散日拾遺

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体は語る

2014-10-12 06:45:30 | 日記

2014年10月10日(金)の診療雑記から

 何となく面接を繰り返すうちに、いつの間にか10年ものつきあいになることが珍しくない。Rさんはそんな人の一人で詳しくは書かないが、心理的なストレスが身体症状に形を変えて訴えられることのきわめて顕著な女性だった。女性らしくよくしゃべるけれど、この人の言葉は無駄に饒舌でほとんど意味がをなしていない。(知的には高い人で、個々の文は整然とした日本語である。念のため。)しかし彼女の身体症状は、その時の「ココロ」をつぶさに語ってきた。

 初診の頃からよく訴えたテーマに、「腸が腫れる」ということがあった。「お腹が張る」という人は多いが、「腸が腫れる」という表現はRさんだけである。それも、キンキンに腫れて痛いのだという。対症的に薬も使うが、内科では型どおり「身体的には問題はない」と言われる。「あなたはとても雄弁な体をもっていますね」などと指摘してみることもあり、すると本人も苦笑して「本当に」と同意するのだが、そこから先へはなかなか進まなかった。

 そのRさんにここ数週間、小さな変化が見えている。これまで口にできなかったある種のこと ~ 他人の悪口に類すること ~ を、これまでと違った率直さで言葉に出し始めているのである。「意地悪ができる人でないと、親切もできないものだ」という意味の箴言がラ・ロシュフコオにあったようなのを思い浮かべながら、存分に吐き散らすようそそのかしているが、ふと気づいた。

 「最近、『腸が腫れる』ことが減ってませんか?」

 「ええ、はい。」

 拍子抜けするようにあっけらかんと答えるのが、いかにもと思われる。最近、腹痛はほとんどないのだそうだ。

***

 「物言わぬは腹ふくるるわざ」は、徒然草19段に見える。ただし文脈は以下の通り。

 言ひつづくれば、みな源氏物語・枕草子などにこと古りにたれど、同じ事、また、いまさらに言はじとにもあらず。おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つ(やりすつ)べきものなれば、人の見るべきにもあらず。

 さしずめこのブログなんか、まさに鼓腸の予防のための「あぢきなきすさび」で、破り捨てて人に見せないのが心得ということになる。でも、そういう兼好先生の筆まかせが星霜に耐えて700年を読み継がれてるんだから、まあいいよね。