散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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大なるかな、愚の連鎖

2015-01-15 09:40:32 | 日記

2015年1月15日(木)

 14日、シャルリー・エブドが12人殺害テロ後の初の版を特別号として発売。売り切れが続出し、500万部に増刷すると朝刊一面。紙面には性懲りもなく、ムハンマドが「私はシャルリー」(反テロの合い言葉)と書いたプラカードを胸にかけて涙する絵や、イスラムの女性の衣装に対する侮蔑的な戯画が掲載されているんだそうだ。

 「購入することが、反テロへの意思表示になる」という、読者女性の言葉も紹介されている。

 

 何でかな、何でそうなるかな。

 

 イスラム教徒は極端に偶像を嫌う。戯画という手法の俎上に彼らの聖者を乗せること自体、きわめて危険な挑発なのだ。自分と異なる文化に属するものが大切にするものを、理解できなくとも尊重することのかけがえのない重要性を、たいへんな犠牲を払った末に学んだヨーロッパではなかったのか。

 テロが正しいなどと言うのではない。断じてそうは考えない。ただ、テロのきっかけになった、シャルリー・エブドの日頃の路線が正しいかといえば、これまたはっきり non なのだ。表現内容を法的に規制することは、別の大きな悪につながる故に認められないのだけれども、規制を無用にする自制が存在しないのなら、「自由」は「横暴」の別名でしかない。

 

 留学時代、「豆腐」という食品の何が気に入らないのか、若い白人の女性テクニシャンが口を極めて罵り始めたことがあった。その横で中国人技官が麻婆豆腐用のものを電子レンジにかけ、美味しそうに食べている。何を言われようがせせら笑ってあしらえる彼女よりも、見ているこちらがおさまらなくなった。

 「人々の愛する食品について悪口を言うことは、その人々の敵意を煽り立てる最も容易な方法なのだよ」

 僕にしては珍しく冷静に忠告できたのは、外国語の効用だったかもしれない。日本語の通じる相手だったら、「ざけんなバカヤロー」とか言っちゃっただろうから。

 

 「食品」のところを、「聖者」なり「習俗」なりに置き換えて、シャルリー・エブドと読者らにプレゼントしたい。次に起きる事件(起きないはずがない)については、あなたがたにも責任の一半がある。


北斗七星

2015-01-15 08:07:06 | 日記

2015年1月14日(水)

 会議日で出勤、夜はT君の音頭取りで、大学時代の友人七人が会食。赤坂見附の駅前は込み入ってわかりにくい。所番地を見ながらビルの看板を見あげていると、「どちらをお探しですか?」と声がかかった。目の前に、明らかに客引きと分かる中年男性が立っている。落ち着いた声、正しい言葉遣いがただの客引き離れした感じ。こちらはいくぶんの警戒を解かないが、相手は「何という店でしょう?」とあくまで礼儀正しい。

 「阿吽、と言いましたかね」

 「1階の阿吽?それとも」

 「5階のようです」

 「それは、阿吽亭のほうですね」

 用意の地図を見直せば、確かに「亭」の字が付いている。あわてずそれを確かめさせて、

 「それでしたら、この建物を通り抜けて左を見ると、一階にコンビニの入ったオレンジのビルがあります。その5階です。」

 最後まで笑顔を絶やさず、言葉あくまで丁重かつ明晰、完璧な誘導だ。配慮とはこういうものだと、例のスタッフらに聞かせてやりたい、

 「ご親切に、どうもありがとう。」

 こちらも相手の目を見て、心からの礼を言う。寒空に一瞬の心の暖。彼にとっては一文の得にもならない。そういう場面で贈られる一期一会の親切は、何と貴いものだろう。

 東京五輪のコンパニオン・リーダーに推薦したいようだ。

 

***

 

 集まった七人は、官公庁が四人に新聞社、弁護士、そして僕。官公庁と乱暴に括ったが中身はもちろん多彩である。ただ、概して海外訪問の機会の多いのが羨ましい。この年齢になって集まるには良さがあり、これから出世しようとする年代の殺気めいたものがきれいに払拭されて、正味懐かしく体験談や消息を交換できる。

 ポルトガルという土地が日本人にはすぐれて好ましい旅先であること、鰯の塩焼きと演歌を思わせるファドの旋律、西安(長安)の街でイスラムの歌を聴くことなど、話題のもちよりパーティーみたいだ。

 学生寮の住人であったI君が、渋谷の寿司屋で受けた親切を語るのを聞いて、僕はザルツブルグのホテル『モーツァルト』のオーナーの、同様の温情を思い出す。「医者になったら、ワイフを連れてまた来い」と注文つけられているのだった。すると今度はI君、バルセロナのピカソ美術館で入館料が足りないのを、受け付けが黙って通してくれた云々と。

 連想が連想を呼び、2時間半ほどがあっという間に過ぎた。

 

***

 

 赤坂見附の駅前に戻り、地図を眺めているうちに皆とはぐれてしまった。さほど寒くもない路上を溜池山王まで歩いてみる。平地を迂回せずに丘を登るコースを取ると、三男の通っている高校の前を通ることになる。

 この界隈の夜の坂道なんか歩いてると、小泉八雲記すところのムジナなんぞが出るのではないかと、柄にもなく怖気が沸いてくる。紀尾井坂あたりが舞台・・・ではなかったっけ?

 北の空に七つ星。アラビアあたりでは、「棺桶とそれを引く三人の泣き女」をそこに見たのだそうだ。

 参議院会館ビルの発する白い明かり、それを浴びて立つ警官らが、心強いような、かえって怖いような・・・