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浅く広く掘っていったらいろいろ出てきました

( ´艸`)☆更新履歴☆(´~`ヾ)

(ガラスの・Fiction)49巻以降の話、想像してみた*INDEX (2019.9.23)・・記事はこちら ※ep第50話更新※
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(孤独の)孤独のグルメマップ (2019.01.18)・・記事はこちら ※2018年大晦日SP更新完了※

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ep第46話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2017-10-16 13:40:25 | ガラスの・・・Fiction
ep第45話←                  →ep第47話
********************
「昔一時帰国したときは、"ずいぶんと暗くなって"なんていわれたものです。」
そういって快活に笑う里美は、かつて青春スターと呼ばれたころを彷彿とさせる。

舞台『NATASHA』でマヤの相手役に決まった里美茂は
会見の後改めて舞台共演者達と顔合わせを済ませた後
大都芸能の社長室を訪ねていた。

「スケジュール調整がたいへんだったんじゃないか」
「まあそれは・・・、今朝日本に着いたばかりなので時差ぼけがひどいです」
マヤとの一件があったあと、しばらく海外留学というかたちでアメリカに渡っていた
里美は、一旦日本に戻ってきたものの再び、今度は本格的に渡米した。
その後しばらくはブロードウェイのオーディションを受けるも全く
引っかからない日々が続き、日本では里美茂という名前が遠く薄くなりかけた頃
とある人気舞台のオーディションに合格したことから、一気にその名が
知られるようになった。

今ではブロードウェイのみならず、ハリウッドでも活躍する俳優
SHIGERU SATOMIだ。

「マヤちゃんとまた、一緒に仕事ができるなんて
 僕の方から断る理由なんてありません」
むしろ決定権は大都、いや真澄のほうにあるのでは・・・といった表情の里美。
「・・・・まあ正直、この決定に頭を悩ませたことは事実だ。
 カビの生えたような過去の事を持ち出す輩がいないともかぎらん。」
そんなことにはならないよう、既に裏で手を回してはいるが、
なにより真澄にとっては、マヤの事が気にかかる。
「しかしそれ以上に、今回日本初公演となるブロードウェイミュージカル、
 君の力を借りて必ず成功へ導きたいと思っている。」
「そんなに買って頂いて・・・・恐縮です。」
言葉とは反対に、自信にあふれたその姿は、かつての青春スター時代とは違う
魅力にあふれていた。
「北島とは?」
「さっき少しだけ・・・・。時間が取れなくてそんなに長い話は
 できませんでしたが」
きれいになりましたね、とほほ笑んだ里美にとってマヤの記憶はまだ
高校生だった頃のままで止まっていたのだ。
「でもよかったです。こうして女優北島マヤと再会できて。」
もしあのまま彼女が引退していたら、
あの時僕に何かできることはなかったのかと
ずっと悩んでいただろう。
「何もせず、一人の女の子にたった一人で辛い思いをさせたまま
 僕だけ逃げてしまった・・・そういう思いをずっと引きずっていました。」
だからこそ、アメリカでマヤの復活、そして華々しい活躍のニュースを聞いて
どれほどうれしかったことか。
そして、いつかまた共演することができたなら、そのためにももっと自分を磨き
成長していかねばと鼓舞しながらアメリカで活動してきたのだと語る里美の目は
美しく輝いていた。
「この舞台は、北島のキャリアにとって必ず重要なものとなる。
 そのためにも宜しく頼むよ」
改めて二人が熱い握手を交わしたその時ーーーー

「速水さん!!ナイショにしてたなんてズルい!!!」
すごく驚いたんですから~~~~!という大音量の声とともに
勢いよく社長室のドアが開いた。
後ろから申し訳程度に静止する水城の声がむなしく響く。
「相手役が里美さんだったなんて!!!って・・・・・・。あ!!」
すごい勢いで入ってきたのはもちろんマヤ。
「あ、さ里美さん・・・・。先ほどは・・・」
先ほどまでの勢いはどこへやら、里美茂を目の前に、いったい何を
離したらいいのかしどろもどろになる。
「ハッハッハ!!!マヤちゃん、変わってないな~」
額に手を当てて笑い転げる里美の姿に、マヤの緊張も少しほぐれた。
「あの頃と同じ、元気ではつらつとしていて、周囲を明るくしてくれる」
そう言って里美はにっこりとほほ笑んだ。
"里美さんこそ、あの頃とちっとも変らない、さわやかな優しい笑顔・・・"

**
先ほどから脇を通り過ぎる人が何人となく振り返る。
それもそのはず、里美茂と北島マヤが二人向かい合って
お茶を飲んでいるのだ。

ここは大都芸能内カフェエリア。
セキュリティエリア内にあるため、通常は社員やタレントしか利用できない。
テレビや雑誌の記者に追われることもないため、芸能人同士が
利用することも多い。
オープンスペースなので込み入った話は出来ないが、ちょっとした
雑談や情報交換など、社員にとっても憩いの場だ。

真澄に文句を言うアテが外れたマヤだったが、せっかくだからと
里美にお茶に誘われた。
といってもかつて初恋宣言を行った二人、過去は過去と
どんなに本人たちが思っていても、もし外で写真誌にでも撮られたら
誤解は免れない。
そんな二人にはうってつけの場所だ。

「そんなに意外かな~、僕とマヤちゃんが一緒にいるのって」
そう言ってポリポリと頭をかく里美のしぐさは、昔と変わらない。
"なんだか、タイムスリップでもしたみたい"
マヤの心は、いやがおうにも過去へ飛ぶ。
「アメリカでも、マヤちゃんの活躍は耳にしていたよ」
随分と遅くなったけど、紅天女おめでとう
そう言って里美はにっこりと笑った。
「ありがとうございます!」
「あんなことがあって、底を見るようなつらい経験をよく乗り越えて
 ここまで大きくなったんだね・・」
まるで自分語りのようにつぶやいた里美は、思わず自分が発した
不用意な言葉に、慌ててマヤの方を見た。
「ゴメン、マヤちゃん・・・・。つらい記憶を思い出させるようなこと・・・」
「ううん。大丈夫です。だって全て真実、本当に起こったことなんだから」
全てを受け入れ、乗り越えていく。
そう決めたマヤの心は強かった。
「母さんのこと、今も思い出すと胸がきゅーっと締め付けられるような
 気持ちになるけれど、だけどそれでも・・・・それでも私には
 演技しかないってわかったから。それに・・・」
私以上に悔やみ、思ってくれる人もいる・・・・
言えない続きを飲み込みながら、マヤは濡れて輝くひとみをまっすぐ里美に向けた。
"本当に大きく、強くなったんだな・・・"
まだ子どもだったマヤが、一気に大人になったようで、里美は少し
寂しい気がした。
その後は先日放送されたマヤ主演のドラマの話や、
里美が体験したアメリカでのとんでもないエピソードなど
他愛もないことで盛り上がり、数年間の空白などまるでなかったように
二人の仲は急速に昔の様子を取り戻していった。
「じゃあ、マヤちゃん。次は稽古場で。」
「ハイ!里美さん、宜しくお願いします!」
手を振り返りながら颯爽とカフェを後にする里美からは
いつかも感じた優しい香りがした。

**
「随分と打ち解けあって・・・。早くも初恋の再燃かと湧き立っていますわ」
社員ですらそうだ、もしこれが一般人だったらと思うと
口では気にならないといいながらも灰皿に吸い殻が積もる。
「まあ、当の本人は全く気にしていないみたいで、早くも舞台の事で
 頭がいっぱい・・・といった感じでしたけど。」
慰めるつもりなのか、イヤミのつもりなのか、水城の報告はいちいち癇に障る。
「共演者同士が仲がいいのは結構なことだ」
言葉とは裏腹にタバコを灰皿に押し付けるしぐさは荒い。
「マヤは?」
「そのまま帰りました。それにしても、ずいぶんと立派になりましたわね、里美茂」
「ああそうだな。」
マヤと共演したころは、青春スターという肩書そのままに、
どこか未完成な若さが魅力だったが、本場アメリカブロードウェイそしてハリウッドで
磨かれた彼は、強さと自信を身に付けていた。
女優として実績を積んできたマヤが、実力を兼ね備えたかつての恋の相手と
再会する、それは一体どんな結果を生むのか・・・。
「あ、そうそうマヤちゃんから伝言を預かっていますわ。
 先ほど伝えそびれた文句を言いたいので
 今日はなるべく早く帰ってきてほしい・・・と」
相変わらずの能面だったが、その言葉に真澄は少し溜飲を下げた。


「ん?なんだこの匂いは・・・」
家に帰るやいなや、部屋中に漂うスパイシーな香りに
真澄は首をかしげた。
「・・・・あ、速水さん、お帰りなさい!ちょうどできた所ですよ!」
そう言って大きな鍋をぐるぐるとかき混ぜるマヤは、いつもと変わらぬ明るさだ。
「それは・・・」
「カレーです。ナターシャってインドで生活したこともあるんですよね。
 今日里美さんと話してたら途中からどうしてもカレーが食べたくて食べたくて・・・」
しかもちょっと本格的なやつですよ~といいながら食卓の準備をするマヤ。
その姿に、数年ぶりに初恋の人と再会したときめきは一切ない。
「・・・どうだったかい?里美茂と久々に話をして」
スーツを脱いだ真澄が再びダイニングに戻ってきた頃には
テーブルの上はマヤ渾身のカレーが準備されていた。
「変わらずさわやかで、素敵でした」
屈託なくマヤはそういって笑った。
「アメリカでの話が特に面白くて・・・。何度も吹き出しそうになっちゃった・・」
時間がなかったのでナンは買ってきたのだ、といいながら
エプロンを外したマヤと向い合せで座る。
「今日早く帰ってきて欲しい・・・というのはこれか?」
「はい!里美さんも加わって、いよいよ本格的に舞台稽古が始まったら
 私も家に帰ってくる時間が遅くなると思うし、せっかくカレーを作るなら
 絶対速水さんと一緒に食べたいって思って」
そう言ってカレーをパクパクと口にするマヤを見ていると
昼間の感情が嘘のように凪いでくる。
「・・・なつかしいな。」
ぽつりと真澄がつぶやいた。
「昔こうして母親と向かい合って食べてたな」
「私もです!なんかカレーって家族って感じがしますよね」
マヤのその言葉に、自分がうっかり発してしまった不用意な発言に気付き
あわてて謝ろうとしたが、
「・・・・マヤ?どうした?」
目の前のマヤの顔がみるみる赤くなっていき、思わずたずねた。
「い、いえ・・・。私ったら・・・。家族みたいだなんてまるで・・・」
真っ赤な頬に両手をあてながら、一人冷や汗と言い訳をつなげるマヤ
「・・・今を、そしてこれから先をずっと二人で見ていくのは楽しみだな」
そういうと真澄はゆっくりとマヤに手を伸ばし、熱くなった頬をやさしく包み込んだ。
"過去を悔やむ気持ちは変わらないが・・・・それ以上に未来を幸せにしてやりたい"

