古代日本の歴史を謎解き

日本の古代史の謎に挑戦します。

渡来人が支配する為に使用した手法「天孫降臨」その1

2017-07-26 19:49:24 | 歴史
さて、まずはイメージです。
小さな国で何十年、何百年と同じような生活をしてる民族の所へ
新しい文化と技術をもった民族が移住してきます。
一例で、大きな船で、稲の種や青銅などの金属の装具をもった人たちが
木と石の道具で狩猟を行っていた国に渡来して、共に住むことになります。
当然、先進文化を持つ渡来人は、原住民族を労働者として支配したいと考えます。
古代において、もっとも都合の良い支配の手段が「神様」になる事でした。

しかし、現代においては無理です。
江戸幕府末期、ペリーが黒船で来航しても、驚きはしますが「神様」が来たと思いません。
既に、黒船が神業でないことは理解できるまで文化は進化していますから。

時代を遡り、蘇我氏、聖徳太子の時代(4~5世紀)
中国大陸から直接、日本へ航海してくる航路ではなく、朝鮮半島を経由して交易が行われています。
高句麗が力を増して、百済から国を捨てて渡来して来る人(民族)が増えます。
朝鮮半島から多くの渡来人が来ます。漢字や仏教が伝来します。
しかし、支配は日本側にあり、「神様」になる事はありませんでした。
仏教も最高神「大日如来」=「天照大神」として神仏習合の形で日本に馴染みます。

古墳時代
日本の諸国が、それぞれが力をつけ、近畿勢力(銅鐸勢力)と九州勢力(銅矛勢力)に二分化した時代です。
中国大陸も三国志の時代から十六国の時代とまとまりが見えない内戦の時代です。
日本が朝鮮半島を支配していた時代です。

弥生時代後期(卑弥呼の邪馬台国の時代)
漢委奴国王の金印でもわかる様に、倭国と呼ばれた時代です。
大陸の王に貢物を贈り、友好関係を築きます。
交易は、青銅器から鉄器に変わり、多くの武器が日本へ伝わります。
九州北部が交易の窓口ですの、特に大陸が神的な存在ではありません。
但し、出雲(山陰地方)では、かなり文化の違いに大きな驚くがあったでしょう。

弥生時代初期(徐福の航海の時代)
原住民族と云えば、縄文人、狩猟民族です。
そこへ大きな船で渡来、異なる言葉で会話し、稲を植えて稲作を行う事で食料を得て見せます。
見たことも無い道具を使い、見たことも無いような大きな建物たてます。
まさに「神業」に見えた事は間違いないでしょう。
弥生文化の普及が九州から東へ広がります。弥生渡来人が神的存在で古代日本人を支配して
新しい文化が登場した時代です。
支配する側とされる側(格差)の歴史の始まりです。
「天孫降臨の大技」を使ったと思います。

しかし、日本神話で天孫降臨と云えば、ニニギ(アマテラスの孫)になります。
アマテラスは、中国大陸の女性(魏に滅ぼされた斉の国の女王でしょうか。
続いて考えてみたいと思います。