古代日本の歴史を謎解き

日本の古代史の謎に挑戦します。

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大陸の史記 三国志(魏志倭人伝)と後漢書

2018-01-07 19:48:26 | 歴史
古代の日本を知る手掛かりが大陸の史記しかありません。
・三国志(魏蜀呉の三国の歴史) 283年に呉の出身であり、後に晋の役人となる陳寿か完成したとされています。
 その中に、魏志倭人伝と云う章があり、古代の日本(倭国)の事が書いてあります。
・後漢書 宋の時代(5世紀)に、范 曄(はん よう)にて完成
大陸の歴史は
秦(しん)紀元前778年 - 紀元前206年 始皇帝で有名
漢(かん)通例、前漢(紀元前206年 - 8年)と後漢(25年 - 220年)
魏・食・呉の三国志の時代(魏 220年 - 265年 皇帝から238年「親魏倭王」に金印が卑弥呼に贈られる)
西晋(せいしん)は、司馬炎によって建てられた中国の王朝(265年 - 316年)。
五胡十六国時代
宋(そう)420年 - 479年 と権力の移り変わりです。

何と、魏志倭人伝 より 300年近く遅れて 後漢書 が完成しているわけです。
後漢書は、漢の時代だから、三国志(魏志倭人伝)より前だと、私も勘違いしていました。
更に、陳寿の三国志に「謝承後漢書曰」 つまり 後漢書を参考にして書いた とあるのです。
なになに??
実は、『後漢書』(呉の謝承 中国後漢末期から三国時代の呉にかけての人)から始まっていたのです。
謝承の『後漢書』は、250年位、陳寿の三国志より前に完成して、陳寿は謝承の『後漢書』を参考にして書いていたのです。
247年が卑弥呼死亡ですので、邪馬台国の時代を、後漢書、三国志(魏志倭人伝)はかなり正確に記述しているはずです。
250年から283年の出来事は、新たに陳寿が知り書き加えた記事という事になります。
魏志倭人伝の記載をまとめると
・漢の皇帝から「漢委奴国王」の金印が贈られる・
・倭国大乱がおきている。
・卑弥呼が女王に推薦される。
謝承の『後漢書』
・魏の皇帝が卑弥呼に「親魏倭王」に金印を贈る
魏書から記載
・卑弥呼の死
・台与が女王になる。
陳寿が調べた事
では、無いでしょうか?

倭国の国々ですが
・狗邪韓国、対馬国、一大国、末盧国、伊都国、奴国、不弥国は、古く漢の時代よりあった。
・帯方郡から女王国に至る、1万2000余里である。 水行10日陸行1月 は魏の時代にわかった。
・投馬国 水行20日 は、後に台与の時代にわかった事
陳寿は、過去の史記を引用、魏の時代以降の事実を追加した書物に思えるのですが
如何でしょうか。



  
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