本気で『紅天女』を守ろうと決意していることを知った時、
私の気持ちはもう次の段階に進んでいました。それは・・・・そうそれこそ・・・」
私が紅天女を演じるにふさわしい女優であるのか
私が演じることに皆が納得できる女優であるのか
私にこんな舞台を作り上げる実力が備わっているのか
「これらの問題は全て私自身の問題です。だからこそ、私は速水社長に一つの
お願いをしました。それが、フランス国際映画祭での結果です。」
世界的にも伝統のある国際映画祭で賞をとる、そんな一般人からすれば
途方もない条件を亜弓は提示した。取れなければ自分はそれだけの女優、
そんな女優に紅天女を演じる資格はない。
「最高女優賞を頂いたからといって、それで紅天女を演じることが認められるとは
思っていません。ですが、少なくともスタートラインに立つ条件としては
必要であると思い、その条件を提示しました。」
亜弓が誰よりも紅天女の重みを自覚し、自らに厳しく向かっていたのか
記者たちにも伝わり、会場はさながら亜弓の一人舞台を観ているようだった。
「私が紅天女を演じてよかったのかどうか、それは来年の舞台を観て
判断して頂ければと思います。」
そう言い残すと後はマヤに聞けとばかりに亜弓は颯爽と壇上から降り、
会見場を後にした。
翌朝の新聞には、大きく亜弓の写真が掲載された。
『姫川亜弓 私が紅天女』
『観てから決めて!!亜弓の決意』
どの一面も亜弓が堂々と前を見据える姿をとらえた写真を使用している。
「さすが・・・亜弓さん。。」
おかげで自分の記事が小さくなったと喜ぶマヤに
紅天女の君がそんなこと言っていてどうするんだと真澄がたしなめる。
確かにマヤの記事は、大きな亜弓の写真の隣で小さな囲み記事程度に
まとめられていた。
「だって、言いたい事は亜弓さんがほとんど言ってくれたし、
私が言えることなんて・・・」
亜弓が去った後、残されたマヤに対しても
紅天女の上演権を保持する者として、何故勝ち取った紅天女の
座を他者に譲るのか、
月影千草は納得しているのかなど、質問は多くなされたが、
それらはもうすでに以前の会見で聞かれたことの繰り返しであり、
そつなくこなすマヤからはそれ以上の新しい話が出てくることはなかった。
**
大都芸能大会議室
月例会議に出席していた首脳陣が、今夏の実績と今後の見通しを
各部門ごとに報告する。
ここ数年続いた鷹通グループとの業務提携及び解消に伴う
煩雑さからようやく落ち着きを取り戻しただけでなく、
北島マヤ及び紅天女というコンテンツを手にしたことで
更に業績が上向いていることが、会議に参加している者の表情にも
反映されている。
所属女優の国際賞受賞
出演映画のヒット
来季『紅天女』の話題性
全てが今、大都を中心に回っているといってもいい。
「北島マヤの『微風のかたち』はロングランが続いています。
評論家たちの反応もよく、海外配給の契約も進んでいます」
「うむ。姫川亜弓の映画公開は?」
「それに関しては私から・・・」
配給事業部長が弁をとる。
フランス国際映画祭のタイミングで頻繁に海外を行き来していた
真澄が手掛けていた新規事業は、この配給事業部だ。
いわゆる単館系と呼ばれるようなコアなファン層を狙った作品を中心に
よりメジャー受けする作品を選別し積極的に展開していく。
その方向性を明示する為に、真澄は亜弓の映画を「逆輸入」という
形で利用した。
日本における姫川亜弓のネームバリューはいわずもがな
これにもし、タイトル受賞が重なれば注目されることは間違いない。
なにより、あの姫川亜弓が「紅天女」を賭けて挑んだ作品の質など
火を見るよりも明らかだ。
「この映画の結果が大都の将来を左右するといってもいい」
真澄は会議の最後を、張りのある強い声で締めた。
「どうなんですか?速水さん。」
「ん?何がだ?」
新聞に目を通す真澄に、マヤが声をかける。
「紅天女の事、本当にファンの皆さんは納得してくれたでしょうか・・・」
「君はどう思う?亜弓くんの紅天女をみて、世間が文句をいうと思うか?」
そう言っていつものクールな笑顔を見せる真澄のようすに、恐らく自分が知らない所で
真澄の手腕が万事抜かりなく発揮されていることを察したマヤは
安心した様子でココアを一口すすった。
「そうですね、映画も大人気みたいだし・・・・」
先週公開された亜弓の映画は、映画祭効果もあって初日から大入となっていた。
作品性としてやや難しい内容にもかかわらず、なんとなく感覚ですべてを持って行かれる
独特の印象は、亜弓の演技力に他ならない。
「速水さん、もうそろそろ仕事ですか?」
忙しさではマヤ以上の真澄も、紅天女の会見、そして亜弓の映画公開が
