2015年10月17日(土)
明日のこともあって少々気ぜわしいが、前々からの計画通り今夕はオペラ観劇に出かけた。ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場オペラ(!)が来日中なのである。すっかりアウェーの地になった渋谷の雑踏を通り抜け、東急文化村へ。少し早くでて美術展も見てやろうというのは、父のおかげで手に入る株主優待券を無駄にすまいとの魂胆でもある。こちらはウィーン美術史美術館所蔵品による『風景画の誕生』だ。ザ・ミュージアムは決して広くはないが、これで十分という感じがする。このスペースにほどよく収められた美術品を丁寧に見て回れば、優に半日仕事である。今日は30分、この内容なら出直しても良いと思った。
16-17世紀のネーデルランドやフランドルの画家のものが中心で、ある程度見慣れていてホッとするということろがある。題材を聖書にとったものが多いから、その意味でもここではホーム感覚があり、理解しやすい。人物画の背景に、たとえば復活のキリストを岸辺に見出して、漁船から水に飛び込み駆け寄るペトロの姿がミニチュアのように描き込まれていたりするが、こんなのは聖書の読者でないと意味も何も分かるまい。
それより今回は、「ナゼ風景画が描かれるようになったか」という劈頭の問に虚を突かれた。僕は絵はからっきしのヘタクソで、それでも樹木や風景ならまだしも何とかなるが、人物を描こうとすると惨めに破綻することが必定だった。まして人柄や感情の描写なんて、話の外である。人物画は風景画よりも高いスキルを必要とし、より高次の精神活動に属する。自分がそうである以上、人類一般もそうに違いなく、まず風景画が描かれ、ついで人物画へ進化を遂げたに違いないと。
これが浅知恵だったのですね。人類はどこでも、風景画に先んじて人物画を ~ 正確には人間活動を描いている。ラスコーやアルタミラの洞窟壁に描かれていたものの大部分は動物、ラスコーではこれに人間の絵や人の手形が含まれるという。ここは熟慮を要するところだが、関心の中心にあるものに素直に注目する場合、食物として人の生を支える動物(=対象)、ついで動物を狩る人間自身(=主体)を描こうとするのは当然だ。風景を愛でるのは、飽食したヒマ人にして初めて可能なことである。
同じ論法を先史時代から古代へ転用するなら(ひどい飛躍だが)、そこでも関心事はまず人間であり、階級分化以前の狩猟民が「皆の関心事である動物」を描いたとすれば、分化後の支配的有閑階級が自己意識を芸術のうえに投影し、剰え自分で描くのではなしに人に描かせる形で人物画を生み出したのは、これまた自然。風景画がずっと遅れるのは理の当然ということになる。東アジア文化圏では、中国発の山水画などというものが転換点を画したのだろうか。ヨーロッパでは17世紀のオランダが重要であるというのが、この展覧会のキー・コンセプトになっているようだ。
さらに意表を突かれたのは、どうやらこの文化圏に広まったプロテスタント信仰(プロテスタント信仰によって生み出されたこの文化圏というべきか)が、風景画誕生の立役者と考えられているらしいことだ。これまた僕の盲点で、僕自身は歴としたプロテスタントの信者でありそれを誇りにもしているけれど、カトリックとプロテスタントが西方教会の幹から出た兄弟であることや、ここ500年ほどの兄弟ゲンカの末に2000年の一致を取り戻しつつあることを、よりいっそう喜ばしいと思っている。違いよりは共通点を大事にして人にも語るので、ヴェーバー流にせよ何流にせよプロテスタントの文化的意義を強調する論に、あまり耳が向かないところがあった。
これは半日かけて再訪する必要がありそうである。
もうひとつ、写真で言えば圧倒的な広角派であるブリューゲル一族の絵の、細部が実に精密に描かれていることにあらためて気づいた。ここにまた光学的必然性がある。ルノワール風の中望遠では主人公が浮かび上がって背景がボケる。広角の深い被写界深度では、すべての対象に焦点が合うのでディテイルを省略できない。ブリューゲルらは、己の選択を呪ったことがなかっただろうか。
絵は見るものだ。