「・・・・速水さん、カレーがついちゃう・・・」
「かまわんさ」

**
「おはようございま~~~~す?」
稽古場に入ったマヤは、いつもと違う空気感に気付いた。
「あ、おはようマヤちゃん。今日からいよいよフルキャストね」
すれ違うスタッフも心なしか浮足立っている。
気付くと稽古場の一角に人が集まって何やら楽しそうだ。

「・・・で、いつのまにか荷物全部持ってかれちゃったんだ!」
「うそ!!さすがアメリカ!」
「それでその後どうしたと思う?」

人だかりの中心には里美茂、天性の魅力で早くもスタッフ・キャストの
心をつかんでいるようだ。
彼の話すエピソードはとても軽妙で、自然とみんなを笑顔にする。
「・・・・それから・・・あ、マヤちゃん!おはよう!」
人の輪の中心から大きく伸ばした手を振るしぐさにつられて
皆の目がマヤに集まった。
その瞬間、皆の好奇心の火種がすこしくすぶったように
ピリッとした緊張感が走る。
「あ、オハヨウゴザイマス」
「さっきからみんな、俺の話聞いて腹抱えてわらってんの
 ひどいよね、こっちはほんとに死ぬかと思ったのに・・」
わざとらしく怒ってみせる里美の姿に、一瞬の沈黙はすぐにかき消された。
「あ、愛都ちゃん」
意外な事に、人と群れることを好まないはずの子役、松多愛都が
里美のすぐ隣に座っていた。
「あ、北島さん。おはようございます」
普段は冷静で感情の見えない愛都にしてはめずらしく笑顔の姿は
12歳の年相応に幼くみえる。
「里美さんの話はとても勉強になります」
「そうかい?失敗談しか話してない気がするけど」
誤解しないでね、アメリカはとってもいい国だよ!!と熱弁する姿も好青年だ。
何気ない話し方にみえて、マヤに向けられがちな好奇の目線を
巧みに自分に寄せ、マヤを守っている。
「愛都ちゃんはマヤちゃんの子供時代を演じるんだろう?」
がんばってね、そう言ってほほえむ里美に対し、愛都もはにかむようにうなずいた。
「北島さんの名前に泥を塗らないように、一生懸命がんばります。」
そう言ってちらりとマヤの方をみた愛都の目は、言葉と違った
自信と、負けん気が垣間見えた。

いよいよ稽古がスタート。それぞれが持ち場に向かうため輪がゆっくりと
散らばっていく中、すっとマヤの横に来た里美はポンとマヤの肩をたたくと
「彼女には気を付けてね。」
と去り際にささやいた。
「え?」
「松多愛都・・・。彼女は舞台を荒すかもしれないよ」

"舞台あらし・・・"

それは、まだ演劇が、舞台が皆で作り上げるものだということを知らず
ただがむしゃらに演じることだけに必死だった幼い自分につけられた言葉・・・

マヤは先ほど愛都が見せた、一瞬のまなざしを思い出す。
それは、女優として対等に向かってくるライバルの目だった。



ep第45話←                  →ep第47話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
『NATASHA』は6月上演舞台です~~ぎゃ=====過ぎちょん。
随分と間をあけてしまいましたが、時間があるタイミングで
どんどん進めていこう。

~~~~~

ep第45話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2017-04-18 18:18:44 | ガラスの・・・Fiction
ep第44話←                  →ep第46話
********************
「恋愛なんて、仕事の邪魔になるだけです」
マヤの目の前でそう言い切ると、彼女はカレーをスプーンで
口に運んだ。

4月に入り、マヤは舞台の稽古に臨んでいた。

舞台『NATASHA』
ブロードウェーで大人気の本作品は、過去にハリウッド映画化もされ
世界中で有名なミュージカルである。
日本版の上演は初となり、その主役ナターシャ役に
北島マヤが抜擢された。
本舞台は現在日本では最高峰と称される俳優陣がキャスティングされ
国内外ともに注目度が高い。
その、北島マヤ演じるナターシャの子供時代を演じる子役が
今、目の前にいる彼女ーーー松多愛都なのだが・・・・・。

「あ、あいとちゃん、何歳だっけ。」
「12歳です。」
北島マヤの再来と噂される彼女は、若干3歳の頃から芸能界で活躍する
天才子役として有名であり、経歴だけで見ればマヤよりはむしろ
姫川亜弓を彷彿とさせる。
10年に一人の逸材、と言われる彼女は、なるほど確かに演技力は
ずば抜けていて、北島マヤの子供時代を演じるのに遜色ないと
全会一致でオーディションに合格したのだ。

「12歳なら、学校に好きな子とかいないの?」
稽古の休憩時間に流れから始まった恋愛話を、愛都は一刀両断した。
「私、恋愛体質な人、嫌いなんです。」
聞けばかつて出演した映画で主役を演じていた女優が
プライベートの恋愛問題がこじれてスキャンダルとなり、
映画公開が中止された過去があるという。
「主役の立場で、自分の感情もコントロールできなくて仕事をつぶすなんて
 プロとして失格です。」
若干12歳の厳しい意見に、マヤもたじたじだ。
「北島さんは、そんなことないですよね。」
探るような愛都のまっすぐな目線が痛い。
"い、いえない・・・。速水さんの事が気になりすぎて、紅天女の演技が出来なかったなんて・・・"
「そ、そう・・・ね。。私は、どちらかというと演技に集中しすぎちゃうくらいで・・」
「・・・・・良かった。」
ほ、っと小さく息を吐く愛都は、本当に思ったことをそのまま口にするタイプなのだろう。
幼いころからの芸能活動のせいか、年よりずっと大人びた性格だ。
「でも・・・、恋愛をすることは演技にとって悪いことじゃないと・・」
「え?何か言いました?」
「い!いえ・・・。いや、昔、月影先生にそういわれたことが・・・・」
「月影先生・・・、ああ、『紅天女』の元上演権保有者の方ですよね」
「ま、まあ・・・・ね。」
愛都の言葉はどこまでも無駄がなく、だからこそグサグサ刺さってくる。
「私、『紅天女』観ました。」
昨年のマヤ、そして今年の亜弓の舞台も観たのだという。
「どうだった!?」
「良かったです。」
「・・・・・・・・・」
淡々と答える愛都の表情は変わらない。
「魂の片割れなんて、一昔前の恋愛小説みたいなテーマを
 とても自然に演じられていて、さすが北島さん、姫川さんだなと思いました。」
「・・・・ひと、むかし・・・」
自分が会得するのにかけた努力と日数、そしてなにより身も心も削りながら挑んで
掴み取った舞台を、いまどきの子はこういう風にとらえるのか・・・
マヤは怒りよりも驚きを覚えた。
「で、でも愛都ちゃん、今回のナターシャは子どものころから情熱的な役だけど、
 その辺は難しくないの?」
「? 恋する演技なんて、別に実生活と関係ないですよね。まさか・・・」
北島さん、本当の恋愛してないと演じられないと言うんじゃ・・・・・と
見る見るうちに顔がこわばっていく愛都。
"だ、だめだ。このまま会話してたら、どちらかが崩壊する・・・"
新世代の達観した感覚にあてられたマヤは、ちょうど食べ終わったのを機に
その場を後にした。
「やれるかな・・・私。あの子と・・・」



「ちょっとショックだった・・・・」
私の考えって、古いのかな・・・そういって手にしていたティーカップをぎゅっと両手で握る。
ここは大都芸能社長室ーー
「だって私、愛都ちゃんより11も年上だし。」
「む。それは確かに戸惑うな」
どこかで聞いた、いやよく言っていた言葉だな・・・と思いながら
真澄はマヤの向かいに腰かけた。
「しかし確かに、いまどきの若者はあまり恋愛に積極的でないと聞く」
「そんなっ・・・・」
「恋愛をテーマにした作品はそれこそ舞台・ドラマ・映画に限らず
 マンガやアニメにまで幅広く存在するが、それらが必ずしも現実的である必要は
 現代の若者にはないのかもしれんな。」
二次元世界で楽しむだけで十分、そんな人々が増えているという。
「やりにくいか?松多愛都とは」
「いいえ、愛都ちゃん本当にうまくて、私の子役時代だから直接一緒の
 場面はないんだけど、私は彼女の演技を引き継がなきゃいけないでしょ?
 だから稽古の時はなるべく近くにいるようにしているんだけど・・・」
愛都の言葉に間違いはなく、確かに愛都演じるナターシャは見事に
恋を表現していて、観る者をきゅっと切ない気分、高揚した気分にさせる魅力を持っていた。
「主役は君だぞ」
かつてマヤが子役時代を演じた舞台『嵐が丘』
そこでマヤの卓越した演技は評価される一方
舞台荒らしという異名がつくほど、主役の演技を食ってしまったことがあった。
そのマヤが、今度は新たなる若き才能を前に戸惑っている。
真澄は流れた年月を思った。
「君は君の思うナターシャを演じればいい。」
子役に合わせようとするな、ぴしゃりと言ってのけた真澄。
こうして時に優しく、時に厳しく指導してくれる真澄と言う存在が
マヤにとってはとてもありがたいものだった。

「そういえば・・・、私の相手役ってまだ発表されてないですよね。」
数多くの恋愛遍歴を重ねるナターシャが
最後に出会う運命の相手、その役を演じる俳優は
まだ公にされてはいなかった。
「ああ・・・。まあいろいろと調整することがあってな。」
どこか伏し目がちで言葉少なな真澄の様子に、マヤは少し疑問を
抱きつつも、再び舞台の事に思いをはせた。




「ふっ」
マヤが帰った後のカップを片づけながら、水城は笑いをこぼした。
「どうした?」
「いえ・・、マヤちゃんったらしきりに年の差を気にしてて・・・。
 思わず昔の事を思い出してしまいました。」
ちらりと向けた視線は、いつものメガネに隠れてよく見えない。
「・・・・・。まあ、あの子も後輩を指導する立場になってきたわけだ。」
11歳下とはいえ、女優の世界は年功序列ではない。
秀でた才能さえあれば、トップに立つ事も可能なのだ。
「いい機会になるかもしれませんわね。マヤちゃんにとって。」
『紅天女』は作り上げられていく過程から苦楽を共にしたいわば
仲間での作品、今回のように一から関係性を築きあげねばならない
新しい舞台は、これまでのようにただ役になることにだけ
集中していればいいというものではない。
マヤが座長として、舞台全体を成功させなければならないのだ。
「そうだな・・・。沈まない為には浮かび続けるしかない。」
「それにしても・・・・・。あの件は本当に決まりなのですか?」
「ああ。俺もいろいろと考えたが、これがマヤにとって、
 北島マヤの女優人生にとって最善の道だという結論に至ったよ。」
「マヤちゃん・・・。つらい記憶を思い出さなければいいけど・・」
そして誰より、真澄の心中を思い、水城は顔を曇らせた。
窓越しに街並みを見下ろしながらゆっくりとタバコに火をつける真澄。

彼女にとって息をするよりも大切な"演技"
それを奪うきっかけとなった事件、そしてその時の後悔を
思い出さずにはいられなかった。


**
「とうとう相手役の発表なのね!!」
マヤ主演の舞台『NATASHA』舞台発表のため、
マヤはホテルへと向かっていた。
会見場では、ストーリーの鍵となるマヤ演じるナターシャの
相手役、マーレーを演じる俳優の発表もされるそうだ。

「それにしてもダンスレッスンが大変・・・」
本場ブロードウェイミュージカルということもあり、
稽古の中心はもっぱら歌そしてダンスだ。
「歌で気持ちを表現するなんて、なんて難しいの!」
そういうと車のなかでマヤは大きな声で歌い始めた。
その様子を、少し複雑な思いを抱きながら横目で見る大原だった。

発表会場へ到着したマヤ。
他の主要キャストと共に舞台発表へ臨むマヤ。
見回したところ、マーレー役の俳優らしき姿は見当たらない。
「なにをそんなにキョロキョロしてる。」
そういってマヤの後ろに立ったのは真澄。
いつもの軽口とは裏腹に、どこか表情が固い。
「今日はマーレーの発表もあるって聞いていたので・・・・」
そういったマヤの顔をしばしじっと見つめた真澄は
おもむろにマヤの両肩に手をやると
「・・・・・いいかマヤ。たとえどんなことがあったとしても、
 それは君にとって重要な道なんだ。何かあったら俺に言え。」
君を支えるのが、速水真澄の使命なのだからーーー
周囲を気にして控えめな声量ながら、しっかりと伝わる強い声で
真澄はマヤにそう告げた。
「・・・・・・はい。」

ここ数日、周囲がどことなく自分に気を使っていることは感じていた。
とりたてて何かがあるわけではない、しかしみんなが少しずつ
自分の顔色をうかがっていたり、少し憐れんでいたりするようなそんな
雰囲気がするのだ。

"きっと、私にとってびっくりすることが、あるんだ"
そしてそのことをみんな心配してる・・・・




「それではいよいよ、ナターシャの相手役、マーレーを演じる俳優の発表です!!!」
このキャスティングはまだ共演者の誰も知りません、と司会者があおる。

舞台の制作発表、配役発表の後、主役のマヤを中心に意気込みを語り
質疑応答も行われた会見終盤、マヤの相手役が発表された。
"いったい誰なのかしら・・・・"
たとえどんな人が相手だって、その人の事を愛し、運命を乗り越えるーーー
私はナターシャ!!
場内の照明が落とされ、スポットライトを浴びたドアの奥から現れたのは・・・・
「!?」
「・・・・ウソだろ。」
「まさか、北島マヤと再共演とは・・・・」
「二人は確か過去に・・」
フラッシュがまぶしいくらいにたかれ、登場者の顔がよく見えない。
"・・・・うそ"
目を細めながらゆっくりと、そして確実に壇上のマヤに近づいてくる。
そしてようやくその歩がマヤの隣まで来て止まった。
「・・・・久しぶりだね、マヤちゃん。」
「お久しぶりです。何年ぶりなのか・・・」
「あの頃と比べて、ずいぶんと大人っぽくなったね」
昔と変わらないさわやかな笑顔。
マヤと同じだけの年月を重ねたとは思えない
あの日のままの彼がそこにいた。
呆然と立ち尽くすマヤの耳に
これまで聞いたことのないような口調でささやく愛都の言葉が
飛び込んできた。
「・・・・すごい!世界のSHIGERU SATOMIと共演できるなんて・・・」

里美茂
かつて大河ドラマ『天の輝き』で共演し、初めての恋心を教えてくれた人
そして、その後の謀略によりドラマは降板、決定していた舞台も降り
芸能活動を絶たれることとなる。

それよりなによりーーーー
その頃の記憶は、母の死の記憶でもあった

昔の事を知る者は、この二人の再共演に驚き、
知らない者は、今となっては本場アメリカで活躍するスターとなった
里美茂の凱旋公演という興奮にどよめく
特に若き女優松多愛都にとっては、SHIGERU SATOMIといったほうが
聞き馴染みあるくらいの海外スターだ。
ちらりと目をやった愛都の顔は、今まで見たことがないくらい興奮した様子だった。

ーー自分の感情もコントロールできなくて仕事をつぶすなんて
 プロとして失格です。ーー

いつかの愛都の言葉がマヤの胸に突き刺さる。

"・・・・・ごめんねあいとちゃん。 私この人と恋愛して、仕事に穴をあけちゃったんだよ・・・・"


ep第44話←                  →ep第46話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
え~と、出てなかったですよね。里美くん・・・・・。
もし出てたらすみません。。。。
自分で書いていながら記憶が、そして読み返すのがちょっと
恥ずかしい&大変で・・・・・

正確にいうと、乙部のりえの策略は、真澄氏の
母親軟禁事件を利用したものであり、
決してマヤは里美くんとの恋愛に夢中で仕事放棄したわけでは
ありませんが。

伝家の宝刀里美くん再登場ではありますが
多分次の話でちゃんと説明してくれると思うけど
これはちゃんと意味があることで・・・・


追記**
本編中の"世界のSHIGERU SATOMI"というのはもちろん
KEN WATANABE的なイメージで使ったんですが、
この話をかいたのはもうだいぶ前で、まさかその後渡辺謙までが・・・と
リアルに驚愕しております。

