散日拾遺

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東京の被爆地蔵

2018-09-03 14:08:13 | 日記

2018年9月2日(日)

 昨日、郵便受けに投げ込まれた区議会議員の広報チラシに、被爆地蔵についての記事があった。

 

 常圓寺の文字を見て驚いたのは、うちの教会から200m足らずの至近にあるお寺だからで、そもそも初代の小川貞昭牧師は1930年代という難しい時代に、このお寺の一隅を借りて開拓伝道を始めたと聞いている。借りた牧師もいい度胸、貸したお寺も大度量だが、その後永続的な協力関係を結ぶには至らなかったようだ。ともかく、その常圓寺に被爆地蔵がおわすというのである。

 朝拝からいったん戻って寛いだあと、夕拝の当番に少し早く出てさっそく訪れてみた。バス通りに面した正門からイチョウの巨木を見あげる。日曜午後の境内は人気がなく、戸を閉てた本堂の前を一礼して過ぎ、墓所への入り口を恐る恐る覗くと、すぐ右手にお地蔵さまがいらした。

 写真の右手に外れた板書きの説明から要点を転記する。よく見えない部分があり、誤写があったら御容赦。

 「このお地蔵さまは、かつて広島市細工町(当時)にお祀りされていた子育て地蔵尊であった。爆心からわずか百メートル余に位置し、爆風で倒れた塀の下敷きになったが、胴体は壊れたもののお顔は無事に残った。目黒区八雲在住の故M氏の御縁により昭和20年代後半から当山にお祀りし、毎年8月6日には被爆物故者を偲んで法要を行っている云々」

 奥に手向けられた千羽鶴には近隣の小学校の名前が複数見える。宗教との関りを神経質に嫌う公教育の場でも、さすがにこのことは別であるらしい。しばし合掌の後、夕拝に向かった。

 教会への道すがら、共産党のチラシで教わった仏教寺院で、被爆したお地蔵さんを拝む。思い頼むはさまざまなれど、目あては一つなりや、さあれかし。

Ω


保護者科後半 ~ 「死とは何か」と5歳児に問われたら?

2018-09-03 10:55:11 | 日記

2018年9月2日(日)

 後半の話題提供が今日の本番。見ての通り火曜日のデスカフェ、霍野廣由師のパクリである。

 「死とは何か」と5歳児に問われたら?

 答えそのものでなくてもいい、この問いから連想することを話し合ってみましょう、ということで、幼稚科のお母さんたちに小学科礼拝を終えて降りてきたお父さん・お母さん、計20名あまりに車座になって語ってもらった。

 といっても、なかなか手の上がらないのは東京・山の手の人々の決まり事みたいなもので、かまわず当てちゃうと必ず何かしら立派な答えをお持ちなのである。このあたり30年前とあまり変わっていない。以下、手許のメモから転記:

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 5歳の女の子です。地震のニュースなどから死ぬことの怖さを感じ始めたようでしたが、しばらくしたら「死んでも、またママが生んでくれれば大丈夫」と思いつき、それで納得しているようです。

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 4歳と7歳の姉妹で、やはり相当違いがあります。4歳の次女は「私、死なないもん」とけろりとしていますが、7歳の長女は死ぬことを怖がりはじめています。

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 3歳の娘です。祖母が亡くなった時には、「おばあちゃんはどうなったの?」「お星さまになったのよ」ぐらいに答えていました。ところがある時、4-5年前の家族写真を見て自分が写っていないことに気づきました。「私、何でいないの?」「まだ生まれてなかったのよ」「・・・」

 それ以来、その写真を見たがらなくなっています。

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 夏休みに家族でお墓参りをしました。最初は怖がっていましたけれども、おじいちゃん、おばあちゃんがそこにいると聞かされて、安心したようでした。(この発言のみ、お父さんのもの)

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 9歳の娘です。ニュースの内容が理解できるようになって、(虐待や殺人など)痛ましい死が世の中にあることを意識しているようです。

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 以上ものの5分か10分か、子どもの素朴な反応の中に、深い死生観の萌芽がふんだんに見てとれる。それぞれの家庭で子どもが大事にされていることがストレートに伝わるのも喜ばしい。半日じっくり語らったら、さぞ豊かな養いになったことだろう。

 この種の語らいが幼稚園や小中学校の保護者会で広がれば良いと思うが、むろんそこにルールも配慮も必要だし、おいそれと語れない環境条件も多々あるに違いない。日曜日の教会という場、そこに進んで子どもを寄越している親の集い、既に何重もの安全装置が働いている。返したレスポンスに僕としてのささやかな工夫もあった。

 なお、出席児童は女児が多いが男児も相当数いる。無作為に当てていったのに、女児の話ばかり出てきたのが少々不思議で、ぜひ男の子の話も聞きたいところ。

 それにしても「ママにまた生んでもらえば」には驚いた。圧倒的な信頼感である。いかなママでも二度は生めないことをいずれ御嬢さんは悟るだろうが、こうした基本的信頼の土台の上に、復活と永世への希望が築かれるのである。

Ω