古代日本の歴史を謎解き

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卑弥呼の鏡とは

2018-03-25 15:17:49 | 歴史
邪馬台国の場所を確定する物的証拠の一番にあげられる
・魏の皇帝から贈られた百枚の鏡

今回は、卑弥呼が受け取ったとする百枚の銅鏡について調べてみると面白いサイトが沢山ありました。
古代の鏡(銅鏡)でも
紹介しましたが、古墳と一緒に発見される三角縁神獣鏡は、卑弥呼の鏡ではない様です。
九州北部-畿内 出土鏡比較のサイトに
古代の遺跡から出土する銅鏡の一覧がありました。
古いものでは、吉武高木遺跡(福岡)

矛(剣)、勾玉、鏡と三種の神器の三点セットが既にありました。
弥生時代前期ですので、大陸から農耕など文化が伝わり交易が始まった頃、紀元前の事です。

次に目を引いたのが
古代、伊都国の遺跡と考えられている平原遺跡(福岡)
もちろん、剣、勾玉、鏡が出土しますが、かなり形は変化しています。
剣・・・素環頭太刀
勾玉・・ガラス勾玉など
鏡・・・方格規矩鏡などで全て破壊されている。
四神四獣鏡
東 青龍 流水 青 春
西 白虎 大道 白 秋
南 朱雀 湖沼 朱 夏
北 玄武 丘陵 玄 冬
キトラ古墳で有名になった玄武、朱雀、青龍、白虎と架空の動物を使って
方角や四季を表現した漢の時代の宇宙観です。
漢の役人、一大卒が常駐した伊都国、大陸文化の影響は大きかったようです。
更に、高貴な女性のお墓も出土しているので、卑弥呼の母親の墓?天照大神の墓?と話題も豊富です。
年代は、卑弥呼が女王になった位、三世紀始めとされています。
同じ時代、近畿の遺跡、石塚古墳、勝山古墳がありますが出土品は土器類の様です。

後の古墳時代の遺跡から発見される三角縁神獣鏡は和製ですので、魏の国から贈られた鏡ではありません。
しかし、漢字で文が彫ってあり、年の表記にも「景初三年」239年、魏の皇帝が卑弥呼に金印、鏡を贈った年まで
意図して精巧に作られたレプリカです。
近畿の箸墓古墳などで多数出土します。

卑弥呼が受け取った鏡百枚は、後漢の時代の銅鏡だと思います。
この時代の鏡の序分で「見日之光、天下大明」と彫られた鏡が多数登場します。
その意味は(日の光を見よ、天下大いに明らかなり。
又は、日の光が現れ、天下は大い に明らかとなる)
らしいです。
倭国の女王 卑弥呼を応援する言葉としてふさわしいと思いませんか。
その意味を卑弥呼につたえたかもしれませんし、天照大神が太陽神となる一因であったと思います。
卑弥呼の鏡は「後漢鏡」説、「古事記」の日本神話、天皇家の三種の神器に一票です。
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