~~~~~


ep第44話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2017-02-22 11:57:31 | ガラスの・・・Fiction
ep第43話←                  →ep第45話
********************
『暁の殺意』
昭和を代表するミステリー作家のいわゆる"暁"シリーズと呼ばれる一連の名作の
中で最も有名なこの作品は
これまで何度となくドラマ化されてきた。
原作は謎を追う元男性刑事が主役であり、これまでも
時代を代表する俳優がその役を演じてきた。

しかし今回は、本作品に主人公と同じくらい、いや
印象としてはそれ以上の存在であるミステリアスな謎の女性を中心に
新たなる演出で挑む作品であり、その注目度は高い。
その謎めいた女性、月下ひかりをマヤは演じる。

年は10代前半から最後は老年になるまでを演じなければならない
難役、年の割に幼くみえる北島にその役が務まるか
半信半疑だったスタッフも、いつものマヤのその驚異的な演技力と
集中力に圧倒され、現場の士気もぐんぐんと高まっていた。

先週まで東北の雪の中で撮影していたかと思えば
その週末は沖縄、そして明日からは京都と、移動距離も大変なものだ。
「眠れるときに寝ておいた方がいいわよ」
マネージャーに勧められるまでもなく、那覇から関西国際空港へ向かう飛行機の中
マヤは半分以上意識を失っていた。
「ほんと、こんな小さいからだでよくがんばってるわね」
すぅすぅと規則正しい寝息を立てるマヤに、大原はゆっくりと
ブランケットをかけた。

大都芸能では北島マヤにとって、『紅天女』のない今年は
勝負の年と位置付け、大小問わず様々なオファーを
できるかぎり受ける戦略を取っている。
世間には北島マヤ=演技派女優というイメージこそあれ、
舞台を観たことのある人間はまだまだ少なく知名度は決して高いとはいえない。
CMやドラマ映画など、主役はもちろんキーパーソンとなる
役どころならば2番手でも敢えて出演を受けることにしている。
まだ発表されていないが、恐らく来年はまた『紅天女』の舞台も
あるだろう。
この厳しい芸能界は、こんな小さな女の子でもたった一人で
戦わなければならない。
本人が望むところだとはいえ、それでも時にギリギリの所まで追い詰められることも
あるだろうに、マヤは一切泣き言を言わないし、二言目には
"演じられて幸せ"と口にする。
「この子には、本当に幸せになって欲しい・・・」
大原は、マネージャーとしての立場以上の情を感じるのだった。


「今日はポスター撮り、本格的な撮影は明日からだから」
京都のホテルについた一行は、とりいそぎチェックインするとすぐに
撮影スタジオへと移動する。
「疲れてない?少し部屋で休む?」
「いいえ!飛行機の中で寝れたのでスッキリです!!」
そう言ってこぶしを振り上げるマヤは、確かに体調はよさそうだ。
「よし!じゃあ今日は出来る限り早く終わらせて、夜はぱーっと
 ご飯食べに行こう!!」
「やった!!!楽しみ~~」
今晩の食事に思いをはせながらスキップするマヤの後ろを歩いていた大原の
携帯が鳴った。
「大原です。あ、お疲れ様です!
 はい、無事に京都に入りました。元気そうです。
 ・・・・・え?今日はスチールのみで夜は懇親会が・・・。
 分かりました。あとでご連絡します。」
電話を切った大原は、改めてマヤの後姿を見つめながらしみじみと呟いた。
「まあ、あの子にはあの人がいるから・・・・大丈夫よね」
北島マヤーーー
なにより演技をすることに情熱を燃やし
演じることが生きることと同じ天性の女優
そのことを誰よりも分かっている人がそばにいるのだから・・

