詳しく追いかける時間はないので、タイトルだけしかみていないが、マイコミジャーナルの記事によると、RedhatがTransparent Hugepageを用意しているそうだ。
このあたりの経緯を少し整理しておこう。
という流れで、現在にいたるので、10年経ってようやく時代が追いついてきたのだろう。
例によって、オープンソースのコミュニティはオリジナル作成者を尊重しないので、私の名前が出ることはないかもしれないが・・・
私が関与しコードが採用されながらコントリビューション/著作権を無視されたプロジェクトには、
などがあり、もう、さすがにオープンソースへのコントリビューションはやめようと思っているが、自分が使う上で不便な場合にはやむなくソースまで追いかけるのは、これからも変わらないのだろうなぁ・・。
このあたりの経緯を少し整理しておこう。
- 2000年に私がLinux super pageを発表し、2002年LinuxカーネルMLに投稿した。
このときのカーネルメインテナーのDave Mirrorなどは採用に積極的だったけれど、Linusが却下。
Redhatからは、Alpha向けにリリースしたいのでボストンのラボで評価中との連絡が入った。
- その後、まもなく、当時のLinuxカーネルメインテナーの一人、Alan Coxのグループが、なぜかFreeBSD用にSuperPageを発表。
- TransparentでないTLB管理方法がHugepageとして発表、Linuxに採用された
という流れで、現在にいたるので、10年経ってようやく時代が追いついてきたのだろう。
例によって、オープンソースのコミュニティはオリジナル作成者を尊重しないので、私の名前が出ることはないかもしれないが・・・
私が関与しコードが採用されながらコントリビューション/著作権を無視されたプロジェクトには、
- Goto GEMM
- GNU GLIBC(libmの初等関数):これは無視というよりIBMの遅いコードで上書き
- GCC (PDP11パッチ)
などがあり、もう、さすがにオープンソースへのコントリビューションはやめようと思っているが、自分が使う上で不便な場合にはやむなくソースまで追いかけるのは、これからも変わらないのだろうなぁ・・。
使っているなんていうことは,まったく
知りませんでした.
x86のプロセッサベンダに勤務していたときに4M/pageのテーブルが作れるし,主記憶もそろそろ1Gバイトが見えていたので,ページサイズを増やしちまえ!なんていう
話をサンノゼの仲間としていたのですが
まだやっていなかったことに,驚きでした(2000年の頃).
あと,2001年には発表しているので,コントリビュートとして名前が残ることを
個人的にも期待していますが…
どうなることやら…