タツノヒノエ

神仏への道-神社仏閣巡りから、古代の神々との出会い

高野山「南院」②・・・

2022-01-15 19:41:08 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

今はいませんが、昔は何匹か猫を飼っていて、よく参拝者に撫でられていました。

ずいぶん昔、寒い冬に御回向で訪れた時の話。

準備が整うまで、先に本堂にお参りし、木製の古いドア開けて出たら・・・南院の飼い猫 (メス) が、頭突っ込んできて、私と押し合いになりました。

私は、「大の猫好き」ですが、「さすがに本堂内に入らせて、内陣とか、メチャクチャにされたら困るので」・・・「ぐいぐい」押してくる猫と、押し合いを続け、なんとか入れさせませんでした。ただ、当時の執事に聞くと、「いや、入ってもええんや。ただ、中は寒いやろ。風邪ひいたらかわいそうやからな」と、言ってました。

そのお猫、後で事務所の「掘りごたつ」に飛び込んでいました。

南院の宿坊は・・・それなりで、精進料理はおいしい。ただ、どこの宿坊も同じく美味しい。南院は、お米が他所より美味しいと感じる。

お守りは、「浪切不動明王」御影 (おみえ) は、仏壇でも神棚でも祀れるサイズです。小の御影は、貼るタイプ。

昔は、五大明王像と、波切不動明王の「お写真」も、御守りであったのですが、今はもう無いです。

今の季節は、高野山は、冬用タイヤ等完全装備でないと厳しいですが・・・冬の高野山は、また「おつ」なものです。

ただ、比叡山とどっちが寒いか・・・と言うレベルの寒さです。

ある宿坊で、北海道出身の僧侶が、「北海道より、高野山の方が寒いです」と言っていました。

ではまた。

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高野山「南院 (なんいん)」浪切不動尊別当・・・

2022-01-15 19:40:12 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

44社寺目です。

高野山・南院。弘法大師一代の守護尊・浪切不動明王 (秘仏) をお祀りする寺院です。

平成7年4月29日御朱印いただいております。画像はウィキより、

Nanin0ɨ.jpg本堂で護摩焚き前立本尊仏舎利塔本堂外陣の天井絵本坊の門

「神社」と「密教寺院」が合体したような、お寺です。(堂内も)

何度か、御回向と、お護摩 (特別護摩 3万円~) でお世話になっています。

パワーみなぎる、お不動さんなので・・・信徒さんは、結構「変わった人多いな」と言う印象ですが、誰もかれも、波切不動尊目当てで行くので関係ありません。

毎年6月28日に、秘仏「浪切不動明王」御開帳されますが、最近はコロナで不明です。去年一昨年は確か中止したハズ。

私は御開帳は、一度だけ参拝。ずいぶん若い時に拝みました。御前立の不動明王像は、随時拝めますが、まず、脇仏の「四大明王」。(御前立の、お不動さんと合わせて五大明王) 誰も拝んでいなかったので、「独り占めに近い形でしげしげ」と、拝みました。オーラ半端なかったです。

裏堂の、秘仏・浪切不動明王像も、誰も拝んでいなかったので、「独り占めに近い形でしげしげ」と、拝みました。オーラ超強かったです。参拝者の「お目当ては」、隣の「弘法大師」さま。お大師様の前が人だかりでした。で、私は、「高野明神」さまも「しげしげ」拝みました。

通常の日でも、ご回向や特別護摩を申し込んだ人は、裏堂に入れると思います。浪切不動尊は拝めませんが、「弘法大師」「四社明神」さま(高野山一山の守護神) は拝めます。

裏堂のオーラも半端ないです。

「奥之院」の弘法大師御廟と繋がっているのでは? と思えるオーラ。

四社明神さまが「神気」強いです。天上とは、こういう感じか?と思うほどです。

続きます。

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仏と神・・・

2022-01-15 17:36:20 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

仏 (仏陀=ブッダ) とは、「目覚めた人」「覚者」と言う意味。

神とは、天の衆生。人間界より上にあるとされる「天上界」。

1つ上から無数に上はあるそうですが、高い天上界になればなるほど、その天の神々の寿命は「とてつもなく長い」。大梵天など、寿命が1.5劫と言う途方もない寿命。大梵天よりさらにまだ上の天があるので、無色界の天になると、もう、人間の頭では理解できない。

日本で言う、神 (カミ) は、天と同じだと思っていいです。

本来、古代の日本では、それぞれの国の族長を「カミ」(一族の守護神的存在) として祀る風習があり、その最たる神が、「古代の王の霊」であったのでしょう。

私にとって、日本の神とは、「古代の神々」にほかなりません。広義では、神の使いの鳥獣や昆虫も「神」に類するかも知れませんが、狭義では、古代の「人間の神」。

が・・・明治以降、「精神が捻じ曲がって」しまった現代日本では、なんにでも「神社」とつければ「神」になってしまう風習ができ、「頭狂っとんか」と思えるほど、本来の正しい智慧とは「真逆」になってしまっている現代。その原因は、私は知ってますが、ここでは書かない。

さて、日本の神々・・・「人間の神々」は、代表的な神々で言えば、そう多くは無いと思う。国家守護神的な神々は、少数であると思う。

配下には多くの神がおられると思うが・・。

どこの国にも、神話があり、古代には神々がいたとされるが、そのほとんどは、「自然神」だと思われる。

日本の神話も、海外の神話をモデルに作られたと言われる。ただ、ある程度、史実に則って作られていると思う。

日本のように、体系だって祀られ、出自がけっこう「はっきりと」わかっている神々は、世界的に見ても珍しいと思う。(歴史上実在した「人」であること)

日本霊異記だったか何だったか忘れたが、古い時代の話で、ある僧侶か天皇の夢に、日本の神で出で、

概ね「私は、○○命である。元はインドの神で、神としての寿命が尽き、インドのある国王に生まれ変わった。そして、人間の国王としての寿命が尽き、日本の (ある) 国王に生まれ変わり、寿命が尽き死んだ後、日本の神として生まれ変わった。私のために、法華経を講じて欲しい」というもの。

この話が事実なのかどうかは解らないが、あながち、作り話では無いかも知れない。なぜなら、正式な純密が、弘法大師の手で伝わる以前から、日本では、「雑密 (ぞうみつ) 」が山岳修行者に広まり、正式に伝わってもいないのに、修験道には「柴灯大護摩 (野外で炊く大護摩) 」があった。弘法大師の孫弟子に当たる、理源大師聖宝尊師が始めたと伝えられるが、どのような経緯で始まったのか。なにかで読んだが、インド人が、柴灯大護摩を見た時、「インドのホーマ (護摩) とそっくりだ」と言ったらしい。

純密の、堂内で修される護摩は、弘法大師から正式に伝わっているが、柴灯護摩のような、野外で修される護摩・・・インド人が「ヒンドゥー教の護摩とそっくりだ」と言う柴灯護摩・・・もしかしたら、日本の古代の神々が、もともとインドの神々と繋がっていた「から」「かも」知れない。

インドの古い神である「インドラ (サッカ) 」(帝釈天) は、三十三天の王であり、配下神に四天王がいる。ヴァジュラ (独鈷所)から雷を発する。人々に罰を与える神でもある。戦いの神の性格も持つ。

スサノオノミコトは、日本の古代の神々の「王」的存在。私見だが、「あまり表に立たれないイメージはある」。雷の神でもある。冥府の神としての性格も持つ。英雄神。

結構、共通点はある「気が」する。

ではまた。

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