**
「お~~~~いし~~~~い!!!」
目の前の豪華な食事をもりもりと食べながら
マヤは終始楽しそうだ。
『暁の殺意』ポスター撮りは順調に終わり、予定通りマヤは
他キャストやスタッフたちと一緒に京都の冬の味覚を堪能していた。
「沖縄も良かったですけど、京都ってやっぱりステキですね!!」
ミステリアスな役と同一人物には思えない純朴なその笑顔に
共演者達も娘を見るようなまなざしだ。
「ほらマヤちゃん、カニが食べごろだよ」
「マヤちゃん、このしんじょもおいしいよ」
「マヤちゃんなにか飲む?」
さっきからマヤの周りには常に人々の笑顔があふれていた。
その時、
「みなさ~~ん、ちょっとよろしいですか~~?」
ADの男の子が皆に声をかけた。
「え~実はーーーーー、本日2月20日は
 主演の北島マヤさんのお誕生日です!!!」
今日一番の歓声と共に、大きなケーキが運ばれる。
「すごい!!!ありがとうございます!!」
口々におめでとう!というお祝いの言葉や、お調子者のスタッフの
宴会芸など、場が一気にヒートアップする。
「これ、私の手作りのブローチなの。もしよかったら」
共演する大御所女優の方もわざわざプレゼントを準備してくれたようだ。
「え!これ手作りなんですか!!すごい」
早速作り方を教えてもらうマヤ、いつの間にかこうして味方を増やしていく
不思議な魅力が彼女にはあった。
その後もマヤの年齢の話から、即興の一人芝居が始まったりと
楽しい京都の夜は更けていった。

「失礼します。北島マヤさんにこちらが届いております」
雰囲気が最高潮に達したその時、部屋に贈り物が届けられた。
「・・・・・・・うぁあ・・・・・」
「す、すごい・・・」
「これが噂の・・・・・」
「・・・・素敵ねえ」
「こんな誕生日のお祝い、夢みたい」
思わず皆も言葉を失い、その美しさに見とれたそれは
「まあ!!!」
北島マヤがまだ駆け出しの女優ともいえない頃からの支えだった
紫のバラの花束だった。
「紫の・・・バラのひと・・・・」

北島マヤをずっと支えるファンの存在は、有名な話だったが
こうして生でその存在を目の当たりにすることはなかった共演者や
スタッフたちは
何より受取ったマヤの何とも言えない愛しさと温かさをかもしだした
そのほほえみに魅了された。
「あの笑顔だけで、彼女にとってあのバラがいかに大切な物か
 分かるね」
胸に抱いた紫のバラを、この上なく愛おしそうに柔らかく抱きかかえる
マヤは、ふと花束についていたメッセージカードを見つけ、広げた。
「・・・・・・ふふふ。」
「なんて書いてあったの?マヤちゃん!」
花に誘われた女性陣がマヤの周りを取り囲む。
「え?秘密です!!」
そういって顔をぽっと赤く染めるマヤの顔はこの上もなくかわいくて
再びその場にいる人々の心をわしづかみにするのだった。


「・・・・・大原さん、あの・・・明日なんですけど・・・」
お開きの後、三々五々と二次会に向かう人々と別れ、宿泊ホテルに戻る
道すがら、マヤはおずおずと大原に声をかけた。
「明日は、夕方にはマヤちゃんの出演シーンは撮り終わるはずよ。」
「そうですか。あの・・実は・・・」
「ふふふ。分かってるわよ。」
気にしないで、と大原はマヤがしっかりと胸に抱いている紫のバラ、そして
手に持っている封筒を指差した。
「楽しんでらっしゃい。」
「ありがとうございます!!」
マヤの顔にぱあっと笑顔が咲いた。

**
撮影所の駐車場に止めた車の中で
真澄は何本もの仕事の電話をこなしていた。
「この件に関する報告は明日受ける。いいな、いい結果しか受けるつもりはないぞ」
膝の上に広げたPCを見ながら、手には複数の書類を持ち
次から次へと処理していく。
「・・・・まったくどこにいても仕事ができる時代になったものだ」
わが社にもそろそろ在宅勤務を導入するか、などと思いながら
いつまでも終わらない仕事にむりやりけりをつけ
資料をバッグの中に戻した。

「大都芸能の速水社長がいらっしゃいましたー」
元気なスタッフの声がスタジオに響く。
すらりとした長身に仕立てのいい服、見るものを惹きつける
不思議な威圧感をまといながら、現場責任者達にねぎらいの言葉をかけていく。
「相変わらず、素敵ね・・・」
「本当に、ご自身が芸能活動されればいいのに」
「確かまだ独身なのよね、狙っちゃおうかな」
「あなたには無理よ!だってあのご令嬢とだって結婚されなかったくらいよ」
女性たちのひそひそ話も、もはや隠せないほどだ。
「どうだ、しっかりやっているか?」
ようやく真澄の足を止めたのは、最後のシーンの撮影に臨むマヤの前だった。
「はい!今日はとっても順調で・・・」
いつにも増してNG出さないように集中してましたから・・・と
少し恥ずかしそうに小声でささやく。
「もともと君はNGが少ない。むしろ君の演技をみて演出を変えたくなるから
 長引くくらいだからな」
手を抜いて早く終わらせてるんじゃないか、という真澄の言葉に
そんなことありません!とむきになって反論するマヤを、冗談冗談と
あやすように笑いながらなだめる様は
傍からみていても二人の関係がバレやしないかといつも大原をヒヤヒヤさせる。
"昔からああだったのよ"
秘書の水城はそう言ってなんでもないかのような顔をするが
現場の人間としては気が気ではない。
"だいたい社長のほうが、ラブラブオーラだしちゃってんのよ・・・・"
年の割に落ち着いた(老けたともいう)風貌のおかげで
二人でいても叔父と姪といった雰囲気に救われているが
これから先マヤがどんどん大人の女性になっていった時が思いやられる。
"まあでも・・・・。そんなに先まで隠しておく必要があるかどうか・・・"
大原の心配をよそに二人はひとしきりの会話を済ませた後
マヤは撮影に入った。
「昨日はどうだった」
「とてもわきあいあいとした雰囲気で・・・・。あの誕生日プレゼントは
 みんなびっくりしてましたけど・・・」
「ふ、紫のバラ・・・か。」
とってもうれしそうでしたよ、という言葉に、真澄もわずかに顔をほころばせた。
「見てみたかったな・・」
いつも見てるでしょ、と言いたかった大原だったが
真澄の表情に、もしかしたら彼自身が"紫のバラのひと"である時を楽しんでいるような
気がして、言葉を飲んだ。
「今日はすまないが」
「いえ、元々予定は空いていましたし、彼女にとっても大切な仕事だともいえますし」
「荷物は届いているか?」
「はい、控室に準備していますので、撮影が終わり次第支度を整えます。」
「ありがとう。」
では後程、というと真澄は肩で風を切りながらその場を後にした。
「あの、速水社長・・・」
声をかけてきた大原の言葉に振り向くと
「あまりマヤちゃんを疲れさせないで下さいね」
明日は朝から撮影です、とささやいた大原に
「・・・善処する」
と能面のように答え、小さく口角を上げた。



**

撮影終了後のマヤをピックアップした真澄は自ら運転する車で
京都から大阪へと向かっていた。

"久しぶりに、観劇でも如何ですか?"

助手席のマヤが広げたのは昨日受取った紫のバラについていたメッセージカード。
中には『紅天女・大阪公演』のチケットが入っていた。
「まさか大阪で亜弓さんの紅天女が見られるなんて・・・」
1月の東京公演中は撮影にかかりきりで観劇はかなわなかった。
真澄としても、姫川亜弓の舞台の反響を確かめないうちは
マヤのイメージを出したくなかったこともあり、あえてスケジュールを調整しなかった面もある。
しかし結果として姫川亜弓はしっかりと自分自身で答えを出し
厳しいと言われていた関西の客の心をもつかんでいる。
このタイミングでなら・・・という経営者としての思惑もあった、しかし
なによりマヤが、観たがっていたのだ。
「紅天女の舞台を目にすることができるなんて・・・・」
高まる興奮を抑えることができないといった面持で
マヤは何度も何度も手にしているチケットを見返す。
その様子に、何とか調整してよかったと真澄は思った。
「でも、観劇のためにわざわざこんな服まで・・・」
撮影終わりのマヤを待っていたのは、シンプルながらラインが美しいロングワンピースドレス
そして美しいゴールドのジュエリーだった。
「今日の観劇はマスコミにも出る。特に取材など受けるわけではないが
 最低限、周囲の視線には気を付けておけよ。」
せっかくの誕生日祝いなのに、仕事にしてしまって申し訳ない・・・と
謝る真澄に、気にしないでと明るく答えるマヤ。
「この予定を組むのがどれくらい大変だったかくらい
 私でも分かります。私が観たいって言ってたこと、覚えててくれてうれしかった」
しかも・・・速水さんさんと一緒に・・・・
マヤの頬が赤く染まる。
「そうだな。俺もようやく君と一緒に紅天女を観ることが出来るわけだ。」
マヤが姫川亜弓にも演じる権利を認めてほしいと懇願したあの日のことが
思い出される。
"私にも、紅天女を見せて、感じさせて欲しい・・・・"
「魂の片割れ・・・」
「魂の片割れ・・・」
期せずして同時に発した同じ言葉に、思わず二人で顔を赤らめ吹き出す。

「体調はどうだ?年明けから仕事が続いてろくに休みも取れなかっただろう」
マヤを働かせすぎているという自覚は真澄にもある。
しかし同時に、今が北島マヤにとってそうすべき時期なのだという
確固たる信念もあるのだ。
「大変だろうが今が踏ん張り時だから・・・」
この先十年二十年と、マヤが女優として活躍するためには
避けては通れない。
「全然大丈夫です!毎日毎日、お芝居が出来るなんて本当に幸せ!」
昨日やった役と全く違く役の世界を経験できる毎日に
マヤは幸せを感じていた。
「速水さんのおかげでこうして再び虹の世界で活動できるようになって、
 そりゃたまに眠いなーって時とかありますけど、それ以上にうれしくてたのしくて
 たまりません」
本当にありがとうございます、と頭を下げる。
「そう言ってもらえるなら、本望だな」
「速水さんこそ、お仕事大変じゃないですか?」
マヤも毎日を忙しく過ごしているが、それをいうなら真澄の方がずっと長く
仕事漬けの毎日だ。
「なんだ、俺はもう若くないとでもいうのか?」
冗談めかして言った真澄の言葉を慌てて否定するマヤ。
「・・・・しかしそうだな。そろそろ仕事のやり方を考えた方がいい時に
 きているのかもしれんな。」
今はまだ、このままでもいい、それぞれが自分の道をひたむきに進む。
しかしいつか、少しでも心と体にゆとりができたその時は・・・・
「私、速水さんの事信じてますから。」
ふいにマヤが発した。
「速水さんは、私のためになることを、私にとって今必要な物を用意してくれる。
 それが時にとてつもなく無理難題だったり、ひどい!と思うようなことだったとしても
 いつかきっとそれがとても大切なことだったって分かる時が来るって。だから」
速水さん、そして紫のバラのひとのおかげだって、いつも感謝しています
そう言って花束から抜いた一輪の紫のバラをそっと鞄から取り出して笑った。


