タツノヒノエ

神仏への道-神社仏閣巡りから、古代の神々との出会い

カメムシ・・・

2022-01-07 23:00:21 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

鳥獣、昆虫に対して、「不殺生主義」の私は、「カメムシ」にも好かれます。

夏の庭にいるとき、「ぶぅ~ん」と言う羽音が上から降ってくることがあり、

「カナブン」か何かかと思い見上げると、

「カメムシ (一般的な種類の) 」が嬉しそうに飛んできています。

で、私のそばのカーポートの柱とかに「ぴたっ」と留まったり。

冬は寒いから飛んできた時は、私の体に「ひしっ」とくっつきます。

家の中にも入ってきていますが、「そっ」と外に逃がします。

寒いから入りたがる気持ちはわかりますが、人間の家は、昆虫にとっては危険がいっぱい。

それに、人の家には彼らの食べるものが無い。

カメムシも懐けばかわいいものです。

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神具「三宝」(さんぼう)・・・

2022-01-07 18:28:22 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

神棚の三宝 (さんぼう)。神様へのお供え物を乗せるための神具。

三宝とは、本来、仏教用語。

仏・法・僧の三つの宝を三宝と言う。

これも、神仏習合時代の名残でしょうか?

ちなみに、うちは、正式な神道作法でのお供え (お水・御神酒・塩・米など) は、していません。

うちでは、「お水」は毎日朝一お供えしますが、それ以外は・・三宝の一つに、「瓶のままのお酒」「緑茶ペットボトル」。もう一つの三宝に、「御菓子」を週一回お供え・・しています。御神酒は、瓶子一対を定期的にお供えしています。

地元の宮司に、「こんな、簡易作法のお供えでもいいですか?」と聞いて、

「ああ、これでいいですよ」と仰られたので、そうしています。

昔は、こんな簡易作法のお供えではダメだったと思いますが、人々の信仰心は年々薄れていく中、神道の世界も、かなり「ハードルを下げて下さって」いる今日この頃。

最近は、神棚が無い人には、「清浄な棚の上」に御神札をお祀りしても可!になっていますから。(神棚持たない人の方が圧倒的に多い昨今)

私は、「祓詞(はらえことば) 」は毎朝夜唱えています。

ではまた。

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成田山大阪別院②・・・

2022-01-07 17:54:29 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

柴灯大護摩供の時に撮影したものです。

「白煙」が、「白い龍に」見えたので、当時のインスタント・カメラで撮影しました。

写真をスマホで撮影して掲載していますので、ひじょうに粗い画像で申し訳ありません。

「白煙」の周りに、一周「白い煙?の円」があるの見えますか? 

光の加減か何かで偶然「白い円」が映ったのでしょうが、写真整理していて、つい先日気づきました。偶然とはいえ、まるで、「白い龍」を、「白い円が」包んでいるような構図ですので、掲載してみました。

(白煙の右横の白い発光体は、写真をスマホで撮影した時に写ったフラッシュの光です。白い円とは、白煙の周りの円周です)

ではまた。

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成田山大阪別院・・・

2022-01-07 17:44:25 | 神社仏閣 神仏 御神霊 ウカノミタマ女神 ニギハヤヒノミコト 

33社寺目です。

不思議な御縁による出会いでした。

不動明王信仰の中心とも言える、千葉県の「成田山」。

成田山新勝寺。けっこう、神社と思っている人いますが、お寺です。

その成田山の大阪別院。成田山大阪別院明王院。

平成6年9月24日に御朱印いただいております。

出会いは、道路沿いの電柱に巻き付けてあった「案内板」。

左車線を車で走行していた私は、赤信号の時、「ふと」左に目をやりました。

「成田山→」だったか、「成田山大阪別院→」だったか忘れましたが、「成田山の案内板」が目に留まり、

なぜか気になり、次の赤信号で停車したときも、左に目をやると、また電柱に「案内板」が。その後、次々と「案内板」に導かれるように・・・進み、

(今みたいにナビなど無い時代ですから)

「このまま案内板の指示通りに行ってたどり着けたら、参拝してみよう」と思い進んでいきました。

そして、午後4時過ぎ・・・案内板に導かれながら、成田山大阪別院に到着しました。一日五座の護摩法要が営まれるのですが、最後の3時半の御護摩が終わった後で、人気はほとんどありませんでした。

受付に行き、御朱印をいただき、確か、近畿36不動尊の「水晶念珠玉」と、「カードの災難除けお守り」を買いました。「このお守りは、ずっと持っていていいですか?」と尋ねると、「ずっと持ってていいですよ」と答えられました。

はじめて来た境内を散策します。

朱色を中心とした本堂は、なんとも言えない懐かしさを感じるものでした。

その頃はまだ、今のように大師堂も完成はしていなかったと思います。

信徒会館も、確か、その当時は古い建物だったと思います。

不思議な御縁に導かれて到着した成田山。

その後、このお寺との御縁は本当に深いものになっていくのです。

成田山大阪別院で、お護摩を参拝するのは、次に行ったときです。

初めての成田山のお護摩は、「九條錫杖経(くじょうしゃくじょうきょう)」から厳かに始まり、次いで、「走る様に流れるように唱える、心経、聖不動経、南無36童子、諸真言」と絶妙にマッチし、さらに「真言宗智山派」特有の太鼓のリズムとも相まって、とても神秘的に見えました。当時は、観音経も唱えていました。

大阪別院なのですが、「まるで、江戸時代に、江戸で護摩祈祷を参拝しているような感覚」感覚を覚えました。

前述の「近畿36不動尊宝印軸」開眼供養は、そのまた次だったと思います。

画像は、後に大護摩 (柴灯大護摩) の時に本堂をバックに撮影したものです。写真をそのままスマホで、これまた撮影して掲載すると言う原始的な手法ですので、粗い画像ご容赦ください。

偶然ですが、33社寺目で、9月24日と言う日が気に入っています。

ではまた。

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