ひとつの大きな山場だったとあって、普段より遅めの落ち着いた朝を過ごしていた。
「君はこれから雑誌の取材を受けるんだったな?」
「はい。でもそれは午後からなんで、大原さんが迎えに来てくれるまで
少し下でトレーニングでもしてよっかなって・・」
「張り切るのもいいが、体を休める事も重要だぞ。」
そう言ってマヤの頭を柔らかくぽんぽんと叩いて笑う。
「どうだ、次の撮影に入る前に、久しぶりに伊豆にでも行かないか?」
「うわぁ!行きたい!行きたいです!」
ぱっとはじけるようなマヤの笑顔を見ていると、真澄自身まで癒されるような気がしてきた。
「でも、無理しないで下さいね・・・。仕事いろいろたまってるんでしょ。」
「いつまで待ったって、俺の仕事は減りはしないさ。」
そんなことより君のとびきりの笑顔を独占させてほしい・・・真澄は心の中に言葉を仕舞い込んで
気にするなと出勤の支度に取り掛かった。
「・・・・あ、それなら・・・・」
思いついたような顔のマヤが真澄の顔を覗き込む。
「ひとつ、行きたいところがあります。」
ーーーー数日後
とある平日夜、マヤと真澄の姿は都内のとある映画館のレイトショーにあった。
「別にこんなことをしなくても、言えば試写でもなんでも準備できたのに・・・」
「でもやっぱり、映画は映画館で見たいから・・・」
マヤたっての希望で、二人は亜弓の映画を観に来ていた。
「フランスで一回観てる(ハズ)なんですけど・・・・」
映画は全編フランス語、映画祭の時は字幕が英語だったこともあり
マヤは細かいセリフの意味などまでよく分からなかったのだと恥ずかしそうに告げた。
「その割には内容をちゃんと理解していたよな」
「それは・・・、やっぱり亜弓さんの演技がすごいから」
亜弓の演じる喜怒哀楽の感情がダイレクトに体に入ってくるようで
不思議と言葉の壁はきにならなかったのだという。
「でも、やっぱり字幕があると確かに内容は細かく分かるんですけど、そういった
感覚を共有するっていうところまでは集中できなくて・・・」
やっぱり言葉って大切なんですね、としみじみとした口調でマヤが言った。
「そうだな、どんなに紅天女を大切に演じたとしても、外国の観客には
その何割かしか伝わらないかもしれないな。」
「・・・むずかしいです。。」
夜遅いため、バーで軽めの夜食を取りながら、語り合う。
「紅天女を伝えるためなら、例えばいろいろな国の言葉で演じた方がいいのかもしれない。
でも、本当に本質の部分って、やっぱり日本語でないと表現できない気もする。」
紅天女は、日本で生まれた作品だから・・・
「だけど私、日本の人だけでなくもっと海外の人にも知ってもらいたい。
この世界を感じてもらいたい・・・」
フランスに二週間滞在したことは、確実にマヤの中に新たな成長を促す
風をふかせたようだ。
より貪欲に、紅天女を多くの人に伝えたいと思っている強い意志を悟った真澄は
そんなマヤの前を、上を見る女優としての飽くなき魂に
いまさらながら眩しさを感じていた。
"君を輝かせ続けること、それが俺の使命だ"
「そういえばマヤ、次の仕事が決まったぞ」
そう言って真澄は鞄の中から一冊の台本を取り出した。
「・・・ドラマですか?」
「ああ。君にとっては初の主演ドラマとなるな」
「え!?主演・・!!」
驚きを隠せないマヤが次に本のタイトルを見てさらに声を上げる。
「あ!この作品!!」
それは、以前社長室でマヤが人目をはばからず読みふけっていた本だった。
ep第36話← →ep第38話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
マヤの映画『微風のかたち』公開は5月~ロングランなう
亜弓の映画公開は7月~
時は現在6月下旬~となります
あ~あ、現実時間が追い越しちゃった。。。(本日9/14)
ちなみに亜弓の映画タイトルは
『彼女だけが知らない彼女の内面性(原題)』ですが、
こういう直訳すると文章みたいなタイトルの洋画って
よくありません?これじゃヒットしそうにもないので
邦題がついているはずです。
しかし、ネーミングセンス0の私はいい案が浮かばずうやむやに
しています。
この映画の内容は、簡単にいうと多重人格モノ。
亜弓の中に少なくも3人格が存在し、それぞれが
それぞれと会話します、的な?
恋愛要素もありますが、フランス映画なので基本意味わかんない印象派系
というイメージです(フランス映画ファンの皆様、ごめんなさい)
なんかいいタイトルあったら教えて下さい・・・・(とうとう人任せ)
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