**
「北島さん、姫川亜弓さんの『紅天女』はいかがでしたか?」
「上演権保持者として、本日の舞台は合格ですか?」

大阪の劇場に到着した時から、マヤと真澄は注目の的だった。
なんといっても紅天女といえば北島マヤ、記者達の誰もが
コメントを取りたがった。
「本日は取材をお受けする予定はございません。」
まるでボディーガードのように取材陣からマヤを守る真澄。
それらも想定された状況だった。
マスコミにもみくちゃにされながら劇場に入るマヤは
既に心ここにあらずといった様子で手にしたパンフレットを
何度も見ては、ワクワクする感情を隠せずにいた。
「楽しみにしています!」
大きな真澄の体に隠れたマヤは、唯一の言葉を発して
そのまま劇場内に入っていった。

そして上演終了後、待ち構えた取材陣に声をかけられたマヤだったがーーー
「すみません、北島は取材をお受けできる状況にないので・・・」
劇場から出てきたマヤは感動が止まらないといった
表情と、半ば放心した状態で、真澄に支えられながらようやく歩けている
という状況だった。
感想はなくともその状況を見るだけで、いかに姫川亜弓の紅天女が素晴らしかったか
そして同じ舞台を演じる北島マヤにどれほどの感動を与えたのかは明白であり
それ以上の取材は受けるまでもなかった。


「少しは落ち着いたか」
車の中に戻ったマヤは、真澄が用意したホットティーを飲んで休んでいた。
「・・・・すごい、亜弓さん・・・・。紅天女にあんな表現の仕方があったなんて・・・」
落ち着いたと思ったら、舞台の事を思い出し再び感極まる、
何度となくその状態を繰り返しながら、それでも少しずつマヤの気持ちが安定してきた
所で、真澄はゆっくりと車を出した。
「この後軽く食事でも・・・・と思っていたのだが・・・」
助手席のマヤがとてもそのような状況にないということを察した真澄は
「マヤ、少しドライブでもするか」
と目的地を変更した。

「お腹はすいてないか?」
真澄に聞かれたとたん、何も食べていなかったことに気付いたマヤのおなかが鳴った。
「クックック・・・。体は正直だな。」
「すみません。。。」
「今からだと・・・・店に入るのもあれだな・・・」
そういうと真澄はドライブスルーに車を入れ、テキパキとハンバーガーを買った。
「ハンバーガー!!」
「久しぶりだな・・・・」
ハンバーガーを食べながら、ようやく落ち着いたマヤは、車が山の中を走っていることに気付いた。
「速水さん、どこに向かっているんですか?」
「いや・・・・、せっかくだから少し空気の澄んだところに行こうかと思ってな。」
紅天女に感動するマヤの姿を見ていたら、ふと星空が見たくなった。
「せっかくなら、紅天女のふる里にでも行きたいところだったが」
そう言って着いた場所は、同じくらい星のきれいな静かな山里だった。

「うわあ・・・・・キレイ・・・」
首が痛くなるほど上を向いたマヤ。
この広い宇宙のたった一つ一つが輝いているという神秘に
改めて心を奪われる。
「こんなに広い世界で、魂の片割れに出会えるなんて・・・」
奇蹟だ・・・・
ささやくようにつぶやくマヤの後ろから、そっと自分のコートをかける。
「風邪をひくぞ」
「温めてくれるんですよね」
速水さんが・・・・
そういって振り向いたマヤの顔があまりに美しくて
真澄はこの世の者ではない気がした。
"これだからこの子は・・・・"
いつまでたっても、俺の心をかき乱し、捉えて離さない。
紅天女でも阿古夜でもなく
ただの北島マヤという存在が愛おしい。

「・・・・・どうだ。」
「・・・・・うん、あったかい。」
あの日、冷たい雨が降りしきる中感じたこの人のぬくもりは
温かったけど切なかった。
このひとときがずっと続けばいいと願って、だけどかなわなかった。
今、私を包み込むのは、私の魂。
二人の魂と魂が溶け合って、もう境界線がどこか分からない混沌とした丸い世界。
このまま、埋もれていたい。

今のこのひと時は、星しか知らないーーーーー




深夜にホテルに戻った真澄を、大原が出迎えた。
「おかえりなさいませ・・・。」
「ああ。遅くなった。」
真澄のコートにくるまってぐっすりと眠るマヤを
両手で抱きかかえながら部屋へと運ぶ真澄。
「大原君、すまなかったな。」
そう言って静かに、マヤをベッドへと寝かしつけた。
「君との約束は、果たせなかったようだ。」
「・・・・それはどうでしょう。」
むしろ、元気をたっぷりたくわえて生き生きとしたマヤの様子が
想像できて、大原はにっこりと笑った。
「マヤちゃんが素敵な誕生日を過ごせてよかったです」

知らない間にすりへった魂がまた輝きを取り戻す。
それ以上の休息はない。

ep第43話←                  →ep第45話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
なんというか・・・
最近現実世界の芸能ニュースがぶっ飛びすぎてて
フィクションの方が平凡に見えるという・・・・(汗)
こんなのウソだろ~~ってことが起こりうる世の中に
なってきたんでしょうか。
いやむしろ、今まで暗黙の了解で隠されてきたことが
表ざたになる時代になったのかも。
そういう意味では古き悪しき?流儀がありそうな
大都芸能は一体この先、生き残っていけるのでしょうか。
絶対ブラック企業ですよね・・・・ワンマン社長だし・・・・。。。
~~~~~

ep第43話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2017-02-20 13:49:03 | ガラスの・・・Fiction
ep第42話←                  →ep第44話
********************
「・・・・・なんだその荷物は?」
小さい体に不似合なほど大きな袋を抱えたマヤと遭遇したのは
俺がちょうど会社のエントランスに入る所だった。
「あ、速水さん!お疲れ様です。」
顔が隠れるほどの荷物を床に置きこちらを向いたマヤの顔は
外の寒さと比例するように真っ赤に蒸気していた。
「今は確か、ドラマの撮影・・・、今日はオフか」
「はい!さっきロケから戻ってきて、今日はこのまま休みです」
紅天女のない正月、少しだけゆったりとしたスケジュールだった
マヤだったが、ほどなくして4月の特別ドラマの撮影に入っている。
開局50周年記念ドラマということで、過去に何度も実写化されている
名作のリメイクという、賛否両論必至の難しい仕事だが
マヤは相変わらずの本領を発揮して張り切っているらしい。
「サスペンスなんて初めてだからすごく新鮮です!!」
目をキラキラさせながら毎日楽しそうにしている姿を
直接見る時間は、今の俺にはほとんどなかった。

姫川亜弓主演にて興行されている舞台『紅天女』は
東京での上演を無事終え、今は大阪公演が始まっている。
北島マヤという大看板に対し、最初こそ役をつかむことに
苦労していた亜弓だったが
さすが、唯一のライバルと互いを認め合う実力者、その舞台は
マヤが築き上げたものとはまた違った、妖艶で美しい独自の紅天女となり
話題もうなぎ上りだ。
同時に
二人の稀代の若手女優がそれぞれのアプローチで再現する『紅天女』という
舞台の奥深さを改めて痛感させられる。
"これが、幾人もの人の人生を狂わせた魅惑の作品というものか・・・"
何度も観た舞台、しかし何度見てもなお、自分のこれまでの生き方を
思い出して仕方がない。
"もし、この舞台がなかったら・・・"
俺は今、どこで何をしているのだろう・・・・


「・・・さん、速水さん??」
気付けばマヤがこちらを不思議そうな顔で見ていた。
「ん?あ、すまん。少し考え事を・・・」
「・・・お仕事中ですもんね。で、どうですか?」
どうやら今日の夜、自宅でパーティーをすることになったという。
「速水さんも、もしお仕事早く終わるようだったら・・・・」
参加するのは我々の事情を知る大都の人間(察しはつくが・・・)、それに
劇団つきかげのメンバーだという。
「俺がいないほうが盛り上がりそうだ」
というより、参加するのが怖い。
「でも、せっかくだから・・・。」
何となくさびしそうなマヤの顔は、少しだけわがままな秘密の表情を醸し出していて
ここが公の場でなかったらすぐにでも抱きしめてしまいそうになる。
「・・・・分かった。まあ、期待はしないでもらいたいが・・・」
そういっておもむろにマヤの荷物を取り上げた。

あれ、速水社長よね
ええ、どうしてあんな荷物を運んでるの?
後ろを追いかけているのは・・・・北島マヤよね
相変わらず、面白いことしてるのね

大都芸能のロビーは、真澄の柔和な顔とその荷物、そして
慌てて追いかけるマヤの姿で騒々しくなった。

「わ、社長!!!すみません。」
外では車を回してきたと思われる、マヤのマネージャー大原が
まさか荷物を俺が持っているとは思わず恐縮しきりに謝っている。
「気にするな。小さな女の子に大きな荷物を持たせる趣味は
 俺にないだけだ。」
すみません、ありがとうございました。
ぺこぺこと頭を下げるマヤと大原を急かせ、車を出させる。
いつまでも車の中で手を振るマヤの姿を見ながら
恐らく本日のパーティーに出席するであろう我が秘書のために
今日は早めに仕事を終えねばならぬことを察した。

**
「今日がなんの日かってことは、真澄さまも当然ご存じのはずよ」
だって毎年この時期は山ほどのチョコレートが届くんですもの、と言うと
水城は手にしていたフルーツをチョコの海に投じた。
「そんなにたくさん・・・・」
「というよりマヤちゃん、あなた社長にあげてないの?」
「はい・・・。いつもその時期は紅天女に集中していてつい忘れがちで・・・」
「・・・・まあ、元より社長の頭にもマヤちゃんから何かあるという考えはないと思うけど」

4月に特別番組として放送されるマヤ主演のドラマは地方ロケも多い。
昨日深夜まで東北でロケを行っていたマヤは帰りの新幹線の中で
今日がバレンタインデーであるということに気付いた。
例年この時期は紅天女が真っ盛りということもあって、世間の事情に
もっとも疎くなる時ではあるが、その話の流れの中で
最近は女性から男性にあげるだけではなく、女性同士で渡し合うことも
多いと聞き、その流れで急きょバレンタインパーティーを開くことで盛り上がったのだ。
「せっかくだから、チョコレートフォンデュやらない?」
道具なら大都にあったはず、という大原はその素早い動きであっという間に
水城の了承をとり、ついでに彼女の参加もとりつけた。
「麗達も来れるって!!」
マヤはマヤで、劇団つきかげの仲間たちに声をかけ、みんな思い思いのチョコ持参で
参加することになったのだが。

「でも、せっかくバレンタインデーが休みだってのに、マヤからなにももらえないってんじゃ
 速水社長も気の毒だな」
麗の言葉に、マヤはグッととマシュマロを詰まらせる。
「・・・・やっぱ、そうかな・・・」
「そりゃそうさ、どんなにチョコに興味のない男だって、バレンタインデーに好きな人から
 チョコをもらったらうれしいに決まってる。」
それがまさか自宅に友達招いてパーティーしてるなんて・・・・と
追い打ちをかける言葉に、マヤはどんどん顔を青くした。
「まあまあ、マヤちゃん。気にしないで。今日の休みだって急に決まったことだし
 大体今の時期チョコを買うのも一苦労よ?」
「・・・み、みずきさ~~~~ん。」
優しい言葉にマヤの涙腺も緩む。
「青木さん、あんまりマヤをいじめてあげないで・・・」
「ゴメンゴメン、冗談だよ。」
ほら、これ食べなよ、と麗から差し出されたチョコたっぷりのイチゴをパクリとほおばる。
「おいしい!」
「そうそう。どうせ真澄さま甘い物は苦手だし、今日も仕事で遅くなるんでしょ。」
寂しい思いをさせてるのはあちらなんだから!と水城はマヤを慰める。

「でもせっかくだから・・・これから何か作ってみようか?」
パーティーもひと段落した頃、大原がおもむろに口にした。
「材料もいろいろあるわけだし、ガトーショコラくらいならすぐにできるんじゃない?」
「そうね。どうせ真澄さまもまだまだお仕事でしょうし・・・」
そういうとさっきまでパーティー会場となっていたテーブルは
出来る女たちの素早い動きであっという間にお菓子作りの場へと姿を変えた。
「どうせなら、クッキーも焼いちゃう?」
「それなら私、自分用にトリュフチョコ作っていいですか?」
もはや当初の目的はどこへやら、集まった女性陣による束の間の料理教室は
夜更けまで続いた。

**
「あとは冷めるのをまって、この辺のフルーツをかわいくトッピングして、
 生クリームはここにあるから、仕上げはちゃんと自分でするのよ?」
まるでロボットのように言われるがままに動くしかなかったマヤだったが、それでもほどなく
美味しそうなケーキが完成したときは、初めての手作りチョコに感激した。
「喜んでくれますかね・・・・速水さん。」
「もちろん。」
余った材料で作ったホットチョコレートを飲みながら、マヤ達がリビングで
くつろいでいると、誰かの帰宅を知らせる音が鳴った。
それを合図に、メンバーは皆帰り支度を整え始める。
「あら、気づいたらもうこんな時間」
「でもなんとか当日中に間に合ったわね」
「じゃあ、後はがんばってね!」
口々にマヤを激励する言葉をかけながら、みな帰宅の途についた。
「本当に、今日はありがとうございました!!」
「とんでもない!とても楽しかったわ。」

見送りと入れ違いで、真澄が帰ってくる。
「・・・すごいな。」
部屋に入って来るや否や真澄が部屋中に充満した甘い匂いに反応する。
「チョコレートフォンデュで、腹は膨れるのか?」
信じられないといった顔の真澄のコートを預りながら、マヤはどのタイミングで
チョコを渡すか緊張していた。
「速水さん、今日がチョコレートフォンデュパーティーだって知ってたんですか?」
「いや、昼間に運んでいた荷物がフォンデュセットだったし、今日はバレンタインデーだからな。
 なんとなくそうかと思っていたが・・・、確信したのはこの匂いだ」
「やっぱり・・・、ご存じだったんですね。今日がバレンタインだって」
「まあ、仕事柄チョコレートをたくさんもらう時期ではあるからな。」
「・・・・すみません、いつも忘れてしまって・・・・」
さっきから少しうつむき加減だったのはそれが理由か、と真澄は納得がいった。
恐らくあまり深く考えずにチョコレートフォンデュパーティーを企画したマヤが
参加メンバーにいろいろ言われたのだろう。
"まあ、参加者の中には水城くんもいたはずだから、俺が毎年チョコの山に
 辟易していることは分かっているはずだが・・・"
目の前で若干緊張した顔をしているマヤがおもしろくて、思わず吹き出してしまった。
「・・!?」
「・・いや、なんでもない。せっかく早く帰ってきたんだ。
 満腹かもしれないが少しだけ、俺の食事に付き合ってくれないか?」
そういうと真澄は手にしていた袋を軽く持ち上げた。


「これは・・・」
マヤが真澄の荷物を片づけているうちに真澄が手早くセッティングしたのは
豪華なチーズフォンデュだった。
「道具はそろっているだろうと思ってな。マヤも甘い物ばかりで少し飽きただろう。」
「おいしそう!!」
行きつけのレストランに少し分けてもらったというその材料はどれも一級品で
先ほどまでお腹いっぱいだったはずのマヤの食欲も再びそそられる。
「では・・・・、二人で過ごすバレンタインに乾杯」
冗談めかした真澄の言葉に恐縮しながらも、マヤは得も言われぬ幸せな気持ちに
胸の奥が温かくなった。
「・・・・いいものだな。」
目の前でマヤは嬉しそうにチーズを付けたパンをほおばっている。
外の寒さと正反対に、鍋が発する湯気が二人の間を緩やかに満たす。
この何気ない幸せを、真澄もマヤも無言でかみしめていた。

「私の方が、食べてる気がする・・・」
これで最後、ほんとに最後、と言いながら止まらないマヤを見ながら
今撮っている作品のことや亜弓の紅天女のことなど
取り留めもない会話をしていると、想像以上に癒されていくのを実感する。

「・・・もういいのか?」
「ふう・・・。お腹いっぱい!もう一口も入らない・・・・あ!」
たっぷりと高級チーズフォンデュを堪能したマヤは、冷蔵庫に冷やしていた
チョコレートケーキの存在を思い出した。
「あ、あの、速水さん!」
ちょっと待ってて、と慌ててキッチンに向かうマヤを
ふわりっと真澄が後ろから抱きとめた。
「!?」
突然の事に戸惑うマヤの目の前に差し出されたのは
真っ赤なバラの花束だった。
「・・・!??これは?」
「本来バレンタインは、男性から女性へ愛を送る日だ。」
赤いバラもたまには悪くないだろう?
そう言ってぎゅっと真澄の腕の中に抱きかかえられた。
「・・・・・・キレイ・・・・」
目の間のバラの美しさと、自分の体を包み込む真澄の暖かさに
マヤは自分がチョコレートになってしまったかのような錯覚を覚えた。
「溶けちゃいそうです・・」
「・・・確かに。」
ゆっくりとこちらを向いたマヤの瞳は、今にも溶け落ちそうなほど潤んでいて、
そんな顔を見せられては・・・。


「私からも。あの、用意してるんです・・・」
そういってケーキを取りに行こうとするマヤを、真澄はちっとも離してくれない。
「甘いな・・・」
「え?」
「髪の毛まで甘くして、君は一体どれほどチョコを食べたんだ」
甘いのは苦手だと、普段ならいうくせに、今はマヤの頭に顔をうずめて
ちっとも離れようとしない。
「匂いしみついちゃったのかな・・・。シャワー浴びてきます。」
「・・・・構わん。」
せっかくのバレンタインだ、甘いのも悪くない。
「は、はやみさっ・・・」
真澄はゆっくりと、マヤの甘さに身を沈めた。



「ケーキ作りなんて、いつぶりかしら?」
大原明里の運転する車で送られながら
水城は先ほどの事を思い出していた。
「いつもなにも、あなたが手作りなんてしたことあったの?」
「そうね、少なくともすぐには思い出せないわね。」
「その割には手際のいいことで・・・」
曇ったガラス窓越しに外の景色をぼんやり眺めながら
なんとなく二人は先ほどの事を思い出す。
「とりあえず明日朝一で社に届いたチョコレートを整理しないと・・」
「社長宛の?」
「ええ・・。恐らく明日は真澄さま、チョコの箱も見たくないくらいに
 今、甘い物を堪能しているはずよ。」
「あのケーキ、ブランデーを聞かせて甘さ控えめにしたつもりだけど・・・」
「ふふふ。あのケーキはきっと、早くて明日の朝ね。」
「え?」
ただでさえあの甘い物が苦手な朴念仁が、朝からチョコレートケーキを
食べることになるなんて、いったいどんな顔をするんだろう
想像するだけで水城は笑いをこらえることが出来なかった。

「・・・・・ねえ、ちょっとラーメン食べてかない?」
「え?」
「なんだかしょっぱいもの食べたくなっちゃった。」
そういうと大原は深夜営業しているラーメン屋へと車を走らせる。
「真澄さまも、本当にロマンチストだこと・・・」
「何か言った?」
「・・・・何も。」
先ほどすれ違った真澄の荷物からちらりと見えた真っ赤なバラの花を
思いだし、水城は二人の甘い夜を想った。
「私はいったいいつになったら、ロマンチックな夜を過ごせるのかしら。」
気持ちは既にラーメンの大原を横目で見ながら
ため息にも似た言葉が漏れた。


ep第42話←                  →ep第44話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
朝起きて、気が付いた、今日はマヤちゃんの誕生日だと。
誕生日をどう過ごすだろうと考えたら、今年(Fiction上)は
紅天女がないことに気づき、それならバレンタインも・・と
急に書きたくなりました。
普段華麗にスルーされているイベント。
第一、ひと月の間にバレンタインと誕生日という2大イベントが
あると、いったいどうやってやりくりすればいいのか・・・・迷うのは
私だけ?でしょうか。
(クリスマスと誕生日が重なるのも、いろいろと大変ですが)

と、いうわけで誕生日話を書きたいがためのバレンタイン話でした。
時期がズレズレで申し訳ない。

12月末の話が妙にいい感じでキリ良く終わってしまったので
なんとなくこのままフェードアウトすると思ってましたでしょうか。。
いえいえ、ちゃんと続きます。。

といいつつ、新年の抱負に"最低月1更新"としていたことすら
すっかり忘れていました。

~~~~~

ep第42話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2016-11-04 16:35:01 | ガラスの・・・Fiction
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「ふ~ん、まあ、悪くないんじゃないか」
黒沼のその言葉はかなりの褒め言葉だと
共演の桜小路優からは聞いていたが
それでも亜弓は納得したとは言い難いものを
感じていた。

紅天女ーーー一度はあきらめた幻の役を
再び演じることになった亜弓の胸中は
複雑だった。
これ以上はないという努力で立ち向かったその役は
北島マヤが勝ち取り、自身は完全なる敗北者となった。
その時に、全てふっきったはずだった、しかし。

「亜弓さんの紅天女が観たい」

他のだれでもない、紅天女の正式な継承者である
北島マヤがそれを熱望してきた。
マヤという人間の性格・考え方は熟知しているつもり、
その言葉に他意はないことなど分かっている、分かってはいるのだが
それでも敗れたものへの温情という慰めを抱かずにはいられなかった。

"だけど引き受けたのは私自身"

紅天女を受けると決めた時に、わだかまりは全て捨てた。
そしてただひたすら、紅天女を演じるということだけを考えてきた。
私は私の紅天女を・・・・
そう思い続けてきた、しかし・・・

「姫川亜弓の演じる紅天女なら、美しいに違いないわ」
「でも、北島マヤのあの胸を打つ演技と比べるとどうかしら?」
「見た目だけなら圧倒的に姫川亜弓でしょ」
「そんなこと、北島マヤの舞台を観た後にも言える?」

紅天女は、きれいなだけじゃつとまらない・・・・

見えない周囲の言葉の棘が、じわりじわりと亜弓を刺し貫くような気がする。
振り払うように稽古に集中すれど、その感覚はますます鋭敏になっていくようで
亜弓は焦りを感じていた。

「もうそれくらいにした方がいいんじゃない?亜弓さん」
一人居残り稽古をしていた亜弓に、桜小路が水を差しだした。
「もうみんな帰っちゃったし、黒沼先生も・・・」
プレッシャーを感じるのは分かるけど・・・という桜小路の言葉に
いらだつ気持ちが抑えきれない。
「そうね、あなたの中の永遠の魂の片割れは
 私ではないようですものね」
青ざめる桜小路に、こんなこと言いたかったわけではないのにと
後悔するがもう遅い。
「・・・・亜弓さんは亜弓さんだよ。」
「・・・・そうね、よく言われるわ」
「僕は亜弓さんの紅天女もとても素晴らしいと思うよ。」
桜小路の言葉もみじめな自分を慰めているようにしか受け取れない。
「表現力だけなら君の方がマヤちゃんより数段上かも・・・」
「もういい加減にしてっ!!」
気にするなといわれても気になる。
人は私に対して、すばらしい表現力とか圧倒的美しさなどといって褒めそやす。
けれどそれは、真実をそのまま演じるマヤには本質的に追いつきっこないと
言われているに等しい。
「・・・ごめん・・・」
「・・・・・・ごめんなさい。あなたに悪気はないことは分かっているんだけど
 今は私、何をいわれても言葉通り受け取れないようだわ」
努力では、追いつけない天才の影。
自分より先にその影がある、追いかけても追いかけても届かないその影の存在を
誰が理解してくれようか・・・・。


「こんなものじゃない・・・・」
12月中旬、『紅天女』公演場である大都劇場の舞台に
亜弓は立っていた。
大都劇場の稽古場に移ってきて半月、周囲の評価とはうらはらに
未だ亜弓は自分が納得する紅天女をつかめずにいた。
「せめてあの時の感覚が・・・・」

マヤと紅天女を争った2年前のあの試演。
稽古途中の事故により、視力を大幅に失っていたあの時、
亜弓はある種霊的な感覚ともいえる能力で、その場に梅の木の息吹を
感じていた。
見えないからこそ、感じたリアリティ。
しかし今の亜弓はその感覚が再現できずに苦しんでいた。
"見えなくなれば、あるいは・・・"
そう思い、タオルで目隠しをして演じてみるも
あの匂い立つ梅の里がそこに再現されることはなかった。

「だいぶ難航しているようだな」
タオルを外した亜弓が、一人呆然と舞台上に立ち尽くしているところへ
暗闇から近づいてくる男の声がした。
「・・・・速水社長」
「陣中見舞いを兼ねて稽古場をのぞいてみたが、亜弓くんはこっちだと
 きいたものでな」
随分と、悩んでいるようだが・・・という真澄の余裕ぶった様子が鼻につく。
「あいにくと私には魂の片割れと呼べるような人がいませんので・・・」
「はっはっは。亜弓くんともあろう者が、恋をしていないから恋の演技はできないと
 言うのかね」
亜弓の嫌味に気づいてないはずはない真澄の、予想外の
明るい返答に、亜弓は少し心が落ち着く気がした。
「速水社長は分かってらっしゃるんですね。私が紅天女をつかめていないこと」
「・・・そんなに簡単に体得できるものではないことは理解しているよ。」
これまで周囲の人間は、亜弓の演技を素晴らしいと評価するばかりで
亜弓だけがこれではないと空回りしているようだった。
「比べるな、気にするな、そういわれてその通りにできるようだったらこんな
 楽なことなどないからな」
実際は、比べられるし気にもする。
「この2年間で北島マヤが作り上げてきた紅天女とは、そういうものだ」
「後悔されてますか?私に紅天女を預けたこと」
「いや・・・」
禁煙の劇場で、手持無沙汰な様子の真澄は、亜弓から出た質問に
淡々と答えた。
「紅天女は誰でもやれる役じゃない。その資格があるのなら
 やり遂げるべきだと思っている、そして・・・
 姫川亜弓、君はその資格を持っているんだ」
その過程がいかに厳しいものであるかは、凡人の俺には到底理解しがたい
ことだがな、とまたもや意外なほどの柔和な顔を見せる。
「・・・・お願いがあります。」
「君のお願いは、聞くのが怖いな」
いつも突拍子もない・・とおどける真澄に、亜弓は真剣な顔で返す。
「来週のゲネを見て、判断して頂けませんか?
 私の紅天女が、上演するに値するかどうか」
「・・・・・」
「もし、私の紅天女が速水社長の承認を得られない場合は、
 私、降ります」
「なっ・・・・!俺は舞台の専門家でもなんでもないんだぞ」
「ですけど・・・誰よりもファンでしょう。
 北島マヤが演じる紅天女の。」
「・・・・!?」
「私は、マヤの紅天女を愛する人々を納得させる紅天女にならなければならない。
 そう、速水社長、私の舞台を観た後で、
 あなたが北島マヤの演技が見たいと思うのなら
 それは私が演じるべきではなかったということです。だから・・・・」
「しかし・・・」
しばらく無言のにらみ合いは続いた。
「誤解なさらないで。私弱気になって言っているわけではないのですよ」
この一週間で、私は必ず掴み取る。
「・・・・分かった」
言っておくが、引き受けた以上俺は生半可な評価はしないからな
真澄の低い声がことさら低く響き渡る。
「マヤには心づもりをしておくように伝えておこう」
君が降りたら、公演は北島マヤで行うーーーー
「準備期間などほとんどなくても構わないだろう」
紅天女をつかめない役者が舞台に立つよりはな・・・・

真澄の冷徹な言葉が、もしかしたら今の亜弓にとって
一番必要な言葉だったのかもしれない。

**
「あと、3日・・・か」
稽古終わりの車の中で、車窓をぼんやりながめながら
亜弓はぼそりと呟いた。
真澄に宣言した期限まであと3日
焦る気持ちと開き直る気持ちが交互に浮かび消えながら
未だつかんだとは言い難い状況にいた。
「たましいの・・・片割れ・・・・・」
曇りガラスに滲む都会のライトをぼんやりとながめながら
亜弓は誰にともなく言葉を発す。
「出会えばすぐに求めあい、相手を欲してやまぬ・・・」
そんな人、いるのだろうか・・・・
白いガラスをこすると、ふと何かに気づいた亜弓は
「ここで降りるわ」
と運転手に告げ、車を出た。
「まだやっている劇場があったのね・・・」
何となく気になって足を止めたその映画館では
亜弓が主演したフランス映画が上映されていた。

紅天女のオファーを受け、揺れる心を抱えながら
撮影に臨んだ映画
この作品で国際賞を獲ることを、自分の中の最低限の
条件にしていた。
マヤには告げず、自分の胸の内だけの決意。
映画のポスターに、撮影時の事が思い出される。
「・・・何してるかな、あの子」
ふと亜弓は、フランスで知り合った不思議な青年の事を
思い出した。
「気付けばいつも撮影現場にいたっけ」
名前は確か・・・ルーク。
監督の甥っ子だとかいう青年は、なんだかんだと
現場に出入りし、雑用のようなことをしていた。
聞けば特に正規のスタッフではないようだったが、監督に
頼み込んで現場見習いをしていたという、映画好きの
青年だった。
「あの子のせいで・・・・・」
少し苦く、そして今となっては懐かしい思い出だった。

「ねえ、他の事考えるくらいなら、この役降りてよ」
撮影序盤、突然亜弓の前でそう言い放った時の事を
今でも鮮明に覚えている。
少なくとも日本では姫川亜弓に対してこんな口をきく人間など
存在しない。
「映画に集中できないなんて、この役に失礼じゃない?」
0からやり直す、といいながらこれまでの自分を捨てきれずに
いた自分自身の甘さを突かれたような、そんな言葉だった。
しかもそれが単なる撮影のつかいっぱしりから言われたのだから
衝撃も大きい。
しかしその言葉に、ある意味で亜弓は紅天女の呪縛から
一時解放されたのも事実だった。

「・・・・・え?」
映画館の前で立ちすくんでいた亜弓の携帯が光った。
その名前が今まさに思い出していた人物からのものであることに驚く。

「・・・Allo」
「アローアユミ!今なにしてるの?」
"この役降りてよ"
あの時と全く同じ口調で、相手は話し始めた。
「何の用?わざわざフランスから電話なんて」
「別に用はないよ。ただなんとなくアユミの声がききたくなっただけ」
なにか問題でも?と言わんばかりにあっけらかんと声の主、
ルークは話す。
「別にいいけど・・・・」
フランスを発ってから数か月、それまで一度も電話をかけてきたことなど
ないのに、どうして今、このタイミングでこの人はかけてきたのだろう。
"まるで、私が役に集中できていないのを分かってるみたいに・・・・"
「・・・・ねえアユミ」
「なに?」
「・・・・ボクこれから、日本に行ってもいい?」


「本当に来るなんて・・」
突然の電話の翌日、本当にルークが亜弓の目の前に現れた。
呆れた・・・・という表情の亜弓のそっけない態度も気にならない様子で
興味深げに舞台を見回す。
「クレナイテンニョの舞台?」
「・・・・そうよ。そもそもあなた、紅天女知ってるの?」
知るわけないと高をくくっていた亜弓にルークは淡々と
「知ってるよ。僕らの映画そっちのけでアユミが考えていた舞台でしょ?」
と答えた。
「え?」
「正確には、後から聞いた・・・んだけどね。」
こっちのペースになど乗らないといった余裕ある表情でルークは亜弓の
視線をかわす。
なぜ突然、日本に来るなどといいだしたのだろう。
亜弓より2,3歳年下のこの青年は、フランスにいた時からいつも
何を考えているのか分からない所があった。
カメラマンのハミルは、ずけずけと人のテリトリーに入ってきながら
情熱的にアプローチしてくるのに対し、
ルークは年下ゆえかどこか甘えたような表情をみせながら
人の顔色などお構いなしに言いたい事をぶつけてくる。
恐い物知らずのフランス人青年が、興味があるのかないのか
劇場をキョロキョロと見回している姿を見ているうちに、
急に亜弓の頭の中に一つの思い付きが浮かんだ。
"なんだろう、なんだかよく分からないけれど・・・・"
思いついてしまったら、行動に移さずにいられない。
「ねえルーク、私と一緒に紅の里を見に行かない?」


「ここが、クレナイテンニョの生まれた街?」
「ええそうよ」
「ウメは咲いてないの?」
「今の時期はさすがに・・・。でも季節がきたら辺り一面
 紅い波のように広がっているのよ」
突然現れたルークの姿は、亜弓を紅天女のふる里に向かわせた。
何もないと分かっていても、何かを求め、
すがるようにしてたどり着いた12月の紅天女の里は
生命が全ての活動を停止したような
静まり返った枯野が広がっている。

「この場所で、私は紅天女とは何かを教えられたの」
「ふ~ん、いったいどんなことをしたの?」
寒そうにコートのジャケットに両手をつっこみながら
ルークが尋ねる。
「風火水土・・・」
「ふーかすい・・・、ねえそれってなに?」
知らない日本語に戸惑うルークに、その意味を説明すると
「・・・・それが一体どういう意味があるの?」
と素直に聞かれてしまった。
「・・・・分からないわ。」
そうだ、私は分からない。
あの時私は風を感じた
あの時私は火になろうとした
あの時私は水の中で生きた
あの時私は土を慈しんだ
そして私は、私の紅天女は・・・・

「ねえ、クレナイテンニョってどういう話?」
ルークの質問に、そうか彼は舞台を観たことがなかったんだと
気付いた。
よく分からないままにこんな山奥にまで連れてきて
随分と無茶な事をしてしまったと亜弓は思う。

「紅天女は、梅の木の精なの」
「精?精霊?」
「そうね。紅天女は梅の木なの。梅の木でありながら
 人間を愛してしまうの。それも、自分を切り倒そうとしている人を」
ルークには細かいことを説明しても分からない。
日常会話に不自由はないとはいえ、亜弓のフランス語も
紅天女を伝えきるには限界がある。
「梅の木?木の幹がしゃべるの?」
ルークの素直な疑問に大きな口が浮かぶ大木のイメージが
浮かんだ亜弓は、思わず吹き出してしまった。
「・・・いいえ、ルーク。紅天女は梅の里を守る巫女でもあるの。
 ちゃんと女性の姿をしているわ」
「へえ、要するに梅の木の女の子が男の子と恋に落ちて
 その男の子のために自分の命を落とす話なんだね?」
「そんな簡単な話じゃ・・・・」
ルークのあっけらかんとした紅天女評にあきれた亜弓だったが
結局のところそういうことなのかもしれないと思い直した。
「そうね・・・・そうなのかもね」
もしかしたら、私は深い意味を求めすぎていたのかもしれない。
真理はもっと単純で、だからこそ奥深く広がるのかもしれない。
「私は・・・一真が愛おしい。 愛おしい一真のためなら・・・・
 一真と一緒にいられるのなら・・・・」

橋の落ちた崖、その先に広がる漆黒の闇に向かって
おもむろに立ち上がった亜弓は、一言一言をかみしめるように
白い息を言葉に変えて宙に放ちはじめた。


"あの日・・・・・初めて谷でおまえをみたとき・・・阿古夜にはすぐにわかったのじゃ"
"おまえさまはもうひとりのわたし わたしはもうひとりのおまえさま"
"離れることなどできませぬ 永遠の生命あるかぎり・・・"


「梅の木ってきれいだね」
いつの間にか後ろにしゃがんで亜弓の様子を見ていたルークが声をかけた。
「え?」
「梅の木って、ボク見たことなかったけど、とってもきれいなんだね」
「・・・・今はどこにも咲いてないわよ」
「うん。でも見えたよ。」
だってアユミ今、梅の木だったでしょ?
ルークは、まるで晴れた空をみて青いねというようにさも当たり前の顔で言った。

"日本人でも難しいセリフを、しかも衣裳もなにも付けないまま
 最低限の身振りでしか演じていないのに・・・"
亜弓は宙に伸ばしていた手をそっと引き寄せ、
胸元でギュッと握りしめた。
これが、表現力ーーーー
ない物をあるかのごとく見せられる技術
マヤに追いつきたくて、必死になって身に付けた
私の武器

「私は褒められていたのね・・・」
小さく呟いた亜弓の言葉は、ルークには理解できないようだった。
「ありがとうルーク。行きましょう。」
「次はどこへ?」
「帰るのよ」
「え~~~~!!今ここにきたばかりじゃないか!」
「ふふふ。ごめんなさい。でもその代わり・・・」
あなたに満開の梅の里を見せてあげるわ、東京で。
その時初めて、亜弓は笑った。

**
「いかがでしたか?」
ゲネプロ終了後、亜弓は静かに真澄の元に近づいた。
舞台上では演出家の黒沼がアシスタントや技術スタッフに事細かな指示を
出している。

"私の紅天女が、上演するに値するかどうか、判断して下さい"

亜弓が真澄に言ってからちょうど一週間、さきほどまで紅天女だった亜弓は
静かにその審判の時を待った。
一週間前まであんなにいらだっていた気持ちが嘘のように
今日の心は穏やかだった。
情熱的な高揚感があるわけでもなく
悲観的な絶望感が支配しているわけでもなく
ただただ、亜弓の心は無だった。
「ふむ・・・・」
顎に手をあて、何やら思案しているような真澄は次の瞬間
まっすぐに亜弓の目を見ると答えた。
「・・・・・マヤに会いたいと思うよ。」
「・・・・・そうですか。」
その答えは、亜弓の紅天女がマヤに及ばなかったことを意味している。
「興行主である速水社長には、ご迷惑をお掛けすることになりそうですね」
上演直前での主役交代、既に掲示されているポスター差替や
場合によってはチケットの払い戻しなど、年末のこの時期に余計な仕事が増えてしまう。
なにより舞台の仲間たちには負担が大きくかかる事だろう。
「君は何か誤解しているようだが・・・・」
真澄が言葉をかけた。
「俺は、マヤに会いたいと言ったんだ。マヤの紅天女が見たいと言ったわけじゃない。」
「え?」
「君の舞台は自分の心の中の魂の片割れを思い出させてくれるらしい」
なにも役者自身が、その運命の相手を演じる必要はない。
見ている観客が、それぞれの心の中の一真や阿古夜を想像できること
それもりっぱな感覚の再現
「と、いうことは・・・・」
「マヤの紅天女が、唯一無二の絶対価値を知らしめるものならば、
 君の紅天女は、多くの大衆の心の中に紅天女を生み出す魅力があるのかもしれないな」
初日を楽しみにしているよ
亜弓の肩を軽くたたいて、真澄はその場を去っていった。
「おっと・・・・いけない。」
振り返った真澄は少し照れたように小さく
「さっきの感想は、ここだけの秘密にしておいてくれるかな」
と囁いた。

「じゃあ、ボクそろそろフランスに帰るね」
自分なりの紅天女を体得した余韻に浸っている亜弓に
突然ルークがそう話しかけた。
「・・・・・・え?今から?」
「うん。もう僕の用事は終わったみたいだし。」
「用事って、あなた一体何しに来たの?」
「だから言ったじゃない?僕はアユミに会いたくて来たんだって」
そんなこと一言も言っていない、そう反論しかけた亜弓は
その言葉を飲んで一言だけ、答えた。
「ありがとう。ルーク」
確かにルークは、したいと思ったことしかしないし
したいと思ったら必ずする人だ。
「次は、フランスで」
差し出された手を、亜弓はしっかりと握り返した。

一人残された劇場で、亜弓は自分の魂が真円になっていくような気がした。


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~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
亜弓さんが紅天女を身につけるまでの苦悩は当然
あるはずで、その辺りを書いたのが今話です。

またもや架空キャラを創造してしまいましてすみません。
ハミルさんどないなっとんねん、と突っ込みたい気持ちは山々ながらつい。
亜弓さん話を書くのは結構楽しくて好きなのですが
それはもしかしたらまだ亜弓さんサイドにLOVEの余白が
残されているかもしれません。
マヤの話は、どうやったって真澄しか登場しようがないし・・・・。
ハッピーエンドもいいけれど、盛り上がりにはかけるし・・・・
なんて不謹慎なことを。
(でもしれっと真澄にのろ気させる)
ちなみにこの頃裏ではマヤと追走劇を繰り広げて
へろへろの真澄なはず・・・・タフね。

いつか、亜弓とルー君のミニエピソードも支線で書きたいな~。
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